アニメの視聴とアプリをプレイしておりますが、設定の破綻などが出てくると思います。その時は生暖かい目で「そうなんだ……」とスルーしていただけると幸いです。
この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
第1話 『俺』から『私』へ
どうやら俺は死んだらしい。何も見えない暗い空間でそんなことを思う。
意外と冷静だな、さすがだな俺よ。
……いや、だいぶ混乱してるぞ……。ちょっと、なんで死んだか思い出してみるか。
確かあの日は、120連勤を終えて久しぶりに休みを貰ったんだったか。
とんでもねぇブラック企業だな。ふふっ……おっといかん、変な笑いが出ちまったぜ。るんるんウキウキで珍妙なステップを刻みながら家賃3万円のワンルームマンションへ帰宅した俺はアプリ『ウマ娘』を起動した。
「お疲れさま、お兄さま。……遅くまでお仕事させてごめんね。ライスも、もっとがんばるね……!」
好き。あっ! ただいまライスちゃん! ライスちゃんはいつもがんばってるよ! お兄さまいっぱい褒めちゃうぞ! えらいっ! 好き! あぁ〜! 五感が幸福を享受するぅ〜!
……なに? 視覚と聴覚しかライスちゃんを感じられないじゃないかだって? これだから素人は……。いいか? まず視覚と聴覚はもちろん目の前にいる宇宙一かわいいライスちゃんの姿……あっ、お顔が綺麗……好き。まつ毛長い……好き。やだあたし死ぬわよ……。あ゛っ……どうやら致命傷で済んだな。次にこの世のありとあらゆる幸福が音となったお声を聴い……あぁ、なんと尊い……。好き。ワタクシ感動のあまりに咽び泣いております……。ここまでは素人でも理解るよね? 嗅覚と味覚と触覚を説明するよ? まず、ライスちゃんの存在を知覚します。簡単ですね? すると、なんということでしょう……爽やかな太陽とお花畑のような香りがしてきますね? それがライスちゃんの香りです。諸説あるけど私はそう感じました。そうすると自然と舌が空間に触れますね? 今、あなたは極上の甘味を口にしたような感覚を得ました。そう、それがライスちゃんオーラです。本物のライスちゃんを舐めるような事をしたら宇宙が滅びます。正確にいうと俺が滅ぼします。お兄さまに不可能はありません。いいですね? ……おや? ライスちゃんがこっちのことを心配そうに見てきますね? ごめんねライスちゃん、お兄さまは大丈夫だよ。微笑んでくれました、かわいいですね。慈しみを込めて頭を撫でてあげましょう。その絹のような髪の感触が、ひだまりのような体温が、その愛しさが感じられるでしょう。もうおわかりですね? ライスちゃんを五感で感知することが出来ました。これであなたも立派なお兄さまです。
話が逸れてしまった……えっとなんだっけ、……そうだ俺の死因を思い出していたんだ。このあと確か「ただいま、ライスちゃん」って言った後、段々と意識が無くなって気づいたらこの暗黒空間にいたんだ。
……まあ何もできないから大人しくしておくか。この後は一体どうなるのだろうか。このまま意識が消えるのか、それとも転生するのか。
もし、次に生まれ変われるとしたら、贅沢かもしれないが花か植物あたりがいいな。
できれば青い薔薇がいい。もしかしたら、ライスちゃんに手に取ってもらえるかもしれない。
個人的には白百合とかもいいと思う。ライスちゃんの好きな青い薔薇を調べている時にたまたま見かけたんだけど、なんというかすごく綺麗だった。
花言葉も純潔や汚れなき心とか、俺とは縁のないものだけど、もし生まれ変われたのなら、また人として生きられるなら次こそは誰かを、俺を、あ……────
誰かが俺を抱きしめている。暖かくて心が落ち着く。キラキラとした雫がこぼれ落ちてきて、それが人だと気づく。
「あぁ……はじめましてかわいいかわいい私の子……。私があなたのお母さんよ」
「君に似て、とてもかわいいね。はじめまして僕が君のお父さんだよ。……どうしたんだい、スズラン?」
「……名前が降りてきたの。あなたの名前は『シロノリリィ』。とっても素敵な名前ね」
「そうかい、もう名前が降りてきたんだね。それじゃあ、リリィ」
二人の声が重なる。
「「生まれてきてくれて、ありがとう」」
今日ここで『私』は産声をあげた。
ママ! おっぱい!!
おっと、その通報は私に効く、やめてくれ。
言い訳をさせてもらうとだね、私はどうやらウマ娘として転生したらしい。
ベイビーである私は授乳を受ける権利を有しているのだ。合法なのだ許してくれ、などとくだらない事を脳内で考えながら乳を貪る。
チラリと、私に母乳を与えてくれる人を見れば、どうしたの? と優しい顔で微笑んでくれた。
穢れのない白い髪に馬のような耳を生やし、少し緑が混じった黄色い瞳は宝石のように美しい。シミひとつない肌に、極上の果実を思わせるその唇は、人々の視線を捉えて離すことはないだろう。
──美しい。私の少ない語彙力では、その美を表すことができない。
ママぁ……しゅきぃ……。
いかんいかん、昇天するところだった。
彼女「シロノスズラン」は私の母であり、ウマ娘だ。最初はよく似た別の種族かな? なんて考えていたが、彼女の耳を眺めていた際に私達はウマ娘という種族なのよ。と教えてもらった。
私達、ということは私もウマ娘だと告げているに等しい。
頭の方に意識してみると、ピコピコと耳が動いた。前世の時にはない感覚だった。おもしろーい!
まあそれはいい、むしろ幸運だった。
社畜からウマ娘になったのだ。よくて畜生や植物になるだろうと予測していたから、これは嬉しい誤算である。
120連勤して死亡した私を哀れに思った神様が、せめて好きな世界で新たなる人生を歩めるように慈悲をくれたのだろう。
腹を痛めた時とガチャを引く時しか祈ったことのない神様に、初めてまともに感謝を捧げた。ありがとう神よ、今度はブラック企業に就職しないでウマ娘ちゃん達を推します。
推しといえばそうだ、これが1番大事な事だ。
ライスシャワーはいるのかどうかだ。
前世で私はお兄さまだったのだが、彼女を推せないなら私は、神様に向かって中指を突き立てなければならない。唾を吐くのはちょっと心が痛むのでやめておいてやる。
あぁ、ライスシャワー、私が愛したライスシャワー。
また君に逢いたい。もし、また君と逢えたのなら私は──
満腹になったのか、ウトウトとしだした我が子を優しく撫でながらシロノスズランは言う。
「お腹いっぱいになっちゃったのかしら? いいのよリリィ、たくさん食べていっぱい眠って、大きくなるのよ」
かわいらしいゲップを出し、愛しい我が子はすやすやと眠り出した。
その幸せそうな寝顔に思わず笑顔が溢れる。
「おや? リリィは寝ちゃったのかい?」
最愛の夫がそう声をかけてくる。
「見て、この寝顔。天使としか言いようがないわ」
我が子にデレデレな様子になんというか、母親なんだなぁと思いながらすやすやと眠る赤ん坊を見る。
「……この子はこれからどんな人生を歩むのかなぁ。……もしかしたら三冠ウマ娘になったりして」
と冗談めかしていえば、クスクスと彼女は笑った。
「そうなったらすごいわね。……でもね、私はそんなのどうだっていいの」
我が子を撫でながら彼女は言う。
「今ここで、生まれてきてくれて、生きているだけで、特別なの。……ねぇ、リリィ。私のかわいいリリィ。改めて言うわ」
この世で最も尊いものに触れるかのように、慈しみを込めて撫でながら彼女は言う。
「生まれてきてくれて、ありがとう」
その光景は、まるで絵画の中の聖母のようで彼の心に灼きついた。
おぎゃってバブってすやすやポンして私は5歳になった。
初めて「ママ」と喋って泣かれたり、よちよちとハイハイをしてキャーキャー騒がれたり、トテトテと歩けば宴が始まったりしたが、私は毎日元気に過ごしている。
両親に(紹介を忘れていたが、父親は『白井賢司』という)レースを見たいとかわいらしくお願いすれば、「君も立派なウマ娘なんだなぁ」と笑いながらもテレビを見せてもらえた。
前世のアプリで見たことのないウマ娘達がたくさんいて、どのレースも見応えがあった。おめめキラキラ幼女である。
ふと、ウマ娘は、どこかの世界の名馬の魂を宿したとかどうとかいう知識を思い出し、己のウマソウルはいったいなんなのかと考えた。
自分は人から転生したので、ウマソウルは入ってないと思ったが、馬車馬の如く働く社畜は馬みたいなもんだから、実質ウマソウルだなと、一人で納得して頷いた。
名付けるとしたら「シャチクブラック」か「レンキンシャチク」あたりだろうか。
そんな恐ろしい名前じゃなくてよかったと、アホな事を考えた後、自分の名を思い浮かべる。
『シロノリリィ』
なんともまあかわいらしい名前だ。今の私にとても似合っている。
私の見た目は母譲りの美しくも可憐な容姿をしている。
自分で言うのもなんだが、お人形さんのような整いすぎた容姿をした私は、ご近所でも評判の美幼女である。ぶいぶい。
肩まで伸ばした絹のような白毛。顔は神様が自ら手掛けたような、精巧で作り物のような愛らしさと美しさが両立した、まさに芸術的な仕上がり。
白銀の睫毛と煌めくその瞳は、そこいらの宝石がただの石ころのように見えてしまう。…褒め出したらキリがないのでここらへんでやめておくが、私はとんでもなくかわいいのだ。
初めて鏡で己の姿を見た時「このかわいいこはだぁれ?」と思わず呟いて、両親に笑われてしまったのは少々恥ずかしかった。
そんな平和な日々を過ごしていたある日、両親の仕事の都合でお引っ越しをすることになった。
どんな仕事をしているのかはよくわからないが、その健康そうな顔からして社畜ではないことだけは確かだ。
社畜だったら泣いてしまう。私は今生の両親のことが大好きだ。健康なまま長生きしてほしいと思っている。
今の私は少し思考することが多いぐらいで、精神は普通の幼女である。
社畜in幼女故に不気味な子どもだとか思われないだろうかなどと思っていたが、精神は肉体に引っ張られるらしく、大人びているだとか神童だとかそんな転生主人公扱いを受けたことはない。寧ろめちゃめちゃ甘やかされている。ママもパパもだぁいすきっ!
前世の両親は、私を音が鳴るDXサンドバッグか、500円置いておけば勝手に成長する穀潰しぐらいにしか思っていなかったようだが、もう関わることはないのでどうでもいい。
いや、ウマ娘の世界に転生出来たから寧ろ産んでくれた事に感謝しよう。サンキュー!!
引っ越し当日、ご近所さんに挨拶に行くことになった。おともだちができるといいなぁ…わくわく!
そこで私は、前世で最も愛したあの子と出会うこととなった。
「おかあさま、きょうおとなりにあたらしいひとがおひっこししてくるってほんとう?」
「そうよ。もし歳が近い子がいたら、お友達になれるかもしれないわね」
「わぁっ……! あのねっ、おともだちになれたらね、ライス、いっしょにえほんをよみたいなっ!」
「ふふっ。それはとっても素敵ね」
玄関のチャイムが来客を告げる。
「あら? もしかしてもうお引越ししてきたのかしら? ……ライス、一緒に確かめに行く?」
「うんっ! たのしみだなぁっ!」
玄関の先から声が聞こえる。優しそうな男女の声と、かわいらしい小さな女の子の声だ。
「すみません。今日引っ越してきた、白井というものですが──」
母親の背に隠れながらそっと声のする方を覗くと、そこには優しそうな眼鏡をかけた男性とお姫様のような綺麗な白毛のウマ娘と妖精のような可憐な小さいウマ娘がいた。その小さなウマ娘の美しさに目を奪われる。
「──ようせいさんみたい。……えっ?」
目と目があったそのとき、その小さな少女はボロボロと大粒の涙をこぼした。
「リリィ!? どどどどうしたんだい!? お腹が痛いの?」
「リリィちゃん!? あっ、あの…そのすみませんこんなこと今まで一度もなかったのに…大丈夫? リリィちゃん?」
その様子にライスシャワーの母親もあたふたとしている。
引っ込み思案なライスシャワーはこういう事態に陥ったとき、いつもならば慌てて両親の後ろに隠れて気配を消すのだが、この時は自然と──寧ろ自分が、という運命的な何かを感じ小さな少女の手を取った。
「だいじょうぶだよ、なかないで……」
安心させるように、優しくライスシャワーは言う。
すると少女は、さらに大粒の涙を溢しながら想いを告げる。
「……あのねっ、わたしはねっ……あなたにあうために、うまれてきたの……」
初対面でいきなりこんな事を言うものだから、両親達はとても困惑していた。だが、ライスシャワーはこの言葉をすんなりと受け止めた。──きっとこれは、運命の出会いなのだろう。
「ライスもね、そうおもうの。なんでだろう……はじめてあったのにね。ライスは、ライスシャワーっていうの。……ねぇ、あなたのおなまえをおしえて?」
手のひらを合わせて指を絡め、お互いに見つめ合いながら問いかける。
「…わたしのなまえはシロノリリィ。あのねっ! わたしとおともだちになってくださいっ!」
「もちろん! ライスもね、あなたとおともだちになりたいなぁっておもっていたの!」
そう告げると小さな少女は太陽のような満面の笑みで彼女に抱きついた。
「ライスちゃんっ! すきっ!!」
いきなりの発言にライスシャワーは、顔をトマトのように真っ赤に染め、あわあわと慌てた。少女は動揺する彼女を気にする事なく、幸せそうにぐりぐりと胸に顔を押し付けていた。
すきっ、すきっ……と想いを漏らしながら頬擦りする少女を見て、ライスシャワーはまだ真っ赤な顔に微笑みを浮かべて優しく頭を撫でる。
その様子を見て両親達は苦笑しつつも仲良くなれそうだと思った。