「位置について、ヨーイ……ドンッ!」
白と黒の少女が駆ける。真っ直ぐに、ゴールを目指して。
技術もなく、ただがむしゃらに前へと進むだけのそれは到底レースとは言えない。──しかし、ひたむきに駆ける少女達の表情は、眩しいほどの笑顔に溢れていた。
お互いに競り合っていた少女達だが、徐々に黒の少女が抜け出しそのままゴール板─といっても目印として水筒が置かれた場所だが─を駆け抜けた。
「っ! ライスのかち、だよ!」
「うにに……! ライスちゃんはやいよぉ! ……あっ! ライスちゃんおめでとう!」
全力で走った疲れか、お互い地面に仰向けになってぜぇぜぇと息をしている。
悔しそうな言葉とは違いその表情はにこにこと楽しそうにしていた。
「ふぅ……ふぅ……ありがとうリリィちゃん。……リリィちゃんは、ライスにまけてくやしくないの?」
黒い少女が疑問に思い問いかける。
可愛らしく小首を傾げ、うに? と呟いた後少女は語った。
「くやしいよ。だけどね、かったひとのことはちゃんとほめてあげないとだめなの。だって、そのこがいっちばんがんばったんだから! ……それにね──」少し貯めて白い少女は言う。
「──もしもだれもほめてくれなかったら、きっとかなしいよ……」
でもつぎはまけないよー! と明るく言う白い少女に、黒い少女は衝撃を受けた。
「……もし、ライスがかって……だれもほめてくれなかったら……」
──もしも自分がレースに勝利して、誰もそれを賞賛しなかったら。──そんな未来を考えて黒い少女は沈黙する。
自分だったらきっと耐えられない。……それどころか走ることが嫌いになってしまうかもしれない。
──ありえたかもしれない未来。そんな暗い未来を夢想して黒い少女は瞳からボロボロと大粒の涙を流し始めた。
「……ライスだったら、きっとはしりたくなくなっちゃう。……そんなの……いやだよぉ……」
ぼろぼろと大粒の涙を流す黒い少女に驚いた白い少女は、あわあわとしたあと起き上がり、きゅっと表情を引き締めその両手を優しく包み込んだ。
「ライスちゃんっ!」
「……ふえっ?」
その真剣な表情に──満天の星よりもキラキラとした綺麗な瞳に釘付けになる。
──誰にも祝福されず、
「──わたしがいるから。だからだいじょうぶ!」
「……リリィちゃん」
──ドクンと、心臓が跳ねる。
「このせかいのぜんぶがライスちゃんのてきになっても、わたしがいるよ。だから──」
──ぜったいにまもるから!
穢れの無い純粋な笑顔で少女は断言した。
あれほど流れていた涙はピタリと止まり、心が──魂が、温もりに満たされた。
「……ヒーローだ」
「……うに?」
「リリィちゃんは……ライスのヒーローだよ」
ヒーロー? おぉー! かっこいいー! とキラキラした笑顔ではしゃぐ白い少女に黒い少女の心は熱を帯びる。
──心が熱い。
「……だいすきだよ、リリィちゃん」
──この気持ちは何なのか。
「わたしもライスちゃんだいすきっ!」
──この感情の名前を、黒い少女はまだ知らない。
えへへっ。ライスちゃんすきっ!
つよくてかしこくてかわいいシロノリリィちゃんです!
あれから毎日ライスちゃんとかけっこ……レースをしています。
いやぁ〜……ライスちゃんはとってもはやいですね。なんどもレースをしていますが私は一度も勝てたことがないです。やっぱりライスちゃんはすごいです!
でもですね、私には必殺技があるのです。聞きたいですか? そうですか聞きたいんですね! なら教えてあげます!
その名は「リリィちゃんボンバー」! この前足元の芝生が爆発したアレですね!
あの力を利用してスパートをかけるというチョーかっこいい技です!
方向をコントロールできなくて真上に5メートルぐらいぶっ飛んだ時はママが慌ててキャッチしてくれました! 楽しかったです!
それ以降リリィちゃんボンバーは禁止されてます。なんでだろ?
そういえば私がトレセン学園に入学したらミホノブルボンさんとか他にも強い人たちと戦うことになりますね。
きっと才能の無い私は何度も負け続けることになると思います。
……でも、リリィちゃんは例え負けまくったとしても最後には絶対に勝つのです! 絶対に諦めないのですよ!リリィちゃんはつよいこです!
あっ! ママがこっちに来てますね。ママー!
「二人ともー! もうレースは終わりなのー?」
お互いにきゃっきゃっと戯れている少女達をシロノスズランは呼びに行った。
はじめて娘が──シロノリリィが走ったその日から、子ども達は毎日飽きる事なく元気に公園を走り回っている。
ウマ娘である自分なら体力には自信があると思っていたのだが、子ども達の底なしの体力に流石に疲れが溜まっていた。
──もしかして、現役のステイヤーよりも体力があるのでは? などと冗談のような本気のような事をシロノスズランは考えていた。
「ママ疲れちゃったから、そろそろおうちに帰らない?」
午後の1時から走り始め、現在は午後4時程だ。
小さな子ども達が家に帰るにはいい感じの時間だろう。
そう思い声をかけるが子ども達は、えー!? と不満そうに─まあとてもかわいらしいのだが─声をあげた。
「あといっかいだけ! ……ママ、おねがい?」
「ら、ライスももういっかいはしりたいの。……だめ?」
子ども達のかわいらしいお願いに内心デレデレになりながらお願いを聞き入れた。
「……あと一回だけよ? これが終わったらお家に帰りますからね!」
やったー! と叫び、子ども達はキラキラとした満面の笑みを浮かべながら全身で喜びを表した。
この子たちに甘すぎるなぁ。と内心思いつつ、まあ可愛すぎるのがいけないんだけどね! と夫が聞いたら呆れるような事を考えながらスタート位置に戻るように促す。
準備を終えた子ども達はスタートの姿勢をとった。
「それじゃあ位置について……ヨーイ、ドン!」
──白と黒の少女が駆ける。真っ直ぐに、ゴールを目指して。
走るのはたったの2人。
そのレースに観客は1人だけ。
勝者に贈られるのはたったひとつの賛辞だけ。
だが、その一言は、どんな名誉よりも、何よりも素晴らしく尊いものなのだ。
「────おめでとう!」
春が終わる。白と黒の少女が出会った季節が。
──夏が来た。
少女達の絆は強くなる。
夏の日差しに負けぬよう天まで伸びる植物の様に。
思い出は煌めく。
眩しい太陽を反射した母なる海のように。
──秋が来た。
少女達の心は育つ。
厳しい寒さに備え、多くの栄養を蓄える果実の様に。
世界は色を変える。
赤々とした美しい紅葉に心を奪われる。
─冬が来た。
少女達は温もりを知る。
白く冷たい世界の中に確かな人の知恵がある事を。
雪が降る。
純白の世界を白と黒が駆けまわる。
そして──
ライスのだいすきなひと。
とってもたいせつなおともだち。
ほしぞらよりきれいで──
たいようよりまぶしくて──
だけどだれよりもやさしくて──
ライスのだいすきなひと。
とってもたいせつなおともだち。
あなたがくれたぬくもりが──
あなたがくれたおもいでが──
ぜんぶ、ぜんぶたいせつで──
だからきょうつたえます──
こころをこめて──
2月27日。シロノリリィがこの世界に生まれ落ちた日。
今日で6歳になる白い少女をお祝いする為にささやかなパーティーが開かれた。
「「お誕生日おめでとうー!!」」
白い少女を両親が祝福する。
この世に生まれた奇跡を。
健やかに育ってくれた嬉しさを。
心を込めて伝える。
「えへへっ…! ママ、パパ、ありがとうっ!!」
溢れんばかりの愛を受け止めた少女は顔を綻ばせる。
「今日のケーキはリリィちゃんの大好きなチョコケーキでーす!」
ほんとうー!? やったー!! ママだいすきー!! と無邪気に抱きついてくる少女を優しく撫でながら夫の方に視線を向けさせる。
「パパからはプレゼントがあります! ジャジャーン!」
そう言うと背中に隠していた大きな鳥のぬいぐるみを少女の目の前に差し出した。
「わぁー!! これ、ほしかったやつなの! パパありがとう! だぁいすきっ!」
父親に抱きつき無邪気に頬擦りをする白い少女を優しく撫でる。
普段シロノスズランに対して親バカだね。などと言っている夫だが、表に出さないだけで実は彼女よりも相当な親バカなのがこの男である。
普段からすきすき言われている彼女に対して、自分ももっと言ってもらいたいし甘やかしたいと考えている始末である。
──まぁ、彼女にはバレバレなのだが。
ご機嫌にぬいぐるみを抱き締めている少女にシロノスズランは言う。
「リリィちゃん。今日はなんと……特別ゲストが来ていますっ!」
「とくべつゲスト?」
「そうよ〜。リリィちゃんの大好きなあの子よ! どう? わかるかしら?」
そう言った瞬間食い気味で少女は言った。
「ライスちゃん!!」
「おっほ……はやいわね。……それじゃあどうぞ!」
その言葉を合図に扉の向こうで隠れていた黒い少女が登場した。
「おたんじょうびおめでとう! リリィちゃん!」
「ライスちゃん!! ありがとー!!」
今日一番のいい笑顔で少女が答えるとそのまま黒い少女に抱きついた。
「あわわっ! ……きょ、きょうは、ライスからもプレゼントがあります!」
ほんとう!? そう言ってさらに目をキラキラさせて黒い少女を見上げる。
「ほんとうだよ。ライス、おかあさまにおしえてもらいながらがんばっててづくりしたの。……リリィちゃんにきにいってもらえるとうれしいなぁ……」
そう言うと黒い少女はプレゼントを取り出す。
折り紙で作られた白い百合の花。
シロノリリィ──少女と同じ名前の花。
「きれいで、リリィちゃんにピッタリだとおもったの」
白い少女は破顔してそれを受け取った。
愛おしそうに、決して傷つけない様に優しく胸に抱く。
「……リリィちゃんにつたえたいことがあるの」
黒い少女が白い少女を見つめる。
「ライスね、リリィちゃんにあうまえはじぶんにじしんがなかったの。ほかのひとがこわくて、いつもおかあさまのせなかにかくれていたの」
白い少女は聞く。一言も聞き逃さない様に。
「でもね! リリィちゃんとあったあのひから、まいにちがキラキラしているの! せかいはこんなにもきれいで、あったかいんだってきづけたのっ!」
黒い少女は手を取る。溢れる心を伝える様に、優しく包み込む。
「ライスとおともだちになってくれて、ライスにやさしさをくれて、ライスにしあわせをくれて。……まだまだつたえたいこと、たくさんあるの。でもつたえきれないぐらいたくさんあるから……このことばをおくります」
黒い少女は言う。心を込めて。
「おいわいできるひ、ずっとずっとまってたんだ。……あのねリリィちゃん。うまれてきてくれて、ありがとう──」
──だいすきだよっ。
白い少女の瞳からポロポロと涙が溢れ落ちる。
だが、その表情は太陽よりも眩しい笑顔だった。
「ありがとう……ありがとう、ライスちゃん!!」
止まらぬ涙を黒い少女は指で拭う。
そのままそっと抱き締める。
温もりを確かめる様に。
心を伝えるように。
今日は2月27日。シロノリリィが祝福を受けた日。
世界で一番優しい日。
白と黒の少女はこの日を一生忘れないであろう。
3月5日。ライスシャワーの誕生日。
あなたがくれたプレゼント。
紙でできた青い薔薇。
あなたと出会えたこの奇跡。
優しさと温もりを。
ぜんぶ全部、詰め込んで。
ありがとう、ありがとう。
3月5日。私が生まれた奇跡の日。
私の名前はライスシャワー。
私の名前は
──季節は巡る。
春が来て、夏が来る。
この夏を、少女達は忘れない。
──夏が来る。
「……リリィ、大切な話があるんだ」
ライスシャワーには大切な友達がいる。
誰よりも綺麗で、誰よりも優しい大切なお友達。
この友情が、思い出が、永遠に続くと思っていた。
「──リリィちゃん?」
──夏が来た。
──別れの夏が。
──明日、シロノリリィはライスシャワーの元から去る。
両親の仕事の都合による転勤によって。
少女達にこれを止める術はない。
夜空で光の花が咲き誇る。
今日は夏祭り。
白と黒の少女はただぼうっと空を眺める。
黒い少女は隣に座る白い少女を眺める。
──夜空を彩る光の花よりも美しい。
今すぐにでもこの少女を攫って世界の果てへと逃げ去りたいと、そんな事を考える。
だが、それをすればこの少女は悲しむ。
誰よりも優しい少女の事だ。きっと自分がいなくなった後の家族のことを考えて涙を流すだろう。
それに、自分は子どもだ。何もできない、無力な子どもだ。
──何も抗えないのか。
白い少女を見つめながら考える。
──どうすれば……。
「──こどもって、よわいよね…」
白い少女が口を開く。
「わたしたちはよわくてなんにもできない…」
光の花を見つめながら
「……でもね、みつけたの」
その瞳に花と星が映る。
「ライスちゃんといっしょにいるほうほう」
綺麗な顔がこちらを向く。
「──トレセンがくえん、トゥインクル・シリーズ」
瞳の中に黒い少女が映る。
「……よわいこどものわたしたちがいっしょにいられるほうほう」
キラキラ輝くその瞳が。
「──ターフのうえなら、いっしょにいられる」
穢れを知らぬその輝きが。
「……だから、まってて」
あぁ、その瞳が。
「──わたしがそこにいくから」
──私を狂わせる。
「──うん、まってる」
お祭りの屋台で見つけたおもちゃの指輪。
青と白の偽物の宝石。
あなたとの約束を指輪に込めて。
お互いの右手の薬指に指輪を嵌める。
この温もりを忘れないように抱き締め合う。
白いあなたの頭にキスをする。
黒い私の髪にキスをする。
この約束を忘れない。
だから私はもう泣かない。
あなたが死ぬまでもう泣かない。
この指輪に約束を。