今から始まるのは、一人の老人の、小さなモノローグだ。
わしの名前は
……わしは21世紀の始めごろに、日本のごく普通の家庭に生まれた、平凡な少年じゃった。小学生のころのわしは、勉強も、スポーツも平凡で、自分はこれが得意だ! ……と、声を上げることも叶わない。
そんな鳴かず飛ばずな毎日を送っている、けれどそれほど不幸でもない、本当に普通の子供じゃった。
……じゃが、大人になるにつれて、この世界のことを段々と理解していくようになっていった。
たとえばそれは飢餓であったり、貧困であったり、戦争であったり、差別であったり。
……この世界にはありとあらゆる不幸が潜んでいて、わしの目に触れない遠い何処かで、今も誰かが苦しんでいることを知った。……知ってしまったんじゃ。
中学生になる頃。いつの間にか、わしは本やインターネットを使って四六時中情報を集めるようになっていった。好奇心……というにはあまりに理性的で、狂気的じゃった。
起きて、おいしい朝ごはんを食べて、学校に行って、授業を受け、おいしい給食を食べて、帰ってきて、ひたすら本を読む。そしておいしい晩ごはんを食べて、インターネットで本で生まれた疑問を解消した。
それを続けていくうちに、わしはいつの間にか勉強が得意になっていた。小学生の頃、自分の個性を見つけようとがむしゃらに勉強して頃よりもずっと、広く、深く。わしは賢くなった。
そこでわしは、自分自身を初めて理解した。
わしの個性。それは「人のため」に頑張れること。じゃった。
高校生の頃。気がつくとわしは起業をしていた。『八雲カンパニー』なんて、ちょっと格好つけた名前を付けて、色々な仕事をこなした。わしがなりよりも幸運だったことは、わしの同級生たちがわしのもとでタダ同然で働いてくれたことじゃ。不思議に思って聞くと、なんでもそいつらはこう言った。
「こんなにでかい大船に、乗らないなんて勿体ねぇ!」
……だそうだ。みんな、いまもまだ、わしのことをずっと支え続けてくれている。本当にわしってラッキーじゃな!
……高校を卒業する頃には、わしの会社は企業として国内トップとなっていた。この結果は経営理念である「世界中を幸せにする」を、社員全員で実行したからだ。
そこからわしは外国にも会社を構えて、主に食糧の生産、インフラの整備、教育・医療の充実、そして働ける場所を提供した。
それから10年も経つころには世界で飢餓状態にある人が0%になった。ひとまずの目標であった飢餓をなくすことは達成された。恥ずかしいことに、世界でも有名になったわしの名前は、世界の裏側の少年でも書くことのできる。とまで言われるほどに広まっていった。
……そこから50年、今日までひたむきに活動してきた。
わしは、80歳になっていた。昔のように無理をすることも段々と出来なくなっていった。
わしはいま、病院のベットに寝ている。
周りには子供、孫、同級生が座っていて、こちらに何かを呼びかけている。
もう、耳が聞こえないからわからないけど、わかってるよ。きっと優しい言葉をかけてくれてるんだろう? ありがとう。ありがとうな。
……わしを想ってくれる人がこんなにも沢山いる。その事実だけでわしは幸せじゃった。
部屋の隅には黒いローブを着て、大きな鎌を持った女の人が立っていた。みんなには見えていないところを含めて考えるとたぶんあの人は死神だろう。
でもやっぱり、実物ってのは違うものじゃな。
わしの知ってる死神は、人の死に、涙は流さないよ。
死神さん。わしは、幸せだったよ。
だから、泣かないでおくれ。
どうか、そんなに悲しまないでおくれ。
わしは本当に、本当に幸せ者だったから。
心残りなんて、何一つ残らないほど最高の人生だったから。
どうか。どうか。君の手で送ってくれないか?
……そんなわしの思いが伝わったのか、死神は袖で涙を拭って、大鎌を構えた。
……じゃあみんなにおわかれを済ませなきゃな。
「みんな……またね」
最後の力を振り絞って、わしはみんなにおわかれを告げた。
──ああ、なんて。
──なんてわしは、幸せ者なのだろうか。
振り下ろされる銀の大鎌がわしの首を通ったとき、わしの意識は、ここではないどこかへと、旅立っていった。
──わしは天寿を全うした。
そう。ここまでが、「八雲貴方」としてのエピローグ。
そしてここからは「魔皇帝アナタ」としてのプロローグ。わしの人生の2度目のスタートじゃ。
……こんな平凡な老人のモノローグに付き合ってくれて、どうもありがとう。
これから紡がれるのは異世界での物語じゃ。そうじゃな……あえて言うならばこうかな?
これは、語り、語られるべき物語──。と。
プロローグ:物語の始まりの部分。序章。
エピローグ:物語の終わりの部分。終章。
モノローグ:演劇や小説などで登場人物がひとりでしゃべるセリフや、その形式。独白、独り言とも。