すきすきだいすきライスシャワー   作:パゲ

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第11話 デイリー杯ジュニアステークス! 限界なんてぶっ壊します!

 サウジアラビアロイヤルカップの祝勝会を終え、疲労を回復させたシロノリリィはトレーナーとライスシャワーと共にアッシュストーンとの対決に向けての対策会議を開始した。

 

「じゃあ早速だけどデイリー杯ジュニアステークスの対策兼トレーニングの方針を発表するわ。まずこのレースの有力ウマ娘だけど、これはアッシュストーンとリリィ、あなたよ。他は無視していいわ。それを踏まえた作戦なんだけど……まず、今回のレースは先行策で行くわ。アッシュストーンよりも前を維持しつつ、早めに仕掛けて距離の優位を保ったままコーナーを回り、その勢いのまま最終直線でぶっちぎる! こんな感じね。そして、アッシュストーンに対するマークは一切しないわ」

「アッシュちゃん対策なのにマークしなくてもいいんですか?」

「そう、そこが肝心なの。いい? アッシュストーンはマイルも走れるスプリンターよ。今までの彼女が走って来たレースはメイクデビューを除くと全てが短距離なの。そして練習メニューはスピードとパワーに重点を置いたものとなっているわ。ここがリリィとの大きな違いよ」

 

 トレーナーはノートパソコンに纏めたデータを2人に見せる。そこにはアッシュストーンのこれまでのトレーニングデータやレースの結果などがわかりやすく纏めてあった。

 4戦3勝。勝ったレースは未勝利戦、GⅢ小倉ジュニアステークス、もみじステークスだ。敗北したレースはシロノリリィと戦ったメイクデビューのみとなっている。

 スプリンター故に短距離をメインで走っているがマイルも問題なく走れる。今回のレースは1600mのマイルなので経験で言えばシロノリリィの有利だが、アッシュストーンならば普通に対応してくるだろう。

 

「リリィは今はマイルをメインに走っているわね? そして将来的に中、長距離を走る為にスタミナに重点を置いて、サブにスピードを鍛えている。この事から恐らく最大スピードは現時点だとアッシュストーンの方が上だと考えられるの。あの娘はスプリンターだしね。で、だからこそさっき言った作戦に繋がるのよ」

「……スタミナの有利を活かして距離を稼いで、スピードに劣る不利をなんとかするんだね、お姉さま。マークをしないのは少しでも前に出るためだね」

「そう、その通り。さすがよライス。その事を踏まえてこれからデイリー杯ジュニアステークスまでのリリィのトレーニングはスピードトレーニングをメインにやっていくわ。アッシュストーンに負けないぐらいに仕上げてみせるから覚悟しててね!」

「わかりました! よーし、リリィちゃん頑張ります!」

「ライスもお手伝いするね、リリィちゃん!」

 

 打倒アッシュストーンの為に3人は気合を入れた。次のレースはこれまでの戦いの中で最も厳しいレースになるであろう。恐らくこれがシロノリリィにとっての最初の壁になる。そんな予感をトレーナーは感じていた。

 そして時間はあっという間に過ぎレースの前日となった。現在はデイリー杯ジュニアステークスの開催される地である京都のホテルに3人で宿泊している。

 やれるだけのことはやった。後は己を信じて進むのみである。

 

 

 

 

 

 決戦前夜。2人の少女は京都の夜空を眺めながらゆったりとした歩みでホテル周辺を散歩していた。楽しそうに歩くその姿は可憐な容姿も相まって、とても明日レースに出る者には見えない。

 当然のように繋がれた手はお互いの指を絡め繋ぐ、所謂恋人繋ぎと呼ばれるものだった。

 夜空よりも輝くその金色の瞳は煌めく星々の光を吸い込み、その美しさをより一層際立たせていた。

 純白の髪が月の光をきらきらと反射しシロノリリィを怪しいほど美麗に飾っている。ライスシャワーは見惚れていた。幻想の中から抜け出してきたかの様な美しい白い少女に。

 

「……リリィちゃんは、明日のレース……どう?」

 

 曖昧な質問をしてしまった。少し困らせてしまうかもしれないと思い訂正しようとするが、シロノリリィは気にする事なく言葉を紡ぐ。

 

「……? ……明日のレースはね、ちょっぴり怖いよ。でも楽しみなの」

 

 穏やかに微笑みながらシロノリリィは答える。彼女の笑顔を見るだけで、心が熱を帯びる。

 

「……メイクデビューも次もその次も。どのレースもみんな強かった。……でも、本当の全力──『命懸け』のレースじゃなかったの。……明日はきっと、そうなる」

 

「……リリィちゃんの最初の全力のレースがアッシュさんとだなんて……ずるいなぁ。……はじめてはライスが貰いたかったのに」

 

 それに対してシロノリリィは困った様に小さく笑った。釣られてライスシャワーもくすりと笑みを漏らす。

 

「……ねぇ、ライスちゃん。見ててね、私が勝つところ」

 

「……ライスがリリィちゃんから目を離すわけないよ?」

 

 ライスシャワーの紫水晶の様な瞳が真っ直ぐにシロノリリィを捉えた。嘘偽りのない曇りなき本心に顔が熱くなる。

 

「…………あんまりそういう事言われると、ちょっと……その……顔、赤くなっちゃうから……」

 

「……やめないからね?」

 

「…………」

 

 嬉しさと恥ずかしさから、シロノリリィは頬を赤く染め顔を横に逸らした。そんな愛おしい少女の頬に、ライスシャワーは宝物に触れる様に優しく手を添えて振り向かせた。2人が見つめ合い、白い少女は添えられた手に自分の手を重ねて瞼を閉じ温もりに浸った。

 ──どれぐらい時間が経っただろうか。この時間を永遠に……そう思うが明日に響いてはいけないと思いそっと手を離した。名残惜しそうに離れていく手を少し寂しそうな表情でシロノリリィは眺めていた。

 

「……戻ろっか」

 

「……うん」

 

 

 

 

 

 

 

 月光が2人の少女を照らす。その光は祝福か、それとも……。

 少女達は眠る。互いを抱きしめ温もりを分かち合う様に。

 夜が明けて暖かな太陽が京都の街を照らす。戦いが、始まる。

 

 

 

 

 

 

 レース当日、アッシュストーンは控室で静かに目を閉じていた。だが、その静寂とは裏腹に心の中は熱いモノに満たされていた。まるで噴火寸前の火山の様にぐつぐつと。

 コンコンとノックの音が鳴り、暫くの沈黙の後それを肯定と見做したトレーナーが一言確認してから部屋へと入ってきた。

 

「……気分はどうだい? アッシュ」

 

「……不思議なぐらい落ち着いてるよ。……オレも驚いてる」

 

「今日の君は、今までで一番の仕上がりだ。……うん、やっぱり君が最高だ」

 

「……いつもなら鼻で笑ってやるが、まあ今日は勘弁してやるよ。……トレーナー……」

 

「……なんだい?」

 

「……ありがとな」

 

「……アッシュ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……勝ってくる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 穏やかな微笑みと共にアッシュストーンは立ち上がりゆっくりと、だが力強い歩みでターフへと向かった。

 

「……君の勝利を、信じているよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 シロノリリィとトレーナーは共に控室にいた。今この部屋には2人だけがいる。ライスシャワーは会場で最も応援しやすい場所で待機している。

 

「るるちゃん、そこ座って」

 

 シロノリリィが椅子に座る様に指示し、トレーナーは素直にそれに従った。どうしたのだろうと思いシロノリリィの方を見ると、座ったのを確認してからトレーナーの上にちょこんと座った。

 

「……どうしたの、リリィ?」

 

「……ライスちゃんにはよくやってたけど、るるちゃんにはやった事無かったなぁって思ったので」

 

「あらあら、確かにそうね。……それで、ご感想は?」

 

「んー……ライスちゃんの方が好き」

 

「ありゃりゃ……お姉さま振られちゃったわ。……リリィ」

 

「……なぁに?」

 

「……あなたを信じてる」

 

「……えへへ」

 

 白く美しい絹の様な髪を優しく撫でる。気持ちよさそうに顔を緩めてそれを受け入れていたが、しばらくするとピョンっとトレーナーの上から降りて振り返ってにっこりと笑った。

 

「……いってきます!」

 

「……いってらっしゃい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「リリィもついにGⅡに挑戦かぁ……。時間が経つのは早いね……」

「本当にそう思う……。私のレースじゃないのにドキドキしちゃう……」

 

 シロノリリィの両親は娘のレースを応援する為に今日もレース場を訪れていた。2人はメイクデビューから欠かさずに全てのレースに駆けつけこうして応援している。

 仕事? そんな事はどうでもいい。愛する娘の為だ、有給を取るぐらいどうって事はない。

 

「私の現役時代の戦績、覚えてる?」

「……ん? いや、あんまり覚えてないね。……未勝利戦に1回勝った事だけは覚えているよ」

「……まあ、ずっと負けっぱなしだったからしょうがないけど。地方のレースで34戦1勝。あとは入着が1回でそれも最後の引退レースでギリギリの5着。……こんな戦績だったけどね、走るのはすっごく楽しかったの。もっと勝ちたかったけどね……」

「走っている時の君の笑顔は、本当に楽しそうで……すごく綺麗だったよ。……だから、君を好きになったんだ」

「ちょっ!? いきなりそんな事言うのダメっ! 禁止っ! ……その話は置いといて……。リリィちゃんがこんなにも強くなっちゃうなんて、私、全然思わなかったなぁ……。嬉しいけど、ちょっと寂しいかも……」

「確かにね。……子どもの成長は早いなんていうけど、リリィを見てると余計にそう感じるよ」

 

 2人が話しているとレース場に今日出走するウマ娘達が現れた。その中にシロノリリィの姿もある。今日の彼女はいつものにこにことした可憐な少女と言えるような表情はしていない。とても真剣な、正に戦士の顔をしていた。

 

「……遠いなぁ。……私達の声、届くのかなぁ」

「……届くよ、きっとね。……魂にまで届かせるよ」

「ふふっ。……そうだね! よっし、気合い入れて応援しなきゃ!」

「……リリィ、がんばって」

「……がんばれ、リリィちゃん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 デイリー杯ジュニアステークスが始まる。今回のレースの出走者数は10人。誰もがこの地に立つにふさわしい実力を持つ選ばれたウマ娘達だ。

 だが、たった2人のウマ娘に怯えていた。アッシュストーンとシロノリリィの発する圧に。

 2人は言葉を交わさない。ほんの一瞬だけお互いを見た後、シロノリリィは薄く微笑みそれに応えるようにアッシュストーンも小さく笑った。

 穏やかそうに見えるその場でアッシュストーンからは刺すような刺々しい殺気が、シロノリリィからは穏やかな闘志が溢れ出した。

 異様な雰囲気の中で少女達は鉄の檻へと入っていく。長い様な短い様な、そんな沈黙の中──ガコンッ、という音と共に鉄の檻から一斉にウマ娘達が駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レース序盤。まず逃げウマの2人がハナを奪おうと激しく競り合った所から始まった。シロノリリィは今までのレースの中で一番と言えるスタートを切り、当初の目論見通り先頭から3番目の位置に着いた。まずはアッシュストーンの気配を探りこの後の展開を思考する。

 

(……アッシュちゃんは……先頭から数えて7……いや、8番目ですね。じっくりと脚を溜める気ですね。……それなら私は今のうちに前へと行かせてもらいます……!)

 

 

 先頭を走る2人にジリジリと詰め寄りそのペースを狂わせる。シロノリリィに詰められることを嫌ったのか、先程よりもペースを上げ始めた。

 

(まだ……もっと……!)

 

 だが、更に距離を詰めるシロノリリィの圧に1人が掛かってしまった。苦悶の表情を浮かべながら速度を上げ、レースはハイペースな展開となる。

 先頭から1人が脱落し、掛かるウマ娘とそれを利用するシロノリリィの2人で後方と5バ身の差が開いた。

 ハイペースな展開だが、先頭のウマ娘の真後ろにピタリとつきスリップストリームを利用して体力を温存する。上り坂が近づいて来たところでシロノリリィは後方との差を更に開かせる為に仕掛け始めた。

 先頭のウマ娘を抜かし、徐々に速度を上げながら上り坂を進む。彼女にとって坂など大した問題ではない。圧倒的なパワーを持つ彼女からしたら、寧ろ後ろのウマ娘達を妨害する舞台装置でしかない。

 芝を抉り、その足跡を刻みながら加速する。下り坂からコーナーへと入り、遠心力で振り回されそうになる身体を無理やり筋肉で押さえつけながら更に加速する。

 蠢く筋肉が徐々に力を引き出し、コーナーの終わりと共にその力が最大限に達した。爆発的な力の奔流をそのままターフへと叩きつけようとしたその瞬間──ターフを駆ける全てのウマ娘に、尋常ならざる殺気が襲い掛かった。

 

(────っ!)

 

 シロノリリィ以外のウマ娘はその殺気に萎縮してしまった。純粋で暴力的なその殺意に。今まで抑え込まれていた感情、怒りを、悔しさを、全てを乗せてアッシュストーンの末脚が爆発した。

 

(────来る……!!)

 

 それに呼応する様にシロノリリィも力を解放した。2つの轟音と共に白い少女と灰色の獣がターフに軌跡を描きながら風となる。

 シロノリリィは前を見る。己の勝利を信じてひたすらに。

 シロノリリィは俯かない。己の前にしか道は無い。──だが、徐々に少しずつ距離は縮まり、そして遂に────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────アッシュストーンが、シロノリリィを追い抜いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シロノリリィは、諦めない──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その時、何の前触れもなくいつの間にか……シロノリリィは真っ白な空間に立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ここは?」

 

 その空間は真っ白で他には何も見当たらない。なんとなく直感に従って歩いていると、そこにはこの空間と同じ真っ白な壁があった。

 その壁を見上げると天辺は見えず、横を見れば延々と真っ白な壁だけがあった。

 ──きっとこれは、私が超えなければいけない壁だ(今の私の限界だ)

 シロノリリィは迷わずその壁を──全力でぶん殴った。

 ドゴン! という轟音がするが、壁には傷一つ出来ない。

 深く呼吸し身体の隅々まで酸素を、力を染み込ませ──その力を爆発させ、乱打を開始した。

 殴る、殴る、殴る、殴る。

 殴って、殴って、殴って殴る。

 ぶん殴って、殴って、殴って殴って──

 どれだけ殴ろうとも壁はびくともしない。だが、その拳を止める事はしない。

 シロノリリィは知っている。何かを成す為には、ひたすらに歩み続ける事でしか結果は得られないのだと。途方もなく途轍もない道のりだとしても、結果が出るまで続けなければいけないのだと。

 どれ程殴り続けただろうか。延々と続く轟音の中、変わらぬ景色の中でほんの僅かに音がした。それは壁の壊れる音でも拳が壊れる音でもない。──あたたかくて、優しい音が聞こえてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『─…─ぇ─!…─ィ──…─!』

 

 ──シロノリリィは知っている。このあたたかい声を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『いっけぇぇ!! リリィちゃぁぁん!!!』

 

「──ママ……」

 

 

 

 

 

 

 

『いけっ!! リリィ!!!!』

 

「──パパ……」

 

 

 

 

 

 

『ぶちかませぇ!! リリィ!!!!』

 

「──るるちゃん……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『リリィちゃぁぁん!! がんばれぇぇ!!!』

 

「────ライスちゃん……!」

 

 

 シロノリリィは、知っている。みんながいる。──愛されていると、知っている。

 

 

 ──心に火が灯る。あたたかくて、優しい光が。

 満たされる。この熱が、己の力になる。

 なんとなく今ならわかる。もうこんな壁なんて何でもない。

 再び壁の前に立ち、その拳に光を宿らせる。

 そして──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リリィちゃん…………パァンチッ!!」

 

 シロノリリィの力が、白い壁をぶっ壊した(己の限界を破壊した)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『アッシュストーンがシロノリリィを交わした! そのままジリジリと距離が離され……』

 

 

 

 

 

『いや! 来た! シロノリリィが再び来た! 2人が並ぶ! どちらも譲らない! どっちだ!? どちらが先頭に立つ!!』

 

 

 

 

 

『そのまま2人が進む!! ゴールまであと僅か! 早い早い! 後ろの娘達は間に合わない! 先頭を進むのは2人だけ! そしてその勢いのままゴールイン!! 2人がほぼ同時にゴール板を駆け抜けました!! 勝ったのはどっちだ!? ──』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『シロノリリィだ!! 勝ったのはシロノリリィ!──』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全ての力を使い果たし、シロノリリィはターフに大の字で仰向けになった。汗は滝の様に流れ、息は乱れ、言葉を発することすらできない。

 だが、その表情は太陽よりも眩しい……煌めく様な笑顔だった。

 

「だあぁぁぁぁぁぁ!!!!! クッソォ!!! また負けたぁぁぁぁぁ!!!」

 

 悔しそうな言葉と裏腹に、アッシュストーンは満面の笑顔だった。シロノリリィと同じ様に滝の様な汗を流し、肩で息をしながら彼女の隣にドスっと座り込んだ。

 

「絶対勝ったって思ったのにさぁ……なんだよあの再加速! 訳わかんねぇ!」

 

 楽しそうに笑いながらシロノリリィの髪をくしゃくしゃに撫で回す。まだ息が整わない少女はにこにこしながらそれを受け入れてた。

 

「……あん? もしかして……喋れないぐらい力を使い果たしたのか?」

 

 何でわかったの? とでも言いたげに目をパチクリさせた後、ぶんぶんと頭を縦に振った。その様子が可笑しかったのか、アッシュストーンは大声で笑った。

 

「そこまでして貰えるなんてよぉ……負けたのに、すっげぇ嬉しいわ。ありがとな、シロ」

 

 ようやく息が整って来たシロノリリィがにこにこしながらアッシュストーンに語りかけた。

 

「……声が聞こえたの。私の一番の速さで、もうこれ以上速くならないって……それでも走り続けていた時に、声が聞こえたの。

──ママの声が、パパの声が、るるちゃんの声が……ライスちゃんの声が!みんなの声が聞こえたの! そしたらね! あれだけ進まなかった脚が、どんどん速くなって……それでアッシュちゃんに追いつけたの!」

 

 キラキラとした瞳に、声に、アッシュストーンは釘付けになる。

 

「みんながいたから……アッシュちゃんがいたから、私は限界を超えれたの! ……だから、ありがとう、アッシュちゃん! 私と走ってくれて、本当にありがとう!」

 

「……それはこっちのセリフだよ。お前と走れて、本当によかった……」

 

 アッシュストーンはスッと立ち上がり、シロノリリィに手を伸ばす。

 

「……立てるか?」

 

「むり!」

 

 あまりの即答にアッシュストーンは腹を抱えて笑った。ひとしきり笑った後、シロノリリィに近づきそのまま彼女を──お姫様抱っこの形で抱え上げた。

 

「おぉ! アッシュちゃん力持ち!」

 

「お前が軽……いや、結構重いわ。何が詰まってんだよこの身体……」

 

「筋肉です! リリィちゃんパワーなのですよ!」

 

「そうかいそうかい……なぁ、シロ……」

 

「なぁに、アッシュちゃん?」

 

「……走るのって、楽しいな」

 

「……うん!」

 

 ターフを大歓声が包み込む。それに応えるようにシロノリリィは満面の笑みで観客席に手を振った。

 戦いは終わった。激闘を制し限界を超え、シロノリリィは勝利した。この経験は彼女を更に強くするだろう。

 二人の激闘を讃えるように風が吹いた。その風は二人の少女の笑顔のように爽やかな風だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後日、限界を超えて全ての力を使い果たしたシロノリリィは全身を覆う酷い筋肉痛によってまともに動くことができなくなっていた。

 

「あばばばばばばば!」

 

「……動けないリリィちゃんを、今ならずっとお世話できる……」

 

「……ライス、目が笑ってないわよ……」


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