──バレンタイン。それは、年に一度だけ訪れる少女達の為の特別な一日。
甘いチョコレートに特別な想いを込めて、「だいすき」を伝える大切な日。もちろん、トレセン学園でもそこは変わらない。普段は鬼気迫る表情でトレーニングに励む彼女達も、その日だけはふわふわな乙女に戻るのだ。
「──ねぇ、リリィちゃん。……チョコ、食べさせてあげるね?」
とある日のこと。シロノリリィとライスシャワーは自室で寛いでいた。
シロノリリィを膝枕し、艶やかな髪を手で梳かしながらその感触をライスシャワーは楽しんでいた。
毎日彼女がお手入れしている事もあって、その髪は極上の絹糸と比較しても遜色ない。いや、シロノリリィの髪の方が美しい。と内心思いつつ、髪を指先でくるくると遊ばせていた。
ふと、「もうすぐあの日が来るなぁ」と思い出し、シロノリリィのほっぺをつついてこちらに注意を向けた。
「ねぇねぇリリィちゃん、もうすぐバレンタインだね。ライスは自分で作ろうと思ってるけど、リリィちゃんはどうする? ライスと一緒に作る?」
「うに? ……そういえばもうそんな時期だね。いつもはママと一緒に作ってたけど、今年はどうしようかなぁ。むむぅ……ライスちゃんにサプライズしたいけど、一緒に作るのも捨てがたいですね……」
「ライスはどっちでも大丈夫だよ? リリィちゃんからチョコを貰えるだけで、とっても嬉しいもん」
「むむむぅ……よし、決めました! 今年はサプライズ大作戦です! どんなチョコレートかは当日のお楽しみだよ!」
「うん! じゃあライスのチョコも楽しみにしててね♪」
「もっちろん! リリィちゃんがんばります!」
ライスシャワーは実は料理が得意だ。シロノリリィの胃袋を掴む為に、トレセン学園に入学する前にレースの練習や勉強の合間を縫って料理も練習していたのだ。その甲斐もあって、店頭に並ばせても遜色ないほどの腕前になっていた。
対するシロノリリィの料理熟練度は普通と言ったところだ。料理自体は母親のお手伝いでよくやっていたので慣れているが、特別上手というわけではない。それに、お菓子などの凝った物を作った経験もそんなにない。
なのでシロノリリィはネットでレシピを検索して調理を……と考えたが、素人の自分がやると失敗しそうなので素直にメッセージアプリで友達にヘルプを求めた。やはりリリィちゃんはかしこいですね。
余談だが、シロノリリィの両親は毎年彼女から貰っていた手作りチョコが今年は貰えない事に気づいて咽び泣いていた。
後日、シロノリリィは調理室へとやってきた。目的はもちろんライスシャワーへのバレンタインチョコを作る事である。ついでにトレーナーや友達の分も作る予定だ。
「というわけで……よろしくお願いします! キョウちゃん! フラワーちゃん!」
「あぁ、こちらこそよろしく頼む」
「はい! 今日はよろしくお願いしますね。ボーガンさん、リリィさん!」
シロノリリィが助っ人を頼んだのはキョウエイボーガンとニシノフラワーだ。
キョウエイボーガンは実は料理が得意なので助っ人をお願いした結果「任せろ」と承諾してくれた。ニシノフラワーはミホノブルボン経由で仲良くなり、彼女が料理を得意としていたので助っ人をお願いした。
この世界のニシノフラワーは少しだけ恋に対して積極的になっている。セイウンスカイに淡い恋心を持っている彼女は「でも、やっぱり女の子同士だし……」とその好意を隠そうとしていたが、シロノリリィとライスシャワーの奇行を眺め「あっ……隠さなくていいんだ」と吹っ切れた。
なのでこのフラワーちゃんはつよつよです。フラウンスこそが俺のジャスティス。
「まさかこのメンバーでバレンタインチョコ作りをする事になるとは思わなかったな。リリィとフラワーはこの前のミホノブルボンを敵情視察した件で知り合ったのか?」
「そうですね! その時ブルボンちゃんとLANEを交換して、それでお料理が得意な人を聞いたらフラワーちゃんを紹介してくれたんです。キョウちゃんはフラワーちゃんのこと知ってるんですか?」
「そうだな……ワタシはアッシュ経由で知り合ったんだ。スプリンター同盟だったか……確かそんな集まりで仲良くさせてもらっているよ。スプリンター同盟と言っても距離適正は関係ないがな」
「いわゆる同期組というやつですね。バクシンオーさんが私をお誘いしてくださって、それからアッシュさんやボーガンさん、最近はブルボンさんも仲良くしてますよ」
「アッシュのやつは最初な……『仲良しごっこなんてする気ねーよ』なんて言ってたんだぞ? 今じゃ普通にみんなで仲良くファミレスに行ったりするからなぁ」
「もう! ボーガンさん、アッシュさんにあんまりいじわるなこと言っちゃダメですよ!」
「アッシュちゃんも仲良しなお友達ができたんですね! よかったです!」
シロノリリィが悪気なく言うと、キョウエイボーガンは吹き出し、ニシノフラワーはプルプルと肩を震わせていた。
「くっくっ……。ふぅ……そういえば二人は同じ中等部だろう? 知り合うきっかけはありそうなものだが…」
「……クラスが違ったので話す機会がなかったんです。それに、ちょっと綺麗すぎて……何というか、恐れ多い……みたいな……あっ! 今は違いますよ? 実際に話してみて思っていた印象とだいぶ違うって感じましたね」
「私がかわいすぎるのが悪いですね。でもこれからは仲良くできますよ!」
「はい! 私もいい機会だったなって思います!」
「友人の輪が広がるのは良いことだ。では、そろそろチョコ作りに取り掛かるとしよう。ワタシはガトーショコラを作るが、二人は何を作る予定なんだ?」
「私はチョコケーキを作ろうと思っています。リリィさんは何を作りますか?」
「私はトリュフチョコを作ります!」
「わかった。では各自調理開始といこう。フラワーは問題ないと思うが、リリィは分からないところがあったら遠慮せずに聞いてくれ」
「「はい!」」
こうしてチョコ作りが始まった。キョウエイボーガンとニシノフラワーはさすがと言うべきか、特に苦戦することなくテキパキと調理している。シロノリリィは微妙にぎこちないながらも二人の手助けもあって無事にトリュフチョコを完成させた。
「おぉ! できました! 後はラッピングするだけですね。キョウちゃん、フラワーちゃん、お手伝いしてくれてありがとうございます!」
「いえいえ! チョコが完成したのはリリィさんが頑張ったからですよ! おめでとうございます!」
「うむ。これはリリィの頑張った証だ。ところでライスに渡す分にしては少々量が多いと思うのだが……。いや、彼女ならこれぐらいペロリと平らげるか…」
「こっちは義理チョコです。るるちゃんやお友達にあげる分ですよ! もちろんお二人にも差し上げます! バレンタイン当日を楽しみにしていてください!」
「わあっ……! とっても嬉しいです! ありがとうございますリリィさん!」
「ワタシも嬉しいよ。ありがとうリリィ」
こうして三人はチョコを無事に完成させ、各自でラッピングを開始した。
「キョウちゃんのはなんだか義理っぽいですね」
「ん? まあ本命はいないからな。君に誘われなければ作る気も無かったしな。リリィは……うん、ライスに贈るっていうのがよくわかるよ」
「……確かにこれは、本命だと一目でわかりますね……!」
黒いハートの箱に、青いバラが付いたリボンが巻き付けてあるそれは一目で本命チョコだと分かった。
「ふっふーん! どうですか! リリィちゃんの愛情たっぷりですよ! 見た目は既製品の方が良いかもしれませんが、私が作ったので世界一美味しいはずです!」
「すさまじい自信だな。見習いたくなるよ」
「私も見習わないといけないですね!」
こうして三人はチョコを作り終えて自室へと戻った。自室に戻るとライスシャワーがいたので「ただいまー!」と元気よく言って、チョコを部屋の冷蔵庫に入れた。
「おかえりリリィちゃん。チョコはちゃんと作れた?」
「もちろんバッチリだよ! バレンタイン当日を楽しみにしててね!」
「ふふっ。ライス、とっても楽しみにしてるね。ライスのチョコもすごく上手に出来たから、リリィちゃんも楽しみにしててね」
「おおー! バレンタインが待ち遠しいです! あっ、そういえばライスちゃんはるるちゃん達のチョコは作ったの?」
「もちろんお姉さまの分も忘れてないよ。アッシュさんやボーガンさん、他の人たちの分も作ってあるよ」
「さすがライスちゃんです! バレンタインが楽しみです!」
バレンタイン当日。お姉さまは愛バ達のためにチョコレートを用意していた。さすがに自作する暇は無かったので市販品だが、それ故に味は保証されている物だ。
「……うん。大事なのは気持ちだから手作りじゃなくてもセーフよ……」
コンコンと部屋をノックする音が響き、「失礼します」という可憐な声と共に二人の少女がトレーナー室へと入ってきた。
「「ハッピーバレンタイン!」」
トレーナーに向かってチョコを差し出す二人は、控えめに言って天使だった。
「ふっ、ひょっ! ……うん、ハッピーバレンタイン! チョコありがとね。これはお姉さまからのバレンタインチョコよ」
緩んだ顔を引き締めてチョコを受け取り、代わりに二人にチョコを差し出した。
「わぁっ! ありがとうお姉さま!」
「ありがとうるるちゃん!」
「どういたしまして。……あら、これってもしかして手作り? ……いやん、お姉さま市販品だからちょっと恥ずかしいわ…」
「大事なのは気持ちだから大丈夫です!」
「そうだよお姉さま。それともライス達の事、好きじゃないの?」
「大好きですけど?? めちゃくちゃ大好きですけどぉ???」
高速で返事をしたトレーナーに、二人はくすくすとかわいらしい笑顔を浮かべた。そして、ライスシャワーが何かを思いついたのか悪戯っぽい笑顔を浮かべた後、シロノリリィにこしょこしょと耳打ちした。
「なになに? お姉さまだけ仲間はずれは寂しいなぁ……」
二人はにっこりと笑い合うと、トコトコとお姉さまの横まで歩いて近づき、椅子に座っているトレーナーに抱きついた。
「ひょっ!? ほっ!?!?」
柔らかさと温もりと良い匂いで動揺するトレーナーの耳元で、二人はチョコレートよりも甘い言葉を囁いた。
「お姉さま♪」「るるちゃん♪」
「「だぁいすきっ♡」」
「っっっっっ!?!?!?!?!?!?」
声にならない悲鳴をあげて、トレーナーは死んだ。
その後、復活したトレーナーに見送られて二人はアッシュストーンやキョウエイボーガン、他にもお友達へと義理チョコを配った。
「「ハッピーバレンタイン!」」
「ん、オレにか? ……ありがとな。いや、チョコとか渡されると思ってなくて持ってねぇよ。……まあ、来年は用意しとくわ……」
「「ハッピーバレンタイン!」」
「ありがとう二人とも。これはワタシからのチョコレートだ。……このデカいやつは誰にだって? トレーナーだよ。くれないと拗ねるって駄々をこねられてな……」
「「ハッピーバレンタイン!」」
「バレンタインチョコですか。お二人とも、ありがとうございます。とても嬉しいです。……その手に持ってるチョコは何か、ですか。これはマスターに贈るバレンタインチョコです。とても美味しいのでマスターも気に入ってくれると思います」
「「ハッピーバレンタイン!」」
「わぁっ! リリィさんとライスさん、ありがとうございます! これは私からのバレンタインチョコです……! さっきですね、私も大切な人にチョコを渡せたんです! お二人のおかげで私も勇気を出せました。本当にありがとうございます! ……えっ?その勇気は私が頑張ったから出せたもの……。ううん、それでも私はあなた達にお礼を言いたいんです……。だから、ありがとうございます……!」
チョコを配り終えた二人は自室へと戻ってきた。最後に渡すのは、本命のチョコレートである。
「それじゃあリリィちゃん……」
「うん、ライスちゃん……」
「「ハッピーバレンタイン!」」
お互いにはにかみながらチョコを受け取り、その本命チョコを眺める。
目にするのはまずシロノリリィをイメージしたラッピングだ。白い箱に緑のリボンが交差して、その結び目にはリボンで作られた白百合がある。こんなところまで凝っているのかと思うが、その分ライスシャワーの想いが伝わってきて頬が緩む。
「リリィちゃん! これ、開けていいかな?」
「もちろん! こっちも開けるね!」
丁寧に包装を外して中のチョコレートを見ると、まずそのクオリティに驚かされた。箱に8個ある艶やかな半球状のチョコレートは、お店に並べられているものよりも遥かに出来が良くて、まるで高級チョコレートの様だ。ライスシャワーの執念が伺える。
「わあっ!! すっごい!! 宝石箱みたい!!」
「食べちゃいたいぐらいかわいいなぁ……あっ!? うん!! ライスすっごく頑張ったんだ! リリィちゃんのチョコもすっごく美味しそうだよ!」
「すっごいすっごい! ライスちゃんすっごい!!」
「えへへ……! ありがとうリリィちゃん!」
はしゃぐシロノリリィを眺めつつ、ライスシャワーはシロノリリィの手作りチョコをうっとりと見つめていた。
「ライスちゃん! もう食べてもいい?」
「──ねぇ、リリィちゃん。……チョコ、食べさせてあげるね?」
「あーんしてくれるの? うん、いいよ!」
「──じゃあ、こっちに来て?」
それを聞いたライスシャワーは妖艶に微笑み、シロノリリィをベッドに座らせた。その表情に少しどきりとしたが、言われた通りにライスシャワーの隣へと座った。
「じゃあリリィちゃん、溶ける前に食べてね?」
「うに? どういうこ……」
シロノリリィの太ももに頭を預け、その手に持っている箱からチョコを取ったライスシャワーは、その瑞々しい唇の上にチョコレートを置いた。
「……ん」
「……にゅえっ??」
──その唇の上のチョコを、食べろというのか? 顔を真っ赤にして動揺するシロノリリィに、目線だけで「そう」だと告げる。
「(ぴ、えっ!? ……いやいや、違います! これはここから手で取って食べろという事ですねっ!! 私はかしこいのでわかりますっ!!)」
シロノリリィが震える手で取ろうとすると、ライスシャワーはにっこりと笑ってその手を優しく逸らした。
「……くちでとるの?」
「……ん♪」
その事を理解した瞬間、顔から湯気が出るほど真っ赤になった。
「あっ! あっ!? あっ?? あっ!?!?」
真っ直ぐに自分を見つめるアメジストの瞳から目を離せなくなる。
ドクンドクンと狂ったように鼓動する心臓が五月蝿い。
その綺麗な顔から目を逸らさない。
嗚呼、吸い込まれそう。
へにゃへにゃな顔で覚悟を決めたシロノリリィは、ライスシャワーに徐々に顔を近づけた。
その甘い香りは、チョコだけじゃない。あなたの匂いだ。
あなたに近づくほど、温もりで溶けてしまいそうになる。
鼻先がくっついてしまいそうな距離まで近づき、シロノリリィは震える唇でそっとチョコレートを咥えた。ゆっくりと離れて、チョコレートを咀嚼した。
「──どう、美味しい?」
「…………あまい」
最早、味などわからない。ライスシャワーは、唇に残ったチョコを舌先でチロリと艶やかに舐め、熱のこもった瞳で彼女を見つめた。
シロノリリィがチョコを食べ終えたのを見たライスシャワーは、起き上がってベッドに座り直し、ぽんぽんと自分の太ももを叩いて頭をこちらに預ける様に促した。
「次はライスの番だよ♪」
「…………えっ? ……えっ!?!?」
にっこりと微笑み、動揺するシロノリリィの唇にチョコレートを乗せた。
そして、じっくりじっくり……焦らしながら、シロノリリィの唇の上のチョコを食んだ。
「──ふふっ♪とっても甘いねっ♪」
「……ぴゃっ! ぴっ!?」
「リリィちゃんのチョコもライスのチョコも8個だったから……あと7回ね♪」
「っっっ!?!?!?!?」
「……ブルボン、これは?」
「さくさくぱんだです。今日はバレンタインという事なので、私のお気に入りのお菓子をマスターにあげたいと思いました」
「……そうか。ありがとう、ブルボン。…………ふむ、美味いな」