一番でなくてはならない。
何故そこまで一番にこだわってしまうのか。理由は、自分自身たるダイワスカーレットでさえ、実のところよくわかっていない。
他人に褒められたいからだろうか。認められたいからだろうか。他者を蹴落としたいからだろうか。
仕事で忙しい両親に、思い切り構ってもらいたいから、なのだろうか。
いや、理由など無いのかもしれない。
ともかく、彼女は常に、何時も、一番でなくてはならない。
「はっ……はっ……」
一番で、なくてはならないのに。
年に4度の選抜レース。彼女が戴いたのは、銀の王冠であった。
全て完璧であった。その筈だ。そんな考えが脳みそを右往左往して、より彼女のヘドロは沸き立った。
「ハァっ……っ……」
夢見心地であったのが、急に現実に引き戻される。荒い息のまま、周りを見回すと、そこは練習用のコースであった。
地面に伏せていたり、蒼天を仰ぐ体操着姿のウマ娘を目にして、彼女はその受け入れ難い現実を、認めたくないものを、半ば無理やり飲み込まされる。
無論、味は最低最悪。
「……!!」
その時、スカーレットは自身に近づく呼吸音、そして足音を耳に覚えた。俯いていても、それが誰なのか、一目瞭然であった。
「へへっ……今回は俺の勝ちだなー!スカーレット」
今の彼女にとっては、激しく耳障りであった。
「……」
顔を見ることは出来なかった。既に、自身に冷静さが無いことを理解していたからである。
見てしまえば最後、ヘドロの濁流が理性を押し流してしまうだろう。現に、既に視界が真っ赤なのだから。
「っ……!!!!」
「あっ、お____」
静止の声を振り切って、スカーレットは逃げるように走る。奥歯は噛み砕かれんほどに食いしばられ、疲れからか、動きにレース中程のキレは無ければ、スピードも無い。
しかし、誰も彼女に追いつくものはなかった。
「ぬおー」
そこに行けば、ヌオーは待っていた。
ずかずかと大股で近寄り、見下ろしたスカーレットの影が、ヌオーの身体を覆う。
池の水面に映る表情は、波紋によって波打っている。
「っ!」
「……」
瞬きの合間に、水飛沫がたった。スカーレットの両手で、ヌオーが池から引きずり出されたのだ。しかし、ヌオーはまるで平常であった。
彼女の手から滴る水滴は、赤熱化した鉄を冷ますには、あまりにも足りなかった。
「……」
「……」
スカーレットは、ヌオーを思い切り抱きしめた。少しひんやりとして、しかし、確かな命の感触であった。そして、風に揺れる芝生にへたり込んだ。
ヌオーは、鳴き声一つあげるどころか、やはり表情に変化は無かった。
それが、余計にスカーレットの心に深く刺さった。
「……なんで嫌がったりしないのよ」
「……」
「間抜けな表情してるくせに、アタシに同情してるっていうの」
「ぬおー」
太い尻尾が、まるで宥めるかのように、スカーレットのお腹との間で優しく蠢いた。伏せっていた耳が、ピクリと動いた。
「なんで、そんなに私に優しいのよ」
「ぬおー」
「……意味わかんない、意味わかんないわよ……アンタ……」
そう言ったスカーレットは、ヌオーの後頭部に顔を埋めた。池に棲んでいるというのに、生臭いだとかそういうことはなく、みずみずしく、柔らかい感覚であった。
ひんやりとしたヌオーと、たまに吹く微風が、燃え上がっていたスカーレットの心を、徐々に冷ましていくのだった。
数十分そうして、ようやくヌオーはスカーレットから解放された。ペタペタと体を揺らしながら歩き、池に飛び込んだヌオーは、いつものように、池からスカーレットを見つめる。
「急に抱きついたりして、ごめん」
「ぬおー」
「あー……はぁ、ジャージがびしょ濡れね」
そうごちたスカーレットの表情は、幾分かスッキリとしていた。
腕を回し、思い切り背伸びをした彼女は、胸に手を当て、落ち着かせるようにため息を吐いた。
「……そうよ、一番を奪われたのなら、奪い返してやればいいのよ。立ち止まってる暇なんて無いのよ、アタシ」
心の底に溜まっていたヘドロは、ヌオーの感触で洗い流され、あるのは新しい心の土壌であった。スカーレットは、生きてきた中で1番の充実を感じた。
「フフっ……アンタがいるなら、トレーナーはいらないかもね」
「ぬおー」
わかっているのか、わかっていないのか、そんな鳴き声である。スカーレットは今吐いた言葉を噛み砕いてみて、失笑を浮かべた。
そして、彼女は主に腹回りがひどく濡れたジャージを一瞥した。
「はーっ。走って乾かそ」
ヌオーの生態→なぜかスカーレットにめちゃくちゃ懐いている