渡辺綱に転生した人物視点です。
煌々と月が天頂で輝いている。迷宮都市外周の城壁の上。オラリオ全体を見回すことができるこの場所で1人物思いにふけっている。
中央にそびえる『バベル』。時代を感じさせる西洋風の町並み。こうして眺めていると、自分が異世界に居るという実感が強まってくる。
なぜ、自分は転生したのか。なぜ、この世界に転生したのか。なぜ、この姿で転生したのか。
渡辺綱。日本の英霊。平安時代に生きた武士。源頼光の配下として、坂田金時らとともに鬼や魔性のものを相手に戦っていた。茨木童子の腕を切り落としたという逸話もあり鬼殺しとして名を馳せた。
本来、ただの一般人だった自分なんかが真似できるような人ではないだろう。転生特典としてこの姿になって、初めに思ったことだった。
この世界に転生して、およそ半年が過ぎた。同じ境遇の仲間も大勢いて、不安も小さかった。しかし、こうして街並みを眺めていると、自分という存在の希薄さを感じてしまう。前の世界の自分とは、似ても似つかない姿。言ってしまえば、創作物の中の世界に、創作物のキャラクターの姿をして立っているという不安定さ。それを強く感じてしまう。
やはり、夜の街並みを見ようと、こんな場所まで来るべきではなかったか。どうにも、情緒が落ち着かない。
昼は仲間とともにダンジョンへ行き、夜はホームで休息をとる。ただ、これを繰り返すだけの毎日。この半年間は本当に、楽しい日々だった。
だからこそ、不安を感じてしまう。これから先の日々に対して。
英霊は、それ自体が完成した人間だ。いや、完成しているからこそ英霊になり、その状態で座に登録されているのか。今までは、英霊としての能力に徐々に慣れていくことで強くなっていくように感じていた。正確には、本来の強さに近づいていっていたというべきなのだろう。
今、その強さの上限に近づいてきている。英霊本来の強さに到達したとき、その先に進むことができるのか。自分にはわからない。
それでも進むしかないか。ダンジョンに潜り限界を超えて偉業を成し遂げる。この世界の冒険者は皆やっていることだ。自分もそうやっていくしかないだろう。
「おーい、渡辺さん。こんなところで何やってるんですか?」
これからの自分のあり方、ひとまず自分なりの結論を出したところで、突然声をかけられた。
下を見ると、沖田が城壁のうえに上がってきている。やけに、体がふらついているなと思ったがよく見ると顔が赤い。そして、手には酒瓶を持っている。ああ、これは完全に酔っているな。
「危ないぞ。酒を飲みながら、こんなところまで上がってきたら」
「だーいじょうぶですよー。これくらいじゃ、酔ったうちにも入りませんって」
完全に酔っ払いの言動だ。
「それよりもー。渡辺さん、やけに思い詰めたような顔して外に出て行くのが見えたんで、ついてきたんですよー。でも、見た感じ、もう大丈夫そうですねー」
「ああ、これから先のことについて考えこんでしまってな。自分なりの答えはでたからもう大丈夫だ」
「そーですかー。いやー、渡辺さんって何考えているかわからないところがありますからちょっと心配になっちゃったんですよねー。渡辺さんは繊細そうな見た目してますし。沖田さんなんかは、モンスター斬りまくるのが楽しくて、毎日不安を感じるようなこともないんですけどね」
そう言う沖田は、酔いがまわっているのか左右に揺れており、かなり危なっかしい。
「感情表現がどうにも苦手でな。渡辺綱というキャラとは関係なく前世からそうだった。まあ、ダンジョンに潜る毎日は楽しんでいる。それに関しては、保証しよう」
「それは良かったです。正直、毎日ダンジョンに誘うのはやりすぎかと思い始めまして」
「今さらだろう。というかもう半年ほど経つぞ」
「いやー、お恥ずかしいことに、転生したことでテンションが上がってしまっていて、ようやく最近落ち着いてきたんですよ」
「そうなのか」
「はい。
ところで、渡辺さんも飲みますか?」
沖田が酒瓶を差し出してきたが中は空だ。いや、どれだけ酔っているんだ?
「あー、疑問だったんだが、なぜそんなに酒を飲んでいるんだ?普段あまり飲まないだろう」
「景気付けですよ。てっきり、もっと重い話になるんじゃないかと思ったりして、追いかけるのにためらっちゃいましてね。お酒を飲んだら、いつものテンションで突撃できるんじゃないかと。
ただ、ちょっと飲み過ぎたみたいで。体が動かないんでホームまで持って帰ってくれませんか」
「おまえをか?」
「はい、ちょっと今動こうとしたら、落ちちゃいそうでして」
「しかたないか。次、酒飲むときは少しおさえてくれよ」
「はい」
沖田を抱えあげてホームへと足を向ける。
これから先、どうなるかはわからない。それでも、せっかくの2度目の人生だ。楽しんでいこう。そう改めて決意した。