エクレシアに義兄として慕われたいだけの話 作:永続魔法《自給自足》
今回は文字数が比較的多めです。どこで分割しようか悩んだ結果、一括で投げる事にしました。
寝転がっていたユーリの頬を、優しい風が撫でつける。その風で目を覚ましたユーリは、目を擦りながら周囲を見渡した。
────これは夢だ
すぐにユーリは気付いた。
何故ならそこは自分が眠り、夢を見るたびに訪れている場所だったからである。
冷たい石畳の床から身体を起こして、目の前に広がる建造物に目をやる。
そこは相変わらず静寂に包まれていた。自分の呼吸の音すら遠くに響いてしまいそうなほどに。
そこは
フィールド魔法としてカードにもなっており、風属性モンスターのリクルート効果を持っている。
何故ここにsophiaを祀る祭壇を建てたのかは分からないが、常に霞が立ち込め、現地人の案内が無ければ目的地に辿り着く事が不可能とされる
ここに誰の姿も確認できない事から推測するしかないが、あながち間違ってもいない筈だとユーリは考えていた。
その祭壇は現在、フィールド魔法のイラストに描かれている物とは似ても似つかなくなっていた。
まず真っ先に目につく事としては、祭壇の一部が完全に破壊されてしまっていること。そしてそこからsophiaの身体が見えてしまっていることだろう。
祭壇全体を見ても酷い状態だ。永き時を掛けて建造された筈の祭壇は管理者が居なくなったせいなのか、所々に苔がむしていた。
まさしく荒れ果てた祭壇と呼ぶに相応しい。
(……行くか)
霞のせいで一番上は見えないが、確実にsophiaは待っている。
ここが夢の中だからなのか、体感で丸一日ボーッとしていても日が沈む事はない。そもそも時間の概念が存在するのかも怪しいものだ。そしてsophiaに会わない限り、この夢から覚める事はない。
ユーリは渋々、天へと続いていそうな長さの石階段を登り始めた。
……時計が無いので正確な時間は分からないが、一時間くらい延々と登ってもまだ先がある。
その長さが
階段を登っていくにつれて、だんだん足場が悪くなってきた。少し欠けた石階段が多くなり、苔むした箇所も増え、砕けた石の破片が落ちている事が目につくようになる。
極めつけは階段を塞ぐかのように横たわる砕かれた石像。遺された部分から察するに、これはsophiaを模したものだろう。
その石像は上半身と下半身で分かたれ、首から上が粉砕されている。階段の横で、ここを登る者を見守るかのように設置されていたであろう石像は、今はその身体で階段を登る者を拒むかのようであった。
上層階に到達した頃合いで、階段の手すりとその下のスペースに変化が訪れる。ただ石を積み上げただけから、そのスペースを活用した壁画が描かれるようになったのだ。
それは恐らくsophiaと、この祭壇を作り上げた人々の出会いを記したものだろう。石に記録されたこの壁画は、小さいながらも未来に生きる人々へ神の権威を伝えていた筈だ。
……もっとも、壁画は何か大きな爪に抉られたかのように削られて、もう全貌が分からなくなっていたけれど。
その壁画を見るたび、ユーリは何とも言えぬ寂しさがこみ上げてくるのを感じる。
そしてふと登ってきた階段から振り向けば、そこからは広大な
ここに住んでいたものたちは、一体どこへ消えた?
「…………」
キラキラと煌めく光の粒子が風に乗る
その光景にこれで何度目か分からない薄ら寒いものを感じながら、ユーリは背中を押すかのように吹く神風の導く先へと歩を進めた。
「…………来ましたよ」
ユーリが次に足を止めたのは、創星神sophiaの目前。超巨大なsophiaの顔の全貌をやっと見られる、朽ちた魔法陣の刻まれた石床の上であった。
集った神風がsophiaの周囲に渦巻き、光の粒子を撒き散らす。
「今日はなんです? 何か呼ばれる理由でもありましたかね」
ユーリはsophiaに聞こえるように声を張り上げた。自分の普段の声量では、目の前の神の耳に風の音程度にしか認識されない事を理解していたからだ。
声が届いたのか、sophiaは両の目をユーリへと向ける。
「ッ……」
ただそれだけで心臓が早鐘を打ち、呼吸が荒くなっていった。やがて立っていられなくなり、両膝をついたユーリをsophiaはただ見つめ続けている。
sophiaが何かをした訳ではない。ただそこに在るだけだ。だが、そこに在るだけで周囲の環境を自分の都合の良いように変えるのが神である。
創星神sophiaのいる此処は、正しく神の暮らす領域と化しているのだ。ちょっと突くだけで破裂するような脆い人間風情が立ち入り、滞在出来るほど優しく作られていない。
ユーリが動けずにいると、sophiaの顔が向いている方向──すなわち、ユーリが今背を向けている方から更に神の気配が現れた。
霞の彼方から現れる姿はsophiaと同じくらいの全長を誇り、その身に纏う圧もまた、sophiaと同等のものである。
──創星神
霞の彼方より来たる、創造の神sophiaと対を成す破壊の神であり、ユーリがメインデッキに採用しているシャドールという種族を創った神でもある。
tierraが近づくにつれて、両者の間にある空間が少しずつ歪んでいく。tierraの持つ破壊の力とsophiaの持つ創造の力が反発しあっているのだ。
これはtierraとsophiaが出会えば自然発生する現象であり、相反する二つの力に耐えられない世界の悲鳴でもあった。
二柱の神の目線はユーリの頭を頂点として結ばれた。二柱の神はお互いの事など存在しないかのように扱い、ただ一人の人間に注目している。
星を創りし神は、近付くだけで跪きたくなる威圧感と神々しさを放っていた。
それらに近寄られているだけでなく注視されている。その圧迫感はこの世の何よりも強いものだった。
この二柱の神は無意識に神の波動のようなものを振り撒いており、それが周囲の環境を神の領域へと変化させている。そしてそれは本来人間が耐えられるように出来ていない。
生命としてのレベルの違いを認識した身体が、防衛本能として自ら死を選ぶのである。そこに身体の強靭さや精神力の強さは関係が無く、神と己のレベル差で全てが決まってしまうのだ。
たとえ熟練の戦士でも、創星の神に睨まれれば瞬く間に自らの心臓を止めてしまうだろう。
「…………あの、何でそんなに見てるん、です……?」
そんな神の波動を受けてなお、口を動かせるだけの余裕がユーリにはあった。息は乱れ、両膝をついた状態で辛うじて起き上がっているという無様な格好だが、それでも彼は生きている。
本来、彼よりずっと強い戦士ですら即死する神の波動を一般人である筈の彼がギリギリとはいえ耐えられているのは、初めてこの夢を見た十年前から毎日のようにずっと喰らい続けているからだ。
最初は一秒すら持たずに死んだ。夢の中で死ぬという珍妙な経験は、この世界でも彼しか体験した事がないだろう。
そしてその度に蘇生され、即座に死んだ。たった一晩で何十、何百と死亡と蘇生を繰り返し、それが翌朝目覚めるまで続く。
そんな事を十年も繰り返していれば、流石に少しは耐性がつくようだった。
勿論それは常人なら発狂してしまうような非道な行いだ。だがユーリの精神は意外にも壊れなかった。
一度死んで転生したという非現実な出来事を体験していた事で、死という概念が既知のものになっていたことや、死ぬ際に痛みが無くひたすらに死に続けた事が理由だろう。
死ぬ前の一瞬とはいえsophiaやtierraの姿を見て(遊戯王世界の神ならやりかねんわ)と納得した事も理由の一つにある。
何故ユーリにこんな事をするのかは分からない。しかし神のやる事を理解できると思う方がおかしいとユーリは思っていた。
(恐らくは戯れなんだろうけどさ)
そしてこの二柱の神だが、ユーリが質問を投げかけると反応する時としない時がある。
具体的には『俺を転生させたのは貴方達ですか?』という質問には小さく頷き、『何故俺を転生させたのですか』という問いには答えてくれなかった。
その他にも質問を色々と重ねて分かったのは、どうやら言葉を必要とする質問には答えてくれないのだということ。
なぜ言葉を使う質問に答えてくれないのか。それはきっと言葉が通じないからなのだろう。
──■■■■■
sophiaを中心に空気が鳴動する。
十年前から今に至るまで、ずっと神の言葉を理解しようとしてきた。しかし結果は芳しくなく、今もsophiaから発せられた音の意味を理解できない。
それが意味のある言葉なのか、或いは意味のない呻き声なのか、それとも呼吸の際に漏れた吐息なのか、単なる鼻息なのか……区別すらつけられないのだ。
そしてもう一柱のtierraに至っては言葉を全く発しない。
言葉が分からないから、ユーリに何をさせたいのかも分からない。
二柱の神の意図を今日も掴めぬまま、ユーリの意識は浮上した──。
「……《
そして現実世界で目覚めたユーリは、枕の下に手を突っ込んでカードを取り出した。寝る前には確かに無かった筈のカードは、やはりシャドールカテゴリのカードである。
単なる偶然か、それともワザとなのか。意味を考えさせられる名前のカードを、ユーリは一先ずデッキケースへと突っ込んだ。
◇◇
教導国家ドラグマの朝は、神に祈りを捧げるところから始まる。
ユーリは他の一般神徒と同じく仮面で顔を隠しながら、エクレシアの付き人として一歩半後ろに追従していた。
「身分証を」
「これで」
ユーリが提示したのは、胸元に掛けられたエクレシアのイラストが描かれたトークンカードである。そのテキスト欄には身分証として扱う大聖堂の文書と魔法印が書かれていた。
それを確認した教導の神徒は、その身で護っている礼拝堂の扉を開けた。
「聖女エクレシア様の御到着です」
大聖堂にあるドラグマ国内で最も大きな礼拝堂には、既に多くの敬虔な神徒が祈りを捧げる時間が来るのを待っていた。
礼拝堂は自分の身分で座る場所が決められている。大聖堂内で最も身分が低い者が一番後ろに詰め、身分が高ければ高いほど《教導枢機テトラドラグマ》に近い前に座る事が許された。
聖女であるエクレシアは当然ながら一番前に座り、その付き人であるユーリはエクレシアの一つ後ろの席に座る事が許されている。
その《教導枢機テトラドラグマ》の前には四つの神器が並んでいた。
紫色のローブ、白き盾、黒き剣、蒼の杯と呼ばれる四つの神器は教導国家ドラグマが造られた時に神より授けられた物であり、それぞれ大いなる力を司ると言い伝えられている。
大いなる力がどんなものかは諸説あるものの、今現在最も有力な説は特殊な召喚方法のカードを呼び出すための力であるというものだ。
その根拠として、融合カードの色が紫色のローブと合致し、儀式カードの色も蒼の杯と非常に似通っている事が挙げられる。
この説は多くの神徒に信じられており、紫色のローブは融合の力を司り、蒼の杯は儀式の力を司るというのが聖職者たちの間では常識として広まっていた。
残る二つの神器が司る力については分かっていないものの、それらは過去に邪教徒によって奪われてしまったのだと言われている。
その奪われた力を取り戻すためにも、神徒たちは邪教徒へ"祝福"を施さなければならないのだとも。
「皆さま、本日もお集まりいただき有難う御座います。これほど多くの敬虔な神徒が祈りを捧げることを、神も喜んでおられるでしょう」
いよいよ祈りの時間が始まろうかという頃合いに礼拝堂に最後に入って来たのは、この教導国家ドラグマの最高指導者《
彼もまた仮面を被っているため表情は窺えないが、その声色はとても優しいものだった。だがユーリは大神祇官への警戒を解かない。
このドラグマで産まれた赤子には、大神祇官が手ずから聖痕を施している。そこに一人の例外は無く、故にドラグマの国民は皆が聖痕を所持しているのだ。
もちろんエクレシアの額にある聖痕や、ユーリの手の甲にある聖痕も、彼が施したものである。
しかしユーリは知っている。それが聖痕などではなく、恐ろしい烙印である事を。将来彼が何をしでかし、その結果ドラグマに何が起こるのかも。
だから彼は大神祇官の言う事を話半分で聞いている。彼が世間一般に言われるような国や民のためを第一に想い動く聖人ではなく、大きな野望を持った俗人であると知っているから。
そしてそんな大神祇官に力を与えている《教導枢機テトラドラグマ》もユーリは冷たい目で見ていた。
そもそも《教導枢機テトラドラグマ》も、その正体を隠すための仮の姿だ。本来の姿はもっとおぞましいし、元を辿れば《教導枢機テトラドラグマ》から授かった力で大神祇官は聖痕を施している。
もしコレが無ければこれから起こる悲劇も無かったと言えるので、そういう意味では《教導枢機テトラドラグマ》が全ての元凶と言えるのだろう。
「では皆さま。一日の始まりに神への感謝を」
時間が来た事を知らせる大聖堂の鐘が鳴る。それを合図に大神祇官は静かに、けれど良く響く声でそう言った。
大神祇官が腕を交差させ聖痕の施された両掌を見せつける。それを合図に、集った神徒たちは自身の聖痕を輝かせ神への祈りを捧げはじめた。
エクレシアの後ろで聖痕を光らせつつ祈るフリをしたユーリは、暇を潰すためにこの世界の創世神話について思いを馳せた。
創世神話曰く、この世界は神に創られたのだという。
──始まりは、全てが混沌とした空間だった。そこに原初の神が降臨し、全ての混沌を制した。
原初の神はまず光と闇を分けた。そして光に世界を創り、大地を創り、生命を創り、人を創った。
創った"人間"にのみ神は知恵を与えた。
地に暮らし、水と共に生き、火を操り、風を活かす知恵を。
人々は自らを創った神を讃え、神への祈りを常に絶やさず生きていった。神もまた、自らを讃える人々に恩恵を齎し続けた。
だが時が経つにつれて、神への祈りを忘れ我欲に生きる者達が増えはじめた。いくら呼びかけても信仰心を持たぬ者が増えていく……それを神は嘆き悲しんだ。
それから時代が進み神の存在が忘れ去られはじめ、どんどん神への祈りが消えていく中でも、その信仰心を絶やさなかった者達がいた。
神はその信仰心を絶やさなかった一部の人々に力を与えた。証を刻み、神の力の一片を貸し与えたのだ。
その証が"聖痕"であり、神の力の一片が"奇跡"なのである。
その力を与えられた人々は、神への感謝と権威を表するため、信仰に生き、信仰に死ぬと誓った。
そして神に最も近い場所──教導国家ドラグマが今存在するこの大陸"深淵"へと移住した。
この地に現れる"ホール"は神の試練であり、恩寵である。
大地と共に人々を喰らう一方で、その地に超文明の遺産を遺していくこともある。人の身ではコントロールなど出来るはずもない超現象は、まさしく神の御業と呼ぶに相応しいものであった。
故に此処が聖地として定められ、そこに国家を樹立するに何の不思議もない。
神に最も近いこの聖地に神に祝福された一部の敬虔な神徒たちが集まり、教導国家ドラグマは造られたのだ。
信仰の国を国を創り上げた神徒達の信仰心に神はいたく感激し、"ホール"から神の力を込めた札を授けるようになった。
それには精巧な絵姿や風景画が描かれており、儀式によって発揮できる不思議な力を有していた。
それらは神の権威の象徴として、国政を行く末を占う儀式の重要な道具として、誇り高き騎士の剣や盾として、そして身分証明書の代わりとして、ドラグマで永く用いられる事となる──
……これが教導国家ドラグマに語り継がれている創世神話である。そしてそれが、教導国家ドラグマが全ての国民に聖痕を施し、聖痕を持たぬ者たちを邪教徒と呼び"祝福"を行う理由でもあった。
選ばれなかった獣畜生の血が混じる獣人などは神の奇跡の恩恵を受けられなかった可哀想な存在であり、それらに"祝福"を行って邪教徒を"改心"させる事が使命なのであると。
朝の祈りが終わると、教導国家ドラグマは一日をスタートさせる。
各々が自分の仕事へと向かう中、エクレシアは征伐に出る前のデッキ調整を行うために私室に戻り、ユーリもエクレシアの付き人としてその一歩半後ろを付いていった。
「にいさま、デッキ見てください」
「……んぉ? おお……」
私室でデッキを広げていたエクレシアは、椅子に座って待機という名の昼寝をしているユーリを起こす。
ユーリは欠伸を一つしてから寝ぼけ眼でエクレシアのデッキを見た。
「俺が見て良いのか?」
「にいさまなら良いです。見られたところで困るものでもありませんから」
とエクレシアは言うが、本来デッキは親兄弟にすら見せない大切なものだ。自分の命を預けるデッキの中身が知られてしまえば、それをメタられてしまうからである。
「それで、どうですか?」
だがエクレシアは、その大切なデッキを容易くユーリに見せた。
それは彼女がリスクを理解していないのではなく、ユーリなら見せても問題ないという信頼からくるものだった。
ユーリ自身も割とエクレシアに無防備にもデッキを見せる事が多いため、その影響を受けたのもあるだろう。
「そうだな……手持ちの予備カードは?」
「これですね」
「うーん……」
どれもこれもパッとしない。強いカードが中々手に入らないから仕方ないとはいえ《セレモニーベル》のような使い道が有りそうでないカードすら予備カード扱いされているといえば、そのパッとしなさが分かるだろうか。
「どれもこれも今あるカードを押し退けて入るほど強くないんだよな」
「ですよね……」
「だから、はいこれ」
カードの散らばる机の上にユーリがデッキケースから取り出したカードを二枚置いた。エクレシアはそれを手に取り、まずイラストを見て、次に効果を見た。
「にいさま! これって」
「予備カードなんだけど、ずっと使わないのも勿体無くてさ。エクレシアのデッキにも合うし、上手く使ってくれ」
「受け取れません、こんな強いカード」
エクレシアから見て、そのカードたちは強力すぎた。だがユーリからすれば、強いは強いがやり過ぎではないという認識だった。
片方は発動条件のある汎用魔法カードで、もう片方は魔法使い族サポートのモンスターカード。それらを腐らせるよりはマシと渡したのだが、どういう訳かエクレシアは受け取ろうとしない。
エクレシアは、にいさまが自分のデッキの強化に使えるカードを無理して用意しているのではないかと思っていたのである。
自分のためを想ってくれるのは、もちろん嬉しい。だけど先ずはユーリのデッキの強化に使い、その余りを自分にくれるだけでも十分だとエクレシアは考えていた。
「デッキが強くなって困る事はないだろ? 《
「でもこのカードは、にいさまのデッキにだって」
「心配なんだよ……分かってくれ。お前は可愛い妹で、ただひとりの家族なんだ。
「にいさま……」
ユーリの言葉にエクレシアは顔を俯かせた。ユーリの心配がエクレシアには痛いほど伝わっていたからだ。
「…………分かりました。そういう事なら、有り難く頂きます」
だからエクレシアはそう言ってカードをデッキに入れて、それを見届けたユーリは無言で頷いた。
◇◇
太陽が昇った昼過ぎ、エクレシア率いる征伐隊が出発する時刻になった。
「では、出発します。遅れないようにお願いしますね」
馬に騎乗したエクレシアがドラグマの旗を掲げると、征伐隊の出発を見送りにきていた民衆が大きく湧き立った。民の多くがエクレシアのトークンカードを掲げて出発を祝っている。
彼の記憶にある世界では特定のパックやストラクチャーデッキのおまけでしか入手できないトークンカードだが、この世界では広く流通している。
といってもトークンとして使うために流通している訳ではない。彼の記憶にある世界風に表現をするのなら、アイドルのブロマイドに相当するものとして広く流れているのである。
トークンはデッキの構築には使えず、トークンを使うカードを持っていなければ単なる観賞用のカードでしかない。そういう意味でもブロマイドとして使うには都合が良かったのだろう。
この征伐隊を率いるエクレシアを先頭に、エクレシアの付き人であるユーリが馬に騎乗して一歩半後ろに追従。その後ろに小隊長格の神徒が続き、最後に一般騎士がついて来る。
聖女の付き人という肩書きを持っているという妬みからなのか、ユーリに背後の教導の神徒達から向けられる目線は仮面越しでも分かるくらいに強い。
目線だけで穴が空くのなら、凄まじい勢いで穴あきチーズになっていたことだろう。
「にいさま、緊張してますか?」
「そりゃ緊張するに決まってるだろ。こっちは初陣だぞ」
「そうですよね……でも大丈夫です。ちゃんと帰れますよ」
簡単に言ってくれる、とユーリは心の中で溜息を吐いた。成果を出さなければ付き人の身分が危ないとはいえ、それでも殺し殺されの戦場に来たくはなかった。
ユーリは一般人なのだ。殺したり殺されたりといった血生臭いことには近寄りたくないに決まっている。今回のようにやむを得ない事情が無ければ、何としてでも断っていただろう。
(一般人には厳しい世界だよ、ほんと)
ドラグマを出て進軍すること暫し。偵察に出ていた騎士から、今回"祝福"する邪教徒たちが接近して来ていると報告が入った。
「皆さん。戦闘準備をお願いします」
エクレシアの指示のもと隊列を組む。今回率いている征伐隊は総数にして150人。この征伐前に偵察隊が調べたところによると50にも満たない数とされる邪教徒に対し三倍の数を連れてきている。これは少々過剰な人数だった。
過剰人数で丘の上に布陣した征伐隊は眼下に邪教徒達を捉えた。エクレシアとユーリは最後方に位置し、これから始まる戦いの行方を見据えようとしていた。
「はじまる……」
「安心してください。にいさまは私が死んでも護りますから」
「……冗談にしても質が悪いですよ」
多分本気でエクレシアは言ったのだろう。この手の冗談を彼女が言った試しがないからだ。だが総大将が本気で死ぬと言っては士気がダダ下がりしかねない。
今のはユーリにしか聞こえていないようなので問題なかったが、今後は気をつけさせなければならないだろうなとユーリは考えた。
「ところで、なぜ敬語なんですか?」
「人目がありますので」
「……さっきまで普通だったのに」
「忘れてください。気が動転していたのです」
聖女と一般人あがりの付き人なら、当然聖女の方が偉い。他人の目が無いならまだしも、あるところで上の階級の人にタメ口なんてきいたら再教育は確実だろう。最悪の場合、付き人として不適切だとして解任される可能性も無くはなかった。難癖なんて幾らでもつけられるのだ。
なのでユーリは、人の目がある場所ではエクレシアに敬語で話すことにしていた。エクレシアは不満そうにむくれていたが、やむを得ない事として納得してもらっている。
「……それよりエクレシア様。何か変じゃないですか?」
「なにがです」
「いや、なんか邪教徒の集団から一人出て来てますけど。よくある事なんですかね」
「えっ?」
ユーリが指差した先では、騎士たちと対峙する邪教徒から一人だけ前に出て声を荒げていた。
「オレは誇り高き獣戦士の長!
「だ、そうですが」
この中で一番偉い奴、といえば間違いなくエクレシアだ。今一人の邪教徒は、エクレシアにのみ声を掛けている。
神聖なる
「…………にいさま。お願いできますか」
エクレシアはユーリにそう言った。心の底から申し訳ないと思いつつも、これはチャンスだと考えながら。
エクレシアがユーリをこの征伐に連れてきたのは、彼に手柄を立てさせて待遇を少しでも良くしようと考えたからである。
今のユーリは何の実績も持っていない。元々エクレシアが強引にねじ込んだのだから当然だが、それはドラグマ内において非常に宜しくない。
なぜならユーリが聖女の付き人として皆を納得させる成果を出せなければ、付き人を解任される可能性が高いからだ。
エクレシアはユーリに良い生活を送って欲しかった。そのために付き人としてユーリを指名し、可能な限り側に置いている。
ただユーリが側に居てくれれば、それだけでエクレシアは満足だった。だが多くの人が聖女の付き人に求めるのは、聖女を守り通せるだけの強さと実績だ。それが無ければ人々はユーリを認めない。
だが実績は作れるし、強さの証明も同時に行える。そのためにエクレシアは聖女の権限を使ってユーリを連れてきた。初陣で長を討ち取れば、それは成果として最上級の大金星であり、戦場から帰って来られる最低限の強さを保証する事にもなるからだ。
そのために邪教徒を適当に追い詰めてから
……とはいえ、それは命の危険を伴う。攻撃されれば痛みが走り、負ければ死ぬのだ。ユーリなら大丈夫だとは思うが、万一が無いとは限らない。
本当ならユーリにはこんな事をさせたくなかった。けれどやって貰わなければユーリの身分が危ない。
行かせたくないと喚く感情を理性で抑えつけながら、エクレシアはユーリの答えを待った。
そしてユーリも、エクレシアが自分のためにお願いしているのだという事を理解していた。
自分の立場の危うさくらいは分かっている。エクレシアが自分を庇ってくれていることも知っている。現状を打破するために考えを巡らせていることも、これがその一手であることだって。
(なら行かなきゃ駄目だろ。……まあ何とかなるだろうし)
「分かりました。必ずや邪教徒の長を打ち倒し、エクレシア様に勝利を献上いたします」
「こんなことを言う資格は無いかもしれませんが…………無事に、生きて戻ってください。絶対に」
「──もちろんです」
そう言って馬を駆り邪教徒の長の前へと飛び出るユーリの後ろ姿を見ながら、エクレシアは強く下唇を噛んだ。
それは、危険だと分かっていても死地に愛する義兄を送り込む判断をした自分を痛めつけるための行為だった。
「貴様がそいつらのリーダーか?!」
「いいや違う! 我らが聖女はお前などに出る必要も無い!」
「なんだと!?」
「どうしても
そう言って初めて、ユーリは己の腕に装備したデュエルディスクに意識を向けた。そして馬を降りてデュエルディスクを突きつける。
この地には古来より"ホール"と呼ばれる巨大な異空間が定期的に現れる。それは人や大地を飲み込む厄災として現れる一方で、人智を超えた恩恵を齎す事もあった。
彼のデュエルディスクは、その"ホール"によって今からおよそ100年ほど前に齎された超文明の遺産であるらしい。
デュエルディスクの形は様々だが、共通しているのはそれを用いれば
強いデュエリストは国の宝であり、重要な戦略物資。
そして教導国家ドラグマにおいて数の限られたデュエルディスクを所持しているという事は、国に認められた優秀な
これはドラグマに限った話ではない。
デュエルディスクを持つ者は死をも恐れぬ強き
……もっとも、ユーリのデュエルディスクはエクレシアが権力で用意した借り物なので、まだ認められた訳ではないのだが。どうやら向こうはユーリがデュエルディスクを持つに足る強者だと誤解したらしい。
「ならばそうさせてもらう! オレは《ルード・カイザー》だ、冥土の土産に覚えておくがいい!!」
「聖女の付き人ユーリだ! いざ、尋常に——」
「「
宣言と同時に半透明の膜が現れ、
この世界の
だからなのか、一度成立した
「先行は俺からだ。魔法カード《
手札の《シャドール・ビースト》と《シャドール・リザード》の二体で《エルシャドール・ミドラーシュ》を融合召喚!」
先鋒としてフィールドに降り立ったのは、人形のような不気味さを持つ緑髪の少女と竜。彼の記憶にある世界において、制限カードにまで指定された経験のある強力なモンスターである。
そして彼が
「効果で墓地に送られたビーストとリザードの効果発動。リザードの効果でデッキから《
更にウェンディの効果でデッキから《シャドール・ファルコン》を裏側守備表示で特殊召喚する!」
ウェンディの効果なのに何故かミドラーシュが持っている杖を振るうと、そこから紫色の糸が何本もユーリのデッキへと伸びた。
デッキへと突き刺さった糸が《シャドール・ファルコン》をフィールドに引きずり出す。ファルコンは一瞬姿を見せた後、裏側守備表示のカードの影に潜って姿を消した。
「リバースカードを二枚セットして、俺のターンは終了だ」
ユーリ 手札1枚
フィールド:《エルシャドール・ミドラーシュ》(攻撃)《シャドール・ファルコン》(裏守備)
リバースカード2枚
ルード・カイザー 手札5→6枚
フィールド:なし
「ではオレのターン、ドロー!
……いいカードだ! オレは魔法カード《炎王の急襲》を発動!! 相手フィールドにのみモンスターが存在する時、デッキより炎属性の獣・獣戦士・鳥獣のモンスターを特殊召喚する!
来い、我が盟友《ガルーザス》!!」
「《ガルーザス》……」
《炎王の急襲》から出て来たモンスターは、最初期の遊戯王カードである通常モンスターだった。レベル5なので一体の生贄が必要にも関わらず、そのステータスは高くない。
「そして盟友《ガルーザス》を
オレは《
この世界では"アドバンス召喚"や"リリース"という単語が浸透していない。
そこには命を奪い合う
フィールドの《ガルーザス》を囲うように竜巻が巻き起こる。完全に《ガルーザス》が見えなくなった後、それを切り裂いて中から《ルード・カイザー》が飛び出して来た。
右手に持つ斧が陽光を受けて煌めき、それの切れ味の良さをユーリに知らしめている。
(ほんっと、これがソリッドビジョンだったら良かったんだけどな……)
それがソリッドビジョンなどではなく、しっかり
(冗談キツいぜ、モンスターがマジで殺しに来るなんて)
……そう。外的要因に決闘者が害されず、
つまり、基本的に殺意が高いモンスター達の攻撃による痛みが、ダイレクトに反映されるという事なのである。
ライフポイントが残っている限り死ぬ事はないとはいえ、あまりの痛みに気絶してしまい、それがサレンダーと見做されて敗北する事だってあり得た。
「更にオレは武器を《デーモンの斧》に持ち替える! これで攻撃力が1000ポイントアップ!!
そしてフィールドも《森》へと変化! 獣戦士であるオレの攻守を200ポイント高めるのだ!! これでオレの攻撃力は——」
「3000……!」
《ルード・カイザー》の攻撃力は1800。これに《デーモンの斧》と《森》のフィールドパワーソースが加わり、3000という大台に攻撃力が到達した。
「それだけじゃない、オレは永続魔法《
バトルだ! 《
そう宣言しながらルード・カイザー自身が走り出し、ミドラーシュへとデーモンの斧を振るう。ミドラーシュは抵抗したが、虚しくその胸に斧が叩きつけられた。
ミドラーシュが砕け散り、その破片がユーリの胸元へと突き刺さると、太い針を突き立てられたような鋭い痛みが全身に走った。
ユーリ LP:4000→3200
「ぐうっ……!」
慣れない痛みに思わず胸を抑えながらも、その目はしっかりルード・カイザーを睨みながら墓地のミドラーシュの効果を発動した。
そうしないと、痛みで目の端から涙が溢れてしまい、情けない弱音が漏れそうだったから。
「……破壊された《エルシャドール・ミドラーシュ》の効果、発動。ミドラーシュが墓地へ送られた場合、墓地にある「シャドール」魔法・罠カードを手札に加える。
この効果で手札に戻すのは、《
砕けたミドラーシュが、墓地から糸を動かしてエルシャドールの降臨に必要な融合を手札に戻す。
「フン、ちまちまと小賢しい。オレはカードを一枚伏せてターンエンドだ」
ルード・カイザー 手札0枚
フィールド:《ルード・カイザー》(攻撃)《デーモンの斧》《森》《
リバースカード1枚
ユーリ 手札2→3枚
フィールド:《シャドール・ファルコン》(裏守備)
リバースカード2枚
(……これが、実戦の空気か)
指先の震えを押し殺してデッキトップに手を掛ける。たった800ポイント分とは思えない強い痛みを受けて、ライフポイントが本当に自分の命を表しているのだと身体で理解させられた。
そしてこれが本気の殺し合いなのだということも、ここにきて初めてユーリは思い知ったのだ。
「俺のターン、ドロー! 《シャドール・ファルコン》を反転召喚し、リバース効果を発動! 墓地より《
カードの影から勢い良く飛び出したファルコンは小さく鳴き声を発し、それをトリガーに墓地からウェンディがひっそりと現れ、すぐにカードの影に潜って隠れた。
「そして《
その効果で《デーモンの斧》の効果を無効化しろ!」
続いてフィールドに降り立ったのは、薄水色の髪の少女の上半身が深海魚のようなモンスターから生えている見た目のモンスター。
アプカローネが鏡のようなものが嵌められた杖を大きく掲げ、そこから水色の糸を伸ばして《デーモンの斧》を絡め取った。
斧が使えなくなったことで、《ルード・カイザー》の攻撃力が2000にまで落ちこむ。対するアプカローネは2500なので、十分に戦闘破壊ができる数値だ。
「ぬぅ……オレの斧が」
「更に融合素材となったウェンディの効果を使い、デッキから《シャドール・ヘッジホッグ》を裏側守備表示で特殊召喚。
そのままバトルだ、アプカローネで《ルード・カイザー》を攻撃!」
「だが甘い! リバースカード、オープン! 《超カバーカーニバル》を発動!
除外ゾーン以外のあらゆる場所から《EMディスカバー・ヒッポ》一体を特殊召喚し、空いているオレのモンスターゾーンに可能な限り「カバートークン」を特殊召喚!
そしてこのターン終了時まで、貴様は「カバートークン」にしか攻撃を行えない!」
ヒッポと共に現れたサンバ衣装のカバたち。それらは《ルード・カイザー》とヒッポを護るように前に飛び出して踊り始めた。
「なら「カバートークン」を攻撃する!」
「しかしここで《
アプカローネが放った魔法弾は、森と化したフィールドの所々に生えている聖なる木が作る障壁によって弾かれる。
カバは攻撃などありもしなかったかのように踊り続けていた。
「リバースカード、オープン! 永続罠カード《
効果モンスターとして特殊召喚し「カバートークン」を攻撃!」
魔法・罠ゾーンから濃い煙のようなものが飛び出し、それが多頭龍のようになってカバを一体丸呑みにした。
なんとか一体を処理したユーリだが、その表情は険しい。
(脳筋だコイツ……)
ユーリの使うシャドールは特殊召喚を多用する相手に滅法強いカテゴリだ。そのため特殊召喚を多用する相手であれば終始優位に立ち回ることができる。
しかし《ルード・カイザー》のように装備魔法で殴る蛮族ビートダウンデッキには強みを活かしきれず、苦しい戦いを強いられていることになるのだ。
(それならそれでやりようはある。焦ってプレミをしなければ、アドバンテージ差で追い詰められるはずだ)
しかし、その強みを活かしきれない状況でもそれなりに戦えるのがシャドールの強みの一つだ。
デッキが回りはじめるまで、しつこく耐久できるのも特徴と言えるだろう。
「リバースカードを一枚セットしてターンエンド」
ユーリ 手札1枚
フィールド:《エルシャドール・アプカローネ》(攻撃)《シャドール・ヘッジホッグ》(裏守備) 《
リバースカード2枚
ルード・カイザー 手札0→1枚
フィールド:《ルード・カイザー》(攻撃)《EMディスカバー・ヒッポ》(守備) 「カバートークン」×2(守備) 《デーモンの斧》(効果無効)《森》《
「オレのターン、ドロー! 魔法カード《烏合の行進》! このターンの魔法・罠の発動を封印して獣・獣戦士・鳥獣モンスター、一種類につき一枚カードをドローする!
……くくっ、ここで引くか」
フィールドに存在するのは《
デッキからカードを引いたルード・カイザーは犬歯を剥き出しにして笑い、そのうちの一枚をディスクに叩きつけるようにして出した。
「《漆黒の豹戦士パンサーウォリアー》!」
出てきたのは攻撃力2000と高いながらも、自分のモンスターを生贄にしなければ攻撃できないデメリットアタッカー。初代DMで城之内が使ったモンスターの一体である。
「バトルだ! 「カバートークン」を生贄に捧げたパンサーウォリアーで、その目障りな罠モンスターを攻撃!」
「この瞬間、速攻魔法発動! 《
来い《エルシャドール・ネフィリム》!」
瞬間、大地が影に覆われた。
「なんだあれは?!」
「大きいぞ!」
この戦いを見守る騎士や邪教徒たちは、大地に影を落とす天より現れし巨大な人形を指さしてザワつきはじめた。
それが《エルシャドール・ネフィリム》。シャドールのデッキエンジン兼メインアタッカーである。
(なんとか、いけるかな……)
このカードの降臨は、シャドールというデッキが目覚めたことを意味する。
もうシャドールは止まらない。
「《エルシャドール・ネフィリム》の融合召喚に成功し、素材モンスターが効果で墓地に送られたことでヘッジホッグ、《
逆順処理でネフィリムの効果により、デッキより装備魔法カード《
「オレのターンに手札を二枚も増やすだと……!?」
意味が分からない、というのがルード・カイザーの正直な思いだった。
自分のターンに融合モンスターを出されただけで、手札を二枚も増やされたのだ。シャドールの戦いを何度も見てきてエクレシアは見慣れた(といっても若干引いてはいる)光景だが、初めて見る者にはあまりにも衝撃的すぎた。
そして、この戦いを見守っている者達も同じくらいショックを受けていた。
カードは使えば無くなる。アドバンテージはドローカードと、攻撃力を高めれば自然と取れるもの。
それが常識の世界で生きてきた征伐隊の一般騎士たちや邪教徒にとって、シャドールのアドバンテージ獲得能力は理解の及ばないものだったのだ。
「まだお前のバトルフェイズだ。どうする?」
「クソッ……攻撃を中止し、リバースカードをセットしてターンエンド!」
新たに出現したネフィリムの攻撃力は2800。《ルード・カイザー》のフィールドにいる最も攻撃力の高いパンサーウォリアーですら2200(《森》込み)だ。
攻撃力が届かないパンサーウォリアーの攻撃は中断され、リバースカードを伏せてターンが終わる。
ルード・カイザー 手札0枚
フィールド:《漆黒の豹戦士パンサーウォリアー》(攻撃)《ルード・カイザー》(攻撃)《EMディスカバー・ヒッポ》(守備)「カバートークン」×1(守備)《デーモンの斧》(効果無効)《森》《
リバースカード1枚
ユーリ 手札3→4枚
フィールド:《エルシャドール・アプカローネ》(攻撃)《エルシャドール・ネフィリム》(攻撃)
リバースカード1枚
「俺のターン、ドロー! 《
フィールドのネフィリムと手札の《シャドール・ドラゴン》を素材に二体目の《エルシャドール・ネフィリム》を融合召喚!!
融合素材として墓地に送られたネフィリム、フィールドに出たネフィリム、そしてドラゴンの効果を発動!
まずはドラゴンの効果で、その伏せカードを破壊する!」
ネフィリムの背中からまるで翼のように広がる無数の紫の糸が、ユーリのデッキと墓地に吸い込まれていく。
そしてネフィリムによって人形のように吊り上げられたドラゴンが墓地からフィールドに飛び出して、伏せられたカードを炎のブレスで焼き払おうとした。
「させるか! 永続罠カード《ビーストライザー》を発動し、効果を使う!
パンサーウォリアーを除外し、元々の攻撃力分《
焼き払われる直前に発動した《ビーストライザー》の効果でパンサーウォリアーから力を託された《ルード・カイザー》の威圧感は、みるみると膨れ上がっていった。その圧の強さは、並の戦士であれば正面に立つ事はおろか近寄る事すら儘ならないだろう。
……創星神から神の波動を日常的に受け続けているユーリには、そよ風のようなものだったので全く動じていないが。
「……融合召喚したネフィリムの効果処理、デッキから《シャドール・ハウンド》を墓地へ送る。そして融合素材となったネフィリムの効果で《
効果で墓地に送られた《シャドール・ハウンド》の効果発動、モンスターの表示形式を強制変更する!」
「表示形式を変更するだと!?」
「そうだ。俺が選ぶのは……」
デッキと墓地に吸い込まれていた糸が、それぞれカードを移動させる。そしてネフィリムによって全身の糸を操られた《シャドール・ハウンド》は、ユーリの足下で番犬のように御座りしていた。
ルード・カイザーは《
「そこの「カバートークン」だ! 吼えろハウンド!!」
ハウンドの効果で強制的に攻撃表示にさせられる「カバートークン」の攻撃力は《森》の恩恵を受けてもたった200。攻撃されれば大ダメージは免れない。
「これでお前の負けだ」
「もう勝ったつもりか、ふざけるな! ダメージは喰らうが、それでライフが尽きる訳ではない! 次のターンでオレを倒さなかったことを後悔させてやる!!」
「いいや、お前に次のターンは無い……バトル! まずはアプカローネで「カバートークン」を攻撃!!」
「ぐっ……ぬぉぉぉぉおおぉお!!!」
アプカローネが先ほどと同じ魔法弾を撃ち出してカバに直撃させる。衝撃がカバを突き抜け、ルード・カイザー本人にも直撃した。
ルード・カイザー LP:4000→1700
「がはっ……だがこれで「カバートークン」は破壊された!このターンにこれ以上、オレはダメージを喰らわないぞ!」
「それはどうかな」
「なに?」
「自分のフィールドを良く見てみろ」
ユーリがフィールドの隅を指さす。ルード・カイザーがそこを見ると、そこには攻撃表示の「カバートークン」が震えながら残っていた。
「なっ、なぜ「カバートークン」が残って……はっ?!」
動揺したルード・カイザーだが、すぐに気づく。自分の永続魔法《
「そうだ。お前の永続魔法《
「しまった!?」
「速攻魔法《
フィールドのネフィリムでは特殊召喚された「カバートークン」を効果破壊してしまう。それを避けて確実に仕留めるために、ユーリはミドラーシュを再び召喚した。
ミドラーシュと「カバートークン」の攻撃力差分は1900。ルード・カイザーのライフを削り切るのには十分だ。
だがそこで、ユーリの手が止まった。
(……殺らなきゃ、駄目なのか)
割り切ったつもりだった。この世界の
実際に
しかしいざ自分の手でトドメとなると、手の震えが止まらない。だがそれも当然、やっていること自体は殺人と同じなのだから。ただ罪に問われず、自分の手を血で汚さないだけで命を奪うことに変わりはない。
(覚悟したつもり、だったんだけどな……)
ここで彼は、自分で決めたと思っていた覚悟が思った以上に脆いことに気付かされる。本気で人を殺した経験の無い元一般人の彼には殺し合いとしての
だが殺らなければ自分がやられてしまう。ユーリは老衰以外で絶対に死にたくないのだ。特に痛みと苦しみを感じながら死ぬなど真っ平ごめんなのである。
さっきの800ライフ分ですら相当な痛みだった。それがもし4000のライフ全て削られたらと考えると……考えたくもない。
これはこの世界からの洗礼だ。死にたくないのなら、いつかはやらなければならない事なのだ。
「…………クソッ、ミドラーシュ!」
少し逡巡したユーリだが、やけくそ気味に攻撃命令を下した。
ミドラーシュは乗っていた竜にカバを襲わせた。竜は鋭いキバでカバもろともルード・カイザーの腕に喰らいついた。
「ぐあぁぁぁぁぁああぁぁああ!!」
ルード・カイザー LP:1700→0
「………………見事、だ……」
そう言い遺してルード・カイザーは倒れ、それきり動かなくなる。
ユーリはルード・カイザーの死を、次は自分がこうなるかもしれないと強く心に刻みながら最後まで見届けた。それはこの世界で初めて命を奪った戦士への敬意であり、自分への戒めのためでもあった。
ルード・カイザーが倒れ、
「やったのは聖女エクレシア様の付き人ユーリ様だ!」
「あんなに強かったのか……」
「やはり聖女様の付き人。素晴らしい腕前だったな」
この世界では強き者が尊ばれる、原始的なところがある。ユーリが今まで嫌われていたのは、実力ではなくコネで聖女の付き人という役割に就いていると思われていたからだ。実際間違ってはいない。
そのユーリが初陣の
「長がやられた……?」
「む、無理だ。あんなバケモノに勝てる訳がない!」
「邪教徒の士気は落ち込んでいます、今です!」
見て分かるくらい動揺した邪教徒へエクレシアが征伐隊を突撃させる。ユーリの活躍で勢いに乗った征伐隊が長を失い恐慌状態の邪教徒に手こずるはずもなく──ほどなく全員が"祝福"されたのだった。
「はぁ……」
ユーリは今まで感じたことのない疲労感を感じながら、荷車にルード・カイザーの遺体が載せられるのを眺めていた。
誰かが討ったリーダー的存在の遺体はドラグマに持ち帰られて手柄の証拠として大神祇官に献上する事になっている。
その首は広場に討った者の名前と共に晒され、身に付けていた装飾品は国が七割、討伐者が三割を貰える事になっていた。
ただルード・カイザーはデュエルディスク以外に装飾品を身につけていない。そのためディスクは国に取られ、代わりに金銭を支払われる事になるだろうとユーリは考えている。
「にいさま。初陣での勝利、おめでとうございます」
「エクレシア、様……」
「……敬語はいいです。誰も聞いていませんから」
エクレシアはユーリの横に座り、一緒に荷車の方を見る。
積み込みが終わるまでの僅かな時間だが、エクレシアは今ユーリと話をしたかった。
「にいさま。……決して自分を責めないでください。にいさまは何も悪くないんです」
「分かってる。ただ……ショックが大きくてな。簡単に人は死ぬし、殺せちゃうんだなって」
「私も、はじめての
風が吹き抜け、花びらを天へと巻き上げる。それはまるで命が散っていく光景のように見えて──なぜだか妙に泣きたくなった。
「にいさまは優しい方です」
「……どうした急に」
「他人のことを考えているから、にいさまは自分を責めている。でもそれは、誰にでも出来ることではないんですよ。他人の事を想える本当に優しい人でなければ……」
エクレシアの指がユーリの目元を拭う。自分自身が気付かない間に、どうやら涙が溢れてしまっていたらしかった。
「……こんな風に涙が出たりはしないんです。だから私は、にいさまの事を誇りに思います。そして邪教徒も何も関係なく人の死を悲しめる真っ白な心を持った、にいさまの事が私は大好きです」
「…………ありがとな」
エクレシアの微笑みは、ユーリの全てを受け止め抱擁する聖女の優しさが溢れたものだった。
言い訳はできる。仕方がなかった、そういうルールだから。誰もがそう言うだろう。むしろ付き人に相応しい実力を示し、長を討ったという大金星を讃える者の方が多いに違いない。
けれどもやはり、自分を納得させることが出来ない。
ユーリにとって初めて奪った命は、あまりにも重すぎたのだ。
(たった一回でこれか……無様だよな)
荷車への積み込みが終わったらしく、騎士達が数名こちらに近寄ってくる。
堂々と歩くエクレシアの一歩半後ろを全身の震えを誤魔化しながら付いて行き帰路についた。
もうずっと昔に、遊戯王を単なるカードゲームとして遊んでいた自分が羨ましいと少し思いながら。
ユーリ:人が死ぬのを見るのは平気(烙印世界だと罪人の処刑や処罰を広場で行うため見慣れた)。でも自分で殺すのは話が違う。
今回の話を要約すると
「(
の即オチ2コマ。
生命の重さをわからせられた話ともいう。
《おまけ:今回使用したデッキレシピ》
【ルード・カイザー】(40枚ハイランダー)
【モンスターカード】
《シルバー・フォング》《サイクロプス》《ミノタウルス》《ルイーズ》《グリフォール》《キラーパンダ》《プリヴェント・ラット》《黒い影の鬼王》《ベイオウルフ》《牛魔人》《ガルーザス》《ルード・カイザー》《モグモール》《極星獣タングリスニ》《EMディスカバー・ヒッポ》《犬タウルス》《ジャブィアント・パンダ》《漆黒の豹戦士パンサーウォリアー》《激昂のミノタウルス》《素早いビッグハムスター》
【魔法】
《野性解放》《炎王の急襲》《烏合の行進》《エアーズロック・サンライズ》《デーモンの斧》《一角獣のホーン》《魔性の月》《幸運の鉄斧》《愚鈍の斧》《森》《
【罠】
《落とし穴》《はさみ撃ち》《道連れ》《威嚇する咆哮》《闘争本能》《幻獣の角》《ビーストライザー》
【EXデッキ】
なし
以上計40枚