入学式翌日。
折紙が家を飛び出た後、彼女がギリギリ起きていそうな時間に明日改めて話したいという旨のメールを彼女に送って、初回授業故に特段難しい所もない、それどころか楽な日なのもあり、授業を受けていたらあっという間に。という事もなく、むしろ余裕があったせいで体感時間が長く感じた。
そして放課後、屋上に彼女を呼び出していたため急いで屋上に行こうとしたが、クラス内で女子が話している噂が耳に入る。
「昨日、南甲町の辺りでウチの男子生徒が、女子生徒の弱みを握って芋けんぴを髪に付けさせて町中走り回らせたんだってさー……何だっけ、えーと、確か女子の名前は鳶一さんだったかな」
「それ、どんな状況よ。罰ゲームだとしても意味分かんないし……。その鳶一さんって確か初日なのに別クラスの男子が恋人にしたい女子ランキングだか何だかで一位にしてた子でしょ」
妙な尾びれが付いて噂が広まっていた。
何で初日なのに恋人にしたいランキングが出来ているのかとか、そもそも何で芋けんぴ注目されてて男子の方の名前広まってないんだよとか色々ツッコミたかったが、そうすると『未埜君反応し過ぎでしょ、もしかして噂の男子って未埜君なんじゃ?』とか『そういえば未埜君って南甲町に住んでるんだったよね?』と言われて、事実無根の『入学初日から噂の美少女に芋けんぴ装備させて辱め罪』とかいう意味の分からない罪状を突き付けられそうだったので、喉元まで出掛けた言葉を飲み込む。
「……っし!」
噂話に巻き込まれないように屋上に向かい天井のフェンスにもたれ掛かる、折紙から少し遅れると連絡があったので、十分程待っていると彼女がやってきた。
先日と変わらず、長い髪に昔から付けているヘアピン。芋けんぴは付けていなかったが基本的には幼馴染として見慣れた姿の彼女が現れて安心した。
「昨日振り。お前、あのヘアピン家に置いてっただろ」
「昨日振り。ヘアピンは……ちょっと知らないかなぁ?」
惚ける折紙が隣に来て、フェンス越しに町を眺め懐かしむような表情をする。
それを見て自分も振り返ると、大火災で荒れていた南甲町の辺りが復興を終えて形は変わったが、正直全ての建物に思い入れがある訳でもない。
加えて自分の家も折紙の家も運良く目立った被害もなかった。だから、町に対しては特に言うことが無かった。
「戻ってきたって感じするね」
「あんまりこういうの見ても俺は特に無いけど、そういうもん?」
「そういうもんなの」
何でわかんないかな。みたいなニュアンスで言われた。別に町にノスタルジーは感じていない。
どちらかというと、十年以上離れていたならともかく、どちらかというと親は死んだのに町は特に気にしてない。誰も気に止めない。知らない他人の事なんて皆そうだけど、そんな感じがして、折り合いはつけたつもりでも嫌な気がした。
「昨日はごめんなさい」
「何でさ」
折紙がフェンスに向いていた身体をこちらに向き直して、少しだけ頭を下げてきた。
「連理は再会の約束のこと、覚えてて天宮市に戻ってきたのに私は全然違うこと気にしてたから……その」
どうやら昨日のアイコンタクト事故の事を言っているらしい。
何というかアレは笑い話とかの類いじゃないだろうか?
「気にしてない。そもそも折紙も約束のこと、覚えてて俺を探してたなら、コンビニ前で見掛けたのに声掛けなかった俺も悪かった」
こちらも頭を下げるとお互いに頭を下げている状態になってしまったため、お互い様だということ落としどころをつけて頭を上げる。
「それはそうと、連理ってこういうの覚えてる方なんだね。ちょっと意外かも」
「たかだか二年ちょいじゃ忘れない」
我ながら素直じゃない。けど、覚えてた理由も分からないんじゃこう言うしかない。
「これから三年間よろしく」
「ん──」
折紙が握手を求めるように手を差し出した。
その手を取ろうとするが、急にピクリと手が止まってしまう。自分の身体の癖に言うことを聞かない。
「えっと……嫌だった?」
「そんなことは……」
ない。
今まで小学生位の時だったとはいえ、軽いボディタッチの一つや二つ平然とやっていた筈。
しかも、挨拶の握手なんてどうってことない。筈。
だけど、何故か気恥ずかしい九割、いつぞやの脳内警告が一割が邪魔をする。
思考が深化していたが、折紙がちょっとだけ不安そうな顔をした辺りで我に返って手を握る。
「よろしく」
「うん、よろしく」
出来るだけ速やかに手を離して、距離を取る。折紙の手の感触は、よく分からなかった。
「それじゃあ、私は用事あるからもう行くね」
「おう」
そう言って彼女は別れ際に手をひらひらさせて屋上から去る折紙を見送り、数分後は自分も帰路に着いた。
◇
「疲れた……」
その後、俺は真っ直ぐ家に帰らずに自宅の周辺地域を散策してアルバイトの求人情報を探していた。
叔父さんからの仕送りと親の遺産はあるが、今のうちにアルバイトして別の貯蓄をしたい。
というか、アルバイトしてないと暇で死んでしまいそうだ。
結局は見つからず近場の公園のベンチで天を見上げていた。
「そこら辺に楽な仕事転がってないもんか」
暇だからアルバイトを探しているのに、暇そうなバイトを探しているというのも無茶苦茶な話だが、キツイ仕事は嫌なのだ。
ニュースでブラックバイトが~という話を見るがそうはなりたくない。
なんか、こうしているとリストラされて家族に嘘ついて公園で項垂れているダメオヤジみたいだ。
「帰るか」
そう呟いて公園を出ようとすると、足元にサッカーボールが転がってくる。
軽く足の爪先で軽く上に飛ばしてキャッチすると、子供が一人こちらに手を振っているのに気づいた。
「すみませーん! 僕のですー!」
「道路にまで蹴飛ばすなよー!」
ボールを投げ渡すと彼は後ろの方に居た小学生位の集団の中に戻っていって球蹴りを再開する。
それを少しだけ眺めてから家に帰ろうとすると、空間が震動した。揺れで足元が不安定になって転びかけたが、なんとか耐えてその場に屈む。周囲を見渡すと少し離れたビルの屋上から階層回分が削り取られている。
間違いない空間震だ。
「──っ!?」
それから一秒も経たない内に空間震警報が鳴り響いて、最寄りのシェルターの方に人が雪崩れ込む。
この天宮市には空間震用のシェルターが多数存在していて、収まるまでは避難するのが普通なのだが──。
「あのクソガキっ!」
この街に何年か住んでいる人間は避難訓練や親の教育で避難に慣れていて、道の中央で列になって走らず焦らず押さずにシェルターに向かっているのだが、道の端で先程ボールの少年がシェルターとは逆の方向に走っていた。
「避難しなきゃならないってのに!」
数瞬、自分の安全やら色々考えたが全部投げ捨てて少年を追う。
子供だけあって無尽蔵体力に追い付くのは骨を折ったけど、何とか追い付いた。
「避難しないでこんなとこに!」
「ボールがっ! こっちに行っちゃったから! 父さんに買って貰ったばっかりで……」
そんなことのために──。
いや、この子のことは知らないし父親とどんな関係かは知りはしないけど、とにかく、ボールのために落とす命なんてダメだ。
泣きそうになりながらボールを探している少年の抱き上げて、シェルターの方に走る。
中華料理屋か何かの厨房に引火したのか爆発が近くで起きて、その爆風に背中を炙られる。
服に引火はしなかったものの、それでも滅茶苦茶に熱い。
「あっつっ!! ボールは俺のせいで失くしたって言っといて!」
「飛んでる……」
少年は返事をする訳でもなく、俺の後ろの何かに目を奪われているのか、俺の話を聞いてる雰囲気じゃなかった。
正直俺も今はそれを気にしてる場合じゃない。シェルターは閉じなければシェルターとして意味をなさないため、ある程度人が集まったらそのシェルターの入口は閉じられて中から開けないと外からの出入りは出来ない。
「どっかないのか!?」
少年を追いかけるために走り出してから一時間程経過する頃には体力の限界が近く、地面に座り込んでしまった。
後入れ可能なシェルターは近くにはあるが、時間が経ちすぎて人数に余裕があるか分からない。
「はぁ、はぁ……ああクソ、何でこんな」
「あの……ごめんなさい」
「あ、あー……まぁ、大丈夫」
少年も落ち着いてきたのか、もの凄く申し訳なさそうに謝ってきた。
どっちかっていうと、少年のことを気にするよりシェルターに避難してなかったことで、担任や叔父さんに怒られるんじゃないかという方が不安で仕方なかった。
何とか気合いを入れ直して受け入れ可能なシェルターを探して見つけたが入れて一人だという。そうなれば必然的に少年を入れることになる。
「ここは……あと、一人か。良かった」
「でもにーちゃんは?」
少年を不安がらせてしまったが、こればっかりは仕方ない。笑顔を作って彼に目線を合わせるために屈む。
「大丈夫。君より足が速いから、また会おうな」
先程追い付いた足を自慢げに叩いて、開けてもらったシェルターの中に入る少年を見届けから別のシェルターを探しに行く、次に近いシェルターは、確か陸上自衛隊駐屯地前だったはず。
遠くで何かの爆発音が聞こえてくる中、目的地を目指して歩いていると空の方から声が聞こえてきた。
「隊長。逃げ遅れた民間人を発見。保護します」
妙にピッチリしたスーツに空を飛ぶのを可能にしているであろう鋼の翼、軍隊が持つにしてはメカニカルなデザインの銃。
平たく括ってしまえば、プラモデルの雑誌に乗っていそうな美少女メカフィギュアのような格好をした鳶一折紙が険しい顔をしながら地上に降りてきた。
「折紙、だよな?」
「細かいことは後にして」
そのどえらい格好は何? とは言えなかった。
そもそも空間震は災害なのに何故武器を手にしているのかとか色々聞きたいことがある。
でも、今じゃない。今は……そう、目のやり場に困る。
折紙の装着している装備は、今は誘導してもらっているから見えないけど胸元はガッツリ開いてるし、とはいえ後ろは後ろで背中は見えるし、年頃の青少年には中々厳しいものがあった。
「民間人の安全を確認。すぐに現場に向かいます」
駐屯地に案内され一応避難できて安心したのか、緊張の糸が切れてその場で倒れてしまった。
◇
次に目が覚めると病院だった。確か、大火災の時も同じ病院に連れ込まれたから覚えている。
「入学数日で病院行きってマジかよ……」
普通に叔父さんに怒られる。
何時間寝てたかも分からない。固まった身体をゆらゆらと揺らしながらほぐして起き上がる。
身体が痛む訳ではないので、週明けの学校も問題なく登校出来そうだ。出来ることなら皆勤賞は取ってみたい。
それから軽い身体検査をした結果異常無しだったが、しばらく待てと言われてその通りにしていると、自衛隊の部隊の隊長らしい人が来て注意されたのと何個か質問された。
「君、空間震の時にASTの隊員以外何か見た?」
「いえ、何も……そもそも、そのASTって何なんですか?」
「一応機密……と言えば機密なんだけど、ね」
完全な情報統制は出来ない上に完全に秘匿するよりは納得出来るだろうからという理由で、精霊という空間震を発生させている存在と、それを討伐するのが目的のASTという対精霊部隊の説明を受けた。
勿論、誰であっても話してはいけないという約束はさせられて質問は受け付けないと言われ、そのまま健常者は帰れと言わんばかりの勢いで病院を追い出された。
「はー……色々有りすぎだ」
色々有りすぎて疲労感がドっと身体にのし掛かってきた。叔父さんに連絡して、大体のことは伝えると「わかった、近々話し合おうか。今後も気をつけて」とあっさりした返答が帰ってきて驚いた。
もう少しお小言があるかと思っていたが、叔父さんも忙しいのだろうか? いや、近々話し合おうって言ってる時点でかなり怒られるとは思う。
「腹減ったな」
そういえば、学校で昼食を摂ってから何も食べないまま時刻は夜九時。流石に何か食べたい。
目の前には何軒かある飲食店。ガッツリ食べたいが方向性しか決まっておらず、これと言った希望がない。
「青少年。そろそろ補導時間だぞ」
「うぇ? まだ九時じゃ……って、おい公務員」
不意に後ろから肩に手を置かれて驚きながら振り向くと望む反応を見れたのか、ふふっとイタズラが成功して嬉しそうな表情の折紙が居た。
そういえば、さっき聞いた話でASTが陸自の管轄って言ってたからコイツ公務員なんだよな……。
「この時間にこんなとこ来て、何してんの?」
「飯食いに来たんだけど、やっぱ変更」
結局避難した後に会えなかったし、丁度良いか。
家にある程度作り置きはあるし、どうせ話すこともあるだろうという口実で折紙を自宅に招く。
「適当なとこ座っといて」
「何もしないのもアレだし、手伝うよ」
「じゃあ皿出しといて、昔と変わってないから」
「ん、了解」
俺の家だし、作り置きを温める位だったので大変ではなかったのだが、手伝いを申し出てくれたので皿の用意をしてもらうことにした。
皿はキッチンの吊り戸棚にあるため、必然的に折紙の視界は上の方に固定される。その隙を逃さずに芋けんぴのヘアピンを折紙の持っていた通学鞄に仕込んでおく。いい加減持って帰ってほしい。いらない。
「料理とかするようになったんだね、ちょっと意外」
「まぁ……叔父さんがちょっと、うん、アレだったから」
「叔父さんの料理に何があったの?」
ネットで見たレシピを使って唐揚げ作ってくれたのは良いけど、結果は火の通った鶏肉と謎の熱々の粉が完成しただけで、特に何もなかった。
雑談をしながら食事を終えると、何となく会話が途切れてしまう。
「……」
つい、先日にも言葉のごっつんこをしてしまったせいか、お互いに警戒してしまっている。テーブルを挟んで腕や首のちょっとした動作で相手を牽制する不毛な時間を過ごしていると、先に口を開いたのは折紙の方だった。
「そういえば……連理、明後日って空いてる?」
「何でまた?」
「今日、連理が助けたっていう男の子の親御さんが話をしたいって、言うんだけど……さ」
今日が金曜日。なので明後日の日曜日は問題なく暇なのだが、妙に歯切れの悪い彼女を見て嫌な予感がする。ギャグとかそういうのではなく、もっと真面目な方向の話で。
「空いてるけど?」
「……無理に行かなくても、私はいいと思う」
「そんなに?」
折紙が無言で、例の男の子の父親らしき人物の写真を渡される。
受け取った写真に写っている顔には見覚えがあった。
その顔は二度と見ないと思っていた。
「なぁ、冗談とかじゃないんだよな?」
「もしそうなら、遠慮なく殴って良いよ」
写真の男は、四年前に一度だけ会ったことのある人だった。
「……ごめん、今はわかんない」
「無理ないよ……。土曜の夜までに決めてくれれば、良いから。それじゃあね」
心配そうな表情をした折紙は、いつか見せた時の表情と一緒だった気がした。
帰宅する折紙を近所とはいえ一応家まで送ろうとしたら、真顔で──
「私、連理と喧嘩しても負ける気はしないけど?」
「お前それで遠慮なく殴って良いとかよく言えたな」
とにかく彼女を見送った後、両親の仏壇の前で渡された写真をもう一度見る。
「父さん、母さん。俺、どうして良いかわからないよ」
その写真の男は間違いなく、四年前の事故で俺の乗っていた車に衝突した車の運転手の顔だった。
自衛隊特殊部隊員>>>>(越えられない壁)>>>>一般人
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