腐った上層部にキレたので、第三勢力を立ち上げました   作:しらたま大福

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幕間「彼と彼女の出会い」

 カーテンの隙間から溢れる光に目を細めながら、己の腕の中で小さく寝息をたてる愛しい女の体温に安堵を覚えた。

 視界に入る髪色は、甚爾の記憶の中に今でも色濃く残る紅色とは違うが――確かに彼の腕の中にいる彼女は、あの日甚爾が恋い焦がれた少女であった。頭を撫でるように髪の毛へと手を通せば、記憶よりも短くなった髪の毛が重力に従い掌からこぼれ落ちた。

 

 

 神無月澪花は、禪院甚爾との初めての出会いは呪術高専でだと思って居るが――本当は違う。初めての出会いは、彼らが12歳の頃にまで遡る。

 

 

 禪院甚爾は天与呪縛で呪力が一切無い体質の人間である。呪力が無い代わりに強化された五感によって、呪霊を視認することはできるが――禪院家の人間にとってはそんなことどうでもよかった。「禪院家に非ずんば呪術師に非ず 呪術師に非ずんば人に非ず」と呼ばれるほど封建的な家であり、甚爾はそんな禪院家での扱いは散々だった。

 せっかくのフィジカルギフテッドは、鬱憤を晴らすためのサンドバック扱い。そんな環境に身を置いていた甚爾の自尊心は、底辺にまで落ちたのは想像に難くない。

 

 彼らは、本当の意味での甚爾の価値なんて理解していなかった。

 

 そして、12歳を迎えたある日――。甚爾は禪院家の嫌がらせによって、呪具も何も持たない状態のまま呪霊の群れへと放り込まれた。口では「何も期待していない。命なんていらない」と言ったとしても、いざ目の前に呪霊が現れれば生存本能が警鐘を鳴らし、自然と体は動いた。

 何度も、何度も呪霊を殴り吹き飛ばす。だがしかし、うじゃうじゃと沸いてくる呪霊の群れ、呪力でしか傷を付ける事の出来ない呪霊達を祓うことは不可能だった。今まで満足に鍛錬を積むことが出来なかった甚爾の実力では――この群れを突破することなど不可能だった。

 

「――っそ!」

 

 口元が切り裂かれた。傷口から溢れる血液によって、視界が真っ赤に染まる。いっそのこと倒れてしまえば楽になるのに、どうしても甚爾はその手を止めることなど出来なかった。

 

「……クッソ」

 

 もうダメかと思った、その瞬間――。

 

「受け取ってー!!」

「……は?」

 

 聞こえるはずのない、少女の声が響いた。燃えるような紅い髪がひらりと視界に映る。

 そして、甚爾の元に銀色に光る何かが投げ寄こされた。

 

「1級だけど! 使って!!」

 

 パシリと掴んだそれは――彼女の言うとおり、1級相当の呪具だった。武器が手に入ってしまえば、後は簡単だった。

 

 *

 

 呪霊の返り血と、自らの血を浴びながら甚爾は立っていた。足下には呪霊だったものが転がっており、じゅわじゅわとその体は段々と消えていっていた。初めて呪霊を祓った高揚感、自分の実力を遺憾なく発揮できた充実感に甚爾は呆然としていた。

 そんな甚爾に向かって声を掛けてきた少女が一人。

 

「ねえねえ!」

 

 紅髪の少女は、キラキラとした黄金の瞳でじっと甚爾の姿を見ていたのだ。

 

「貴方、とっても強いのね!」

 

 しかも、少女の口から出たのは甚爾を絶賛する言葉だ。今まで蔑むような言葉しか向けられたことない甚爾は、その発言に戸惑った。

 

「……何言ってんだ、お前」

「え? 私変なこと言った?」

「変なことしか言ってねえよ」

「そ、そんなに変なこと言った?」

「変だ」

 

 甚爾の「変」という言葉に、少女は露骨にショックを受けたようにその目を見開いた。そんな今まであったこのないタイプの人間に、甚爾はタジタジになってしまった。そして、バツが悪そうにそっと目をそらしたのだ。

 

「……俺は呪力がねえから、人じゃねえ」

「私の目には貴方は人にしか見えないけど……もしかして、呪霊?」

「ちげえよ」

「だよね! 良かった」

 

「呪力がないなんてどうでもいいんじゃない。だって、「呪力をまったく持たない」という天与呪縛によって、驚異的な身体能力と頑強な肉体を持ってるんでしょ? それは凄いことだし、貴方は選ばれた人間だよ」

「……俺は、そんなものじゃ」

 

 うつむく甚爾の手を、少女が自らの手で包み込んだ。血で汚れ、お世辞にも綺麗とは言えない状態だとしても――少女は何も気にせずにその手をぎゅっと握った。

 初めてとも言える他人の体温に、幼い甚爾の心臓がぎゅっと掴まれたような気がした。

 

「私は何度でも貴方を肯定するよ」

「……っ」

 

 甚爾のくしゃくしゃに丸めて捨てたはずの自尊心が――拾い上げられた気がした。

 

「それ、あげる」

「……は??」

「父様から万が一があった時用に預けられたけど、私には必要ないから貰って」

 

 甚爾はその言葉に、まじまじと己の手の中にある呪具を見比べた。パッと見たところ特級までこそはいかないものの、ソレは完全に1級相当に分類される呪具だった。

 もしも、これを買うとしたら――ざっと1000万はくだらない。つまり、クッソ高い代物だと言うことだ。

 

「大丈夫、一応お家の人にバレないように呪力を封じる札も付けておくから!」

 

 甚爾は、そういう問題じゃねえと言いたかった。でも、無邪気にニコニコと善意100%で言ってくる少女を前にすれば、そんなことは言えなかった。

 

「澪花様、そろそろお時間が――」

「はーい!」

 

 甚爾とわちゃわちゃしている少女へ、補助監督らしき女性が声を掛けた。澪花と呼ばれた少女は、甚爾に向き合った。

 

「じゃあ、私そろそろいかないといけないから」

「……名前」

「あ、私の名前は神無月澪花だよ。多分同い年くらいだから、もしかしたら高専で一緒になるかも知れないね」

「……高専」

「私は多分東京校に通うと思うから、もしもご縁があったらよろしくね!」

 

 

 *

 

 その日、確かに甚爾は赤髪の少女――神無月澪花に初恋のような感情を抱いた。そして、甚爾は彼女と再び再会することを目標に、呪術高専へと入学した。そこで再開した初恋の相手。これは確かに運命と呼べる物だったと彼は言う。

 

 一度手を取ることを諦めた手を――今度は決して離さないように。今度はきっちりと握りしめ、その小さな体を抱き寄せた。

 

 

「……っ」

 

 ふるりと彼女の睫毛が動き、そっとその目が開かれた。未だ朝のまどろみの中、寝ぼけ眼を緩めながらも彼女の瞳には甚爾の姿が映る。

 

「とう、じ?」

「何だ?」

「――ふふ、だいすき」

「知ってる」

 

 彼女は寝ぼけているときと、お酒に酔ったときによく本音を口に出す。可愛らしい癖だと甚爾は内心笑っていた。

 

「とーじは?」

「――ばーか」

「ひ、ひどい……」

 

 口を尖らせる妻のおでこに口づけを一つ落とせば、彼女は嬉しそうにクスクスと笑った。

 

「まだ早いから寝てろ」

「はーい」

 

 ゆるゆると瞼が下がれば、程なくして再び彼女の小さな寝息が聞こえ始める。完全に夢の世界に旅立った事を確認した後、甚爾はそっと呪いの言葉を呟いた。

 

「愛してる」

 

 決してこの先、一生変わることないこの思いを――。

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