叔父さんに引き取られ小学六年生の半ばから転校し、そこから中学生になった俺は周囲に馴染めない。
というわけでも無く。普通に友達を作り、普通に学業に勤しみ、叔父さんとも最初は距離があったけど徐々に打ち解けてきたつもりで小学校を卒業、そして中学校に入学して三年の時が経った。
「もう進路を決めるような時期か」
中学三年生の夏。俺は学校で担任の教師から配布された進路希望調査のプリントを片手に、ベッドの上に寝そべる。
引き取られてからは天宮市から離れているため、折紙と会うこともなくなり互いに携帯電話を持っていて連絡先を持っているのにも関わらず、連絡を取り合うことはなく今彼女が何をしているのか、俺と同じく進路を決めている頃の筈だがどうしているのだろうか。
「約束、向こうはどうだか……」
あの日、折紙の両親の葬式の日に再会の約束していたことを思い出した。
正直、鳶一折紙という少女が自分の中で引っ掛かっている理由もわからないし、ここまで彼女との約束をちゃんと覚えている自分に対して少し引いている。
恋愛感情を持っているか、と言われるとNOである。
だって、別に好きじゃないし。そもそも恋なんてまだしたこともない。
「なんなんだ、本当に」
今の環境が悪いということは全くない。
むしろ叔父さんは本当の親のように接してくれている。不自由もなく、学校生活だって良好で何も文句はない。
叔父さんの帰る時間が安定しないこともあって自分で料理を覚えたけど、それ以外は叔父さんに頼りっぱなしだ。
ただ、それに甘えていることが何となく嫌だ。本当の親から親離れする機会を失って、今度は叔父さんに恩を返したくて大人になろうと知りもしない大人を想像して、そうなろうとしている。
抱いているそれが正しいかは分からないけど、まずは一人でも暮らせるようになるのが、今漠然とやりたいことだった。
「……なら、叔父さんを説得出来て且つ一人でも暮らせそうな場所は──」
天宮市にまだ残されている生家に戻るか、もしくは寮に入ること。バイトもせず、纏まった金もない中学生の自分にはこれしか選択肢はない。
問題は家と進学する学校を決めても別に折紙と巡り合える訳ではないということ。もし、仮に別々の高校に進んだ場合、出会う確率は著しく下がる。
「あぁ、もう……まどろっこしい」
ごちゃごちゃ考えたことは何時だってうまく行った試しはない。
余計なことは考えずに、俺は叔父さんに話すことを整理して天宮市の高校の情報をまとめて、それに向けて準備を始めた。
夏から次の春までというのは受験生に取ってはあっという間に過ぎてしまう期間で、気が付いた頃には受験と中学の卒業式を終えた俺は、叔父さんが管理していてくれた生家に届いた荷物を受け取って叔父さんと共に掃除をしていた。
とはいえ、俺が進路を決めて少ししてから叔父さんが、大方準備を進めていてくれたため、やることと言えば床に掃除機をかける位しかやることは無かった。
「うん、綺麗になった。後は連理君がちゃんとお掃除してくれれば、おじさん安心かな」
「元々叔父さんが準備してくれてたからじゃないか……。ありがたいけど」
そっか、余計なお世話だったかなぁ。と叔父さんは後頭部を掻きながら笑っていたけど、何か言いたそうな表情をしていた。
結局、一人暮らしの準備を最後の最後まで手伝ってもらってしまって申し訳ない。今日は叔父さんの好きな料理でも振舞おうと、スーパーに買い出しに行こうとした矢先、叔父さんに呼び止められた。
「連理君。おじさん、毎日は様子見に来れないし君が独り立ちしたくて、一人暮らしをしたいってのは……分かる。分かるんだけどさ……」
「えっと、叔父さん?」
叔父さんがいつになく、言い難そうな様子でモジモジしていた。先程からそうだけど、いつものほほんとしていて言い淀む姿なんて全然見たことが無かったせいで、少し困惑してしまった。
後で、と言って叔父さんを振り払うのは簡単ではあるが、何となく叔父さんのしようとしている話は今この時を逃したら、もう二度と出来ない気がして脚が動かなかった。
「連理君との生活が三年半くらい経って、いつも通りになってきたと思ってたんだ。だから連理君がこの家に戻りたいって聞いた時ね、嬉しい半分悲しい半分だったんだよね」
「……叔父さん。そんな」
「今まで、連理君はあの事故に関することの話するの嫌そうだったし、無理におじさんを親だと思えって……おじさんが言うのも嫌だったから、連理君が進路を決めてからずっと我慢してたんだけど、良い機会だから言わせてほしいんだ」
叔父さんが本人の言う通り、その時から何も言わずに居てくれたことが分かる位、普段の叔父さんからは想像できない程の時間を掛けて、言葉を選んで、喉を震わせていた。
そういう風に我慢させてしまったことの申し訳なさと、そんな顔をさせたくて一人暮らしをしたかった訳じゃないと、規模は違うけど、両親の事故の時に感じたこんな筈じゃなかったという焦りを感じて、身体が強張る。
「辛くなったら、実家だと思ってこっちの戻ってきて良いからね。勿論この家が連理君の実家なんだけど、おじさんは連理君が料理を覚えてくれて、奥さんが亡くなって独りになったのに慣れちゃって、冷食とかお惣菜を食べるのがいつも通りになっちゃったおじさんが、久しぶりに家族で手料理を食べるのって良いって思ったんだ。
ええと……うーん。だから……そうだなぁ……」
「お、叔父さん?」
途中まで、そんな風に思われていると思って無くてじんわり来ていたのに、締まり切らない叔父さんのおかげなのか強張りも溶けて思わず、苦笑いが出てしまった。
お互い慣れない空気感で、硬直していたであろう表情が綻んで、この三年余りで築いた空気感に戻って叔父さんもいつもの調子になる。
「やっぱり、難しいことは良いや。
おじさんが言いたいのは、例えどんな風に環境が変わっても、どんな事を連理君がやっていても、君を思う人の気持ちは、本当の親でも、その代わりのおじさんでも、変わらないと思うからそれは忘れないでいてほしいな」
「──」
叔父さんに、初めて恩を返したいと思ったのはいつ頃だろうか?
多分、小学校の卒業式の時。来賓席で叔父さんが泣いてるのを檀の上から見た時だった、と思う。
きっと、あの時から、いやそれよりも前から叔父さんは、ただの保護者から本当の親みたいに思ってくれていた。
それなのに、俺は大人になりたいだとか、本当の親がどうとか。そんなことはどうでも良いことだったんだと、今気づかされた。
「──なら、夏休みとかには顔出すよ。俺も叔父さんのこと心配だからさ」
「……そっか、あぁ……安心したよ」
叔父さんはいつも以上に穏やかな雰囲気で、新聞紙を広げて顔を隠したのを見て、これはお腹を空かせて待っていてもらわないと困るかもしれない位に今日の献立の中身を充実させることを考えながら玄関の扉を開けると、数年前に見慣れた筈の風景だけど、当時と比べればかなり視点が上になった光景が広がっていた。
「行ってきます……!」
◇ ◇ ◇
「ふわぁ……ぁわふ」
来禅高校入学式当日。中学時代に地元を一度離れて再び地元に戻ってきたせいもあってか、顔見知りが全く見当たらない状態での環境では退屈でしかなく漏れ出る欠伸を殺しきれない。
一通りの流れを終え、所属クラスの教室で自己紹介や担任教師の話も終わり解散の運びになったのだが、入学式の看板と一緒に写真を撮るアレは叔父さんが忙しい中、仕事を半休にして来てくれたので入学式が始まる前に俺、俺と叔父さんのツーショット、そして何故か叔父さん単体の写真を撮ったので、帰りに撮る必要もない。
近くの席の生徒と適当に雑談をして、空腹になったタイミングでクラスメイトがポロポロと帰り出したので、それに便乗して家に帰ることにした。
帰りに校門の前で記念写真を撮っている生徒とその親を掻き分けて校門を抜け、歩いて十分はしない位置にあるコンビニに立ち寄って暇つぶしに雑誌のコーナーで今週発売の雑誌を立ち読みしていると、コンビニのガラス越しに見覚えのある姿が走り去って行くのが見えた。
腰に届くほど長い白い髪に、髪に三つのヘアピンを付けた来禅高校の女子制服を着た女子だった。
「折、紙……?」
最後に会った時とは変わっているが、彼女の後ろ姿を見た時に数年振りの既視感を感じて確信した。この感覚は鳶一折紙を見た時の感覚に他ならない。
今回は既視感だけではなく、違和感も感じている。今年度に折紙が来禅に入学している事に対して、何か致命的に間違いが起きている気がしてならない。
「また、これか」
折紙の姿が見えなくなった頃に、彼女を追うわけでもなくコンビニで立ち読みしていた雑誌と適当におにぎりを買って、帰宅した。
家の照明をつけずにリビングのソファーの上で横になっていた。
叔父さん云々の言い訳が無くなった今、天宮市に戻ってきた理由は包み隠さずに言えば約束のことしかないのだが、その相手を見つけて何もしないのは、何をしたいのか自分でも分からない。
「何やってんだか、約束じゃなかったのかよ……」
一旦考えるのをやめて、流石に空腹に耐えられなくなってコンビニで買ったおにぎりに手を付けようとした途端、インターホンが鳴りおにぎりの包装を破こうとした手が止まる。
思考と手が止まり数秒固まってしまったが、もう一度インターホンが鳴って我に返る。
「あーはいはい。今出ますよー」
念のため照明をつけてから玄関を開けると、息が上がって肩で息をしている折紙が居た。
ついでに芋けんぴらしき何かを普段ヘアピンを付けてる逆位置に付けている。先程コンビニ前を走っている時は付けていなかったのに何があったというのか、そもそも何で芋けんぴなのか疑問は尽きない。
「連理っ!」
「折紙?」
何でなのか、これならあの時に声掛けてた方が良かったのか。頭が痛くなってきた気がするが、彼女も彼女で俺の右手の辺りに視線が行った気がしたが、すぐにハッとして息を整える。
「久しぶり、連理も戻って来たんだね」
「まぁ、色々あって……とりあえず上がったら?」
流石に玄関先で芋けんぴにツッコミを入れるとご近所さんに見られている状態で、折紙が恥ずか死ぬ可能性を考慮して、家の中に誘導してそこで言おう。
来客用のコップと茶を用意しながら、その算段を立てて言おうと思ったが思いの外唇が重い。久しぶりの再会で約束のこともあって、このシチュエーションで芋けんぴを指摘する勇気は今の俺には無かった。
「お茶どうぞ」
「あっ、どうも……」
それから五分か、十分、それとも分単位ではなく秒単位でも気不味くて時間の流れが遅く感じているのか、相手が喋り難そうなのを気遣ってお互いに黙っているだけなのか。何だか色々どうでも良くなってきて口を開く。
「「 あの! 」」
「「 あ、どうぞ…… 」」
二度被った。クソっ、なんでこんなとこで息合ってるんだ。多分思っていることは同じだからとアイコンタクトで把握した気がしたのでお互いに頷き合って、お互いに口を開いた。
「約束のこと、覚えてるか?」
「何でずっとおにぎり持ってるの?」
「「 あ、そっち……? 」」
バッドコミュニケーション。そういう言葉が似合う状況だった。もしかして約束覚えてたのって俺だけなのだろうか? そうならかなり恥ずかしいし、建前で叔父さん云々で進路決めた俺ってなんだったのだろうか? いや、それよりおにぎりのことを指摘されるなら俺も折紙には言うことがある。
「じゃあ言わせてもらうけど、お前頭に芋けんぴ付いてんだよ!」
「あ……こ、これは同じクラスの人と色々あって付けることになったというか、なんと言うか。そもそも連理だって何故か頑なにおにぎりを手に持ってて私も芋けんぴ付けてる状態で約束の話なんてしたくないよ! もうちょっと状況ってものがあるでしょ!?」
それはそう。いや、でも芋けんぴ付けたまま幼馴染が家に来るのは少しだけ止めてほしかった。溜息を吐いてクールダウンして湯呑に口を付けて一服する。
今のやり取りからして、恐らく折紙も約束の事は覚えているらしい。それは……嬉しい気がする。
「そういえば今日コンビニ前で走ってたけど、何やってたんだ?」
「え、あー……それはその……ね?」
コンビニでのことを思い出して折紙にその事を聞くと、彼女は芋けんぴのヘアピンを外しながら恥ずかしそうに目を泳がせる。
芋けんぴの件があって走っていたのか、走っていたから芋けんぴなのか。どうでも良い話ではあると思うが気になる。
「いや、何も分からん……」
「だから……その、入学式で連理のこと見つけたから終わった後に探してたの! それだけ! お茶ご馳走様でした!」
一瞬言い淀み、その後一口に言い切った折紙は出されたお茶を一気飲みしてから急に家を飛び出してしまった。それに呆気を取られた俺はおにぎりを一度テーブルに置き、彼女を追いかけられないまま一時間程その場で固まっていた。
「そんなの、ダメだろ」
自分の態度に言ったのか、彼女の言動に言ったのか。分からないまま、その日は何もする気が起きなかった。
この前書いた純愛杯より純愛の匂いがしますねぇ。
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