エクレシアに義兄として慕われたいだけの話 作:永続魔法《自給自足》
対戦よろしくお願いします。
エクレシアのヒロインものを読みたかったので自給自足の精神で始めました。なるべくエタらないように頑張ります。
聖女の付き人ユーリ
──教導国家ドラグマ──
人々から"深淵"と呼ばれ、外界から隔絶された大地にて創り上げられた一つの国家。
そこで暮らす者は皆が聖痕と呼ばれる印を与えられ、大なり小なり"奇跡"と呼ばれる不思議な力を行使することができる。そして大きな奇跡を扱える者は教導騎士団というドラグマ唯一の軍隊に所属し、ドラグマの外敵である邪教徒と戦うのだ。
その教導騎士団が誇る二人の聖女【フルルドリス】と【エクレシア】の名は、ドラグマ国内では知らぬ者が居ない。
ドラグマの過去を見ても二人の聖女が同時に在籍していた事は記録に無い初めてのことだ。
その奇跡に民衆は熱狂し、騎士団と二人の聖女を讃える詩は数知れず作られている。この双璧ある限り、教導騎士団に負けはなし。などと讃えられるほどだった。
そんな、ドラグマにおいて最も有名人である聖女の片割れのエクレシアは、一般騎士が寝泊まりする隊舎へと足を踏み入れていた。
通常、ドラグマでも最上位層に位置する聖女が一般騎士の宿舎に用などある筈がない。
聖女が寝泊まりする部屋は、ドラグマで最も大きな建造物である大聖堂に私室として用意されているし、そもそも一般騎士に用があるなら一方的に呼びつけるのが常識だからである。
それ故、この光景は異常とも言えるものであった。しかもこれが初めてではなく何度も足繁く通っているともなれば、聖女の存在が軽く見られてしまいかねない。
たかが一騎士に自ら会いに出向く──これはつまり封建的な社会において上の者が下手に出る行いであり、非常にナメられやすくなる──聖女など、聖女という最上位層の権力者の存在を神聖視している者たちからすれば到底受け入れ難いものである事は想像に難くないだろう。
しかしこの変わった光景を見咎める者はいなかった。一瞬エクレシアに目線をやり、ああまたか。という程度の反応で通り過ぎていく。
その反応に一切の嘲りや見下しが無いのは、エクレシアの人気が理由なのかもしれない。
一通り隊舎を回り、それでも探し人を見つけられなかったエクレシアは神徒が寝泊まりする一室の扉に手を掛けた。
隊舎の中に居なければ、入れ違いになっていない限りほぼ確実にこの部屋にいる事をエクレシアは知っていた。もっとも、入れ違いによる不在の際に訪れた事は一度も無い。
部屋に入ると同時に、少年と青年の境目のような声がエクレシアを出迎えた。
「エクレシアか?」
「はい、にいさま。気付いていたんですね」
「いや、何となく来る気がしてな」
何かを書く手を止めて振り返った彼は、部屋の中だからなのか神徒の仮面を外していた。沈みゆく陽が彼の幼さの残る横顔を照らす。
その背格好はエクレシアより多少高い。だが幼さが消えきらない顔のせいか、実年齢は彼が一つ上にも関わらずエクレシアの方が歳上に見えた。
そんな彼に小さな笑みを浮かべながらエクレシアはゆっくり歩いて近づく。
「また会えて嬉しいです」
「たった一日会ってないだけだろ。大袈裟な」
「一日も、ですよ。私はとても寂しかったです」
「分かった分かった。……それで何の用だ」
彼はユーリ。性別は男。歳はおよそ16歳で、騎士団内での肩書きは一般騎士、兼、聖女の付き人。
エクレシアはユーリの膝の上に座り、彼の左手を自分の両手で包み込むように握って言った。
「
「そうか。帰って早々に次なんて、本当に忙しいな」
「出立は明日の昼です。準備をお願いしますね」
「……なんか話の流れ的に、俺も行く事になってないか?」
彼の物言いは、まかり間違っても権力の最上位層に位置する聖女にして良いものではない。ドラグマで暮らす者が聞けば目を剥き、なんと不敬なと声を荒げるであろう。最悪の場合、首が飛んでもおかしくはない。
しかし当の本人は気を悪くするどころか、むしろ笑みさえ浮かべた。
「にいさまは私の付き人なのですから、私の傍に控えるのは当然です」
ドヤ顔で胸を張るエクレシアは、いい意味で聖女らしくない年相応の子供に見える。
彼はそこに愛おしさを感じながらも、恐らく強引にメンバーとしてねじ込んだであろうことを察して頭を抱えた。
「……ああ。俺の平穏な生活が」
「その生活のためなんです。……分かっているとは思いますけど、付き人が常に側仕えしていない方が変なんですからね?」
「そりゃそうだけどさ」
「というかですよ。にいさまを良く思わない人達は多いんですから、こういった形で目に見える成果を出さないと」
「うっ」
正論パンチに言おうとした反論を強制的に潰される。自分がどういう立場で、エクレシアが裏でどれほど自分を庇っているのかを知るだけに、口から出たのは小さな呻き声のみだった。
「さあ行きますよ、にいさま」
「……せめて外泊届けだけ書かせろ」
ぎゅっと手を握ってニコニコ顔のエクレシアは有無を言わさずユーリを椅子から立たせようと動き出した。
こうなったエクレシアは文字通り引きずってでも連れて行く事を身体で理解しているだけに、彼は早々に抵抗を諦めて支度を始めた。どうしてこうなった、なんて思いながら。
──ユーリとエクレシアは同じ孤児院の出身である。
5歳になるかならないかの時に聖女として選ばれた彼女は、"御勤め"などと呼ばれる聖女としての厳しい訓練のせいか、当時は見れた状態ではなかった。
そんな彼女に、異なる世界の記憶がある彼が自己満足のため兄同然に振る舞ったのが、二人の関係の始まりであった。
少しくらい自分のことを覚えてくれたらいいなという少量の打算と、大量の純粋な善意。それをもって彼はエクレシアに寄り添った。
ただそれだけでエクレシアはユーリを"にいさま"と呼び、今日に至るまで背中を着いてきている。
その少量の打算が悪さをしたのか、それとも大量の善意が意図せずにエクレシアの義兄というポジションを運んできたのか。
どちらかは分からないが、それは彼にとっては幸運であり、不幸でもあった。
エクレシアに連れられ、彼は大聖堂へと足を踏み入れた。一般騎士には縁の無い此処に、彼は何度も訪れている。
そんな彼に多くの視線が突き刺さる。そこには羨望があり、嫉妬があり、不満があった。
それに気づいたエクレシアがひと睨みで黙らせ、人の波を二つに割る。エクレシア本人的には、ちょっとムッとしただけなのだろうが、聖女に悪い印象を抱かれたくない者達は皆が目を逸らした。
そしてその分、通り過ぎた後のユーリの背中に強い視線が突き刺さるまでが、いつもの事であった。
(うーん。相変わらずの針の筵)
尤も、彼の肩書きにある聖女の付き人という役割の恩恵を考えれば、このような目を向けられるのも当然である。
権力構造の最上位層に位置する聖女の付き人は得られる恩恵が非常に大きい。聖女の最恵待遇に多少ながらもあやかれるだけでなく、そのまま権力を得る事も出来るからだ。
だから聖女の付き人に選ばれるということは将来の栄達も約束されたようなものと言い換えられるのである。
そんな訳なので聖女の付き人は凄まじい倍率を誇る。
大抵の場合は'付き人選びの儀'という教導騎士団の中でも有数の猛者たちが聖女に向けて自らの強みや選んだ際の利点などを声高らかにアピールし、自らの"奇跡"を活かしたパフォーマンスで関心を惹き、最後は決闘で決めていた。
民衆はそれを国一番の強者を決める決闘祭というお祭りとして楽しんだ。付き人選びの儀はドラグマにおいて娯楽としての側面も持ち合わせているのである。
この国でも随一の猛者たちが全力で戦う付き人選びの儀は、ユーリのような一般騎士には本来参加権すらも与えられない雲の上の世界の出来事だ。
では何故しがない一般騎士の彼が聖女の付き人などをやれているのかといえば、それは単にエクレシアが指名したからだった。
聖女の傍に控える者なのだから、聖女に任命権はある。決闘の勝者が付き人として選ばれる事が非常に多いものの、ドラグマの歴史を紐解けば彼のように実力ではない理由で付き人が選ばれる事例が過去に無い訳ではない。
無論、
極力死から遠ざかるために決闘を制した国一番の強者を付き人として近くに侍らせ、自らの命を守ろうとするのは何らおかしなことでは無いだろう。
そしてそれは国としても都合が良かった。強い騎士と聖女のペアは民衆に注目されやすく、広報戦略にも使えるからだ。
もちろん例外も存在する。聖女自身が凄まじく強大な"奇跡"を持ち、決闘祭で勝ち上がった騎士より強い場合である。
エクレシアと、今代の聖女の片割れであるフルルドリスはその数少ない例外に該当した。そしてエクレシアは極めて個人的な理由でユーリを指名した。
しかし決闘祭の結果ではなくコネで彼が選ばれた事を面白く思う者が多いはずも無く──結果として、彼は大多数の騎士団員からは酷く嫌われたのであった。
(まあしゃーない。嫌われるに決まってるわ、完全にコネだし)
「あっ! にいさま、こっちに来て窓を見てください。はじまりましたよ」
「うん? ああ……」
そんな訳で騎士団員からの負の感情をその背中に受け続け、それを仕方がないことと受け止めていたユーリは、大聖堂内でも高層階に位置するエクレシアの私室の椅子に座っていた。
何をするでもなくボーッとしているユーリを、ドラグマが一望できる窓際にいたエクレシアが手招きして誘う。
ユーリがエクレシアが指差す先を見ると、完全に夜を迎えた空に、きらりと煌めく一条の光が横切った。
はじめは一つだけだった光は段々と数を増やしていき、まるで流星群のように次々と空から降って来る。
それはドラグマの存在する大陸全土に向けて、雨のように降り注いだ。
「今日もカードが降ってますね」
「降ってるなぁ」
流星のように降り注ぐものの正体はカードである。
この世界では、カードは基本的に空から降って来る物なのだ。
その時の光景から、カードは神から下賜された天からの贈り物であるとドラグマでは認識されていた。
カードが降ってくる場所は大通りの真ん中だったり、路地裏だったり、はたまた民家の庭先だったり……この大陸のあらゆる場所に、流れ星のように落ちてくる。
ドラグマ国内に落ちてくるカードは、全体のほんの一部に過ぎない。
「とっても綺麗ですよね。絵画に残しておきたいくらい」
「あの中の何枚が使えるカードなんだろうな」
「…………」
その光景にエクレシアはロマンチックなものを感じたが、ユーリから帰って来た言葉には欠片も夢が無い。
とはいえ、決闘者である彼が真っ先に実戦に即した考えを持つのは当然のことではあるから、もう少し夢を見ませんか、なんて言えないのだけれど。
「……こっちに一枚来るな」
そう言うとユーリは窓を開け放つ。そして手を伸ばすと、まるで待っていたかのように掌にカードが降ってきた。
キラキラと輝く半透明な光の膜に覆われたカードは掌より十センチほど上で失速し、ふわふわと漂う。
不思議と掌の上から離れないカードを室内に入れてから光の膜に触ると、その膜は弾けて中のカードが掌に落ちた。
「おっ」
「何か良いカードでも出たんですか?」
「《ゴキボール》」
「元の場所に返してください」
彼の前世では、一度は再録されたとはいえ地味なレアカードになりつつあった《ゴキボール》だが、この世界では掃いて捨てるほど有り余る一枚だ。
そしてその見た目のせいで、超絶不人気なカードでもある。
「そんな嫌がる事はないだろ」
「じゃあ聞きますけど、にいさまはそれをフィールドに出せるんですね? 《ゴキボール》を実体化させられるんですよね?」
「……………………」
《ゴキボール》は、子供の背丈くらいの大きさがあるゴキブリである。それがボールのように丸まって攻撃してくる光景は、その見た目と相まって相手に攻撃力以上の精神的ダメージを与えられるだろう。
……自分が《ゴキボール》の見た目を受け入れて、ゴキブリ騎士のような不名誉な渾名をつけられる事を許容できるならだが。
虫としてのゴキブリに耐性があるエクレシアでも《ゴキボール》くらいの大きさになると流石に嫌だった。
「むっ、また来る」
「逃げましたね」
「逃げてない」
決闘者の直感というべきものが反応したユーリが、再び窓を開けて手を伸ばす。形勢が悪くなったから逃げたのではない。決して。
「おっ!」
「今度は良いカードなんですよね」
「超大当たりだ。でもこれはエクレシアにあげよう、俺は三枚あるからな」
ユーリからカードを貰ったエクレシアは笑顔でそのカードを確認し、その表情が引き攣った。
「……あの、にいさま?」
「見た目は悪いかもしれないけど、それでも立派なガチカードだぞ」
「いや、あの」
言いたい事はそうじゃない、とエクレシアは言葉を詰まらせた。そして、さっきの《ゴキボール》と同じカテゴリに分類されそうな手元のカードを突きつける。
「…………またゴキブリカードじゃないですか!」
「でも有能なんだよ」
エクレシアの手元にあるのは《増殖するG》。相手が特殊召喚をする度にカードをドローする効果を持つ手札誘発モンスターであり、Gと名のつくカードでも屈指の汎用性を誇る有能カードである。
その見た目にさえ目を瞑れば、大抵のデッキに投入しない理由は無いと言ってもいいくらいだ。
「えっと効果は……強いですね。悔しいことに」
「言っておくが、俺はキッチリ三積みしてるからな。せっかく天が恵んでくれたんだ、何かの縁と思って入れとけ」
「うう……主よ、なぜこのようなカードに有用な効果を付けたのですか」
その見た目と効果を天秤に掛けた結果、効果の有用性が勝ったらしい。
エクレシアは泣く泣く腰のデッキケースから取り出した己のデッキに《増殖するG》を入れ、代わりに使いにくいカードを一枚抜き取った。
「よしよし偉いぞ。見た目を嫌がって有能なカードを使わない連中よりずっと賢い」
ユーリに撫でられながら褒められて、嬉しくなったエクレシアの気分が少し上向いた。それでもデッキにゴキブリが入っているという事実は、あまり愉快なものではない。
「でも可能なら入れたくないです。見栄え最悪ですし……」
「自分の命を預けるデッキなんだから、見栄えの良さなんて二の次で良いと思うんだけどな」
格好や見栄えといったものは、生きていれば幾らでも取り繕う事ができる。でも死ねばそれまで。だから先ずは生き残る事を考えるべき……というのがユーリの持論だった。
そもそも
──この世界において
この世界の歴史を紐解けば、数年続いた泥沼の戦争が王と王の
たった一回の
だからこそ、デッキに求めるのは勝てる構築と強いカードを入れる事であると、ユーリは考えているのだ。
聖女として、率いる神徒達を鼓舞する観点からデッキに見栄えの良いカードを多く投入しているエクレシアもその考えをおおよそ共有している。
けれども、にいさまにだけはそれを言う資格は無い。と思ってもいた。
「でも、にいさまのデッキはかなり見栄え良いですよね?」
「……いや、それは」
「強さと見栄えを兼ね備えたカードだって入ってますし、そもそもテーマデッキじゃないですか」
「…………あのですね、違うんですよ」
この世界では、人々は天の恵みであるカードを拾い集めてデッキを作る。そしてそれ以外にカードの入手方法は、基本的に無い。
一般人はコネなどで他所からカードを手に入れない限り、自分で拾ったカードのみでデッキを組まなければならないのだ。
教導騎士団員に所属することが出来れば給与として金銭の他にカードも支給されるので、それを使えばデッキの強化も望めるだろう。支給されるカードも、自分で拾うカードよりは幾分マシなものを貰いやすい。
とはいえ、騎士団内の階級で貰えるカードの質には差が生じているし、自分の求めたカードが貰えるとも限らなかった。
そういう訳なので、この世界でのカードの価値は途轍もなく高い。
カードの中でも汎用性・ステータス・イラストアドのどれかが高いカード達は一枚で一財産を築けてしまうほどだ。
そんな世界でテーマデッキを組むという事が、いかに難しいか。テーマに沿ったカードを集めるのに、一体どれほどの幸運と金銭が必要になるのか想像もつかない。
聖女という大体のカードを手に入れられる権力を持つエクレシアですら、完璧なテーマデッキを組めずに止むを得ず微妙な効果を持つカードで枠を埋めているというのに。
しかしユーリのデッキには、そういった枠埋めの微妙な効果のカードが不自然なほど見受けられない。まるで好きなカードを選んで投入したかのような完成度の構築だと、エクレシアは疑問を感じていた。
同じ孤児院の出身であるエクレシアには、ユーリにテーマデッキを組めるだけの金銭などあるはずがない事が理解出来ていたからだ。
「でも珍しいです。シャドールでしたっけ、にいさま以外にそのテーマのカードを持っている人すら見たこと無いですよね」
「んー……まあ、そういう事もあるだろ。ドラグマの国内に全部のテーマが存在する訳でもないんだし」
そりゃそうだ。と内心で思いつつ、ユーリはそう答えて椅子に座り直す。
ユーリがメインデッキに据えているシャドールというテーマのカードを、他の人間が一枚すら持っている筈がない事を彼は分かっていた。
なぜならユーリがシャドールのカードを入手する時は、常に寝起きの枕元からだったから。そして、この世界にシャドールのテーマカードが本来存在しない事を知っているから。
ユーリは自分の腰にぶら下がっているデッキケースから、エクレシアには見えないようにカードを取り出す。
それは彼がユーリとしての自意識を獲得した時から既に持っていた二枚のカード。
そして毎朝ユーリの枕元に何かしらのカードを置いていく、大いなる意志が宿ったカードでもあった。
(俺を転生させて、何か意味があるのかね)
宗教国家であるドラグマで所持している事がバレたら、面倒ごとになりそうなカード達の名前は──
(……よりにもよってtierraとsophiaのコンビって、どう考えてもヤバいよなぁ……)
──創星神
──創星神
此処ではない