世界に手をかけた勇士がいた。
罵声のような質問が飛び交っている。
『三冠バのミスターシービーが出走しない……なぜでしょうか?』
『今の日本で最も強い三冠ウマ娘が、この国際戦に出場しないとは……』
『せめて相手になる走りをできるウマ娘を出してほしいものです』
第三回ジャパンカップ。
その二日前に開かれた記者会見にて、海外からやってきた記者たちは散々な言葉を投げかけた。
しかし、その言葉に憤れど、怒りを露わにすることのできる陣営は日本にいなかった。
誰もが拳を強く握って怒りに震え、しかし反論もできずに言葉に耐えるのみ。
なぜなら、第一回、第二回のジャパンカップでは日本代表ウマ娘は最高5着。4着までの海外ウマ娘が当時の2400mのレコードを上回るタイムを出すという有様で、まさに"蹂躙"という言葉が相応しい結果になってしまっていたからだ。
――日本のウマ娘の走りはお遊びだ。
そんな声すら聞こえてきそうなほど、外国人プレスたちの目は侮蔑に満ちていた。
(ああ、悔しいなあ)
わたしだって、れっきとした天皇賞ウマ娘だ。
■■■■■■■■■――約束という名を与えられたわたしは、漸く掴んだ天皇賞の盾を手にここに立っているのに。
英語はまったくわからないけれど、ウマ耳で拾ったヒソヒソ声は、明らかに蔑みの感情を含んでいるとわかった。彼ら海外の記者は、きっと日本の三冠ウマ娘が惨敗するところを見たいのだろう。
今まで走ってきた全てが、ばかにされているような気がした。血の滲む思いでしてきた努力も、命を擦り減らして戦ったレースも、魂を賭けて臨んだ勝負も。日本でどれだけ勝っていようとも、誇りごと唾を吐きかけられる。
顔に、かあっと血が集まって、暴れてしまいたい衝動に駆られる。
『ウマ娘のレベルが違うわけですから――』
またひとり、記者が口を開いた。
続く言葉は、三冠バがいないことへの批判、それから、レベルが違うのにこの国際競走を開催することの意義を問うような質問。
日本の誰もが答えられず、暴言の如き質問攻めに合っているときだった。
「あの、いいですか」
口を開いたのは、わたしのトレーナーさんだった。
「ずうっとここに立ってるじゃないですか。日本で最も強いウマ娘が」
え。
「そうだろ?■■■■」
トレーナーさんは、わたしを指さして、少しも表情を変えることなく言い放った。
『は?何を仰っているのか理解が――』
「ですから、この■■■■■■■■■が、日本で一番強いウマ娘が、あなた方のウマ娘のお相手をすると言っているんです」
別の意味で、かあっと顔に血が集まるのを感じた。
ああ、この人は簡単に言ってくれる。
出走を決める前はあれだけわたしの脚の心配をしていたのに、決心をしてからはこうだ。競技人生を終わらせてしまうかもしれない爆弾を脚に抱えたわたしに、出走を許してくれた。
「その通り。わたしが天皇賞ウマ娘。日本で一番強いウマ娘ですよ」
それなら、応えないわけにはいかないじゃないですか。
会見前日、トレーナーさんは、何度目かもわからない同じ質問を投げかけてきた。
「本当に、いいんだな」
「はい。わたしは、きっと今が絶頂期です。だからこそ、ジャパンカップに出たいんです」
「そこまでする必要はないんだぞ……? 競走生活を続ける選択だって――」
縋るように言うトレーナーさんを静止して、私は自分の右脚をそっと撫でた。
もしかすると、わたしは走れなくなるかもしれない。
天皇賞で3200mを走ったダメージが、まだ完全に抜けきってはいない。違和感と、わずかな痛みが右脚に残っている。
それでも、わたしはジャパンカップに出なければならないと思った。
「だって、悔しいじゃないですか」
いくつもの涙が、府中のターフに零れ落ちたのを見た。日本のウマ娘が命を賭して走り抜けたレコードが、いとも簡単に海外勢に塗り替えられていくのを見た。
どれだけ日本で強くなっても、ジャパンカップがある限り、わたしたちの死闘は嘘になる。
これは呪いだ。
『世界に通用するウマ娘を』と掲げた標語が、わたしたちの首を絞める。
だから、わたしは勝って、その呪いを解かなければいけない。
「わたしたちのレースが、遊びなんて言わせない」
――そして迎えたジャパンカップ当日。
「うおおおおおおッ!」
一枠一番の子が好調に飛ばしていく。後先考えないペース配分で先頭を突き進んでハイペース気味に。
後方に出遅れた一番人気ハイホーク。
位置取りは良好、やや後ろにスタネーラ……と、向こう正面に入って周囲の確認をしながら、やけにペースが速いのを感じていた。
「……正気?」
ペースが落ちない。何バ身も開いて、大逃げを打っている。海外のウマ娘は歯牙にかけることなく走っているようだが、この調子ではハイペースになってしまうのではないだろうか。
そして迎えた第3コーナー、それまで大逃げを打っていた子が一杯になって垂れてきた。
後方に流れていく彼女を見送って、スパートの位置を測る。
『ニッポンの、ニッポンのアンバー〇〇〇〇が大健闘!ニッポンの代表ウマ娘としての意地を見せつけてくれるのか!?』
エスプリデュノールとアンバー〇〇〇〇を先頭に、最後の直線へ。
『内にはエスプリデュノール!フランスのエスプリデュノール』
(ここからスパートをかけて――)
ぞわ
後方から、ぞっとするような圧。
振り向くと――。
『どうも、
スタネーラが迫っていた。
「ッ!」
ほぼ同時のスパート。
そしてわずかな右脚の痛み。
周りのウマ娘が背景になって後方へ流れていくのを横目に、スタネーラと並走するように抜けていく。
『さあ400の標識を過ぎました!』
ハーフアイスト、マクギンティを追い越して。
エスプリデュノールとアンバー〇〇〇〇を追い越して。
『天皇賞ウマ娘の■■■■■■■■■来た!■■■■■■■■■来た!』
わたしが先頭に――
――ぶつん。
「ぐっ……あ……!」
右脚から、何かが終わる音がした。
おそらく、靭帯の断裂。
わたしの競走人生、そして、このレースでの先頭、それから、日本の誇り。
あと200mが、こんなにも遠い。
『外側を通ってグッと突っ込んできたのはスタネーラ!アイルランドのスタネーラ!』
大外のスタネーラが、わたしを追い越していくのがスローに見えた。
(これで、終わり?)
呆気ないものだな、と思った。
あまりの痛みにアタマがショートして、景色がスローになって、思考は加速していく。
第一回ジャパンカップの、先輩たちの泣き顔が浮かんだ。
第二回ジャパンカップの、トレーナーたちの手のひらに滲んだ血を思い出した。
東京レース場のレコードが1秒も更新されて、わたしたちのレースは何だったのだろうと思った。
天皇賞を勝ったときの、観客たちの笑顔が脳裏に過った。
ライバルたちと走った記憶が、走マ灯のように後方に流れていく。
「わたしたちのレースは、お遊びなんかじゃなかったッ!」
不思議と、脚が動いた。
痛みでどうにかなってしまいそうなのに、身体は走る姿勢を崩さなかった。
何千何百回何万回と繰り返した練習が、本能となってわたしを動かしていた。
「まだ、終わってないッ……!」
血が出るほどに唇を噛んで、ゴールへ向かう。
『ッ!? このっ……!』
となりでスタネーラが何かを呟いた気がした。何を言ったのかはわからなかった。
ただ、後方から迫っていたときのような余裕はないようだった。
『■■■■■■■■■!スタネーラ!■■■■■■■■■!スタネーラ!』
『二人の接戦!■■■■■■■■■!スタネーラ!』
「あああああああああああッ!」
『はあああああああッ!』
倒れこむように、ゴールラインを横切った。
いや、わたしは力尽きて、文字通りターフに転がるように倒れこんだ。
「はあーっ、はあーっ……」
静まっていく呼吸と、熱を持って割れそうなほどの右脚の痛み。
「■■■■!」
遠くから、トレーナーさんが駆け寄ってくる声が聞こえた。
それでも今は、掲示板の点灯が見たかった。
ぱっ、と光った文字は。
①14 スタネーラ
②6 ■■■■■■■■■
③8 エスプリデュノール
④4 ハーフアイスト
⑤15 マクギンティ
「とどかなかっ、た……」
遠のいてゆく意識と、近付いてくるトレーナーさんの声と、救急車の音。
涙でぼやけた世界がゆっくりと閉じていった。
――その戦いは、あらゆる人々の心を深く抉った。
「今後20年、日本は勝てないのではないか」とまで言った日本人記者を涙させ。日本の観客すべてに突き刺さり。
「海外には遠く及ばない」と思い込んでいた彼らの呪いを解いた。
――また、遠くで療養する三冠バの元にもその戦いの映像は届いていた。
「ジャパンカップ、絶対出るよ。来年」
ひとつ、決意を固めさせた。
――そして、同じ東京レース場。午前にメイクデビューを果たした、未来の三冠ウマ娘にも。
「私は、三冠を獲って、そのままジャパンカップに出ようと思う」
体調不良をも押して、無理矢理出場するまでに至るとはつゆ知らず――。
灯火は、次代へと受け継がれていく。
そして、第四回ジャパンカップ。
「10番人気かぁ、先輩と同じだな」
ぽつりと、あるウマ娘がゲートの中で呟いた。
三冠ウマ娘二人を差し置いて、彼女が世界を獲ることをまだ誰も知らない。