拗らせたツンデレ魔術士の尊厳をゆるく破壊しながらデレさせる 作:ジョク・カノサ
「──ひいいいいいいいいいい!!! ママァァァァァァ!!!」
とんでもなく情けない声を発しながら来た道を逆走し、走り去っていくスレイを俺達は呆然と眺めていた。
「おい、どうすんだ」
「……構ってる余裕は無いわ。進みましょう」
「アレじゃこの先厳しそうだしね。本人が言った通り別に死にはしないでしょうし」
何も言わず態度で示すザリも含め満場一致で歩を進めることが決まる。
それもその筈で、裏道に足を踏み入れたタイミングからスレイはそれまでの余裕を崩し、動揺しっぱなしの見る影もない姿を晒していた。こうなるのは必然だったのかもしれない。
「暗所が病的に苦手なヤツってのは何人か知ってるが……アイツもそうだったのかもしんねえな」
扉の先は暗闇だった。そして入口の脇には持ち主の魔力を吸い辺りを照らすトーチが一本。その先はそこそこの幅のある道が真っすぐに続いている。
俺達は今、トーチを持ったベスタを先頭に道をひたすらに進んでいた。
「静かに」
窘めるようなツーリンの口調には緊張も混じっている。額から一滴、汗が垂れるのが見えた。
──裏道に設けられた障害……試練とでも言うべきそれは既に始まっている。言葉で表すとすれば、ただひたすらに続く暗闇を僅かな光源と共に進み続ける、といった感じか。
中々にいやらしい仕掛けだ。これがただ暗闇を進むだけだと確定していればただ走り抜ければ良いが、具体的な内容が分からない以上、あるかどうかも分からない敵や罠を警戒して進まなければならない。
加えて視覚が制限された状態では音は重要な情報だ。気晴らしに無駄話をするのも憚られる。
ジリジリと、スタミナと精神力が削られていく。それが狙いだろう。
「むっ」
「どうした?」
「……いや、何でもない。気のせいだ」
ザリが刀に手を添えたが、すぐに離す。この状況では神経質になるのもしょうがない。
優秀で真面目なヤツほど警戒し疲弊する。そんな試練のようにも思えた。
「……おい、依頼主様よお」
「静かにと言った筈よ」
「いいじゃねえか。黙ってりゃ思うツボ、適度に心を休めた方が良いだろ」
「っ、そんな甘い考えで進んで罠を見落としたらどうするのよ」
「そんときゃその時だろ」
「ふざけないで! 私はこの挑戦に全てを──」
「落ち着きなさいツーリン。適度に気を緩ませるってのは私も賛成。警戒のし過ぎで潰れちゃ本末転倒じゃない?」
「……」
「最低限の警戒は私がやっとくわ。少し休みなさい」
ベスタの申し出に多少間を開けた後、ツーリンは大きく息を吐いた。観念したのか表情を緩めて胡乱な目で俺を見る。
「はあ……それで、何?」
「なんでこんな場所にわざわざ挑戦しようと思ったのかが気になってな」
「入学許可の証を取る為って言ったでしょ? 話聞いてなかったの? それとも忘れたの? バカなの?」
「あーうるせえ、それは分かってんだよ。俺が聞きたいのはなんで次の普通の試験を待たなかったのかって話だよ」
「はあ?」
「別に試験は一年に一回ってワケじゃねえだろ。こんなリスクのある選択肢取らずに次の試験まで待てばいい」
「……ああ、アンタ私が試験に落ちたと思ってるのね」
「は、違えの?」
「違う」
ツーリンは俺から目を逸らした。歩調に合わせて揺れる手が硬く閉じられる。
「私は……最近まで学院に居たわ」
「ん? じゃあ試験には合格してるってことか」
「とっくの昔にね。今はもう学籍は無いし、入学の証も没収されたけど」
「要するに……追い出されたってことか」
「少しは物分かりが良いようね。だからもう私は普通の試験を受けられない、受けさせてもらえないの」
ということは、俺に裏道の説明をした際にどこか試験落ちたヤツらに対して他人事だったのはそれが原因だったのか。
「追い出されたってのに戻れんのか? いくら裏道つっても証は普通のと変わんねえんじゃねえの?」
「……裏道は落伍者が縋る道。そう言ったわね」
「ああ」
「それも存在理由の一つ。でも一番大きな意義は──何としてでも学院に入りたい。そういう人の為のモノよ」
ツーリンの目はトーチの青い光を照り返し、煌々と輝いている。
「貧乏とか、犯罪歴があるとか。それにアンタ達のような異邦人。魔術を学びたいと思っても学院への入学を妨げる障害は沢山あるわ。普通の試験すら受けられない、それでも学院に入りたい。この裏道が想定してるのはそういう人材」
「……なるほど」
「だから私にはここしかないの。一度学院を追い出されたとしても、この先にある証を見せつければもしかしたら……話しすぎたわ。どうでもいいでしょ私の事情なんて。休憩は終わりよ」
そう締めくくり、ツーリンは再び無言で歩き始めた。俺は気を利かせてくれたベスタからトーチを受け取り、先頭の役割を入れ替わる。
僅かしか先が見えず、どこまで続くのかも分からない暗闇。俺は取り戻した緊張の中でツーリンが見せた目の輝きを思い出していた。
☆
結局、暗闇が終わるまでの間に何かが起こることは無かった。俺達は無駄に削られただけ。これを考えたヤツは間違いなく性格が悪い。
そして、すぐにそれをもう一度感じるハメになる。
「クッソ……止まるな!!!」
それまでとは違う横幅が広まった無機質な道が、過剰な光源によって照らされ前へと続いている。
そんな眩しさの中で俺達はひた走る。背後から迫るのは大量の──人形。
「ありゃなんだ!」
「傀儡兵よ……! 魔力で動いてる……!」
ガシャガシャと迫る足音に混じり、息を乱したツーリンの返答が耳に届く。肩越しに背後を見ればのっぺりとした顔の人形──傀儡兵がすぐ側にまで来ている。
「まったく……意地の悪い仕掛けね! このまま走りっぱなしで良いの!?」
「傀儡兵はちょっとやそっとじゃ壊れない……一々対応してたら……キリが、無い……!」
ここまでの道中で俺達は確実に疲弊している。特にツーリンがマズイ。
「……! 行き止まりだぞ!」
ドギツイ光の中に見えたのは壁。いや、あれは。
「門か!」
良く分からん模様が刻まれた巨大な門が行く手を阻んでいた。俺達は仕方なくその目の前で立ち止まる。
「どうする! こんなもん開けられる気がしねえぞ!」
「待って……これは式錠門よ……」
「つまり!?」
「……私なら開けられる! 少し時間を稼いで!!」
「……了解。ベスタ、アンタはソイツの守りを頼む」
「分かったわ」
解錠に取り掛かったツーリンを背に俺とザリが立つ。傀儡兵は目前に迫っていた。
「オラァ!!」
一匹目の頭を棍棒で殴り飛ばす。人のそれに石の感触を足したような奇妙な殴り御心地。こりゃ確かに頑丈だ。
二匹、三匹と続けて殴り飛ばした後、最初の一匹が立ち上がり再び動き始めた。
「チッ。一発叩くだけじゃ壊しきれない──!」
寒気を感じてその場から横っ飛びに移動する。間も無くして、俺が立っていた場所に刃が振るわれ、目の前に立っていた二体の傀儡兵が真っ二つになる。
刀の男、ザリの一撃だ。
「あっぶね、でもやるじゃねえかオッサン! 居合ってヤツか!」
「……硬いな」
ザリは再び刀を鞘に戻し、感触を確かめるようにぼそりと呟いた。
「そう何度も斬れるモノではない」
「でもやるしかねえだろ」
殴り、蹴り、叩く。気合の声と鈍い音だけが響く。一匹取り逃す。ベスタが対応する。
そうして、ザリが斬り完全に停止したのも含めて二十体ほど倒した辺りで、焦りの籠ったツーリンの宣言が聞こえた。
「あと少し…………解けた!」
門が開かれていく重厚な音。門に刻まれた模様が輝いている。どうやら成功したようだ。想定していたよりもずっと速い。
「通れるわ!」
一瞬だけ視界を背後に回す。人一人分ほどに門が開かれている。
全員の位置関係。俺が最前でザリがやや後方。ベスタとツーリンは既に門の向こう。目の前からは相変わらずの大群。
「──行け、オッサン!」
「……!」
俺の意図を汲み取ったザリが後ろへ退く。ザリを追いかけようとした傀儡兵を蹴り飛ばす。
「速く! すぐに閉まるわ!」
ツーリンの催促。ザリが門の向こうへ渡る。それと同時に、門が再び動き出していた。
……こりゃ無理だ。
「行け」
俺はそう伝え絡みついて来た傀儡兵の首を捻じ切る。
門が締まる寸前、隙間から最後に見えたのは目を見開かせたツーリンの姿だった。