腐った上層部にキレたので、第三勢力を立ち上げました 作:しらたま大福
由基ちゃんから指定された日時にその場所に向かえば、そこにはお団子頭の体格の良い高専の制服に身を包んだ生徒が1人居た。私は彼に見覚えがあった。
「こんにちは、夏油君」
彼の名前は夏油傑君。私の協力者であり、共犯でもある五条悟君の親友だ。私と彼の直接的な絡みはほぼないが、五条君からよく話は聞いている。一般家庭出身ながらも呪霊操術を巧みに操り、特級呪術師として活躍していると。
私の声に彼は振り向いた。そして、どこか暗い声でポツリと声を出した。
「……あぁ、不二子さんですか」
本名は不二子じゃないけど、という言葉はそっと飲み込んだ。まぁ彼のお友達である五条君が私の事を「不二子ちゃーん♡」とふざけて呼ぶから、それに感化されてそう呼んでるんだと思うけど。いい加減に不二子呼びは辞めて欲しいな。
「九十九さんが言っていたのは、あなたの事だったんですね」
「由基ちゃんは私の高専時代の後輩だったの」
私がそう答えれば、「なるほど」と言って黙ってしまった。確実に何かあった様子に私は先輩として色々助言できるかなと不安になりながらも彼の隣に座った。
「で、夏油君は一体どうしたのかな?」
「……呪術師は、非術師を守るために身を粉にして呪霊を祓っていますよね」
「そうだね」
非術師は呪霊が見えないし、祓えない。だから、[[rb:呪術師 > わたし]]達は代わりに呪霊を祓う。当たり前のように行なわれている社会のサイクルだ。
「私は……非術師を守る為に呪術はあると考えていました。でも、最近色々なことが起こりすぎて私の中で非術師の……価値のような物が揺らいでいます」
価値観の揺らぎ。それは一般家庭出身の呪術師であれば、一度は体験するかもしれない出来事だ。私は生憎根っからの呪術師の家系のため、そこまで悩むことはなかったけど。
「――先日、私の後輩二人が殉職しました。二人の遺体は見つからない、残穢からは後輩二人分の呪力が感じ取れた……、きっと彼らは自分たちの命と引き換えに呪霊を祓ったのだと思います。でも……私は弱者故の尊さ、弱者故の醜さ。その分別と受容が出来なくなってしまっている」
夏油君は頭を抱える。
「もう……何が自分にとっての本音かが分からない。」
彼は迷っているのだ。呪術師として命を掛けて戦っているのに、非術師は持っていないばかりに時に傲慢だ。
「この事を九十九さんに相談したら、「非術師を見下す自分、それを否定する自分。どちらを本音にするかは――君がこれから選択するだよ」……と言われました」
「そっか、由基ちゃんらしいね」
由基ちゃんは、良くも悪くも大きな世界を見据えている。私が身近な問題からこの世の中を変えようとしているのに対して、彼女は世界という大きな枠組みで物事を図っている。
あぁ――だから、彼女は夏油君と私を会わせたのか。
「民間の組織を運営している不二子さんは……非術師について、どう思っているんですか」
「非術師かぁ……。そうだね、私は彼らの事を別にそこまで庇護しなければならない存在だとは思ってないよ。彼らだって人間だ、"良い人間"もいれば"悪い人間"もいる。これは術師だって同じこと。だから私は呪術師か、非術師か、なんて些細な問題だと思ってる」
「……じゃあ、不二子さんは何を基準にしてるんですか」
私が一番大切にしていること、それは――。
「私が一番大事だと思ってるのは――その人間が善性か否か」
人間は皆等しく尊い部分もアリ、醜い部分もある。その内なる醜い部分をいかに内面に隠し、他者のために優しくなれるかが大事だ。
「私は自分の権力や、地位のために弱者を貶める人間が大嫌いだ。それは呪術師であっても、非術師であっても変わらない」
私の心には、いつまでも上層部に対する復讐の炎が燻っている。でも、今はまだその時ではない。一人で上層部を殺すことはきっと可能だ。でも、それでは駄目なんだ。
独裁政権はやがて破滅を引き起こし、本当の意味での革命なんて出来ないんだから。
「夏油君、少し私の母の話をしてもいいかな?」
「……不二子さんの、お母さんですか?」
「そう、私の大好きだった母様の話」
夏油君は今、非術師に対する不満で一杯だ。だから、極論ではあるが呪術師の悪い部分も知ってもらう。
「私の母は、"選ばれた人間"だった。母はとても優秀で、優しい人だった。でもある日――私の母は謂われのない罪に問われ、処刑された」
「――っ!」
「その処刑の判断を下したのは誰だと思う?」
「……上層部、ですか」
「そうだよ。きっと上層部は母が受け継いだ力が恐ろしかったんだ。だってあの老害達は革命を恐れる。「いつかこの女が反逆するんじゃないか、呪詛師に寝返るんじゃないか」おじいちゃん達は怖くて、怖くてしょうがないんだ。だから――」
「……"言うことを聞くうちに処刑してしまおう"と」
「そういうこと」
幼い頃は、そんな事なんて考えも付いていなかった。母様の言うとおり、"長い物に巻かれていれば"なんとかなる、そう信じて生きてきた時もあった。でも、それは大きな間違いだったのだ。
私は、少しだけ母様の気持ちも分かる。母様と同じで"選ばれた存在"になり、母親になってみて、子供の幸せを一番に望む母性という感情がよく理解できるようになったから。
「夏油君。選ばれた人間にも、選ばれた人間なりの苦悩や孤独がある。君にはそれを分かってて貰いたいんだ、君の親友がその"選ばれた人間"なのだから」
五条悟は、間違いなく選ばれた人間だ。でも、彼は"最強"だと言われたとしても一人の人間なのだ。最強だとしても、一人は寂しい。
だから――ただの五条悟の親友として、夏油君には立っていて欲しい。
「もちろん、夏油君も選ばれた人間だよ。普通特級呪術師になるのは、並大抵の実力ではなれない。だけど、君はなれた。しかも、一般家庭出身で」
「……そうは、言っても」
「夏油君は、この悩みを五条君に相談した?」
「……してないです」
「やっぱりね」
まぁ、非術師が憎く感じるようになってきた。なんて相談できるわけないよね。
「君たちはもう少しお互いに腹を割って話し合うべきだと思う。青春時代は、喧嘩してなんぼだよ」
青春、それは青い春と書くもの。人生で一度しかない青春は、一生の思い出で尊い物だ。私が高専で甚爾と出会ったように、彼らにもきっとこの出会いは特別な物だと思うから――。
「私だって、学生時代唯一のクラスメイトとたまに殴り合いの喧嘩をしたよ?」
主に私が一方的に殴り掛かって、甚爾は私のことをぶん投げる程度の喧嘩だったけど。何回か校庭をボッコボコのめちゃくちゃにして、夜蛾先生に怒られたけど。
「……ふふっ、女性なのに殴り合いの喧嘩したんですか?」
「そうだよ、フィジカルゴリラの同級生にはポイって沢山投げられたなぁ……」
「フィジカルゴリラ」
「お陰様で、受け身は大得意になった」
指でVサインを作れば、夏油君はクスクスと笑ってくれた。ようやく少し彼の表情が晴れたような気がする。
「不二子さん、ありがとうございます。今度、悟に会ったら殴り合いの喧嘩やってみます」
「殴り合いの喧嘩やってみますって結構パワーワードだね」
「進めたのは不二子さんですよ」
「確かに。あ、夜峨先生の胃は穴を開けない程度にしてあげてね」
「善処します」
これは絶対に答えは「いいえ」ってやつだね。頑張って夜峨先生~! 応援だけはしておくから!
「夏油君。もしも君が何か困ったことがあったら遠慮なく私達を頼って。可愛い後輩のために必ず力になるから」
「ありがとうございます」
さて、そろそろ日が落ちてきた。今日はここら辺で解散にしないと、また甚爾に事案なんて言われてしまう。
「夏油君、この後任務はあったりする?」
「いえ、今日はもう終わりです」
「そっか、じゃあ良ければウチに泊まっていきなよ」
「……え?」
夏油君はぽかーんとした顔で私を見ていた。
「最近そっちは特に忙しかったんでしょ? 高専って本当に人使い荒いよね。呪霊大量発生して大変なのは分かるけど、祓う側にも休息を与えないと倒れちゃうからね」
「…………いや、あの、それはそうですけど……流石にお邪魔するのは悪いかと」
「いいから、いいから! ウチで出るご飯は結構美味しいし、お風呂も広めだよ?」
マッドさんの所には、腕の良い料理人さんを雇ってるし、お風呂も豪勢にポケットマネーを叩いて檜風呂なんか作ったりしちゃったし。たまにお邪魔しにいくととても良い感じなんだよね。
「あと、君の後輩二人も絶賛療養中だよ?」
「後輩」
夏油君が何か怖い顔しながら「後輩、二人」なんて言いながらブツブツしている。確か年齢的に一個下だと思ったんだけど……。もしかして京都校と東京校で違うパターンとか?
「あれ、七海君と灰原君って夏油君の後輩じゃないの?」
「……七海と灰原、生きてるんですか?」
「え、元気だけど……」
「……すみません、今頭が混乱してます」
夏油君が再び頭に手を当てて私に待ったを掛けた。その行動に、ようやく私の中でバラバラだったピースが嵌まった。
「……あの、もしかして夏油君が言ってた死んだ後輩って」
「……七海と灰原ですね」
「あー……察し」
七海君と灰原君。高専に連絡を入れるのを忘れていたパターンだね……。
「すみません、今夜そちらにお邪魔します」
「了解、連絡入れておくね……」
その夜、後輩二人は夏油君にこってり絞られたらしい。まぁ、そうなるよね……ご愁傷様。
*
部屋で書類を片付けていると、携帯が小さく音を立てて着信を告げた。ディスプレイ覗けば、そこには「夏油君」の文字。
最近番号を交換した後輩からの着信に、私は特に何も深く考えずに通話ボタンを押した。
「はい、もしもし。どうしたの夏油君?」
「不二子さんですか?」
電話口の向こうから、夏油君のすまなさそうな静かな声が聞こえてくる。うっすら電話の向こうに聞こえる鈴虫の声に、どこかの田舎か、森にでも呪霊を祓う任務にでも行ってるのかと呑気に思った。
田舎は嫌いではない。雲隠れ期間の間だけ地方に住んでいたが、中々あの時の穏やかな暮らしは悪くはなかった。可能であるならば、いつか呪術師界の膿出しが終わって引退した後、また地方でゆっくりするのもいいかもしれない。
「うん、そうだけど」
「すみません、お忙しいところ電話をかけてしまって」
「大丈夫だよ、私の仕事は最近書類整理ばっかりだから暇してたの」
「それなら良かったです」
「で、一体私に何のご用かな?」
五条君とは違い、夏油君は真面目な子だ。そんな真面目な彼がなんの要件もないのに電話を掛けるはずがない。
「少し証拠を揉み消すのを手伝ってもらってもいいですか?」
「……はい?」
いや、もみ消すって何を??
「あと、出来ればしばらくそちらでお世話になりたいです。子供も二人一緒になるんですけど……」
「まぁ、大丈夫だけど……」
もしかして、何かまた厄介な案件に巻き込まれそうな感じのやつですよね??