ヌオダス。   作:にわとり肉

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 ぬぉぉぉん(出番が少ないヌオーの怒りの鳴き声)


芽吹きのとき

 自分が突き動かされているのは、一体何なのか。

 ダイワスカーレットは、咄嗟にいつも念頭に置いていたものを口に出そうとして、しかし、吃って口を動かすことができなかった。

 自分を突き動かす衝動というのは、一見、いつも呪いのように想起する、“一番を獲る”というものだろうと思えるが、彼女は一番を取らなければならない理由がわかっていないのである。

 そう、わからない。

 

 「……」

 「……」

 

 ごくり、と嚥下音が小さく響いて、池の水面から顔を出している、ボンレスハムのような肉体のヌオーの首が泳ぎ始めた時、ようやく、スカーレットは両の手を強く握り締めた。

 

 「わからないです」

 

 凛とした声であった。

 

 「わからない?」

 

 男の返しに対して、スカーレットの心はさざなみ一つたたず、安定していた。

 

 「はい。だから、私は一番をとり続けて、私を突き動かす衝動はなんなのか、これから探します」

 

 と、スカーレットは胸に手を当て、まるで自分に言い聞かせるように言った。

 すると、男は初めて、スカーレットの方を向いた。そして、真一文字であった口を開いた。

 

 「わからないものを追い続けるというのは、恐怖と苦痛を伴うものだ。それでもお前はやり遂げることができるのか」

 「恐怖と苦痛に怯えているようでは、そもそも私はここ(トレセン学園)に来ていません」

 

 その瞬間、男は胸の高鳴りを覚えた。まるで、目の前のダイワスカーレットが、天上に煌めく太陽を背にしているように感じられたからである。

 

 「ならば、その芯を絶対に曲げるな。障壁を貫け。飛び越えろ。泥を浴びせられようと、涙を流そうと。自分が納得する“一番”をとり続けるんだ」

 

 半ば反射的に、男はそう口走った。言い切って、自分で驚いてしまう程であった。そして、

 

 「っ……!はいっ!」

 

 目を宇宙に散らばった星々のように煌めかせたスカーレットが、再び男の過去の情景と重なった。

 しかし、それはまるで、熱くなった胸に、冷や水を浴びせるかのように感じられたのである。

 

 「……えあ、あの……」

 「あぁ、すまない……用は済んだ」

 

 困惑に訝しみの入り混じった表情のスカーレットから目を離し、男は淀みのない足取りでその場を後にした。

 その背中は、とても小さく見えた。

 

 「……トレーナー、なのよね、あの人」

 

 そう呟いた彼女は、まるで、いつもヌオーがスカーレットに対してしているように、呆然とその残り香を眺めていた。そして、男が消えたことに対して、違和感のようなものを感じていることに気づいていた。

 

 「……」

 

 しかし、遠ざかっていく背中がフラッシュバックし、追いかける気分にはなれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「おい!そこの若造!」

 

 蛍光灯で照らされる、職員室に続く廊下に響いていた足音に、しゃがれた老人の声が混ざった。

 男の体には、それがしつこい汚れのように染み付いていた。

 

 「……先生」

 

 男の前方、自販機の隣のへりに座っていたのは、職員室にて、ダイワスカーレットに男の居場所を暴露した、老人のトレーナーであった。

 次の瞬間、黒光りした缶コーヒーが男の目前に飛んできた。危なげなくキャッチした男は、掌の温かみを感じて、そして、飛翔してきた元に目をやって、思わず口元に笑みを溢した。

 

 「ダイワスカーレットに会ったか」

 「先生がけしかけたわけですか。……いい子ですよ」

 「あの子のようにな」

 

 男は、“先生”の隣に腰掛け、カシュウっとプルタブを開け、中のコーヒーを一気に飲んだ。ただのコーヒーだというのに、それはひどく苦く感じられた。一息ついた彼は、

 

 「……先生が担当すればいいのでは?彼女は優秀です」

 「私はウオッカを狙っているから無理さ」

 「ウオッカを?」

 「あぁ、アレは間違いなく大成する器だ。最後は彼女に便乗させてもらうかとね……それに」

 

 既に殻となっていたコーヒー缶が踏み潰される。乾いた破壊音が鳴って、ひしゃげた缶を拾った“先生”は、男の方を一瞥し、

 

 「お前が育てたダイワスカーレットと、競わせたいからな」

 

 それは、男に深く突き刺さった。

 

 「私は……」

 「過去に囚われていては何も行動できんだろう。お前はもう十分に経験を積んだよ」

 

 項垂れる男を後ろに、“先生”は明瞭に立ち上がり、背筋を伸ばす。パキパキと音が鳴った。そして、一歩前へ踏み出し、

 

 「後は、お前が先へ進める勇気があるか、だ」

 

 “先生”は、そう言ってしわくちゃな笑みを浮かべ、缶をゴミ箱へ入れ、その場を後にした。

 残された男は、ふと、スカーレットの言葉を思い出していた。

 

 「恐怖や苦痛に怯えているようなら、ここにいない、か」

 

 男は、後方の窓から、美しい月夜を眺めた。

 サングラス越しでも、明らかに、男の視線はより鋭く、万物を穿ちそうになっていた。

 男は勢いよく立ち上がり、缶に残ったコーヒーを一息で飲み切った。苦味は、いつのまにか気にならなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝方、綿飴のような雲がオレンジに染まっている下、栗東寮の正門から、赤いジャージを身につけたスカーレットは姿を現した。日課である朝の自主トレーニングである。

 

 「ふんふーん……」

 「精が出るな」

 「うぎゃっ!!?」

 

 まるで、子羊がライオンに睨まれた時かのような悲鳴である。耳を引き絞り、声の方を戦々恐々としながら振り向いた彼女は、その瞬間、呆気にとられたような表情に様変わりした。

 

 「あ、あの時のトレーナーさん!?なんでここに!?まさか……ストーカー!?」

 「お前が朝練しているのは有名な話だ。ストーカーなどしていない」

 

 と、冷静に弁明した、グレーのジャージにヘルメットを身につけた男は、低いエンジン音を鳴らすバイクに跨っていた。

 訳もわからず、立ち尽くしていたスカーレットに、

 

 「……単刀直入に言おう。俺はお前を鍛え上げることに決めた」

 「……!!!」

 「お前がこれから成す事の、助けになりたいんだ。どうだ、お前が良いならば、俺はお前のトレーナーとして____」

 

 言い切る前に、スカーレットは動いていた。ウマ娘専用のレーンに入った彼女は、

 

 「……朝練、見てくれますか、トレーナー」

 「……!!!!」

 

 再三、彼女の姿が、記憶の中のあの子と混じった。

 しかし、男の胸に灯った炎は、むしろ燃え盛るようであった。




 スカーレットの生態→チョロい……チョロくない?

 前話の内容改訂してるので絶対読んどいてよな!
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