すきすきだいすきライスシャワー   作:パゲ

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スイプロちゃん視点のお話です。


第31話 眩しくて

 私は海が好きだ。青くて広くて深くてよく分からない。物心ついた時からずっと、その青い景色を見て育ってきた。

 私は太陽が好きだ。あたたかくてあつくて遠くて眩しい。青い海を太陽の光がキラキラ反射してすごく綺麗。

 遠くて広くて掬えない、私の原風景。

 

 小さな頃から私は海と共に過ごしてきた。

 実家が水族館だからというのもある。だから私にとって海は身近なものだった。

 私の両親は水族館を経営している。難しい話は私にはよくわからないけど、私の実家は水族館なんだ。なんかすごいよね。まぁ、別に有名だったりはしないけど。

 田舎の町のちょっとした水族館。人はそんなに来ないけど、私にとっては世界一の水族館。

 海は私の遊び場だった。砂浜を駆け、ナマコをぶん投げ、海に飛び込む。女の子らしくないと言われたが、私は私だ。そんなの関係ない。

 

 お父さんは私をよく釣りに連れてってくれた。最初は少しだけ怖かった。だって、あんなにビチビチ跳ねるんだもん。そりゃ怖がるよ。そんな私を見てお父さんは笑っていたな。

 隣にはお母さんがいた。微笑みながら私とお父さんを見守っていて、たまに私をからかうお父さんのお尻を蹴っていた。

 お母さんは、私とお父さんが釣った魚を捌いて色々な料理にしてくれた。お母さんが作る料理はとても美味しい。

 私はお母さんが料理をする姿が好き。ずっと見ていたいぐらいに。

 私はこの時間が好きだ。家族と過ごす、この時間が。

 だから、これは自慢。お母さんに教えてもらったから私は魚を捌けるし、色々な料理だってできる。すごいでしょ。

 

 水槽の中を優雅に泳ぐ魚達。変な顔のやつも綺麗なやつも怖い顔のやつもいる。怒りっぽいやつ、美味しいやつ、のんびりしたやつ、美味いやつ……いろんなやつがいる。

 みんな違う。でも、それって当たり前のこと。世の中に同じやつなんていない、違うのはただの個性でしかない。そんな当たり前のことを私はここで学んだ。

 

 私はウマ娘だ。でも、走るより釣りが好き。のんびり釣るのも好き。ランガンでガンガン釣るのも好き。泳ぐのも好き。素潜りして素手で魚を獲るのも好き。

 走るよりも釣りが好きなんて、変なウマ娘だと言われたこともあるけど気にしない。だって、好きなんだもん。

 

 ここが私の世界。太陽と海と両親と、時々魚。将来なんてよく分からないけど、大きくなったらこの水族館を継いで、たまに釣りをして。そんな人生を送れたらいいなって思いながら過ごしていた。……でも――

 

 

「ごめんな、スイプロ。……お前、好きだっただろ」

「……うん。でも、わがままは言えない」

 

 水族館をやめるらしい。

 経営不振。どこにでもある話。お客さんが来ないとかまあ色々あるけど、寂しい。……とっても。

 

「でも、まだ先の話なんだよね?」

「あぁ。でも、やめるのだけは確実だ。……しょうがねぇけど、つれぇなぁ」

「この人ね、あなたの思い出の場所が無くなるのが一番辛いって言ってるの」

「おいっ!? やめてくれよそういうのバラすのはよぉ!!」

 

 知ってる。分かってる。ずっと一緒にいたから。

 

「ねぇお父さん。お客さんがいっぱいきたら嬉しい?」

「ん? そりゃあ嬉しいけどよ、なんかするのか?」

「宣伝。いっぱいする。最後にいい感じの思い出にする」

「……ははっ、いいなそれ! 最高じゃねぇか! ……で、一体何をするんだ?」

「私はウマ娘。だから、走る。中央で」

 

 その時二人はすごいびっくりしてた。砂浜に打ち上げられたリュウグウノツカイを私が見つけた時よりもびっくりしてた。

 

「走って、伝えて、来てもらう。私の好きな場所に」

 

 永遠も、不滅も、絶対もありはしない。私はそれを知っている。

 キスの天ぷらを食べてそれを知った。あんなにも美味しいのに、永遠に食べ続けられるのに、食べ終えれば消えてしまう。あぁ、無情。でも、私の心にあの美味しさは残り続ける。

 誰かの記憶にここを残しておきたい。終わりが来るその時まで、誰かの記憶に刻みたい。全てが終わってしまった後でも、ほんの僅かでもいいからここを思い出して欲しい。

 これが、私がトレセン学園に来た理由。王冠もティアラもグランプリも関係ない、私だけの理由。

 

「じゃ、毎日勉強だな。ウマ娘用のシューズも色々買わないとなぁ!」

「釣り用具ばっかり買ってたものね。ウマ娘じゃなくてウミ娘って感じだったわぁ」

「…………勉強。うへぇ……」

 

 

 

 

 

 ――――それから月日が流れ、私はトレセン学園に入学した。自己採点したらテストの方はギリギリだったけど、なんとか入学できた。あっぶな……。

 そんな私だけど、実は今ものすごく緊張している。これから3年、いや、中等部と高等部だから6年か? まあ、結果が出せなかったら辞めることになるけど。

 ……じゃなくて。そう、これから6年以上ここで過ごすことになる。……だから、友達を作らなければいけない。……できるかは別として。

 自慢じゃないが今まで私に友達ができたことはない。これまで過ごしてきた13年間で、ただ一人も友達を作れなかったのだ。

 なのに、だ。……恐ろしいことにトレセン学園は寮でルームメイトと暮らさなければいけないんだ。

 練習よりこっちの方が辛いかもしれない。

 ……泣きそう。はぁ、憂鬱だ。

 まだクラスメイトは全員来ていないが、話が合う人がいたらいいなぁと思う。ルームメイトは面倒見がいい人か怖くない人がいいな。

 

 和気藹々としているクラスメイト達の声に耳を傾けながら時間が過ぎるのを待っていると、小さな足音と共にとても綺麗な音がしてきた。いや、音じゃない……誰かの鼻歌だ。

 こっちに向かってきている。……もしかしてクラスメイトかな?

 ずいぶんとご機嫌だな。曲はうまぴょい伝説か?

 あの電波ソング、いずれは私も歌うことになるのだろうか。うへ……。

 

 ぴたりと足音が止み、教室のドアが開けられた。今まできゃっきゃっと騒いでいたクラスメイト達は、そこに現れた一人の少女に意識を奪われた。

 ――姿を見せた。たったそれだけでクラスから音が消えた。たった一人の、白いウマ娘が来ただけで。

 真っ白で綺麗な小さな娘。今まで見たものの中で、何一つ及ばない美しさ。太陽よりも鮮烈な白毛のウマ娘。

 

 ……なんて、眩しいんだろうか。

 

 静まり返った教室をキョロキョロ見回した後、その子は黒板に書かれている自分の席を確認して歩き出した。

 

 教室中の視線を集めて彼女は歩く。周りなど意に介さず、自然体で。

 そんな彼女の席は、なんと私の隣だった。……まじで?

 なんでこんな綺麗な娘が、よりにもよって隣なんだ! と、心の中で叫んでみたが、叫んだところで結果は変わらない。

 なんか見た目と雰囲気がお嬢様っぽいなぁ。と思っていたら、金色の瞳がこちらをじぃっ……と見つめていた。

 やっば、美人すぎない?? えっ? 私なんかやらかした……?? 

 

「はじめまして! 私はシロノリリィです! これからよろしくお願いします!」

「…………スイプロデス。……ヨロシク」

 

 焦っている私を気にする事なく元気に自己紹介してきた。ちょっとほっとした。

 あとめっっちゃいい匂いする。なにこれ?

 だけど私は緊張してまともに顔を見れないし、ろくに返事もできなかった。こんなところでコミュニケーション能力の不足を実感し、今までまともに友人作りをしてこなかった事を後悔した。……最悪だ、私。

 そんな自分に自己嫌悪していたが、彼女はにこにこと嬉しそうな顔で「これからよろしくお願いします!」と言った。

 その表情はとても楽しそうで、わくわくがあふれているのがこっちにまで伝わってきた。かわいい。

 なんだかすごくドキドキする。こんな気持ちは初めてだ。

 彼女の事がとっても気になる。もっと彼女のことを知りたい。もっと話してみたい。

 いつもの自分ならこんな事を考えたりしないだろう。なのに、どうして……。

 ……まぁ、人見知りな私が自分から話しかけるなんてできないんだけど、これから仲良くなれたらいいなぁ。

 

 そんな感じで始まった私の学生生活。これからどうなるのか、どんなことが起きるのか。全くわからないけど、すごく楽しみだ。

 入学式が始まるまで暇だなぁと思っていたら、シロノリリィがにっこにこで喋りかけてきた。……いきなりは心臓に悪いんだけど??

 驚いた事に彼女は私と同じ一般家庭出身のウマ娘だった。うっそでしょ……? その美貌(かお)で?

 彼女の見た目からしてお嬢様かと思ったって言ったら、「リリィちゃんはとってもかわいいので、そう見えてもおかしくないですね!」と元気に言っていた。かわいい。

 周りで聞き耳を立てていたクラスメイトは「社交界でも見かけた事が無かったのは、そういう事でしたのね……」とか小声で言ってた。

 やば、周りお嬢様ばっかじゃん。お嬢様の群れかよ。

 その後ずっとライスちゃん――ライスシャワーというウマ娘の事を話された。その娘の事を話している時の彼女の表情は、とても綺麗で幸せそうだった。

 で、その後入学式を終えて、みんなで自己紹介をすることになったんだけど……

 

 

「かわいくてかしこくてつよいこなシロノリリィです! ライスちゃんが大好きです! クラシック三冠を目指しています! 皆さんこれからよろしくお願いします!」

 

 

 彼女がクラシック路線を目指している事がわかった。

 私の適性はダートだから、彼女と走れない事が確定した。……私は泣いた。

 

 

 そういえば、ルームメイトは変人だった。なんかパンパンジャンジャンうるさい人。

 変なキャラ付けしてると思ってたんだけど、名前が降りてきてからそういう話し方になったって言ってた。あとその時に髪の色と瞳が変わったらしい。なにそれ……? 知らん……怖っ……。

 

 

 

 

 

 トレセン学園での生活が始まった。

 レースの練習や勉強の毎日だ。

 午前は勉強、午後はレースの勉強と練習。歌の歌詞を覚えてダンスの振り付けを覚えてトレーニング。

 ……やばいねこれ、めっちゃキツい。中央は日本のトップだって知ってたけど、知ってるのと実際にやるのは違いがありすぎる。……正直舐めてた。

 あれからだいぶ経ったが私はまだチームにもトレーナーにもスカウトされていない。まぁ、名家の人間じゃないから仕方ないけど。

 私は一般家庭――寒門の出身だ。寒門のウマ娘をわざわざスカウトするトレーナーはほぼいない。

 ウマ娘の能力はほとんどの場合血統によって決まる。親が優れたウマ娘ならその能力は子どもに引き継がれる。だから名家のウマ娘は優秀な子が、高い身体能力を持った娘が多い。

 それはトゥインクルシリーズのレースを見ればわかる話。GⅠに勝ってるのは大体名家のウマ娘だ。

 しかも子どもの頃から整った設備や専門の家庭教師(レース関係のやつ)を雇ったりしてるんだって。なんか住む世界が違うなあ。

 

 皮肉だよね。血反吐を吐く努力をしてトレセン学園に受かっても、出身だけで見向きもされないなんて。この世は平等じゃないね。

 なんて、言ってみただけ。実は私はそこまで気にしてない。寧ろ私は誇りに思っている。両親から生まれたことを。

 この話から分かる通り、一般家庭のウマ娘と名家のウマ娘には大きな差がある。彼女達はより速く走るために長い年月をかけて血を繋いできたんだ。

 そこまでやるか? と思うが、それは私の様な一般人の感想でしかないのだろう。彼らにとって、勝利とはそれほどまでに重いらしい。

 

 怖い話は置いといて、私の適性はダートのマイル〜中距離。

 芝の中長距離がメジャーな日本だとあまり歓迎されないのが私の適性。

 だけど私にとっては正直大したことじゃない。クラスメイトにそう言ったら変な生き物を見る目で見られた。

 レースを見るよりおフィッシュくんさんの番組の方が好き。

 

 ウマ娘のレースは、言ってしまえば優秀な血を持つ者が勝つ。それが常識。

 優れた血に優れた血を掛け合わせて、更に優秀な者を作り出す。

 でも、たまに現れるんだ。血統なんて無視した突然変異ってやつが。

 

 

 あれから時間が過ぎてなんやかんやあって私はチームに所属することができた。

 チーム名は『スターゲイザー』。名前だけはかっこいいが、ニシンが生えたパイが元ネタと聞いて微妙な気持ちになった。

 誘ってくれたのはルームメイトのパンドラジャンム先輩。

 一人称と語尾と頭以外は常識人だ。ただ少しだけパンジャンに狂っている。

 

「いや〜、今日はリリィちゃんのメイクデビュージャン! めっちゃ楽しみジャン!!」

「くくく……とってもかわいいですよね、リリィちゃん。スイちゃん、お茶請けは何がいいですか?」

「かっぱえびせん」

 

 私達は今、チームルームでシロノリリィのメイクデビューを観ようとしている。

 このくくく……とか言ってる目つきが悪くてロン毛で背が高くて痩せたおじさんは私のチームのトレーナー。

 見た目と言動は怪しいけど、可愛いものが好きで家事が得意。ぱかプチも自作できるらしい。

 今は先輩が食べたいと言ったフィッシュ&チップスを作り終えたところだ。

 

「今日のメイクデビューはリリィちゃん以外にアッシュストーンが出るんジャン? ちょっと厳しいかもしれないかもしれんジャン」

「彼女は芝の短距離マイル路線で注目されていますからね。まあ、私達はリリィちゃんの実力を正確に把握していないというのもありますが。確か彼女はダートのマイラーですよね? 適性バ場じゃないのも響きそうです」

「かわいさだけは知ってるジャン!」

「いい匂いするよ」

「くくく……レースには余り関係ありませんね」

 

 時間が経ち、パドックでの紹介が始まった。

 トレーナーと先輩はなんか「この娘は調子よさそう」とか色々言ってるけど、私には正直よくわからなかった。

 トレーナーは私に「これも勉強です」って言って色々教えてくれた。

 

「スイちゃん、この娘を見てください。あなたから見てどう映りますか?」

「……悪くないように見える。元気そうだし」

 

 肌の色も悪くないし、表情もやる気に満ちてるように見える。好調よりの普通、と私は感じた。

 でもトレーナーはふるふると首を振って「一見そう見えますよね。ですが……」と続けた。

 

「この娘は不調です。スイちゃん、ウマ耳とウマ尻尾を見てください。耳は少し下がり気味で尻尾の毛艶があまり良くないのは分かりますか?」

 

 じっくり見てみると、確かにそうかな? と感じたが、正直よく分からない。私が唸っていると、フィッシュ&チップスを貪り食べていた先輩が声をかけてきた。

 

「あとは体の仕上がりもそんなに良くないジャン。メイクデビューだから緊張してるかもしれんジャン。表情の方もよく見てみるとやる気に満ちているっていうより、不調を隠すための空元気って感じジャン」

「お化粧で誤魔化されてますが、うっすらとくまがありますね。彼女が自分でやったのか、それともトレーナーがやったのかは定かではありませんが、こういったところも参考になりますよ」

「…………だめだ、さっぱり分からん」

「分からなくてもいいんです、分かろうとするのが大事なのですから」

「パンも完全に理解してるわけじゃないジャン。完璧に理解出来るとか人間辞めてるジャン。そんなの無理無理パンジャンドラム」

「ふぅん……」

 

 まあ、今は分からなくてもいいか。これから頑張ろう。

 次に出てきたのは今回のレースで最有力だと言われているウマ娘、アッシュストーンだった。素人同然の私でも簡単に分かるほどの仕上がりに「……おぉ」と声が漏れてしまった。

 

「くくく……やはり凄まじいですね。今年のスプリント路線有力候補と言われるだけはあります」

「私でも分かるぐらいすごいね。でも顔と雰囲気が怖い」

「パァ〜ン……おっぱいでっけぇジャン」

 

 胸だけじゃなくて体もデカい、競り合いにも強そうなムキムキウマ娘だ。何食ったらこんな体になるんだろ。

 こんな感じで色んなウマ娘達を見ていたが、ついに私達の本命が来た。

 全身が純白の、本当に同じ生き物なのかどうか疑うほど綺麗なウマ娘――シロノリリィが来た。

 いつもにこにこしてて、ひだまりの様に優しい娘。それが彼女の印象。

 だけど、レース前の真剣な表情はとても綺麗で、瞬きを忘れてしまうほど美しい。

 まるで天使様の様だ。見た事ないけど。

 実況の人達や観客席の人達、そして私達も彼女に見入っていたが、両親と思われる人に名前を呼ばれていつものかわいいシロノリリィに戻った事で、魅入られていた人達は正気を取り戻した。

 

「──この美しさ、パンジャンドラムに匹敵するジャン……」

「……くくく。……危うく死ぬところでした」

 

 美貌だけで圧倒されてしまったが、実力の方はどうなのだろうか。顔の良さで彼女の仕上がり具合が判断できない。

 

「シロノリリィの仕上がりはどうなの?」

「ふむ。そうですね……情報の無さと中等部で小柄な体格なので人気は下から数えた方が早いですが、完璧な仕上がり具合です。彼女のトレーナーは新人と聞いていたのですが、とても良い腕をしているのが分かります」

「今日のレースは1600のマイルジャン。短距離とマイルはパワーとスピードを求められるから、デカくて筋肉質なウマ娘が人気になりやすいジャン。まあ、小柄でもパワーがすごい人もいるけどジャン」

 

 ウマ娘は不思議だ。さっき言ったアッシュストーンのように大柄で見た目通りパワーがある人もいれば、小さくてもゴリラみたいなパワーを発揮するウマ娘もいる。

 そもそも少女のような見た目で成人男性――それもマッチョ達を遥かに凌駕するパワーを発揮できるのがおかしな話だ。

 科学的な視点で見ると、筋肉量とそこから出るパワーが全然釣り合ってないらしい。そのせいでファンタジーマッスルとか色々言われている。深く考えたことはないがウマ娘ってやばいよね。

 そういえば、ダートのウマ娘は芝で走るウマ娘よりもパワーに優れているんだっけ? もしかしたらシロノリリィもパワータイプだったりして。

 

 そんなこんなでシロノリリィのメイクデビューが始まった。不利なレースだろうけど頑張ってほしいとみんなで言っていたら、その認識はとてつもない間違いだと気付かされた。

 彼女にとって苦手な芝だというのに、その走りに淀みはない。本当に苦手なのか? と思ってしまうほどだ。トレーナーも「虚偽の情報を流し……いや、そう思うのはまだ早いですね」と言っていた。

 アッシュストーンがスパートをかけ、他のウマ娘達を交わして先頭にたった。抜かれたウマ娘達も追いつこうとしているが、その差は縮まらない。

 やはりというべきか、彼女の実力は他のウマ娘達と比べて頭一つ抜けている。加速力はもちろんスピードも速い。パワーとスピードに優れているのだろうと感じた。

 このまま彼女が勝つのだろうかと思っていたその時、何かが爆ぜる音と共に白いウマ娘――シロノリリィが後方から飛び出してきた。

 尋常じゃない加速力であっという間にウマ娘達を交わしターフを抉って蹄跡を刻みながら、先頭を走るアッシュストーンすら抜き去ってそこから3バ身の差をつけゴール板を駆け抜けた。

 一瞬だった、閃光のように。

 眩暈がする、太陽を直視したかのように。

 彼女の強烈すぎる光が、胸の内から溢れる熱が、私を焦がす。

 初めてだった。こんなにも、こんなにも……誰かと走りたいと思ったのは。

 

「……ねぇ、トレーナー」

「なんですか、スイちゃん?」

「私、もっと頑張る」

「……そうですか」

「──あの爆発力と美しさ……リリィちゃんはパンジャンドラムなのかもしれないジャン」

 

 彼女の走りを見て決意を新たにした私を、トレーナーは嬉しそうに見つめていた。

 先輩はいつも通りだ。

 

 

 

 そのあと少しして私もメイクデビューを迎えたが、結果から言うと彼女のように勝つことはできなかった。

 ダート1600メートル。8人出走して結果は7着。全然惜しくない、どこにでもあるありふれた光景。

 ……誰も、私を見ていない。

 私は当たり前のことを思い知らされた。レースに勝つ事の凄さを、その難しさを。……そして、悔しさを。

 1着を取った彼女は感極まって大泣きしていた。それに釣られてその子のトレーナーも子どもみたいに大泣きして、二人で勝利を分かち合っていた。

 おめでとうとみんなに言われ、祝福に包まれた彼女達を、私はどんな表情で眺めていたのだろうか。

 

 ライブのために控え室に戻った私をトレーナーと先輩は労ってくれた。

 負けてもバックダンサーやるのって、控えめに言って地獄だと思う。

 

「これは、私の失態です。あなたの力を引き出せなかった、私の」

 

 苦しげな表情でトレーナーは言った。

 そんな事ないのに。あなたが私のために全力を尽くしてくれたのを、ずっと私は見ていた。

 負けたのは私だけど、トレーナーは私よりも落ち込んでた。だって半泣きになってるもん。それを見て少し落ち着けた。

 自分より動揺してる人を見ると冷静になれるって聞いたことがあるけど、それは本当なんだなって思った。

 先輩はトレーナーを見てゲラゲラ笑ってた。……ひでぇ。

 

「もういいよ」

 

 伝わってるから大丈夫。

 バックダンサー上等、お前の勝利を讃えてやる。だけど、次はそこから引き摺り下ろしてやる。

 まだ私は何も残せてない。けど、まだ始まったばかりなんだ。いくらでも巻き返せる。

 ……うん、大丈夫だ。

 

「シャワー浴び……どうしたのトレーナー?」

 

 なんかトレーナーが目から汁を垂れ流してる。顔もしわくちゃですごい事になってる。

 ……いや、涙だこれ……! 先輩はさっきからずっと笑い続けてるし……。

 笑いすぎて過呼吸になってる先輩のお尻を蹴ると、「マーマイト!」とよく分からない叫び声をあげた。

 少し経って落ち着いた先輩が、どうしてトレーナーが泣いているのかを説明してくれた。

 トレーナーが泣いてるのはさっきの「もういいよ」を諦めの意味だと勘違いしたからなんだって。そんな事ないのに。

 私はトレーナーの気持ちは十分に伝わってきたからそれ以上言わなくてもいいっていう意味で言ったんだけど、どうやら簡潔すぎたようだ。

 日本語って難しいね。ごめんねトレーナー。

 

 

 それから私はたくさんトレーニングをした。

 途中で人類を英国面に堕とそうとする謎の組織とレースで対決したり、紅茶以外の飲み物を認めない謎の団体とレースをしたりと色々あったが、未勝利戦で遂に1着を取ることが出来た。メイクデビューの敗北を含め、3回の敗北からの勝利である。

 謎の組織と団体は先輩が全部倒した。

 本当に、本当に嬉しかった。自分の手で掴み取った勝利、みんなが協力してくれたから得られた勝利。みんなが私を祝福してくれた最高の瞬間を、あの時の景色を私は生涯忘れることはないだろう。

 

 勝利して改めて思った事なんだけど、私は多くの人に支えられている。両親、友人、チームの仲間、トレーナー、ファンの人達。みんなの応援がターフを駆ける力になるんだ。

 月並みな感想だけど、人の声は力になるんだと実感した。

 チームは先輩1人しかいないし、友人と呼べるのもシロノリリィしかいないが、数より質が大事だから問題ない。

 でも私はまだ1回勝っただけだ。私と違ってシロノリリィはすでに重賞に勝利している。

 未勝利戦で勝つのが精一杯の私からすれば、重賞で勝利するなど雲を掴む様な話だ。

 早く彼女に追いつきたい。焦るのはよくないが、勝利という熱が私の心を滾らせていく。

 次のレースはまだか、トレーニングは。はやく、もっと走りたい。

 

 

 

 時間が経つのは早いもんで、あれからひたすらにトレーニングやレースやなんやらしてたらいつの間にか私はクラシック級になっていた。

 最近の私はなかなか調子がいい。今までのトレーニングが身を結んだ結果、なんと重賞レースで勝利する事ができたのだ。

 ジュニア級の時は結果が出なかったが、この調子ならGⅠも目指せるかもしれないとトレーナーも褒めてくれた。やったね。

 実は私の先輩は、自分の身体は血液の代わりに紅茶が流れていると豪語するやばい人なんだけど、信じられない事にGⅠを2勝しているすごい人だ。信じられないけど、本当に。

 そんな先輩やトレーナーのアドバイスもあって、最近の私はだいぶ強くなってきている気がする。

 

 話は変わるが、私はシロノリリィのレースを全て欠かさず観戦している。先輩やトレーナーも一緒だ。

 できれば毎回現地で観たいが、こちらもトレーニングやレースの予定があるので全てを現地で見るわけにはいかず、たまにテレビでの観戦になるのは少し残念である。

 彼女のレースは人を惹きつける熱がある。私の贔屓目も大いにあるが、世間の話題――今年のクラシック戦線は彼女を中心とした話題が多い。

 良くも悪くも目立ちすぎる容姿。幼女の様に華奢で可憐な見た目からは想像もできない圧倒的なパワー。直視すると泣けてくるぐらいの眩しすぎる笑顔など。

 魅力的な点はありすぎるのでこれは一例でしかないが、彼女の魅力は語り尽くせないほどある。

 あとシロノリリィは見た目だけじゃなくて性格もとても魅力的で彼女の容姿はあくまで彼女の素敵なところを評価する上での一例でしかないと言っておく。

 

 彼女のレースは派手だ。あの凄まじい末脚は見ていてとても興奮する。だが、それよりももっと注目すべきところがある。

 それは、どんなレースも絶対に諦めないところだ。

 格上が相手でも、距離不安があっても、彼女ならぶち抜いてくれると、そんな期待を持ってしまう。

 彼女には人を惹きつける熱がある。まっすぐに前を見据える瞳が、決して折れない心が、私達の心を燃やし尽くすのだ。

 

 熱くて、眩しくて、まるで彼女は――

 

 

 

 

 

「…………ん、寝てた。なんか懐かしい夢見たな」

 

 ぼっーと釣りをしていたらいつの間にか眠っていたらしい。起きたばかりで微妙に頭が働かないが、状況を確認するために辺りを見渡す。

 

「おはよう〜。お魚さんはかかってないよ」

「ん……おはよう。そっか……今日は全然釣れないね」

 

 私に同意するように「ね〜」とリリィが言った。

 時間はお昼前。日差しは眩しいが、海は穏やかだ。

 今何してるんだっけ。…………そうだ、昨日のジャパンダートダービーの疲労を抜くために休養中なんだ。

 隣にいるリリィも私と同じ理由。なんだけど、明日にはもう練習に参加できるらしい。

 ……なんか回復力おかしくない?

 

「みんなにお土産が欲しかったけど、この調子だとダメそうかな?」

「ここからジャンプして、全力で海をぶん殴ればいっぱい獲れるよ!」

「冗談で……いや、いけるか……?」

 

 リリィのパンチ力なら不可能じゃないけれど、それをするのはさすがにやめておこう。面白くないし、何より負けた気がするから。

 リリィもさっきの発言は冗談だったらしく、「やらないけどね!」と元気に言っている。かわいい。

 

 変わらない海の景色。魚の気配はない。

 私たちが交わす言葉もない。けど、それが妙に心地よかった。

 

「リリィは次、菊花賞に出るの?」

「多分そう。夏合宿の結果次第ってるるちゃんが言ってたけど」

 

 クラシック三冠の最後の一冠――菊花賞。最も強いウマ娘が勝つと言われる過酷なレース。

 3000というクラシック級では最長の距離。京都レース場に聳える淀の坂。冷静に体力を温存し、過酷な坂を2回も越えなければいけないレース。

 “最も強い”ウマ娘が勝つと言われるだけはあるよね。私個人としては長距離なんてマゾ向けのレースは走りたくないのが本音だ。

 リリィの適性を考えれば不利なレース。でも……それでも、あなたが負ける姿なんて想像できない。

 

「リリィが勝つよ」

「おぉ……言い切ったね」

「当たり前。私は友達の勝利だけを願う」

 

 私は知っている。シロノリリィを知っている。

 温かくて、優しくて、眩しいあなたを。

 世界で一番綺麗な笑顔。眩しすぎて目が眩むほどの輝きを知っている。

 

「えへへ。ありがとうスイプロちゃん!」

 

 綺麗だ、本当に。

 だけど私は知っている。あなたが一際輝く瞬間を。

 

 それは私や他の友人達といる時じゃない。あなたがライスシャワーといる時だ。

 きらきらしている。満天の星や宝石すら霞んでしまうその笑顔が好きだ。その瞬間が、幸せに満ちたあなたの笑顔に心が蕩けてしまう。

 私じゃ決して見られない、その笑顔が好きなんだ。

 

 「うん。どういたしまして」

 

 あなたは太陽だ。

 遠くにいれば温かくて、近くにいると焼き尽くされてしまう純白の光。

 だけどそれで構わない。あなたが曇らないならば、それでいい。

 それでも、もしも、私のささやかな願いが許されるのならば。

 

「あのね、スイプロちゃん」

「ん。なに?」

 

 私の事を憶えていてほしい。

 永遠も、不滅も、絶対もありはしないけれど。

 あなたが私を憶えていてくれれば、私はあなたの永遠になれるから。

 だから――

 

「私、忘れないよ。スイプロちゃんと走った事、一緒に過ごした事。全部忘れない」

 

「私の道は、私の世界は、みんながいてくれるから輝いてるの」

 

「私だけじゃダメなの。みんながいるから、みんながいてくれるからきらきらしてるの」

 

「だからね、スイプロちゃん」

 

「また一緒に走ろうね!」

 

 

「…………うん。約束」

 

 

 嗚呼、シロノリリィ。

 ──私の太陽。




リリィちゃんに脳を焼かれた者の末路。
まあスイプロちゃんとリリィちゃんがレースする予定は無いのですが。
今回はここまでです。次は夏合宿で色々やる予定です。
半年より早く投稿できるように頑張ります。
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