拗らせたツンデレ魔術士の尊厳をゆるく破壊しながらデレさせる 作:ジョク・カノサ
「大丈夫よ。死にはしないわ」
「……」
完全に塞がった門の前でツーリンは立ち尽くす。無慈悲な拒絶は音すらも通さない。
「あの場所にも逃げ道があったのは彼も気づいている筈よ」
ベスタが語る逃げ道。それはここまでの道中、道の側面に設けられた幾つかの扉のことだった。
意思の挫けた挑戦者を誘う逃げ道であり、外へ繋がっている。扉には総じてそういった文が刻まれていた。
「あんな武器でもあの物量に対応出来てたみたいだし……きっと上手く抜け出して外に出てるわよ」
「……そうね」
ツーリンは顔を上げる。直前まで浮かべていた戸惑いのような表情は既に消えていた。
「進みま──」
「危ない!」
「……っ!?」
一閃。ツーリンの眼前を刃が通る。それが当たらなかったのは咄嗟にベスタがツーリンの服を掴み引き寄せたからだった。
「……どういうつもり?」
ツーリンを背後に回し、ベスタは刃の元凶──空を斬った状態で静止しているザリを睨む。不愛想だった表情は一変し、何かを我慢するように歯を食いしばっていた。
「もう……我慢が出来ん……」
それまでの口数の少なさ、声量の小ささから一変した──。
「魔羅が
魂の叫び。
☆
東に位置するとある国。ザリはそこで生まれ、罪を犯した。
計十数人にも及ぶ民間人の殺害。そしてその全てが若い女。ザリは生まれ故郷からの逃亡を余儀なくされる。
そして逃げ続けた果てに魔術学国トルブスへと辿り着き、衝動を抑え術護として密やかに暮らしていたのにも関わらず、護衛を求める一人の少女に心奪われ、ここに至るまで凶刃を振るう機会を虎視眈々と待ち続けていた。
何故そうまでして殺すのか? 幾らそう問われようともザリは殺しを止めることは出来ないだろう。
それのみが己を慰められる唯一の手段だった。
☆
「なに……なんなの!?」
「下がって!」
「もう、我慢ならんのだ!!」
全てはこの時の為。邪魔な男二人は幸運にも消え、柔肌を守るのは自らの性癖から外れた女が一人。
「どけい──皺ァ!!」
「失礼ね」
「むっ!?」
刀を構え踏み出そうとしたザリに対し、ベスタは後方へ下がりながらそれを投擲した。
「っ……暗器か!」
時間差を付けて放たれたのは三本の投げナイフ。しかしその内の二本は刃に弾かれ、胴体へと辿り着いた一本も突き刺さることはなかった。破れたザリの衣服の内には、鈍い光。
「鎖帷子よ!」
ザリは快哉を叫んだ。目の前の女は無力であり、自らを阻むには足らぬと確信したからだ。勝ちを確信した狂人は気を緩ませながら警告する。
「俺が斬りたいのは初心な女のみ! 貴様に一切の興味は無いが、邪魔立てするのならあっ?」
──敗因を挙げるのであればそれが一つ目だろう。初手で大した攻撃をしてこなかったベスタへの侮りと、焦がれた瞬間を目の前にした慢心。
「
加えて直前に放たれた尋常の大きさであるナイフ。それらによって、ベスタが続けざまに指で弾くようにして放ったそれ──針に反応することが出来なかった。
「……!? あっ、がっ!?」
「それに、まだ皺なんて一つも無いわよ」
針が首元へ刺さった直後、ザリは刀を手から落とし悶えながら倒れ伏した。
「……殺したの?」
「麻痺毒よ。死にはしないだろうけどしばらくは動けないわ」
「そう……」
「何でかは知らないけど、アナタを狙ってたみたいねコイツ。……どうする? もう私達だけになっちゃったけど」
一人は早々に逃げ去り、一人は恐らくリタイア、一人は凶行に失敗し蹲っている。そしてこの先にどんな障害が待っているのかも分からない。
「──当然、進むわ」
それでも、諦める訳にはいかなかった。
☆
ザリの乱心後、ベスタは休息を提案したがツーリンはそれを望まず、二人は門の先へ続く無機質な直路を進んでいた。
「何も無いわね……案外、もうゴールは目の前なんじゃない?」
「……そうね」
「それにしてもロクでもない男ばっかり。木の棒を武器にしてる人が一番依頼に真摯だったなんて想像出来た?」
「……」
「……どうしたの?」
会話に応じず、ツーリンは訝しむような視線をベスタへと向ける。
「アンタは……なんで依頼を受けたの」
「理由の話? それならさっきしてたけど聞こえなかった?」
「聞こえてた。でもあんなの嘘でしょ。何が目的なの」
「……疑ってるのね」
直前の出来事が疑心を生んでいる。ベスタはそう理解し苦笑いを浮かべた。
「それでもアナタが妹に似ていたから、としか言いようが無いわ。嘘……というかさっきは言ってなかったことならあるけど」
「何?」
「その妹、もう死んじゃってるのよ」
「え……」
「私達が住んでた村に盗賊が来た時だったわ。男連中に混じって戦ったの。盗賊は追い払えたんだけど、その時にした怪我の具合が悪くてそのまま死んじゃった」
「……」
「気が強くて無鉄砲で……本当に似てるわ。信じられないのも分かるけど、そうとしか言いようがないのよ」
背後を歩くツーリンからはベスタの表情は伺えない。しかし、その声音からは確かな暖かさと厚意があった。
「その気持ちはここまで態度で示してきたつもりだわ」
門前での護衛、直前の凶行の阻止。確かにベスタは実直にツーリンの依頼に応えてきた。
「……分かったわ」
強張らせていた表情を緩め、ツーリンは漏れ出たかのような笑みを浮かべる。肩越しに振り返りそれを見たベスタも同じように笑った。
そうして、間も無く二人は道の終わりへと辿り着く。
「ここは……」
そこは先程の門前よりも遥かに広く開かれた空間だった。壁面は全て白で統一され、照明によって光が満ちている。
「あっ、あれ!」
ツーリンは思わず指差し、叫んだ。部屋の中央に設けられた台の上には、ここまでやって来た挑戦者を称えるように学院への入学証──白い鍵の形をしたそれが設置され、輝いていた。
「入学証! ということはさっきのが最後の──」
直後、ツーリンは地面に突き飛ばされていた。
「っ……え?」
この状況でそれが出来る人物は一人しか居ない。倒れ込んだツーリンの視線の先には、部屋の中心へと脇目も振らず走り出したベスタの姿。
「はっ……ここがゴールならアンタはもう用無しよ!」
──二枚舌のベスタ。それが盗賊時代の彼女の呼び名だった。
騙し、嘲り、裏切る。悪徳の限りを尽くし、女は欲しいがままに盗み続けた。
やがて敵を作りすぎたことで一度死にかけた彼女は己の活動領域から遠く離れた地へと逃げ、安寧を求めた。
「ここの攻略には魔術が不可欠だからねえ! 利用させてもらったよ!」
ベスタは過去に幾度か、単身で裏道へと挑戦しその度に失敗していた。そしてその経験から得た一つの確信。
それは魔術の才能の有無。裏道の内容は挑戦ごとに変化するが、一貫して魔術の素養を問うような障害は必ず出現する。それによって素養の無いベスタは単身での攻略を諦めざるをえなかった。
だからこそ、ベスタはツーリンに目を付けた。術護派遣を通さず裏道へと挑戦しようとし、恐らく魔術の素養を持つ格好の獲物を。
「これでようやく
そこには直前に見せた暖かみのある笑みは無く、欲望と打算に取りつかれた貌だけがあった。
その目的は──金。厳正な表の試験ではなく、裏道であれば証の所得者=入学者とはならない。つまりは譲渡や売買が可能。そう考えた証を求めるある依頼人との契約。
ベスタに盗賊に妹を殺された過去など無く、そもそも妹など居ない。
「いただきぃ!」
純粋な欲望を満たす為に脇目も振らずに証へと手を伸ばす。
──しかし、それが届くことはなかった。
「え?」
これ以上の障害は無い。そうタカをくくっていたベスタは走りながらも唖然とした声を漏らした。
床から付きあがるように自らの進路上に突如現れたのは──箱としか呼べない物体。
「くっ!」
その青白い光を発し宙に浮く正六面体に対し、足を止め反射的にベスタは身構える。だが出来ることはなかった。
「がっ、あっ、かひゅっ……」
予備動作も無く箱の正面に出現し離れた青い杭が、ベスタの胸元へと吸い込まれるように飛来し突き刺さった。
それも一本だけではなく、二本、三本と続き、呼吸音のようにも悲鳴にも聞こえる声を上げてベスタは倒れ込む。
「……」
そして、その光景をツーリンはただただ見ていた。
「……はっ」
ゆっくりと立ち上がり、スカートの汚れを払う。
「だから何?」
床と天井から、同じような箱達が無数に湧き出る。
「知ってたわよ。あんな依頼で集まるような人間なんて、ハナから信用してない」
その足は震えていた。
「だからここまで来れただけでも……十分なのよ!!」
震えを誤魔化すように叫び、ツーリンは走り出した。それに反応し幾つかの箱が杭を放つ。
「はあっ、はあっ……!」
形振り構わず走り、避け、転がる。しかしいくら走ろうが証までの距離は縮まらない。
中心部に迫るほどに箱の数は増え、飛来する杭の数は増す。その回避の為に直線的な移動は出来なくなり、むしろ中心との距離は離れていった。
「うぐっ!」
やがて、一本の杭が右足を貫いた。杭が太腿を貫通した状態で走り続けられる訳も無く、つんのめるように前方へと転がり倒れ伏す。
「うぅぅぅ……」
激しい痛み。立ち上がることすら出来ず尻餅を付いた状態でツーリンは後ずさる。
証との距離は何も縮まっていない。未だ無機質な箱達は宙を浮遊している。
その内の一つが、ツーリンとの距離を縮め始める。
「死にたくない……!」
朧に見えたのはベスタの姿。穴だらけになった身体は生気を失っていた。
「まだ誰も見返せてない……!」
いつの間にか溢れ出していた涙が頬を濡らす。目の前には確かな死が迫っている。
箱の正面に浮かび上がった杭。射出されたそれに対し、目を見開いてツーリンは叫ぶ。
「私はまだ──」
「ま、お前は逃げないんだろうな」
その瞬間、ツーリンの視界に見覚えのある背中が割り込んだ。
☆
「痛ってえ」
「……なんで」
腕にぶっ刺さった青い杭を引き抜く。なんだこれ、と確かめようとした瞬間には手から消えて霧散していた。
「すぐに消えんのか。……よお、お嬢様。鼻水垂らしてざまあねえな」
「……!」
「ざまあねえなあ!!」
「っるっさい! なんで二回も言うのよ!」
慌てて袖で顔を拭きながら返事をしてきた。足に穴は空いてるが思いのほか大丈夫そうだ。
「なんでアンタがここに……」
「いやーあの門な、一回開けちまったらその後に閉まっても仕掛けは解除されたまんまらしくてな。
あの仕掛け抜きでもクソデカい門を一人で開けるのは流石にしんどかった。お陰で想像以上に時間を使った。
「……そうじゃない」
「あ?」
「なんで!?」
あの強気な表情は見る影もない、折れかけ寸前のような情けない顔。言葉は少ないが何が疑問なのかは分かった。
あの場にあったリタイア扉。なんでそれを使わずにわざわざ律儀にここまで来たかって話だろう。
実際、それも選択肢だった。十分仕事はしたし帰ってもいいだろうという思いはあった。
「聞こえてなかったか?」
それでもここに来たのは、極々単純な理由。
☆
弾かれ宙を舞うコインを手の甲に収める。結果は。
(……裏か)
コインが示したのは盾。つまりは裏だった。
(ま、流石にアホらしいしな。お天道様も気を使って──)
「本当に良いの!?」
目の前ではあの女が響き渡る声で散り行く同業者達に問いかけていた。その目は見開き、瞳が燃えているような力強さだった。
「私は絶対に裏道を踏破する! そして学院で魔導師になる! 今は何も払えないけど絶対にアンタ達は得をする!」
だからそれじゃマトモなヤツは動かねえって。
「後悔するのはアンタらの方よ!」
マジで馬鹿だなコイツ。
「私は逃げない!絶対にやり遂げるんだから!」
……。
「ほんとにバカばっかりね!もういいわよ!」
──ここじゃ、アイツみたいなのは珍しくもない。今まで見てきた魔術士ってやつは程度の差はあれど誰もが夢や目標を追っていた。
ただ、コイツは恐らくワケアリだ。魔術士だろうが普通の人間だろうが、何かしらの問題を抱えた人間ってのはどことなく目が死んでるもんだし、卑屈さを抱えるようになる。
だがコイツは違う。言い分から自分が言ってることの無茶苦茶さもある程度は飲み込んでるだろう。それでも強気な態度を崩さない、理想を実現しようとする意気の強さ。
……俺とは違い、あの女には確かにそれがあるように感じた。言ってしまえばそれしか無いし、それはただの虚勢とも呼べるのかもしれない。
「はっ」
俺は……手の甲のコインを摘まんだ。
☆
そう、単純だ。
「──表が出たからだよ」