それから約10年。大橋市にある一般屋敷よりほんの少しだけ大きな家に彼はいた。彼ーその少年の名は、三ノ輪鉄男。
ーー俺は今日もまた……姉ちゃんの面影を探している。
あっつ。
気だるい暑さにふと声を漏らす。暑さから目を背けるように耳を傾けると煩くけたたましい蝉の声。
蝉は嫌いだ。あれだけ一生懸命に鳴いていたとしても1ヶ月も寿命は持たない。その儚くも健気な蝉の姿が、あの日、命を燃やした姉ちゃんを思い出させてしまうから。
……いけない。これ以上姉ちゃんに思いを馳せるのはよそう。そこから目をそらすように、買い物袋を持って外に出た。
昼間は基本、両親は家にいない。乃木家当主、乃木園子さんの下で一生懸命働いているみたいだ。もう二度と娘のような犠牲を生み出さない為に。俺はそんな両親を誇らしく思う。
……ただ、今日は昼間には帰って来るらしい。なんでも、大赦のお偉方がウチに来るようだ。そのために、早く買い物に行っておくよう伝えられていた。金太郎はサッカークラブの試合でいないから、必然的に俺がやらなくちゃいけない。
それでも、刻限までは結構時間がある……にも関わらず、買い物に出かけたのは逃避の念から来るものだけではない。もう一つ特別な事情がある。それは……
「うーん……。この荷物がなかなか持ち運べんのお……」
「兄ちゃんが僕のもの取ったあぁぁ!」
「違う!お前が俺のもの奪ったんだろ!」
俺が超のつくほどのトラブル体質ってことだ。
なんとか全て解決して、買い物を終わらせることが出来たが、もうほとんど時間が無い。全速力で走っていかないと間に合わない。一応、体力には自信がある。
自分のことだけならばまだしも、親の顔に泥を塗るわけにはいかない。持てるだけの力を込めて駆け抜ける。もう少しで間に合う……そう思った矢先のことだった。
「ママ……どこぉ?うぇぇぇーん」
どこかでお母さんとはぐれて、迷子になってしまったのだろうそんな男の子が、寂しさで泣き叫んでいた。自分の都合だけを考えたら、本当は無視して突っ切った方がいいのかもしれない。ここで時間を食ってしまったら、間に合わなくなるのは確実だ。それでも……俺は……。
はぁはぁ。随分遅くなってしまった。大赦の人たちももう来ちゃってるよなあ……。
だけど後悔はない。お母さんに引き渡せた時の、あの子の幸せそうな笑顔を見られたのだから。これ以上のことはない。
相手の方から家族には自然体のままでいてほしいと言われていたらしいので、その言葉に甘えて、特に改まることなくドアを開ける。すると……、
「母さん、父さん。ただいま!遅くなってごめ……」
「……」
そこには、ブロンドの髪の上品な女性が座っていた。
お互いに言葉を発することなく静寂がその場を包み込む。その女性は懐かしむように、目尻に涙を浮かべている。
ふわりとした、お姫様のようなかわいらしい容姿に、生まれつき備え付けられているような高貴な気品。どこか間の抜けた雰囲気。そして、どこか懐かしさを感じるこの女性は……
神世紀311年8月10日。
これが俺ーー三ノ輪鉄男と、姉ちゃんの親友にして元勇者ーー現乃木家当主の乃木園子さんとの出会いだった。
三ノ輪鉄男と乃木園子のNL小説です。
基本的には本編の設定に準じて話を進めていきます。