拗らせたツンデレ魔術士の尊厳をゆるく破壊しながらデレさせる 作:ジョク・カノサ
「死にたくない……!」
女は絶望の淵に立っていた。
「まだ誰も見返せてない……!」
顔を涙と鼻水で濡らし、目の前に迫り来る現実──死を受け入れられず、子供のように頭を振る。
「私はまだ──」
☆
「依頼内容は
女は腕を組み仁王立ちでそう言い放った。ド派手なピンク色の髪を二つ結びにし、幼さの残る顔立ちは仏頂面を浮かべている。
「質問だ」
そんな女に集められた周囲の同業者たちから疑問の声が上がった。ヒゲ面の男は言葉を続ける。
「裏道の存在は聞いたことがある。だが詳細は知らん。情報はあるのか?」
「ほとんど無いわ。分かるのは裏道の内容は挑むごとに魔術によって変わるということだけ」
「俺も質問だ。なぜ術護派遣を通さずに依頼する?」
「通せないから。理由は言えない」
「情報は無いというが……何か勝算があるのか?」
「特に無いわ。それでも私は行かなければならない」
質問と返答の応酬。その中で同業者達の態度が急速に呆れに変わっていくのを感じる。そりゃそうだ。
「……報酬は?」
そして、俺達雇われにとって一番重要な質問に対して女は手を腰に当て自信満々に答えた。
「金銭の類は無いわ! あえて言うとすればこの私──未来の魔導師たるツーリン・カデルイレとのコネクション、そして信用ね!」
☆
魔術学国トルプスはその名の通り魔術によって発展を重ねている国である。
この国では魔術の研究とそれを成す人員の育成を最重要視している。そしてそれが行われる最もスタンダードで最前線の場所こそが中央学院。
この学院に入学する手段は一つ、試験に合格すること。その詳しい内容は実施の度に変わるが、最終試験だけは毎回同じで障害が設置された
学院への入学を望むのならこれが常道だろう。
☆
「普通ならそれが常道なの。でも試験の過程で出てくるでしょ? 最終試験に辿り着く前に落ちた馬鹿が。そういうヤツらが最後に縋るのがこの裏道なの」
「成程なあ」
依頼主……ツーリンの説明に素直に納得する。どこか他人事のように語ってるが突っ込まないでおこう。
「術護の癖にこんなことも知らないのね。不安だわ」
「ああん?」
ため息混じり+胡散臭そうなモノを見る目だった。前言撤回。お前もその馬鹿の一人だろって言ってやろうかコラ。
「何よ、文句あるの?」
「ありありだコラ」
「まあまあ。裏道に関しては私も薄っすらとした知識しかありませんでした。知らないのも無理はありません」
ロン毛の穏やかな雰囲気をまとったイケメン、スレイが割って入って来た。
「私も初耳。普通の試験の護衛なら何度か受けたことがあるけれど」
「拙者もだ」
赤みを帯びた髪が特徴的な女ベスタ、無精髭を生やしたチョンマゲ男ザリがそれに続く。どうやら裏道とやらはそこまで有名なモノでもないらしい。
──あの馬鹿げた報酬内容を聞いた後、その場に集まっていた同業者のほとんどは一斉に白けた態度に変化し早々に離散していった。残ったのはこの俺……ジェリルを含めた四人だけ。
「そう。ま、そんなものよね。魔術の素質が無い人間なんて」
ツーリンは俺達をひとまとめに見下すような目で一瞥した後、ズンズンと前に進んでいった。
「クソムカつくな。なあ、アイツぶっ飛ばさねえ?」
「まあまあ……それにしても、強気な子ですねえ」
「強気っつーか失礼だろアレは。あの訳分かんねえ報酬内容でも引き受けてくれた相手に向かってよお」
将来偉くなる自分と今の内から繋がりが持てる、なんてガキでも設定しない報酬。術護派遣を通さず依頼してきたのも納得で、こんな報酬じゃ依頼が通るワケがないんだよな。
「しっかし……アンタらも物好きだな。なんでこんな依頼を受けたんだ?」
術護派遣ってのは要は用心棒だ。魔術士が危険を伴う実験や実習、試験を行う際の付き添い人であり、その多くは国外から来てこの国に居座っているような人間。
そんな奴らが報酬に何を求めるのか? そんなもん普通は金に決まってる。だから俺以外にも引き受けるヤツが居るとは思ってなかった。
「私は単純な好奇心ですね。裏道がどのようなモノなのか、前々から気にはなっていたのでどうせなら可憐な少女のお手伝いをしつつ、といった具合です」
「特に深い理由は無いわ。ただ……あの子、無茶しそうじゃない? 妹を見てるみたいで気になったのよ。別にお金には困ってないし」
「……苦難を求めて」
最後のザリはともかくスレイとベスタは中々にお人好しな理由だった。まあこの国には俺も含めて色んなのが寄って来る。こういうのも中には居るか。
「というか、それこそ物好きなのはアナタもじゃない? 別にあの子が気になるってワケでもなさそうだけど」
「あー……表が出たからな」
「表、ですか?」
疑問を浮かべるスレイに対し、俺は懐から剣と盾の文様が刻まれた一枚の硬貨を取り出した。
「やりたくねえってことに出くわしたらコレで決めてんだよ。表だったらやる、裏ならやらない。表が剣で裏が盾な」
「それはまた……不思議な取り決めですね」
「やりたいことばっかやってると腐るからな。適度なムチってやつだ」
「アナタの方がよっぽど物好きじゃない?」
「かもな」
「僧のようだ」
「そんな高尚なもんじゃねえよ。俺はただ──」
「着いたわよ」
俺達を先導していたツーリンが立ち止まった。その目の前には簡素な青い扉。その横には注意書きが刻まれている。
ここは裏道が存在するという国内のとある施設だ。依頼を受けたのはついさっきだが、何かに急かされるように依頼主様はその足でここに俺達を連れてきた。
「この先が裏道。……準備は良い?」
全員が口々に問題無しの意図を伝える。随分とせっかちな展開だが文句があるヤツは居ないらしい。
ふと気づく。全員が渋みの混じった顔で俺の方を見ていた。
「君は……本当にその装備でいいのかい?」
「ん、なんか問題あるか?」
スレイは俺の腰にぶら下がった武器が気になるようだった。ツーリンは正気を疑うような目で俺を見ている。
「問題も何もそれ、ただの木の棒じゃない」
「棍棒だよ棍棒」
「同じよ。あのね、子供の遊びじゃないの。周りを見なさいよ。それぞれが剣にナイフに刀、そういうしっかりした武器に加えて防具とか小道具なりを持ってきてるのよ? それに比べて何? アンタの格好は。その棒以外何も持ってないじゃない」
「俺にはこれが一本で十分なんだよ」
「……論外ね」
「ああ? なんだコラ。お前も装備なんて──」
「正直言って私はアナタ達にそこまで期待していないし、信頼もしていない」
腹が立つほどスルッと俺を無視し、ツーリンは俺達全体に警告するような声音で語り始めた。
「これは噂程度の話でしかないけど……過去にここで死にかけた挑戦者が居たらしいわ。それほど危険が伴う場所だと思ってくれて良い。だから」
帰るなら今の内よ。
そう告げた直後、ツーリンは推し量るように俺達を視る。どうやら自分が無茶苦茶な依頼をしている自覚は多少なりともあるらしい。だが、誰もその場から離れようとはしなかった。
「──まあまあ。そこまで深刻に考えなくても良いのでは」
死にかけた挑戦者が居る。そんな噂を聞いてもスレイはその微笑と余裕を崩さず、ツーリンの目の前へと一歩を踏み出した。
「この裏道はあくまで学院が用意したモノなのでしょう? であれば挑戦者を死なせてしまうような内容にするとは考えにくい。ベスタ嬢と同じく私も何度か通常の試験の護衛を請け負ったことがありますが、人死にが出るような体験は一度としてしていませんから」
そのまま膝を折り、忠誠を誓う騎士のようにツーリンの手を取る。
「噂とは時に歪み、誇張されるモノ。そしてそれに未知への恐怖が加わり、貴女を蝕んでいる。……そう心配せずともよろしい。幾多の知見を得てきたこのスレイが、見事この未知を打ち破り、貴女の切なる願いを叶えてご覧に入れましょう」