シロノリリィがトレセン学園に戻ってから数日後、クラシック級に向けてのトレーニングが再開された。
とは言っても初日から肉体的なトレーニングをするのではなく、まずは今後の目標や方針、有力バの情報共有から始まった。
「あけましておめでとうございます! みんな元気にしてた? 早速トレーニングと言いたいところだけど……まずは改めて今後の目標やトレーニングの方針などについて話し合っていくわよ!」
「「は〜い!」」
「まず私達の目標はクラシック三冠ね、これは変わらないわ。一番最初の皐月賞のトライアルレースに出るのを今の目標にしたいと思うの。ここまでで何か質問はある?」
二人は首を横に振り、トレーナーは話を続ける。
「それでそのトライアルレースなんだけど…3つあるのは知ってるわよね?3月前半の『弥生賞』、3月後半の『若葉ステークス』、3月後半の『スプリングステークス』。ライスは弥生賞に、リリィはスプリングステークスを目標にするわ。……一緒のレースじゃないの? みたいな顔してもダメよ? ……そんなかわいい顔してもお姉さまは屈しません! あなた達が一緒のレースだと
口では屈しないと言ってるが心は完全に屈している。鋼の意志で耐えてるのは流石としか言いようがない。
「次はトレーニングの方針ね。リリィは大きな変更は無いけど、これからはライスもスタミナトレーニングをしていくわ。これからは走る距離も伸びるし、スタミナはいくらあっても困ることはないからね。まあそれは他の能力にも言えるけど。
最後に、クラシック級で最大の障害になりそうなウマ娘の情報よ。彼女の名前はミホノブルボン。ジュニア級でも話題になってた娘ね。素質はスプリンターだけど、超ハードなトレーニングを積み重ねてスタミナを増やし、この三冠路線に殴り込みにきたロックなウマ娘よ。マイラーでクラシック三冠に挑むリリィに少し似てるわね。脚質は逃げで、上り坂でも平然と駆けていくパワーが自慢よ。……ここもちょっとリリィに似てるわね。彼女の並走や模擬レースは逃げしかやらなかったけど、デビュー戦は出遅れからの追い込みで勝利したから他の脚質も出来そう…なんて言われてるけど、基本的には逃げしかしないわね。まあとりあえずはこんなところね。何か質問はあるかしら?」
一通り話し終わったので二人に何か質問がないか尋ねると、シロノリリィが「はいっ!」と元気に手を上げた。
「私とライスちゃんが別々のトライアルレースを走るのはわかったんですけど、それなら私は距離に慣れる目的で2000mの若葉ステークスでもいいんじゃないかなって思うのですが……何か理由があるのでしょうか?」
「あ〜……それね、私も迷ってたんだけどちゃんと理由があるのよ。スプリングステークスにはミホノブルボンが出走するってあっちの陣営が明言してたから、本番前に実戦で彼女のデータを集めようっていう算段よ。他のレースに出ずにトライアルレースから皐月賞に行くって言ってたから、データを集めるチャンスがそこぐらいしか無いのよ。だからそれが理由よ」
「ほへ〜。なるほど、わかりました。リリィちゃんに任せてください!」
「うん、任せたわよリリィ。ライスは何か質問とかはない?」
「えっとね、レースとは関係ないんだけど獲得賞金があるでしょ?あれをちょっと使いたいなって思って」
「……獲得賞金?」
シロノリリィが小首を傾げたのでトレーナーが説明する。
「大雑把に言うとレースで勝つと貰えるお金の事よ。もしかして忘れてる?」
「…………そういえばそんなものありましたね。ライスちゃんと走れるのが嬉しくてすっかり忘れてました」
「あなた達が引退したら受け取るお金なんだから忘れちゃダメよ?レースに出走する条件でもあるんだからね。……もしかして自分が今どれぐらい稼いでるか知らないって事はないわよね?」
トレーナーが恐る恐る聞くと、シロノリリィはあからさまに目を泳がせながら答えた。
「…………5万円ぐらい?」
子どものお年玉かな?シロノリリィにとって一番の優先事項がライスシャワーだったので、獲得賞金のことなどすっかり記憶から抜け落ちていた。
「お姉さまが弾き出した計算によると二人の賞金は……ざっとこんなもんね」
「………………なにこれ?」
今まで見たこともない金額にキャパオーバーしたようだ。宇宙猫のような顔で呆然としながら呟いた。
「……まあびっくりするわよね。でも自分の稼いだお金の事はちゃんと把握しておくのよ? それでライスは何か買いたいものでもあるの?」
「あのね、今度リリィちゃんのお誕生日だから、プレゼントを買おうと思うの。大丈夫かな? お姉さま」
「そういうことね、それなら大丈夫よ。まあ金額によってはお姉さまもそのお買い物に同伴することになるけど、それは構わない?」
「うん! 大丈夫だよ、お姉さま!」
獲得賞金はトレーナーの許可があればある程度は自由に使える。許可制なのは、子どもに大金を自由に使わせたら金銭感覚が狂ってしまう可能性があるからだ。名家のお嬢様は元から金銭感覚が違うので大丈夫だが、シロノリリィのような一般家庭出身のウマ娘はこのような大金を扱う機会がないので、レースを引退するまでは一律で制限されている。
「リリィちゃん大丈夫?」
「…………はっ! びっくりしすぎて宇宙が見えました……。大丈夫です! リリィちゃんはつよい子です!」
「ふふっ、よかった。あのね、もうすぐリリィちゃんのお誕生日でしょ? だからプレゼントを買おうと思ったの。それでね、ライスのお誕生日もすぐにくるからお揃いにしたいなぁって思って。どうかな、リリィちゃん?」
「ライスちゃんとお揃い……! うん! 私、それがいい! ……ところでお揃いってなににするの?」
シロノリリィがかわいらしく尋ねると、ライスシャワーは彼女の手を取り、真っ直ぐに見つめて微笑みながら告げた。
「──指輪、だよ♪」
「──……っ!」
シロノリリィは驚いて目を見開くが、すぐにその顔は喜びに染まった。ライスシャワーに抱きつき、溢れる感情を伝えるかのようにすりすりと頬擦りをした。
隙を見せた瞬間イチャイチャし出す二人を前に、お姉さまは「(……前よりもパワーアップしてる!? 早く慣れないと死ぬ……!)」と感じたそうな。
「……はいっ! やめやめっ、話は以上っ! 早速トレーニングをやっていくわよ! いいわねっ!?」
「「は〜い♪」」
「……ミホノブルボンについて知りたい? ふむ……多少ならワタシ達も知っているが、そう詳しい事は語れそうにないな」
「オレも似たようなもんだ。あいつはいつ見てもトレーニングしてる変態って事しか知らねぇな。オレが知ってる事と青路さんが知ってる事は大差ねえからあんまり力になれねえと思うぜ?」
「そうなんだ……。ライスはブルボンさんとほとんど話した事ないから、何も知らないんだよね……」
トレーニング後にアッシュストーンとキョウエイボーガンの元へ訪れたライスシャワーは、ミホノブルボンの情報がないかを二人に尋ねた。
「アッシュは直接対決した分ワタシよりも多少は分かることがあるだろう。ほら、その赤点ギリギリの可愛らしい記憶力を振り絞って思い出してみろ」
「……赤点ギリギリは余計なんだよ。……ミホノブルボンなぁ……多分トップスピードだけならシロよりも上かなって思ったな。加速力はシロの方が上だが、パワーも相当なもんだ。あと弱点って言えるかは分からんが、掛かり癖があるって感じたな。デビュー戦を除いて基本的にはハナを譲らないレースをしてたから、前を取られるのに慣れてないんじゃねぇかな?」
「ワタシから言えるのはスタミナに不安があるかも……と言ったところか。元々スプリンター故に今でも中、長距離は不安視されているな。それを克服する為に彼女はハードトレーニングをしているんだがな。……ところで、今日はリリィは一緒じゃないのか?」
「リリィちゃんはちょっと調べたいことがあるって、一人でどこかに行っちゃったよ。……もっとリリィちゃんと一緒にいたいなぁ……」
(いつもべったりしてるだろ…)と二人は心の中でツッコんだ。三人で談笑していると、ライスシャワーが自分のところにLANEが送られてきたことに気づいた。
「誰からだろ? ……あっ、リリィちゃんだ! ……内容は…………えっ?」
「どうした、タヌキでも見つけたのか?」
「それは見せられてもちょっと困っちゃうな……。じゃなくて……リリィちゃん、ブルボンさんのところにいるって…」
「「……マジ?」」
「……うん」
ライスシャワーにLANEが送られる少し前に遡る。シロノリリィのかしこすぎる頭脳が「情報が無いのなら、直接聞けばいいんです!」と、完璧すぎる回答を出した。それ故に自信満々にミホノブルボンとそのトレーナーの元へ単身乗り込んだ。
ミホノブルボンのトレーナーである黒沼は困惑していた。敵陣営であるはずのシロノリリィが、敵情視察と言って堂々とこちらに乗り込んできたことに。もちろん与える情報など無いので断ろうとしたが、なぜかノリノリのミホノブルボンが歓迎したので断れなかった。
「こんにちは、ミホノブルボンさん! かわいくてかしこいシロノリリィですっ! 今日は敵情視察に来ました! どうぞよろしくお願いします!!」
「こんにちは、シロノリリィさん。私はミホノブルボンです。本日はよろしくお願いします」
本当に追い返さないんだ……。と内心思いつつ、二人のためにコーヒーとお菓子を用意していた。
「ミホノブルボンさんに質問があります! でも私から聞いてばかりだと不公平なので、一問一答の形で聞いていきたいと思います。でもダメだったら今から帰ります。……どうでしょうか?」
「私はそれでいいです。マスター、よろしいですか?」
「……好きにしろ。だが、それならこちらの質問から答えてもらうが……かまわないよな?」
「大丈夫です!」
最初はどうなるかと思ったが、これはこちらにとっても有利な話だ。シロノリリィはもちろん、彼女と同じチームのライスシャワーも強力なウマ娘である。なので上手くいけばその二人の情報を手に入れられる可能性がある。ミホノブルボンはこの事を考えて話を受けたのであろうと黒沼は考えた。
「……ならばこちらから質問させてもら……どうしたブルボン?」
ミホノブルボンが手を伸ばし、黒沼の話を遮った。その瞳には強い光が宿っていた。
「……大丈夫です、マスターの聞きたい事は分かっています。だからここは私に任せてください」
「ブルボン……。よし、お前に任せるぞ」
どうやらこちらの考えも伝わっていたようだ。ならば、愛バを信じようではないか。
「はい、マスター。では、シロノリリィさんに最初の質問です。──ライスシャワーさんと恋人になったというのは、本当ですか?」
──ブルボンさん?
「はいっ! 私とライスちゃんはホープフルステークスの後に恋人になりましたっ! 今度一緒に指輪も買いに行くんですよっ!」
「なるほど……! 馴れ初めなども聞きたいですが、次はシロノリリィさんから質問をどうぞ」
「それじゃあ質問です! ミホノブルボンさんのスタミナの秘訣を教えてください!」
「分かりました。私のスタミナの秘訣は坂路トレーニングにあります。坂路トレーニングはとてもハードですが、その分メリットがあります。坂路を走るパワー、そして走り切るスタミナの両方を鍛え上げることができます。スプリンターのパワーを利用した荒技とも言えますね。シロノリリィさんはどうやってあのパワーを鍛えたのですか?」
「私のパワーは生まれつきなのでその質問には答えられませんね……ごめんなさい。他の質問はありますか?」
「いいえ、問題ありません。では質問を……ライスシャワーさんとは入学当初から仲が良かったと聞きましたが、もしかして幼馴染だったりするのでしょうか? それと質問ではないのですが、あなたのことをリリィさんと呼んでもよろしいでしょうか?」
「大丈夫ですよ! じゃあ私はブルボンちゃんって呼びますね! 私がライスちゃんと初めて出会ったのは5歳の頃でした──」
その後、二人はガールズトークを1時間程して敵情視察(?)は終了した。黒沼は愛バの意外な一面を知ったが、シロノリリィによるライスシャワーの惚気話をたくさん聞かされたせいで胃もたれしていた。
──まさかこのような方法で情報戦を制するとは……。シロノリリィはパワーだけでなく、非常に頭のキレる賢いウマ娘だと評価した。
「……ブルボンも、他人の恋バナに興味があったんだな」
「はい、マスター。あの二人の関係は、非常に尊いものだと感じています。百合の間に割り込んではいけないと、そして百合の尊さを教えてくれた友人に感謝します」
「……その友達は、一体誰なんだ?」
「──ニシノフラワーさんです」
「ただいま〜、ライスちゃん!」
「あっ、おかえりリリィちゃん。どう?ブルボンさんから何か聞けた?」
「ふっふーん!もちろんバッチリです!」
寮に戻ったシロノリリィは、ベッドの上でゴロゴロしてるライスシャワーに今日の成果を報告した。
「ブルボンちゃんはですね……雷が苦手です! あと勝負服は昔見たアニメに影響されてデザインしたって言ってたよ! トレーナーさんをマスターって呼んでいるのは、さっき話したアニメに出てた人が『マスター』と呼ばれててかっこよかったかららしいです! 他にもスタミナとパワーの秘訣は坂路トレーニングで、三冠路線を目指した理由は、昔レースで見た三冠ウマ娘さんがかっこよかったからなんだって! 他にもあるよ!」
もう仲良くなってる……。少々驚いたが、シロノリリィは可愛いので寧ろ当然だと思った。
彼女がミホノブルボンと仲良くなったことに対して嫉妬したりはしない。昔のライスシャワーならちょっとジェラってほっぺをぷにぷにしただろうが、今の彼女は自分が一番シロノリリィを愛していると確信している(両親の愛情は別カテゴリー)し、彼女に一番愛されていると確信しているからである。要するにバカップルだ。
今日アッシュストーンとキョウエイボーガンから貰った情報とシロノリリィの情報を合わせれば、トレーナーと何か対策が浮かぶかもしれないと思った。
「ねぇねぇリリィちゃん、ちょっとこっち来て」
「なぁにライスちゃん?」
ベッドの上で起き上がったライスシャワーは、トテトテと無防備に近づくシロノリリィに抱きつくと、そのままくるりと回ってベッドへ押し倒した。
「うりゃっ!」
「うひゃぁっ!?」
いきなりの事にびっくりしたシロノリリィにウマ乗りになり、ライスシャワーは彼女の頬に両手で優しく触れ、唇が触れる寸前まで顔を近づけた。
「……ライスね、ちょっとだけ気になることがあるの」
「……にゃ、にゃに?」
彼女が触れた体の熱さに、柔らかさに……甘い香りにくらくらしそうになる。
「……まだ、リリィちゃんから……キスしてもらってない」
「…………あっ!」
言葉は不満そうだが、その表情は全然不満そうではない。
妖しくライスシャワーが微笑み、その美しさに夢中になる。ゆらりとその姿が視界から外れ、熱く柔らかい唇が自分の頬に触れた。
「……リリィちゃんからしてくれるの……待ってるから、ね?」
「……ひゃ、ひゃい……」
顔を真っ赤にしてぷるぷるするシロノリリィに、こういうのはまだ先だなぁ……と感じるライスシャワーだった。それはそれとして……。
「……かわいいなぁ。ご飯までまだ時間あるから、もうちょっとこのままにするね?」
「……にゃっ!?」
このあとめちゃくちゃちゅっちゅした。
お気に入りが3000超えててびっくりしました。本当にありがとうございます。この小説を書き始めた時は「お気に入り100いけたらいいなぁ…」と思っていたので本当に驚いています。
レース勝利後の獲得ファン数を万円に変えると賞金になるって最近気づきました。ファル子先輩の2兆マジパネェ。
本作のブルボンちゃんはスマホも使えるしセグウェイにも乗れます。
あと感想で「シロノリリィのイントネーションってどんな感じ?」と書かれていたので答えますが、自分はハーメルンの機能「きりたん」で読ませた時と同じイントネーションで読んでいます。