愛しき想いはかくばかり   作:胡潮正油

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前編

「不完全変態って痴漢しようと思ったけど結局決心が付かない中途半端なおじさんみたいじゃないですか?」

 

「僕は個人面談で対面の女子高生が中学男子並みの発言をしていて頭を抱えているよ。」

 

○●

 

「そもそも僕は国語の教師です。

そういった発言はせめて生物の教師にしないかな?」

「ほら、あれですよ。ウチの高校って生物の教師は女性しかいないじゃないですか。」

「そうだね。」

「そういうことです。」

「ん?」

「はい?」

 

国語教師・水奈瀬コウは困ったように……いや実際困って眼鏡を外して目頭を抑える。

 

「セクシャルハラスメントって言葉がありまして。」

「驚きました。国語教師なのに横文字を使うんですね。」

「君の中の国語教師像はどうなってるんですかね結月さん。」

「それは勿論敬愛する素晴らしい先生方の一人である水奈瀬先生の顔が鮮明に……」

「その良く回る口を授業の朗読で活かしてくれると非常に助かるんですけどね。」

 

思えば、結月ゆかりという生徒との面談はこれが2回目であることをコウは思い出す。

1回目は人生ゲームを持ち出してきたので付き合っていたら日が暮れた上に呼び出され、月収が見事に減った。クビにならないだけマシか。

 

さて、そんな彼女だが、現在進行形で改造制服を着こなし、面談など最初からする気が無いだろうというほどの不真面目な態度である。

しかし成績は憎たらしいほどに優秀で、教師たちも手を焼いていた。 

その為彼女が2年になると、何かと人付き合いが良く、“使い勝手がよい教師”のコウのクラスに回されたのである。

 

「今日は君の面談時間をわざと最後に持ってきたからね。夜が明けるまで付き合うよ。

仮の進路をそろそろ聞いておかないと僕の教師としての評価に関わってくるからね。」

「では夜が明けるまで人生ゲームします?」

「夜が明けるまでというのは例えだと言う事に気づいてほしかったかな。」

「おっ、今の国語の教師っぽかったですね!」

「国語の教師ですからね。」

 

ゆかりは椅子の背もたれに身を投げ出して、「でもですね〜」と前置きを入れると。

 

「進路……って言われても困るんですよね。

いまいちイメージが湧かないというか。」

「まぁ、そう言う子は多いよ。

具体的な将来のイメージが湧かないって子は多いからね。」

「……うーん。多分ちょっとコウ先生の考えてる事とは違うと思うんですよ。」

「というと?」

「ほら、私って超優秀じゃないですか。」

「強く否定が出来ないくらい憎たらしいほどにね。」

「だから自分がどんな職に就けるかとかは大体想像がつくんですよ。一応興味がある職についてもそこそこ調べてますし。」

「お、偉いじゃないか。」

 

ゆかりは机の上にバッと資料を投げ出す。

そのどれもがしっかりと要点が纏まっており、普段の態度からは一転して真面目な印象を受ける。

 

「ですが、私が“大人”でいるイメージは湧かないんです。

私は、まだちっぽけな子供です。

『今から大人になりますよ』なんて線引きは20歳という曖昧なラインしか無いんです。

大学を出て、就職して、それで私は大人になれるのでしょうか。

……ただ騒いでるだけの小さな子供は大人という蝶に羽化出来ないんじゃないかって時々思うんです。」

 

「……なるほど。」

 

「私は、子供です。いつまでも子供のままで、大人になる為のサナギになれずに今を腐っているんです。

見た目が大きくなっただけで、本質は何も変わってない。

空を飛ぶための綺麗な羽も、身を守る為の固い殻も私には付かないんです。

そんな、不完全変態が私なんです。」

 

そうして、机1つ隔てて出された未来への不安の声は、しかし静寂を感じてその発言者が慌てて取り繕う事でかき消される。

 

「……今の詩はいかがでしたか?

ほら、これで現代文の点数も上げてくれると

「うん、君が思ったより普通の女の子でよかったよ。」

 

が、流れ去りそうな少女の声を教師は掬い上げた。

 

「大人なんてさ、そんな大層なものじゃないよ。誰だって失敗する……って言うと聞き飽きた言葉になりそうだね。

まぁ、テレビの向こうで我が国の政治家のやらかしたニュースなんてものが流れてても僕たちはこうして普通に暮らしていけるんだ。

君一人が中身は子供のまま大人になったところで世界はそんなに変わらないよ。」

 

「それは……、とてもつまらないですね。」

 

「うん、つまらないさ。

そして、そんなつまらなくて変わり映えもしない日常を守っていくのもまた大人なんだ。

それで……、ガワだけ大きい?うん。

それっぽく見えてるのならきっと、本当の意味で君が子供では無くなってるんだよ、もう。」

 

「……それでも、私は不安で、このまま大きくなった自分の体に押しつぶされてしまいそうです。」

「そっかぁ……。じゃあ

 

パン!と手を叩く。それは彼なりの流れを切り替えるルーチンだ。

 

「押しつぶされちゃった時は、また小さくなって僕と一緒に勉強し直そう。

幸い僕はまだ若いからね。君が大人の世界に飛び立ってもしばらくはまだここにいるさ。

‥…今度は、理科の教員免許も取得して待っててあげるよ。水底に飛び込みそうなカマキリさん。」

 

「……ははは。それはちょっと、私にとって都合が良すぎやしませんかね?」

「都合が良くて結構。僕は“都合が良い教師”なんだ。

……あっ、ちょっ!泣かないでくれると助かるかなぁ!

女子生徒泣かしたってなるとただでさえ下降気味の僕の教師としての評価がね!?

ほ、ほら!人生ゲーム!人生ゲームやろう!」

 

結局、2回目の面談も人生ゲームで〆られたのだった。

 

 

水奈瀬コウの月収はさらに下がった。

 

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