すきすきだいすきライスシャワー   作:パゲ

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サボってました。
小説のあらすじを変更しました。内容に変更はないよう。


第29話 ダートを走るならダーッとです!

 世間には夏休みというものがある。年齢にもよるが、大抵の人はこれを楽しみにしていることだろう。

 学生からすれば友達や恋人との思い出を作ったりする楽しい時間だ。勉強というしがらみから解放され、趣味に没頭したり、プールなどの施設へ行ったり、仲間とキャンプしたり楽しい時間を過ごすだろう。

 夏休み最終日近くで終わっていない宿題に四苦八苦するのも夏の風物詩だ。

 社会人もだいたい一緒だが、労働という罰を一時的に忘れ、惰眠を貪っていたらいつの間にかお仕事が始まる前日になっていて、自分の計画性のなさと現実に絶望した者も多いという。

 社畜に夏休みは存在しない。

 

 トレセン学園のウマ娘達にとって、夏休みというのは世間一般の認識とは少しだけ違う。思い出を作ったりするのは一緒だが、ここに夏合宿が加わるのだ。

 7月前半から8月後半までガッツリとトレーニングをするのだが、いつもと違って午前に通常の勉強はないので一日中トレーニングが出来るのだ。なので人によっては地獄を見たりする。

 自身に多大な負荷を掛けるアンクルをつけ、メガホンでドヤされ、よく分からないお守りを身につけ、疲労が溜まったら謎のドリンクやクソ不味い汁を飲まされ、下がったやる気はカップケーキで誤魔化し、体調を崩せば怪しいドリンクで治される。

 虐待一歩手前だろ! とネットでよく揶揄われたりするが、この厳しいトレーニングを乗り越えた先に勝利が存在するのだから文句を言うウマ娘はほとんどいない。

 ウマ娘達が勝利にかける想いは、それほどまでに重いのだ。

 

 今の季節はもうすぐ夏合宿が始まる初夏。地獄の猛特訓に備えて休養を取るのがほとんどで、街を見ればきゃっきゃっとはしゃぐウマ娘達をよく見かける。

 それはここにいる2人のウマ娘――ライスシャワーとミホノブルボンも例外ではない。

 だが、今日は珍しくシロノリリィの姿が見えない。いつも一緒にいるので、その光景を目にした人は違和感を覚えるかもしれない。

 今二人は小洒落たカフェに居る。店の外にあるテーブルで、互いに注文したスイーツが来るのを待っているようだ。

 いつもより浮かれているのか、ミホノブルボンのテンションが高めだ。ぱっと見では分かりにくいが、最近よく一緒にいるのでライスシャワーにも違いが分かるようになった。

 

「ここのスイーツは特にパフェが好評らしいです。マックイーンさんのウマッターで強くお勧めされていました」

「ライスのクラスでも話題になってたよ。マックイーンさんのウマッターって、スイーツの事ばかりウマートしてるんだっけ?」

「はい。レースの話題はほぼありません。まあ、ウマッターの使い方は自由ですから」

 

 穏やかな時間を過ごす二人から離れた別の席で、「パフェ……あぁ、至福のひとときですわ……」と芦毛のお嬢様が呟いたが気のせいだ。

 それに反応して「素晴らしいね、これは。これほどの一品、まさにパーフェクトだ」などと呟くウマ娘もいたがこちらも気のせいである。

 

「しかし、リリィさんがいないのは少し残念ですね。リリィさんも一緒に来れると良かったのですが」

「リリィちゃんはスイプロさんとお出かけしてるから。ライスもちょっとだけ残念だったけど、今度は一緒に行きたいね」

「はい。……ですが、そのおかげでライスさんと二人っきりでデートができるのは嬉しいです」

 

 彼女の冗談に「もう、ブルボンさんったら……」とライスシャワーは微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 時を少し遡り、シロノリリィの陣営が次走を発表した時に戻る。

 日本ダービーを終えた彼女の次走を世間は色々予想していたが、大方の予想は『夏合宿を終えてから菊花賞に備えて1レース挟む』というものだった。

 宝塚記念に挑む! と言っていた者も中にはいるが、さすがにシニア級のウマ娘に挑むのは厳しいだろうとほとんど冗談半分で言われていた。

 ちなみにだが、例年のお祭り騒ぎとして有名な宝塚記念のファン投票の結果、出走登録こそしていなかったがシロノリリィは上位10名の中に入っていた。

 現在の実力ではなく純粋なファン達の人気による投票とはいえ、シニア級ウマ娘達を抑えての結果にお姉さま達は驚愕した。

 「リリィちゃんすごーい!」と純粋に喜ぶライスシャワーにシロノリリィはドヤ顔だった。二人ともかわいいね。

 

 だが、そんな世間の予想を裏切り発表されたのが『ジャパンダートダービーへの出走』だった。

 クラシック三冠を狙っているウマ娘がダートのGⅠを狙いにいくのはあまり前例がない。「ダートなんて走らなくても……」などと心無い反応をするネットの住民もいたが、世間一般の認識として芝路線よりも露骨に格下扱いされているのでそういった反応も仕方ないと言える。

 シロノリリィのジャパンダートダービー出走はネットでちょっとしたお祭り騒ぎになった。

 純粋に応援する者、無謀な挑戦と嗤う者、リリィちゃんの動画を素材にしてMAD動画を作る者など様々な反応があった。

 彼女の挑戦に良くも悪くも大勢の注目が集まった。

 シロノリリィ、ダート路線に転向か!? などと事実無根のうわさが流れたが、訓練されたファン達は「ライスちゃんと走れなくなるからありえない」と一蹴した。

 

 そもそもの話、なぜトレーナーはジャパンダートダービーを走らせようと思ったのか。

 ジャパンダートダービーは夏合宿の時期と重なるため、ダート路線のウマ娘以外は避けるのが通例だ。(そもそも芝とダートの適性を持ったウマ娘が少ないのと、大多数のウマ娘がクラシック路線に集中するので選択肢にない)

 普通のウマ娘はレース後の疲労を抜くために1〜2週間程度、重賞レースならそれ以上にかかる。

 重度の疲労ならば、それを回復するのに数ヶ月以上かかったりする。

 夏合宿という最大のトレーニング効果を発揮するイベントと期間が重なる事、レース後は疲労回復期間を設けるため満足にトレーニングを行えない事。これらの理由により普通はクラシック三冠を狙うならばジャパンダートダービーは避けるべきだと言わざるを得ないのだ。

 

 そう、普通ならば。

 

 過去にアッシュストーンと戦ったデイリー杯ジュニアステークスで、シロノリリィはその翌日全身筋肉痛で動けなくなっていたが、いっぱい食べてマッサージをしたら1日で元気いっぱいになったのを覚えているだろうか?

 シロノリリィの幼少期、ライスシャワーとの約束を果たす為に毎日走っていたのを覚えているだろうか?

 

 シロノリリィの強みはとってもかわいくてかしこくて力が強くてかわいい――だけではない。彼女の強みは、その肉体の異常な頑丈さと回復力にあるのだ。

 先ほど『レース後のウマ娘が疲労回復にかかる期間は1〜2週間』と言ったが、シロノリリィはなんと1日休めば全快する。

 70回復どころか100回復+ライスシャワーといるからやる気も絶好調だ。すごいぞリリィちゃん!

 お休みを押して30回復と寝不足に怯えたトレーナーもいるだろうが、シロノリリィにそんな心配はないのだ。

 だが、そのかわりライスシャワーがいないと30回復と寝不足とやる気下げ(絶不調)が確定するのはご愛嬌。

 一緒に寝てくれる人がいれば50以上回復は確定だ。一人で寝るのは寂しいもんね仕方ないね。

 次に彼女の頑丈さだが、極端な話毎週走っても問題ない。連続出走したところでやる気下げも肌荒れもステータスダウンも一切起こらないどころか、走ったレースのバ場と距離の適性が上がるので寧ろやった方がいい。クライマックスローテ走ろうね♡

 まあそんな事したら世間からぶっ叩かれるのでやれないし、そもそもトレーナー含め周りの人達はそこまで頑丈だと気づいてないし、気づいても絶対にやらせないので安心だ。

 

 話を戻そう。なぜトレーナーがジャパンダートダービーを走らせようと思ったのか? その理由は二つある。

 一つはシロノリリィの驚異的な回復力があればレース後でもすぐにトレーニングに復帰できる事。もう一つは先日まで行なっていた水中ダッシュトレーニングの成果――スーパーリリィちゃんパワーを実戦で完成させるためだ。

 ダートというシロノリリィにとって有利なバ場、距離も2000と皐月賞と同じ。以上の事からトレーナーは挑む価値があると、挑むべきだと判断したのだ。

 

 正直、トレーナーは次走を発表した時ここまで反響があると思っていなかった。

 まぁ、世間が騒いでる理由は『シロノリリィが芝ばっかり走っているせいで一般人からはダートのマイラーではなく、芝のマイラーと思われている事』だとは、流石にわからなかったようである。

 

 

 

 

 

 

 

 世間がシロノリリィのジャパンダートダービー挑戦にわいわいしている中、ここにいる一人のウマ娘――スイプロは人生最大の興奮を迎えていた。

 彼女はシロノリリィのクラスメイトである。メタ的な事を言うと、掲示板回にいた『リュウグウノツカイ』が彼女――スイプロだ。

 スイプロはシロノリリィと同期でデビューし、共に走りたいと思いを募らせていた。だが、どれだけ想ってもそれは今まで叶わなかった。

 なぜならスイプロの適性はダートのマイル〜中距離。シロノリリィの三冠路線とは致命的に噛み合わなかった。

 ずっと、ずっと見ていた。シロノリリィが楽しそうに走る様を。彼女の隣で走りたいと願っていた。でも、それは叶わぬ夢だと思っていた。

 叶わぬのならせめて彼女を応援しようと思った。この胸に燻る熱を、尽きることの無い想いを火種にし、未練ごと燃やしてしまおうと思っていた。

 

 だが、そう思っていたら突然のジャパンダートダービー出走だ。これにはスイプロも驚き、桃の木、山椒の木だ。

 びっくりした。びっくりした。本当にびっくりした。

 あまりにもびっくりしたスイプロは出走発表の後日、教室にやってきたシロノリリィに開口一番こう言った。

 

「釣り、行こっ!!!!」

 

「いいですよ!」

 

 おそろしく早い決断。オレじゃなきゃ見逃しちゃうね。

 

 

 

 

 

 

 

 夏合宿を目前にした週末の休息日に二人は一緒に釣りに行くことにした。二人の予定が合う日がその日しかなかったというのもある。

 中央で走るウマ娘達のスケジュールは控えめに言ってギッチギチだ。

 トレーニングはもちろんレースは絶対で、人気のあるウマ娘はテレビ出演やインタビューにCM撮影やらグラビアと多忙を極める。これに加えて友人達と遊んだりすればもう枠が存在しない事はよくある事だ。以上の事から予定が合わない事も多いので、今回スイプロとシロノリリィの予定が合ったのは幸運だと言えるだろう。

 トレーナーは個人でこれを管理しつつトレーニングのメニューを考えたり、ウマ娘達が体調を崩さないように気を配ったりとめちゃくちゃ忙しい。

 まあ大体はサブトレーナーが補ったりするが、トレーナー側は常日頃から人手不足なのでどこも苦労してたりする。

 そう考えるとリギルのトレーナーは三冠ウマ娘やらGⅠレース連勝しまくりだというのに、一人で何の問題もなくチームを運営しているのでやばい。

 ハッキリ言ってリギルは異常っスよ。やっぱし怖いスねチームリギルは。

 

 

 

 一緒に遊ぶ約束をした日になり、シロノリリィとスイプロはトレセン学園の入り口で落ち合った。ここの生徒達が待ち合わせとしてよく使う場所だ。

 天気は晴れ。初夏なので気温は少々高いが、へばって動けなくなるほどではない。釣りをするにはいい感じだ。

 電車で遠出するため朝早くからの出発だが、シロノリリィは夜9時に寝てしっかり備えたので問題ない。元気いっぱいリリィちゃんである。

 部屋を出る前にシロノリリィにライスシャワーが日焼け止めを塗ってほっぺをもちもちしていたがいつもの事だ。

 ライスシャワーに見送られて二人は駅へと向かった。

 

 寮を出た二人は目的の場所――堤防へと向かっていた。

 今回の移動手段は電車だ。スイプロのトレーナーが「車を出しましょうか?」と聞いてきたが、今日は二人っきりで遊びたいので遠慮した。

 電車に揺られ窓から景色を眺める二人。今日は完全な休息日となっているのでなおさらご機嫌だ。

 スイプロは「そういえばクラスでたまに話す事はあるが、こうして二人っきりで話す機会は無かったな」と思った。

 ならばこの機にじっくり話を……と思うが、口下手な自分が話題を振るというのは正直言って厳しい。

 などと思っていたが、シロノリリィが色々話を振ってくれたので目的地に到着するまで話題に事欠かなかった。

 

 

 

「こっちの道から行く」

「……おぉ! ひまわりがいっぱいです!」

 

 駅を降りてしばらく歩き、スイプロが選んだ道は両脇にたくさんのひまわりの花が咲いている道だった。

 上から覗けば――シロノリリィの背だと見えないので4メートルほど跳んで一望した――あたり一面にひまわり畑が広がっていた。

 

「トレセン学園の近くにこんな場所があったんですね! とっても綺麗です!」

「近く……近くか?」

「電車で行けるなら近いです! ランニングコースと考えるとちょっと遠いですね!」

「そうかな? ……そうかも」

 

 スイプロは納得し、二人は歩き出した。

 現在の二人の格好は動きやすさを意識した私服である。

 実はトレセンジャージで行こうとしていたのだが、彼女達のルームメイトが「リリィちゃん、せっかくなら……」「なかなかいいジャン。でも……」と遊びに行くのに相応しく、なおかつ運動を阻害しないコーディネートにしてくれた。

 シロノリリィは白い襟付きノースリーブワンピースで、靴は白いハイカットスニーカー。麦わら帽子を被り夏らしい装いだ。

 いつもの様に髪を全部下ろしたセミロングではなく、ゆるくおさげにしている。パステルイエローのリボンが彼女の愛らしさをさらに引き出している。

 オタクはこういうのに弱い。

 スイプロは紺色の半袖ポロシャツに色のショートデニムだ。黒のスニーカーに、白のキャップを被って日差しの対策もバッチリだ。

 シンプルな装いだが、ウマ娘の顔とスタイルの良さでものすごくいい感じとなっている。さすがは神に愛された種族だ。

 

「スイプロちゃん! 今日は何を釣るんですか? 私は釣りをするのは初めてだから何にもわからないです! でもどうぶつの森でシーラカンスを釣った事ならありますよ!」

「今日は晴れてるから釣れないよ。今日はアジゴ……アジの小さいやつを釣る。簡単に釣れるから心配しなくていい」

「ちっちゃいアジ? 食べれるんですか?」

「余裕。しかもめっちゃ釣れる。素揚げにして食べると美味しい。いっぱい釣ってトレセンに戻ったら調理しよ」

「そんなに釣れるんですか!? とっても楽しみです! あっ、私もお料理するの手伝いますよ。ママのお手伝いしてたから多分大丈夫です!」

 

 会話を楽しみながら二人は歩く。

 彼女達が行く両隣にひまわりが咲いた道は、恐らく人の手が加えられた道だろう。これだけの規模だ、相当な手間がかかっているに違いない。

 だが、そのひまわり畑も目の前の少女の引き立て役にしかなっていないと思った。

 夏の日差しよりも眩しく、一面に咲いた花よりも綺麗な白い少女。こうしてただ歩いてるだけで絵になる。

 

「――それでですね、この前ブルボンちゃんがキョウちゃんに変なゲームをやらされていたんです。動く床に乗って進む場所だったんですけど、なぜか床だけ動いて自分は動かないんです。それで主人公っぽい人が落ちちゃってヴォァァー! って変な叫びを……どうしたんですか?」

 

 心ここに在らずのスイプロの様子に、シロノリリィは立ち止まって尋ねてきた。

 彼女の心配そうな表情に申し訳なくなり弁明を試みる。

 

「体調不良とかじゃない。……えっと、綺麗だったから、見とれてた」

 

 正直すぎる言葉だが、目の前にいる少女に嘘はつきたくない。ただ思った事をそのまま彼女に伝えた。

 それを聞いたシロノリリィは、安心した様にふにゃっと笑った。

 

「リリィちゃんはとってもかわいいので、見とれちゃうのも仕方ないですね!」

「うん、本当に。……あっ、写真撮りたい」

「いいですよ! ポーズとかとった方がいいですか?」

 

 そう言うとシロノリリィは両肘を頭部の高さまで上げ、手は前から見えない様に頭の後ろで組み、右足を少し前に出して左足は逆に少し下げたポーズ――アブドミナルアンドサイを繰り出した。

 腹筋と脚を強調するボディビルのポージングの一つだ。

 

「仕上がっているよ! ……じゃなくて、普通でいい。そのままのあなたが一番綺麗だから」

 

 普通でいい。あなたといる今が特別だから。

 特別で普通な一日を思い出のアルバムに収めるために、スイプロはカメラのアプリを起動した。

 ついでにさっきのアブドミナルアンドサイも写真に撮っておいた。

 

 

 

「おぉ〜! 海です! あっ、こんにちは!」

「こんにちは。自分から挨拶できてえらいね」

 

 ひまわりの道を抜けしばらく歩き、ついに目的地の堤防に到着した。

 シロノリリィ達以外にも先客がいた様で、それに気づいたシロノリリィは元気に――うるさくならない様にほどほどだが挨拶をした。

 のんびり一人で釣りを楽しんでいた中年男性がそれに気づいて「こんにちは」と返したが、返事をした相手がシロノリリィだと気付いてものすごくびっくりしていた。

 彼は良識のあるファンなので騒いだりしないが、GⅠに勝ったウマ娘――特にクラシック三冠を獲得したウマ娘の人気と知名度は凄まじいものがある。

 それを目の当たりにしてスッと空気に徹する彼はファンの鑑というものだ。拙者、お前の中に勇を見た。

 

 スイプロがいい感じの場所を見つけて荷物を下ろした。

 彼女がテキパキと準備をしている中、シロノリリィは好奇心に満ちた目でそれを眺めていた。

 

「まずはこれを着ける。落ちたら危ないから、安全のため」

 

 そう言って彼女はライフジャケットを手渡した。

 手渡されたそれを見ながらシロノリリィは説明を聞く。とは言っても普通に服の上から装着するだけなので特に難しいことはない。

 ブッピガン! と謎の音を発しながらシロノリリィは装着した。

 続いて竿と餌を用意する。

 餌はパン粉と海水とオキアミをかき混ぜて作るのだが、慣れていない人にとっては独特な匂いに感じる。

 近くで楽しそうに見ていたシロノリリィだったが、その匂いを嗅いで「にゃー!」と可愛らしい鳴き声をあげた。

 

 

 

「またまた釣れました! 本当にいっぱい釣れますね!」

「でしょ。だから初心者にもおすすめなんだ」

 

 スイプロに教えてもらいながら釣りを開始し、1時間ほど過ぎた。

 釣果は上々。スイプロはこの釣りが始まる前に心の中で「全然釣れなかったらどうしよう……」と思っていたが、それは杞憂に終わった。

 初めての釣りが大成功してシロノリリィもにっこにこだ。

 そんな彼女の傍ら、スイプロは少しだけ気まずそうに話を切り出した。

 

「えっと、今日はその……迷惑じゃなかった?」

「……?」

 

 全然迷惑じゃないしむしろ全力で楽しんでいる。シロノリリィの表情がそれを物語っている。

 なぜ彼女が突然そんなことを言い出したのかが分からなかった。

 

「とっても楽しいですよ。スイプロちゃんの教え方は分かりやすくて、初心者の私もいっぱいお魚が釣れました。道具も用意してもらって、釣りの場所も教えてもらって、むしろ私の方が迷惑をかけていると思います」

「そ、そんなことない……! 私はほら、口下手だから。それに、突然『釣り、行こっ!』なんて誘っちゃったから、その……何と言えばいいか」

 

 もごもごと何かを言ってるが、要するにこういう事だ。

 

「スイプロちゃんは私ともっと仲良しになりたかったんですよね?」

「……ん゛ん゛!? そ、そうだけど……」

 

 突然誘った事を彼女が不快に思っていないか。など色々考えてもごもごしていたが、そもそも誘いに乗っている時点で肯定的なのは明らかだ。

 真正面から断言され、スイプロは赤面してしまった。

 シロノリリィはスイプロを見つめながら続ける。

 

「今までの学生生活を振り返ってみると、私がスイプロちゃんとお出かけした記憶がありません。クラスでは結構お話ししていますし、お友達だと胸を張って言えますが、一回もお出かけをしたことがないのはちょっと寂しいと私も思っていました」

「まあ、トゥインクルシリーズを走ってるんだし、予定が合わないのはしょうがないでしょ」

「そうですそうです。だから今回のお誘いはとっても嬉しかったです。スイプロちゃんはよく釣りが好きと言っていたので、スイプロちゃんが好きな事を知れるいい機会だったとも思っています」

「私も、あなたに知ってもらえて嬉しい。……ねえ、私ってそんなに釣りの話してる?」

「リリィちゃんのかしこすぎる記憶によると、世間話1レース2お魚が7ですね!」

「……そんなに!? えっ、まじか……」

 

 釣りや魚の話はよくしていた自覚はあるが、まさかそこまでとは思っていなかったので愕然とした。

 クラスメイト達の「12月といえば?」という問いに対し、一般的には「有マ記念!」と返すところを「タラが美味しい。私もいつか釣ってみたい」と返答したのをシロノリリィはよく覚えていた。

 クラスメイトのお嬢様方は基本的に優しくて大らかなので、特に気にする事なく雑談に興じていたが。

 

「うん、そっか。…………ねぇ、聞いてくれる?」

「大丈夫ですよ!」

 

 消えるはずだった想いがあった。燻って消えてしまうはずだった火があった。

 自らその火種を踏み躙って消そうとしてたのに、火種は決して消えてくれなかった。

 あなたのせいだ。この火が消えないのは。

 もう我慢しなくていいんだ。だって、あなたが受け止めてくれるから。

 まっすぐに見つめる金色の瞳が、じっとこちらを捉えている。

 あぁ、綺麗だ。呑み込まれてしまいそうなほどに。

 

「あなたと走る機会が訪れるなんて、夢にも思ってなかった。だから、あなたがジャパンダートダービーに出走すると知った時、嬉しかった。すごく、すごく……嬉しかった」

 

 ――でも、呑み込まれるのは嫌だ。

 そんなの勿体無い。

 

「私は海が好き。釣りが好き。レースよりも、走るよりも好き。そこまで真面目じゃなかったんだ、ここに来た時は。……でもね、あなたを見て、あなたが走るのを見て、私の気持ちは変わった」

 

 目の前にあなたがいる。

 手を伸ばせばそこに届く。

 

「あなたと走りたい。やっと道が交わった。あなたからすれば寄り道かもしれないけど、世間からすればただの通過点かもしれないけど――」

 

 スッと片手を胸の高さまで上げて拳を握る。

 掴んでみせると、刻み込んでみせると白い少女に示す。

 

「ここが、私のダービーだ」

 

 伝わってくる。彼女の熱が。(あなたの想いが)

 ――パチンッと、何かが爆ぜる音がした。

 

 シロノリリィは知っている。この熱を知っている。

 遥かな昔より連綿と続く炎、闘争という炎を。

 焚き付けられたなら、応えよう。応えてみせよう、その心に。

 

「……寄り道なんかじゃありません。通過点なんかじゃありません」

 

 掲げられた拳に自分も合わせる。

 スイプロをまっすぐに見つめる表情から可憐さが消える。

 恐ろしいほど綺麗で、泣きたくなるほど秀麗で、悍ましいほど美しい。

 

「これが、私の道です」

 

 轟轟と燃え盛る音がする。

 気圧されれば一瞬で灰になってしまいそうな劫火。スイプロの心に呼応し、それはより勢いを増していく。

 あたり一面が炎で覆われる。その中心に立つ少女達の貌は、烈火よりも苛烈だ。このまま全て燃え尽きてしまいそうなほどに。

 ……だが、今から燃やし尽くすなんて勿体無い。相応しい場所はもう用意されている。

 そこで語ろう。走って、語ろう。

 二人は微笑み合い、拳をコツンと突き合わせた。

 

「……今の掛け合い、めちゃくちゃかっこいいと思います!」

「同感。でも、手の匂いが無ければもっとよかったと思う」

 

 餌をセットする際に素手でやっていたので、彼女達の手から素敵な匂いがぷんぷんと漂っていた。

 うんうん! とシロノリリィが頷いていると、スイプロは顔を赤らめ少し恥ずかしそうに口を開いた。

 

「えっと、その……リリィって、呼んでもいい?」

 

 ささやかな提案。だが、彼女からすれば大きな決断。

 その可愛らしい要望にシロノリリィは「もっちろんです!」と破顔した。

 

「呼んでください! いっぱい呼んでください! 呼ばれれば呼ばれるほどリリィちゃんは嬉しくなります!」

「ま、待って。緊張する。えっと…………その…………リ、リリィ……」

 

 そう呼ばれたシロノリリィは、パアッと表情を輝かせ更に呼ぶように催促する。

 

「もっと! もっと! もっとお願いします!!」

「うへっ!? リ、リリィ……」

「もっと!!」

「〜っ!! ……きょ、今日はもう勘弁して……!」

「え〜!!」

 

 おめめきらきらでぴょんぴょん跳ねるシロノリリィにスイプロはタジタジになった。

 残念な事にあまり友達がいないスイプロにきらきらリリィちゃんは少々刺激的すぎたようだ。

 

「はぁ……はぁ……。ねぇ、あなたは……」

「リリィ」

「ん!? ……リ、リリィはいつも丁寧な喋り方だよね?」

「そうですね! でもライスちゃんとかママとパパにはもっと砕けた感じで喋りますよ!」

「そうなんだ。……じゃあさ、私にもそういう感じで喋ってほしい」

 

 小声で「その、友達だし……」と呟くが、ウマ娘の聴覚ならそれを捉えるのは余裕だ。

 

「確かにそうです……そうだね! うおぉぉぉ! なんだか嬉しくて走りたくなってきた!」

「まだ釣りの途中だからだめ。……うん。いいね、これ」

 

 

 

 堤防に少女達の可愛らしい笑い声が響く。

 決戦までの穏やかな日常の一幕。二人はとても充実した時間を過ごしたのだった。




私がおっさんなので「リリィちゃんとスイプロちゃんの私服がダサい!」と言われると何も反論ができなくなります。
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