エクレシアに義兄として慕われたいだけの話 作:永続魔法《自給自足》
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「──これは驚きました。しかし素晴らしい。聖女エクレシアの付き人ユーリ、あなたは己の力を確かに示しました」
注意せねば分からないくらい僅かに驚愕を混ぜつつも、心の底から祝福するかのような声色で
大神祇官の前にはルード・カイザーの遺体と、その横で跪くユーリがいる。
「これで多くの者が、貴方を聖女エクレシアの付き人として認めることでしょう。しかしそれに驕らず、今後も精進を心掛けてください」
「はっ」
「それで、今回の褒賞ですが……」
ルード・カイザーの遺体からデュエルディスクを外すと、それをユーリに向けた。
「これは初陣から帰還した貴方への祝い品です。受け取ってください」
「……!?」
この世界では数が限られた貴重なデュエルディスク。それを祝い品と称して渡されたユーリは思わず顔を勢いよく上げて大神祇官を見た。
それは良くて多少の金銭を貰って終わりだと思っていたユーリにとって予想外のものだった。
「聖女の付き人の持つデュエルディスクが聖女エクレシアの用意した借り物のままというのは、あまり外聞が良くありませんので」
「……ご配慮、感謝いたします」
「そして、これから仮面を外す事も認めましょう」
「お、お待ちください大神祇官様! 確かに付き人ユーリの功績は大きいですが、なにもそこまでする必要は……!」
「聖女エクレシアの付き人が他の神徒と見分けがつかないのは宜しくないのです。多くの民は我々のように、仮面を付けた神徒たちの区別をつけられないのですから」
異を唱える教導騎士団の副団長に、大神祇官は言い聞かせるように言った。
ドラグマでは一部の優秀な戦績を残す騎士は、神徒達に着用義務がある仮面を外す事が許されていた。
これは教導騎士団の広報戦略として、見分けのつかない神徒よりも優秀な騎士を覚えやすくし、親しみを感じて貰いやすくするためである。
特に聖女の付き人という注目を集める立場の者が一般騎士と同じ装いであるよりは、堂々と顔出しをして歩く広告塔として役に立ってもらいたいのだ。
「しかし……!」
「付き人ユーリの実力は、我らの神が保証なさっていることです。神の御前に出しても恥ずかしくない優秀な
「ぬぅ……」
それを出されると、という感じで副団長は黙り込んだ。しかし面白くないのは確かだろう。
そもそもユーリは元から教導騎士団に所属していた訳ではない。孤児院から何処かの商店にでも丁稚奉公に出される予定の、何処にでもいる少年だったのだ。
それをエクレシアが指名した事で事態は一変。孤児院の少年が聖女の付き人というのは都合が悪いという理由で、書類上は教導騎士団に所属することになった過去がある。
しかし、元々教導騎士団に所属できるだけの力を持たない一般人だ。その身に宿った"奇跡"の力は余りにも弱々しく、種火一つを起こすので精一杯という有様。体格も騎士向きとは言い難く、剣の心得などがある訳でもない……。
そんなユーリがエクレシアの指名という理由のみで全ての騎士の憧れでもある付き人に選ばれ、その恩恵を受けている。それを面白く思わない騎士は多かったが、その中でも最もユーリを嫌っていたのが、この副団長なのである。
何故ならこの副団長はエクレシアの'付き人選びの儀'で優勝した騎士であり、本来ならエクレシアの付き人として今のユーリがいる位置に居た筈なのだから。
自分が得るべき栄光・権力・寵愛。それらを自分ではなく、騎士にもなれない無力な人間が得ている。それが彼には我慢ならなかった。
今回エクレシアがユーリを征伐隊のメンバーにねじ込んだと聞いて、副団長はエクレシアがユーリに手柄を立てさせたいのだとすぐに気付いた。
だが不可能だと、たかを括っていた。槍すらマトモに使えず、特別"奇跡"が強いわけでもない。そんな人間が初陣で手柄を立てる事など出来るわけがない、と。
そして手柄を立てずにノコノコと帰ってくるのなら、それを理由に糾弾することが出来た。聖女の影に隠れた臆病者として、ユーリの付き人としての立場を更に悪くする事が出来た筈なのだ。
しかしその予想に反して、ユーリは
その結果を疑うということは、神そのものを疑うのと同義なのだから。
「でしたら、私自身の目でも確かめさせて頂きたい。彼の実力が本物であるのなら、もう一度
「なるほど、それも一理あります。対戦相手はどうします?」
「提案した私がやるべきでしょう。教導騎士団副団長として、その実力を見極めたいと考えております」
「……ふむ。騎士団長フルルドリス、貴女はどうお考えで?」
ドラグマ四種の神器である紫色のローブ・白き盾・黒き剣・蒼の杯には一段劣るものの、それでも神器と呼ぶに相応しい力を誇る鎧・剣・盾の三種を身につけし二人目の聖女フルルドリス。
騎士団長も兼任している彼女は、その兜の中から鋭い眼光をユーリに向けながら言った。
「……そうですね。私もおおよそ、それでいいと考えます。ただ、それだけでは少々不足かと」
「といいますと?」
「この
そこで聖女エクレシアが指名した付き人ユーリと、前回の儀式で優勝した副団長が
「フルルドリス……様!? 何を言っているんです! あの儀式は私が勝って決着した筈!」
フルルドリスの急な提案にエクレシアは目に見えて動揺し、そう言いながら詰め寄って周囲の騎士たちに止められていた。
フルルドリスはエクレシアの怒気に怯まず、ただ淡々と言い聞かせるように言葉を放つ。
「付き人は貴女を護る最後の砦。それ故に相応の実力が求められるのです。そしてその実力は、多くの者が納得しなければいけない。
戦場で戦う騎士としては落第点しかあげられない付き人ユーリが
「そんな……!」
「'付き人選びの儀'をやり直す……という事は、その
聖女という役割を共に担っているため、実の姉のように慕っているフルルドリスからの無情な言葉にエクレシアは二の句を継げなかった。
そんなエクレシアを余所に、副団長は目をギラつかせながら興奮を隠さない声色でフルルドリスに確認を取る。それに対してフルルドリスは頷いた。
「そういうことです。ですが、負ければ次はありません。いいですね」
「はっ! フルルドリス様のご配慮痛み入ります」
「付き人ユーリも、それで構いませんね?」
「異論はありません。私の力が副団長に及ぶとは思えませんが、全力を尽くします」
両者の同意を得てフルルドリスは大神祇官へと顔を向けた。大神祇官は頷き'付き人選びの儀'をもう一度行うことを宣言する。
「では一週間後、"決闘場"での模擬
「……………………っっ!!」
その宣言を聞いたエクレシアは、悔しそうに両手をきつく握り締めた。
一難去ってまた一難。命の危険を伴う
◇◇
本来、この世界の
それでも'付き人選びの儀'で
だが、命が取られないとしても気を抜いて模擬
模擬とはいえ
「こうやって見る分にはいいけど……」
その"決闘場"は週に二日、夕方から夜の少し遅いくらいの時間帯まで解放されている。そこでは賞金制の模擬
この大会は教導騎士団が主催しているため賞金額がとても大きく、この大会で優秀な成績を残した者は
その二つの理由が合わさって、この"決闘場"での模擬
「やる側になるとは……」
薄く切って濃く味付けた鶏肉をパンに挟んだホットドッグもどきを食べながら、ユーリはそうボヤいた。
この"決闘場"周辺に出ている屋台で軽食を買い込み、一部の権力者が使うことの許される観客席の一番上で大会の様子を眺めながら食事を楽しむのが、今世でのユーリの趣味である。
「…………にいさま。申し訳ありません。まさか、あんな事になるなんて」
ユーリの横に座っているエクレシアは、誰がどう見ても分かるくらい意気消沈していた。
……今回はどうやら本気で落ち込んでいるらしく、いつもなら二十本は食べている筈の焼き鳥を十五本しか食べていない。
「気にすんな。経緯が経緯だったから、どっかで難癖つけられるとは思ってたからな。それが今来たってだけで」
一般市民の座る席へは大声でなければ声が聞こえないくらい距離があるので、ユーリはエクレシアへの敬語をやめていた。
「でも負けたら、にいさまは……!」
「おいおい。やる前から負ける事を考えてどうするんだよ」
苦笑いでユーリは食べかけのホットドッグもどきをエクレシアの口に突っ込んで無理やり黙らせた。
エクレシアはムグムグと口を動かして黙って咀嚼しながらも、罪悪感を込めた目でユーリを見つめている。
「俺は勝つさ。相手が誰だろうと、絶対に負けない」
「にいさま……」
「幸い、前回の'付き人選びの儀'でエクレシアと副団長が模擬
この世界では、カードの入手難易度の観点からデッキの内容をガラッと変更する事がない。そのため、細かいところはさておき大まかなデッキコンセプトなどに変化は無いと考えられた。
副団長の
逆に今日の
「確か《双頭の雷龍》をエースにした雷族のデッキだったよな」
「ええ。エースモンスターの種族と攻撃の苛烈さから、副団長ジュリウス様は"
「裁き、ね……裁きの雷とでも言うつもりか、たいそうな異名だ」
眼下の模擬
それが決定打となって《シャインエンジェル》をコントロールしていた決闘者が勝利したらしい。勝利の雄叫びをあげる所まで見届けたユーリは席を立った。
「そろそろ行くか」
「ふぁい」
「…………全部飲み込んでからでいいぞ。待ってるから」
口いっぱいに頬張っているエクレシアを微笑ましく思いながら、ユーリはエクレシアが軽食(というには多すぎる量)を食べきるのを待つのだった。
……それから五分もしないうちに軽食を全て胃袋に入れきったエクレシアと共に帰路につく。
煩わしい仮面が無くなり、スッキリした視界で見るドラグマの都市部の感想は、思ったより広いなだった。
「外で頂くごはんって、普段食べるごはんより別の美味しさがありますよね」
「分かります。お祭りの時とかだと特に」
「……でもやっぱり、にいさまと二人で食べるごはんが一番美味しいんですよね。今夜も楽しみです」
「さも当然かのように私がエクレシア様と食事を共にする事になっている……?」
この後ユーリは自分の部屋がある一般騎士の隊舎に戻って夕食を食べるつもりだっただけに、エクレシアの発言に思わずといった声を漏らした。
「そういえば言ってませんでした。にいさまの今の部屋は、今日のうちに引き払って貰いますね」
「急ですね?!」
「急な話ですけど、にいさまの荷物は殆どないから問題ありませんよ」
確かにユーリの私物は殆どない。今の部屋に置いてあるのだって、着替えや使い道のないカードたちくらいのものだった。
だが急に言われれば驚きもする。
「いやそうなんですけどね……なんで部屋を移る必要があるんですか」
「そもそも今まで、にいさまが一般騎士の皆さんと一緒の隊舎に居たのは、にいさまの実力が疑問視されていたから仕方なくしていた措置なんです。
でも
「……」
何を言っても前言を翻したりはしない事を理解しているだけに、ユーリは無言で肩をすくめた。
そしてそれならばとユーリの部屋のある隊舎へと足を向けた。
「あっ、見てください。炒り豆が売ってますよ、一袋買っていきましょう」
「さっきあんなに食べておきながら……夕食は食べられるんですか?」
「もちろんです」
「…………そうですか」
その道中にあった炒り豆の屋台に捕まったエクレシアの非常識な胃袋に改めて戦慄しながら、ユーリは自分の殆どない荷物を取りに行くために一般騎士の隊舎へと向かっていったのだった。
◇◆
月光差し込む大聖堂の《教導枢機テトラドラグマ》前。そこに紫色のローブ・白き盾・黒き剣・蒼の杯の四種の神器を正方形を描くように置いた真ん中に大神祇官はいた。
その前には今日ユーリが仕留めたルード・カイザーの亡骸が置かれている。
「テトラドラグマ様……本日の贄をお納めください」
両膝をつき、両の掌にある聖痕をテトラドラグマに向けながら大神祇官は祈りを捧げる。
するとテトラドラグマの聖者の像と四種の神器が光の粒子を発しはじめた。その粒子はルード・カイザーの亡骸を包み込みはじめた。
(これで六百二十……)
六百六十六の魂を捧げるべく行われている儀式は、これで六百二十の大台に乗る。あと少し……あと少しで、長い時を経て準備を行った儀式は完成する。
あと四十六の魂を捧げたその日が、ドラグマ聖典における福音の日となるだろう。
「…………テトラドラグマ様?」
いつも通りに儀式が行われるのなら、ルード・カイザーの亡骸が光の粒子となって消え去り、テトラドラグマに吸収されるはずだった。
しかしルード・カイザーの亡骸は消えず、テトラドラグマは何かを伝えるかのように小さく点灯する。
「──これは……?」
不審に思った大神祇官が亡骸に近寄り手のひらをかざすと、その理由が分かった。
捧げる魂が存在しないのだ。まるで
ここに転がっているのは、本当の意味で抜け殻だった。魂の残滓すらも残っていない、中身が完璧に抜かれてしまった宝箱と同義である。
「何故だ……今までこんな事は……」
その原因として考えられるのが一つある。この亡骸は今日が初陣のユーリが仕留めたものだということだ。つまりは──
「付き人ユーリの仕業……?」
しかし、それは無いはずだと大神祇官は自身の考えを否定する。大神祇官はドラグマ国民すべての"奇跡"を管理しているのだ。そして魂に触れるような特異な"奇跡"の持ち主は優先的に大神祇官が確保している。
それにユーリの"奇跡"はどんな場所にも小さな火種を起こすというもの。水の中でも種火を起こせるという、微妙に役に立つ程度のものでしかないのだ。
(私の知らない"奇跡"の力とでもいうのか?)
分からない。分からないが、なんにせよ手は打っておかなければならない。ここまできて儀式を邪魔される訳にはいかないのだ。
大神祇官が指を鳴らすと、長い鉄爪を装備した神徒が影より現れた。
「お呼びでしょうか」
「付き人ユーリの監視を行いなさい。我らが神の降臨の障害になる可能性があります。不審な動きがあれば逐一報告をするように」
「ハッ!」
勘違いなら良し。だがそうでないのなら、早めの対処を行わなければならないだろう。
影に溶けるように消えた神徒を見送った大神祇官はテトラドラグマを見上げて手を合わせる。
福音の日は近い。そしてその日を迎えた時、ドラグマは次の領域へと足を踏み入れるのだ。
「ああ──神よ」
テトラドラグマを介して力を与える名も知らぬ神に向かって、大神祇官はただ祈り続ける。
その祈りはテトラドラグマを通して、確かに神へと伝わっていったのだった。