OBITO -廻光-   作:大兄貴

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『THE LAST PHANTASM -OBITO-』の続編兼後日談となります。
※以前に削除したお話は、こちらに再投稿するかもしれません。


寄り道

――『朧月の変』。世界の管理者や八雲の妖怪達の間ではもっぱらその名で囁かれる。幻想郷と月の都を巻き込んだ前代未聞の異変だ。

 人や妖怪達が争いごとを解決するにあたり、各々が振るう弾幕の優雅さで雌雄を決する、『スペルカード』を用いた命名決闘法に拠らない異変だったこと、異変の黒幕たる輩が滅んで消えたことなど、これまでに発生した数多くの異変とは質を違える騒動だった。巫女や妖怪達により制定された命名決闘法、それが立案される以前に起きたという『吸血鬼異変』と同じ括りではあるが、単純な規模や危険度としては段違いだったと言える。

 異変の関係者には異邦人たる者も含まれていた。皆の想いと力を結集させて元凶を打ち破ったのち、内に宿るチャクラと生命力を用いて、万物の創造と破壊を司りし六道の神器『ぬのぼこの剣』を顕現させた。その力を介して裏の月と地上――月の都と幻想郷の全域を侵した大幻術『無限月読』を解いて終息へと導いたのだ。

 

(…………)

 

 二つの世界に災禍を振り撒き、狂わし吹き荒ぶ混沌の渦に叩き落とした月の夢。因縁めいた月の眼が生みし幻想と狂気の正体だ。過去に犯した数多くの罪に対する償いの意味も重ねて、自らの手で決着をつけることを望んだのだ。

 そして守りたかった。そこに暮らす者達の誰もが、失いたくないと心の底から思える、彼らが在るべき居場所を。かつて皆の世界を否定した者だからこそ、道を変えた『うちはオビト』として再び肯定して、この身を投げ打って犠牲にしてでも、守り抜いてみたかった。隠そうと頑張っても隠しようのない願いでもあった。

 

 忍世界における『チャクラ』が表す意味とは、言葉なくして人の心を繋げる『絆』としての力や、身体エネルギーと精神エネルギー、この二つが融合して作られる『武力』としての力だけではない。生き物の命の源たる生命エネルギーであり、体内を巡る全てのチャクラを失うことは死を意味する。

 元より望んで現世に舞い戻ったわけではない。黒き意志が月の眼を開くために蘇らせた駒に過ぎなかった。未練など初めから抱きようもない。

 最後に伝えたかったことを伝えて、最期は何も思い残すことなく見送られて、自分の在るべき場所へと戻った。

 

――…。

 

 微睡みの果てに瞼を開いた時、かつて失ったあの子も、仲間達の姿も映らなかった。

 十尾という途轍もない化け物を制した精神、瞳力とチャクラ。同じか似た理由で利用価値を見出したのか。この力を利用せんと企む脅威が新たに出てきて、『輪廻天生』か『穢土転生』か何かで再び手駒として返り咲いたのか。またしても争いの火種を作り出すのか。今度は何者の手にかかり、何のために使われるのか?

 ぼんやりとそう思っていたのは、辺り一帯に散らばり瞬く、不気味な無数の目に気づいて、どこか温かな気配を擁する場所を肌に感じて――月界にて永別を告げたはずの者――見覚えのある姿をはっきりと映して、頭で理解に至るまでの僅かな間だった。

 

――えっと。謝っておくわね。台無しにしちゃった、かもしれないから。

 

 胡散臭いを地で往き、飄々として心が読めず、人や妖怪からも信用されない人物。曖昧で捻くれがちなチャクラも健在だ。

 ところが、だ。いつもの派手なドレスに身を包み、それを思わせる表情を見せるだけで、本人らしい普段の雰囲気は失われている。こう見ると本当に変哲もない人間の少女のようだ。口元を隠す扇子も持っていない。

 身の回りに目をやる。体は仰向けに浮いて漂っているようだ。向こうは鏡写しのように上から、真正面から静かに見下ろしている。

 

――…何故、だ?

 

 疑問は一言に集約されていた。呈した理由など現状を見つめるだけで分かることだ。

 心臓が脈打っている。今にも消えそうなほどの、とても小さく弱々しい鼓動ながら、それは己自身が生きて存在している証でもある。この人物が裾を掴んで引き留めたとでも言うのか。終わりへと続く道に踏み出して早々に。

 

――私達の居場所は、『幻想郷』は貴方を受け入れるから。それだけじゃ不満?

 

 人も妖怪も神もそれ以外も、善行を積む善人も大勢を殺した悪人も、善悪関係なしに全てを分け隔てなく平等に迎え入れる理想郷。地上で最後の楽園。世界が肯定するに足る者――安寧秩序の破壊を否定する者という、どこの国や里、世界にもありふれて然るべき制約が現存していても、ほとんど全員が問題なく受け入れられるだろう。少々やんちゃがすぎる者が現れて征服や破壊を宣っても、楽園に生きる強かな妖怪達は好き勝手をさせないままに、笑ったり呆れたりしながらも許しを与えるのかもしれない。

 然るに言った。『受け入れる』からと。『受け入れた』わけではないのだ。ならばここは幻想郷ではない。瞬いて見つめる無数の目は、どこか別の場所を映しているのだろう。何となくそう思えた。

 

――ここは?

 

 投げるべき問いを当然に投げかけたところ、派手な少女は「生と死の狭間」と落ち着いた声色で返した。

 

 生き物の『生』と『死』の概念、この二つを隔てる境界線を取り払い、生は死となり、死は生となる。命ある者からそれを奪い去る恐ろしい力だ。

 その一方で、同じように死から生へと働きかけて、死者を蘇らせることができるかと訊かれたら、答えはノーである。境界の力は不可逆的な物事にまで干渉できない。生から死へは一方通行であり、生者は命を落として死者となるが、落とした命を拾い上げて生前と同じ姿に戻ることはない。この場合の働きかけは延命処置に止まり、終わりへの時間をほんの少し先延ばしにする程度だ。

 

――選択を見届ける必要があるの。貴方がどちらの道を往くのかを、ね。そのためのお話。

 

 選択とは一本道を表す言葉ではない。二つの道を示す分岐点に立っている。左右に分かれた道の真ん中にある、立て札の傍で待っていたのだ。どちらがどの場所に続くかは言うまでもない。

 この場所で目を覚まさなければ、道は一本のままで立て札も存在しなかった。本当なら疾うに通りすぎていたはずが、後戻りできなくなる前に道を通せんぼしたのだ。真ん中ではなく道端に佇んでいる様子だが。

 何らかの思惑で引き戻したいのではないのか。早々に往くための手伝いに現れたのでもないのか。自分達の世界に一度でも入り込んだ者に、幻想郷を創造した賢者の一人として、幻想郷を管理する妖怪として、はっきりと答えを聞きたいだけなのか。

 

――外来人に求めるのか。

 

 外から勝手に入り込んだ余所者、消え往く外来人風情に待ったをかけてまで、管理者自らが選択を見届けに現れた理由。討つべき共通の敵が消えた今、協力関係を続ける理由も失われた。妖怪にとって外来人など用済みだろう。

 幻想郷は妖怪のために築かれた楽園。人間との共存は妖怪のためのもの。人間との数的な均衡や糧となる畏怖心を失わないために、『人間の里』なる特別な区域まで作った。ゆえに幻想郷で暮らす人間は、妖怪達にとって切り離せない重要ごとである一方、外来人は文字通りの外側の存在でしかない。『スペルカード』を始めとする規律に縛られず、里人の命を保護する約定も適用されない。人食い妖怪の肥やし辺りが関の山だ。

 同じか似たような動機であればそれまでだが、足りない人間は神隠しなる方法で外から補充するとの話もある。管理者自らが話を持ちかける辺り、好まざるか否かにしても、他の外来人ではあり得ない利用価値を見出したと考える方が自然か――。

 

――うんうん。世界の管理者って立場から言わせてもらうとね、貴方を活用しない手はありません。人と妖怪の均衡を揺るがす要因なればこそ、相応しい時に相応しい形で上手く機能しさえすれば、我々が望むべき結果に行き着く可能性は高くなる。今回がそうだったようにね。

 

 誰も居ない状況を好機と踏んだのか、管理者たる妖怪本人が直球で言葉を投げつける始末。愛想のいいにっこり笑顔まで貼りつけている。胡散臭い雰囲気はなおも感じない。

 

 考え方は一理ある。世界を管理する地位や立場の者ならば当然と言える。利用できるものは有効に利用し尽くすという、利益を第一とした打算的で現実主義的な考えの下に行動を起こす者は、どの国や里にも一定数は存在するものだ。自分達の常識では対処し切れない有事が発生した時のために、最高の結果をもたらす有効的な手札を用意して備える。組織の中枢で運営や防衛の実権を握る連中の意向としては珍しくもない。

 忍界においては、特異な力を持つために忌み嫌われやすい者達、『血継限界』の忍の一族がよく使われていた。普段は遠ざけて寄せつけない冷淡な態度を取りながら、戦争で必要になると集めて兵として起用する。五大国と敵対する集団と密かに接触を図り、自国の領土拡大や、他国の戦力を水面下で削ぐために利用した国もあった。

 使える駒は上手く飼い馴らすに越したことはない。そういった話になるのだが、管理者自らが本人の前で堂々と口に出したのだ。それも早口に淡々とではなく、素晴らしい滑舌でじっくりと教え込むように。意図があると見なすにはズレている。

 

――こほんっ。これは『管理者』だとか、『妖怪』という全体の種としての考え方ってやつね。

 

 きょろきょろと周りを見回した後、すうっと深呼吸する。悪戯っ子のような、どこか親しみやすい、無邪気で幼い笑みが浮かんだ。怪しさなど微塵も感じない。この一瞬だけで背まで縮んだように思えた。

 

――で、ここからは個人の考え。私のね。

 

 話の流れから大方の予想はついた。公私の分別だろうと。

 幻想郷を護るために異邦人を利用することが、世界を陰から支える妖怪賢者であり管理者としての、妖怪達の立場を代表する者としての意向だとしても、個人的な思いと一致するとまでは分からない。不本意だったり無関心である可能性もゼロとは言えない。

 

――いいんじゃないの~? 逝かなくたってさぁ~。もうこっちで暮らしたら~?

 

 そして予想は呆気なく外れてしまう。突然の変わりように不意を突かれたのか、若干張り詰めていた空気が一気に緩んだ。相手は本当にかの有名な賢者なのだろうか。

 

――…どこまでが本当だ?

――いやだって、考えてみて? 私の気持ちで。

 

 大げさに息を吐いてやれやれと首を振る。黒い裂け目から扇子を取り出したかと思えば、ばきっと手で折って肩越しに投げ捨てた。頬杖を着いては離すを繰り返して落ち着かない。三色団子と大福餅をもぐもぐと頬張り始めた。幻想郷で長く過ごしてもこんな姿はそう見られないのではないかと思わせる。

 

――誰よりも何よりも愛しい、私の愛い愛い『居場所』をね、貴方は自分に苦を強いて、命を削ってまで護ってくれたわけでしょ。恩人ってことにならない? それって。外来人ではあるけども、そんな人が死んじゃうってなって、「へえそうですか」って納得して放置できるの? そこまで酷い女じゃないよ、さすがにね。

 

 急に砕けた口調に変わり、口数が増えたこともだが、言い聞かせるように喋った時と比べると、かなりの早口でまくし立てるように言った。

 伝えたい言葉の意味が不明瞭に認識できるだけで、人の気持ちを汲んで理解できるほど心に敏感ではない。管理者としての側に立つ方が解る物事は多い。

 

――まあでも、立場があるし。管理者として処理すべき問題よね。好き勝手はできないわ。

 

 個人的な考えや思いは多々あろう。然るに世界の管理者としてここに居る以上、きちんと形式に則った判断を下さざるを得ない。あちらこちらと気軽に立ち位置を変更できる立場ではない。

 外から来た者と絆を深めて、腹を割って話せる親友の間柄となり、仲を深めて恋愛に発展したとしても、自分が守るべき世界と天秤にかけることはない。妖怪達と共に生きる管理者の立場は何物にも代えられない。愛しい世界を守った恩人であろうとも。私情が入り込む余地はないのだ。

 

――だから選ぶのは貴方。私はその決断を未練なく受け入れるだけよ。

 

 見通すような視線が向けられる。言動と雰囲気は元に戻り、冷静沈着で落ち着き払っている。立ち振る舞いには騒がしさも軽々しさもない。いかなる選択をしても同じ姿勢を崩さないだろう。

 

――…未練とは言わないが。思うことが一つある。

 

 雑音一つ聞こえない静かな場所で、言葉を交えるうちに頭をよぎらせた。

 期せずした邂逅が心境に変化をもたらしたわけではない。以前より心に引っかかっていたことだ。温かな抱擁の中で微睡み始めていた時、道端に立つ少女を、道を塞ぐでもなく佇むだけの姿が目に入り、端っこに抱いていた疑問が思い起こされたのだ。

 身を投げ打って何かを守り抜く姿勢と意志。いつかあの子が言っていた、「かっこよく世界を救う」ことができたのかと。ちゃんとそれが自分の力で、最後までやり遂げることができたのかと。自分の意志で誰かを救うことができたのか、と。

 

――世界を、ね。できませんでした、なんて言うには遅いし、無理があるでしょう。あそこまでやっといて。

 

 友人でも家族でも、恋人でもない妖怪は知っている。目の前の人間が、どこの世界でどんな人生を歩んで、終わりを迎えたのかを。

 小さな少女と一緒に見ていた光景は、内なる心の姿は、しっかりと記憶に残り続けている。

 

――私も思うことを一つ。貴方らしく『人助け』できたかって訊かれたらねえ。できました、なんて言うのも無理があるわね。正直。

 

 この人間の本質は限りなく善に近しい。心の底から人に優しく、愛情が深く、呆れるほどに親切で、困っている人を見過ごせない。誰に何を言われても信念を曲げず、自分を貫き通して真っ直ぐに進んでいく。良くも悪くも負けず嫌いの頑固者。

 あれもこれもぱっと見では映らず、奥底まで深く触れなければ解らない色彩ばかり。無情なる仮面の面影に見え隠れするだけで表立つことはない。勿体ないことに自覚してもいない。一回りも二回りもした気の長い妖怪の目には羨ましくも映る人間だ。

 

――大きなことをしてばかり。小さな周りのことだって、責任やら償いやら何やらで頑なに守るだけ。望んだことではあるんだろうけど、語り残している部分はまだ、お布団から出てきてないんじゃない? お寝坊さん。

 

 世界を救った英雄として永久の眠りに就く。実に立派で格好いい最期だ。世界に生じた歪みを正すためにと、自らが犯した罪を償うためにと、守るべきものを遍く命がけで守り抜かんとする、その揺るぎなき意志こそ、目の前の人間を動かす原動力だった。それを本人が心から望んでいたのは確かだ。他の何者に操られたり支配させることなく、本当の意志を語ることができていた。文句のつけようもないほどに。

 果たして全部、とまで言えるのか。結末を見届ける分には間違いではない。しかしながら、責任も罪も関係なしに、純粋に「誰かを助けたい」と心に思って、何なら強かに願って、素直な気持ちで完璧にやり遂げたのかと訊かれたら? 大切な世界を守った人物ゆえにと、個人的にひいき目で見たとしても、誠に残念ながら庇いようがない。付け入るスキマがないほどに。

 

 目に映る景色が変われば、心に感じるものも変わる。今度は違う、しかし同じでもある意志をもって、決意を新たにもう一つの道に踏み入ったのなら、きっと。

 

――そうだった、な。お前もだったか。

 

 追憶の旅で各地を巡ったのは小さな少女だけではない。奇しくも知った者はあと一人、この妖怪にしても同じだった。どうしてか忘れていたことだ。

 あまりにも呆気なく、馬鹿馬鹿しくも思えた。長くを共にしたのでは決してないが、上から目線で偉そうに知った口を利いて長々と語ろうとも、おかしなことは何もなかったのだ。誰にでも分かるような、単純な物事にさえ気づかなかった。

 

――オレは一度、世界を滅茶苦茶に壊し尽くした。消えようのない事実だ。また踏み外して、噛みつくかも判らない。そんな危い輩すら受け入れるってのか。

――全てを。それも私たちの意志よ。

 

 全部を知った少女には解っていた。この人間には歪みなど生じようがないと。守るべき大切な世界を傷つけることはしない。しようとすら思わない。決した意志は曲がらず、揺らぎようもないのだ。友人達との間に取り戻した繋がりもまた、どれだけの時を経ても失われないのだと。

 そう。初めから、だったのだ。こうして顔を合わせる前から、幻想世界に踏み入る以前から、遠い場所に居た時からすでに。

 かけがえのないものは、ずっと前からあったのだ。

 

――忘れていたこと、か。遅いかもしれないがな。

――時間は緩やかに流れる。身を任せて生きてみるのだって、悪くないのかもよ。きっとね。

 

 道端に佇んでいた少女の姿が消えている。少し先に道案内の立て札と、二つに分かれた道が遠くまで続いているだけだ。

 片方が示すのは、元来た道と同じ先。選ばなかった方にしても、その時が訪れるまで、いつまでもそこにあり続けるのだろう。遠回りでも寄り道でも好きに表現すればいい。猶予という言葉以外で。

 

――でも地味にズルいわよねアナタ。逝きたい時はいつでもオッケーって感じだし。

――身も蓋も脈絡もないぞ。

 

 見る景色がもう少し続くのも好いかもしれない。持ち帰る土産話が多いに越したことはない。見上げるほど大量に積み上げて抱え込んで、別の意味で危なっかしい、よろよろとした足取りで戻って驚かせるのも面白そうだ。

 ひょっとしたらその頃にはあいつも――なんて考えるのはおかしいだろうか。意識的にも生と死の境が曖昧となり始めているのか。こんな場所に居るからだ、などと言い訳が通るなら気は楽だが。

 

「あらためまして」八雲紫は微笑んだ。「――ようこそ。忘れられた者たちの楽園、『幻想郷』へ」

 

 結局のところ、「はい」か「いいえ」をはっきり口にする前に、待っていたかのように手を差し伸べた。

 今にして思い返しても、あの妖怪が初めて見せた、心の正体だった気がしないでもないのだ。

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