【完結】ニンジャと白面   作:いらえ丸

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◆注意な◆
・本作にはオリジナルのウマ娘が複数登場します。
・本作にはオリジナルのチームが登場します。
・ニンスレ要素は極めて希薄です。ごあんしんください。
・本作の主人公の戦績は、モデルとなった競走馬の戦績を一部参考にしています。
・登場人物のモデル馬の一部は架空の競走馬です。


きっとその先へ…!

 ――ウマ娘。

 

 ウマ娘とは、競走によって諸人を魅了する半妖精的存在である。

 

 その魂は異界より授けられたモノであるとされ、電子ネットワークが普遍化した現在においても未だ謎多き生命である。

 

 神秘に満ちた彼女らは、すべからく疾く駆けるべしと感じ、自他の夢を乗せ走るのだ。

 

 その走りに、人は夢を見る。

 

 異界より賜りしウマソウルを宿す彼女らは、時に数奇で時に輝かしい歴史と共に走る。

 

 ウマ娘は、運命を走るのだ。

 

 

 

 だが、

 しかし、

 であるならば――。

 

 受け継ぐ栄光もなく、

 名乗るべき名もない、

 異界の半神を宿すウマ娘は、何を思って駆けるのか。

 

 彼女のレース結果は、誰も知らない。

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 春は桜。

 それは此処、日本が世界に誇るウマ娘養成機関・中央トレセン学園においても同じである。

 毎年、この季節になると新たなウマ娘がこの門を通り、夢破れたウマ娘がこの門を去るのである。

 

 春の訪れは、新たな出会いと別れを運んでくるのだ、と誰かが言っていた気がする。トレセン学園勤務の駿川たづなは元気よく通り過ぎていくウマ娘達に都度挨拶を返しながら、それら一人一人の名前を呼んでいた。

 

「おはようございます。オグリキャップさん」

「もぉーも……」

 

 食パンを三枚咥えた葦毛のウマ娘が通り過ぎていく。「どうも」と返したかったのだろうが、言えていない。

 

「おはようございます。ミホノブルボンさん、ライスシャワーさん」

「おはようございます。サブノルマ“朝のアイサツ”を達成しました」

「おはようございます」

 

 サイボーグの様に鉄面皮のウマ娘と、その隣で歩いていたウマ娘が通り過ぎていった。

 

「おはようございます。アグネスタキオンさん」

「ん、おはようたづなさん、今日も緑で目に優しいね」

 

 寝癖で凄い頭になっているウマ娘が通り過ぎていった。

 本日もこのトレセン学園は賑やかである。

 

 そうして白毛や栗毛や黒鹿毛のウマ娘たちを見守っていたたづなさんだったが、しばらくすると見慣れないウマ娘がやってきた。

 

「おはようございまァす!」

 

 先制の挨拶。大きく快活そうな、聞き慣れない声。新入生のウマ娘だ。

 

「おはようございます。はじめましてですね。私は駿川たづなと言います。お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」

 

 やってきたのは、見慣れない新入生のウマ娘だった。そして、しっかりと彼女の顔を認識した時、たづなはほんの僅か目を丸くした。

 一瞬、白毛に見えたが、耳の色は明るい栗毛に見える。彼女は白面であった。

 

 白面とは、ウマ娘特有の希少な髪色の一種である。

 基本、多くのウマ娘は前髪の一部が白くなっている場合がある――これを白班という――が、白面の場合は前髪全体が真っ白なのだ。

 白面のウマ娘は前から見ると白毛に見え、後ろから見るとそうではなく、横から見ると耳を境に白と地の髪色で分かれているように見えるのだ。

 加えて、彼女の右眼は魚目であった。魚目とは虹彩の色素に先天的な異常を持ったウマ娘の眼の事であり、一般に黒目と呼ばれる部分が青白く、中心に黒々とした丸い点があるように見える。彼女の場合、右眼のみが魚目である為、これは片魚目と呼ばれる。

 白面片魚目。古くはその希少さと異様さが故、忌避の対象となっていた時代がある。しかし、価値観の変化によりそのどちらも医学的説明のつくものである為、今では単に珍しい個性として認知されているものである。

 だが、未だに白面や魚目を理由にいじめが発生したという事例が報告されているのだ。まして、そのどちらも持ち合わせている彼女であれば、置かれた環境次第では、如何様にも考えられる。

 

 たづながそんな事を考えていたのはほんの一瞬の事だった。対し、件の白面のウマ娘は自信満々な笑みを浮かべてみせた。

 

「はい! ウチ、アオギリホウオウ言います! よろしくおねがいします!」

 

 びしっ! と、斜め45度の一礼。ばっ! と姿勢を戻す。夢と希望に満ちた双眸が瞬くと、白面のウマ娘はアオギリホウオウと名乗った。

 ほんの僅か、それが見えた。たづな視点、彼女の下げられた頭頂部。そこには、頭頂部の前後を境にした白と金の二色の髪があった。尾花栗毛だ。

 白面で、片魚目で、尾花栗毛のウマ娘。希少な個性が三つ。好意的に見れば、とてもレア。悪意を持ってみれば、他とは違う不気味な存在。

 珍しいだけで、おかしな事は何一つない。しかし、理解がない人たちには、彼女はどう見えるのだろうか。

 これ以上はダメだ。たづなは内心、身勝手な自分の思考を追い払った。下衆な勘繰りなどすべきではない。

 

「ウチ、クラシック三冠取ってくる予定なんで! ウチん名前、覚えといてください!」

「あ、はい」

 

 そんなたづなの思考を知ってか知らずか、アオギリホウオウは大きな声で自信満々に宣誓した。 

 その言葉を聴いて、たづなはやや唖然となった。昔ならともかく、今現在でこういう大きな事を言うウマ娘はこれまた珍しくなって久しい。

 

 此処、中央トレセン学園は全国から選りすぐりのウマ娘を集めた天才の巣窟である。

 毎年、日本のみならず海外からも優秀なウマ娘たちが門を叩くが、その多くは競走ウマ娘としてのデビューさえ叶わず涙を呑んで去っていくのである。まして、三冠達成など何をかいわんや。

 その事実を知らぬ訳もあるまい。厳しい現実を覚悟していない訳もあるまい。だが、たづなの手を握るウマ娘の熱さとくればどうだろう。

 根を張ったように筋の通った体幹。無駄なく引き締まった脚。未来への、努力への、自分自身に対する絶対の自信はどうだ。

 漠然とした目標ではない。だが、アオギリホウオウの中には明確なビジョンがあるように見受けられ、たづなはそこに素晴らしい“何か”を感じ取った。

 

 ここにきて、たづなの意識はウマ娘の未来を見守る者に切り替わった。

 本気だ。このウマ娘は本気で夢を追いかけているのだ。たづなは握られた手を握り返し、今度こそ満面の笑みを浮かべた。

 

「頑張ってくださいね、アオギリホウオウさん」

 

 祝福あれ、幸運あれ。たづなはありったけの想いを込めてから、優しく手を離した、

 

「はい! それじゃ!」

 

 言うが早いか、アオギリホウオウは意気揚々と桜並木の間に歩み去っていった。

 その背には、夢追いウマ娘の情熱と努力に裏打ちされた自信があった。

 

 そう、彼女の未来はここから始まるのだ。

 今後、鬼才秀才など掃いて捨てる程にいるトレセン学園で、彼女には多くの挫折と苦悩が待ち受けている事だろう。

 だが、今この時だけは、掛値の無い祝福だけが贈られた。

 

 アオギリホウオウはまだまだこれから。走り出したばかりなのだ。

 この果てしないウマ娘坂を――!

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 そして、季節が一周し、再度桜の花が満開になった。

 今年もまた多くの出会いと別れがトレセン学園の何処かで繰り広げられていた。

 栄光や挫折や、あるいは運命的な何かを多くのウマ娘が経験し、今後のウマ生を勇往邁進するのだ。

 

 が……。

 

「1着! インペラトリーチェ!」

「よぉしっ! 当然ですわぁ!」

 

 

 

「はぁ……今日も、上手くいかんかった……」

 

 あれから一年、アオギリホウオウの夢は未だ芽吹きさえしていなかった。 

 

 かー、というカラスの声がいやに耳朶を反響した。

 茜色に染まった桜並木を一人のウマ娘が歩いている。その足取りは重く、遅い。赤く染まった中にあって、猫めいた背中は物悲しいほど垂れていた。

 

「また負けてもうた……」

 

 はあ、とため息二つ目。アオギリホウオウは漏れる呟きを止める気力さえ失っていた。

 

 トレセン学園に入学して一年。

 入学当初は体育や勉強や模擬レースでブイブイ言わせていたアオギリホウオウだったが、周囲のウマ娘が成長するにつれ、彼女の牙城はひとつひとつ崩されていったのである。

 それこそ初年初月の初レースにおいては、その圧倒的なスタミナ量から幾人のトレーナーの視線を釘付けにしていたものだが、今はどうだろう。あれだけ多かった勧誘も来なくなって久しい。

 スタミナに特化しただけのレース下手。ただの早熟ウマ娘。他より本格化が早かっただけの凡才。多くのトレーナーがそういった評価を下す理由を、アオギリホウオウは誰より強く噛みしめていた。

 だが、理解はできても納得はできない。してしまえば、夢は叶えられない。

 とにもかくにも前に進まねば。アオギリホウオウは今日も今日とて自己鍛錬に勤しむつもりだ。

 

 校門を出てしばらく、アオギリホウオウは行きつけの自然公園へとたどり着いた。辺りに人気はなく、近づいてくる足音もない。個人練習にはもってこいの場だ。

 今日はここでいつもとは違うトレーニングをするつもりなのである。

 

「よしっ……と」

 

 アオギリホウオウは靴の調子を確かめると、意識してゆっくり拳を握り、構えた。脇を絞め、肘を曲げ、鳩尾に意識を集中させる。

 ふぅー、と長い呼気と共に足腰に気力が流れていくのが分かる。静謐な脱力感。精神の集中。稽古の前のルーティン。久しい感覚であった。 

 

「いちッ……!」

 

 正拳一打。拳が空気を裂いた感覚。抑えた掛け声は無意識に歯の隙間から零れた。なんか違う。再度、ゆっくりと息を吐き、次いで先ほどとは左右反対に構え、拳を放った。

 身体のコンディションを確認し、本格的に鍛錬を始める。ゆっくり、ゆっくり、道場にいた人たちを思い出すように。ザリザリという擦り足の音が何だか面白い。1、2、3……胸中の呟きと共に、教わった型をなぞっていく。

 集中できている。慣れていたはずの感覚に、アオギリホウオウは内心で小さく安堵した。

 

 アオギリホウオウのいつもとは違うトレーニングとは、武道の型稽古の事であった。

 一時期、負けが込み始めて迷走していたアオギリホウオウは学舎を共にするウマ娘に誘われ武道の体験稽古をしていた時期がある。その時いた師範には筋が良いと褒められた。

 ウマ娘という生き物は、同じく霊長の位である人と比にして何倍ではつかない程の膂力を持っているケースがほとんどだ。故に、ウマ娘が自身の体を十全に扱えるよう武道を習う事はさほど珍しい事ではない。

 なにより、体幹を鍛える事のできる武道の類はレースにも有利に働く。良い事ずくめだ、多分。

 

「ふっ……! ふっ……!」

 

 漏れる息の量が増えた。本来、思い切り掛け声を上げたいところではあるが、公共の場では抑えるよう気を付けている。

 じわりと首筋に汗が浮かび、全身に熱が宿る。普段のトレーニングの方が過酷なはずだが、久しぶりにやったからか運動量の割に多くスタミナを消費している様だ。

 

「すぅー、はぁー……」

 

 区切りの良いところまでやって、最後に深呼吸。

 集中できた。良い鍛錬になった気がする。何より気分転換になった。

 

 アオギリホウオウは心地よい疲労感を感じながら、静かに瞑目した。

 力強く跳ねる心臓。熱のこもった手足。上手く整った精神。まさに絶好のコンディションであった。

 

 良い具合だ。さて、ウォーミングアップはここまで。ここからはレースの為のトレーニングをしよう。

 と、思ったところであった。

 

(((今のコンディションなら、今日のレースも勝てたんかなぁ……)))

 

 ぞわりと、アオギリホウオウは脊髄の奥に嫌な冷たさを感じた。

 これは良くないものだ。アオギリホウオウは頭をブンブン振ってどうしようもない感覚を振り払った。

 

(((考えても仕方ない事は、考えん……! 意識して、振り払わな……!)))

 

 アオギリホウオウは震える喉を自覚しつつ、静かに息を吐いた。深呼吸をしようとして、変なリズムになってむせそうになった。汗ばんだ首筋に当たる春風が肌寒い。

 一瞬晴れた心の靄は曇ったままだ。

 

 ……と、その時である!

 

「お困りの様だな、ウマ娘=サン」

 

 背後に声、足音がない。ウマ娘の聴力でも感知できなかった。

 アオギリホウオウは慌てて振り返り、見て、目を丸くした。

 

(((へ、変な人……!?)))

 

 という叫びが漏れなかったのは、アオギリホウオウの自制心故か。

 ともかく、眼前の存在の風体は紛う事なき変人のソレであった。

 

 まず目を引くのはその身に纏った夜色のスーツである。ざっくりと開いた白いシャツの間には、力強い印象の真っ赤なネクタイ。スラリとしたシルエットは泰然自若とした余裕を感じさせる。そこまでは、良い。

 問題はその頭部であった。

 

「ドーモ、ニンジャトレーナーです」

 

 スーツ姿の変人がアイサツする。正確な斜め45度のオジギを上げると、その頭部前面には真っ白いキツネ面があった。

 そう、キツネ面である。縁日とかおもちゃ屋で見かけるあのキツネのお面だ。その相貌はキツネのお面により完全に隠されていた。

 顔だけではない、お面部分以外の頭部は赤黒の頭巾で覆われており、高級感のあるスーツとは致命的な不協和音を奏でていた。

 というか、ニンジャトレーナーと名乗ったこの者は忍者であるらしい。アオギリホウオウ視点、スーツでお面で目立つ赤黒頭巾の変人を忍びやかな者であるとは思えなかった。忍者とは?

 

「金剛八重垣流か。型はそれしか知らないようだが、なかなか巧い」

 

 アオギリの顔がかっと熱くなる。見られていた。よくわからん忍者に。しかも妙に達人チックな口ぶりだ。

 

「は、はい! あーいえでも、習ってたとかじゃなくてガッコの先輩に連れられて体験だけ……」

「む、それにしては足元がしっかりしているではないか。凄い事だぞ」

「へ、へえ……」

 

 突然の登場。突然の賞賛。怪人スーツニンジャの風体に動揺していたアオギリホウオウだったが、いざ何か言われれば癖で元気に返してしまうのがアオギリホウオウであった。

 スッと、怪人がアオギリホウオウを指さす。否、指しているのはアオギリホウオウではなく、その手であった。

 

「力み過ぎている。一度解すと良い」

「えっ?」

 

 言われてみれば、とアオギリホウオウは両手の拳を見た。ギュウギュウと握られていたそれは、前腕の筋肉を痙攣させる程の力が籠っていた。

 アオギリホウオウは目の前の怪人の事を一時忘却し、両手でパーを作ろうとした。が、できない。

 

「あれ? おかしいな……あれ?」

 

 パー、パー、と意識して拳を解そうとするのだが、上手くいかない。

 こんな事は初めてだ。まるで肘から先に神経が通っていないかの様である。不可思議な現象に慌てそうになるアオギリホウオウだったが、そこでキツネ面の変質者がゆっくり両手を挙手してみせた。何故か、ダブルピースで。

 

「深呼吸だ。息を吸って、吐け。吐きながら人差し指から順にパーだ」

「おっ、押忍……!」

 

 アオギリホウオウは言われた通りに大きく息を吸い、吐いた。肩から肘、腕から手にかけての脱力感。弛緩させ、人差し指から順に指を立てていく。

 できた、という小さな達成感。これまた久しぶりの感覚であった。調子を確かめるように手をグッパグッパするアオギリホウオウを見つつ、スーツの怪人は云った。

 

「上手く力が抜けたな。ウマ娘が無意識に強い力を維持すると、癖がついてそのままになる時がある。原理は新生児の握手反射に近いらしいが……」

 

 あれこれ講釈たれつつ、今度は腕組み仁王立ちでインストラクションするように云った。

 

「習った通り、もう一度打ってみろ。予備動作を意識してゆっくり。今だと思った時でいい」

「押忍!」

 

 また言われた通り、アオギリホウオウは拳を打つ姿勢に移った。脚、腰を据えて背筋を伸ばし、ゆっくり拳を作った。ふぅ、と呼気ひとつ。瞑目し、集中し、アオギリホウオウは眼を開けた。

 正拳一閃。音もなく飛んだ拳は理想的な鋭さで以て放たれた。これだ、この感覚だ。こうやって歯車がかみ合った時、道場にいた人たちは褒めてくれたのだ。

 アオギリホウオウは嬉しくなって怪人のお面を見た。妖怪めいた存在は腕組み仁王立ちでウンウン頷いている。これ以上ない前方師匠面をしていた。

 

「ナルホドやるではないか。本当にちょっとやっただけか? 才能あるぞ」

「あ、ありがとうございます」

 

 助けてもらったらお礼を言うのが道理である。

 そして、アオギリホウオウはキツネ面のやべーやつと見つめ合う事になった。

 今になって、アオギリホウオウは変質者と相対している現状を認識した。

 春には増えると聞いたことがあるが、まさか遭遇するとは思っていなかった。いざとなれば逃げられるだろうが、喧嘩とか暴力はNGだ。ヒトの身体にウマ娘の蹴りは重すぎる。

 

「あ、あの……貴方は一体?」

 

 とりあえず相手の氏素性を知らねば。アオギリホウオウは休めの姿勢になって尋ねた。

 すると、目の前の忍者モドキは「むっ」と呻いて、合掌した。

 

「ドーモ、ニンジャトレーナーです」

 

 違う、そうじゃない。

 アオギリホウオウは喉まで出かかった言葉を必死に呑み込んだ。

 

 ん? いや待て、ニンジャの……トレーナー?

 

「えっ!? とと、トレーナーさんなんですかァ!?」

「そう言った」

 

 情報量! とアオギリホウオウは内心で叫んだ。

 胸中の絶叫はさておき、アオギリホウオウは慌てて佇まいを正し、腰を折って挨拶した。

 

「うう、ウチ、アオギリホウオウ言います! クラシック路線目指してます! よろしくお願いします!」

 

 何がどうよろしくなのか、アオギリホウオウ自身理解している訳ではない。ではないが、いつもの癖でアオギリホウオウはよろしくお願いしてしまった。

 ちらり、と。アオギリホウオウはお辞儀を維持しつつ、ニンジャトレーナーの胸元を覗き見た。すると、あった。キラキラ輝くトレーナーバッジが。

 

 トレーナー。それは競走を生業とするウマ娘を支えるプロの指導者だ。古今東西、世界中で人気の興行であるウマ娘界隈において、なくてはならない職である。

 自然、その成り手は少ない。志望者こそ多いが、資格取得を前にその過半は篩にかけられ、夢破れるのである。一般のトレーナー資格ですら難易度が高いのだ、ここ中央トレセン所属のトレーナーともなれば、選りすぐりのエリートなのは疑いようもない。

 

 アオギリホウオウの経験上、優秀なトレーナーは総じてキャラが濃い。

 常にバキバキの腹筋を晒している極道風のトレーナー。いつも葦毛のウマ娘とハジケているトレーナー。担当ウマ娘と一緒になってバクシンバクシン言ってるトレーナー。思い返せば、この学園は変人ばかりだ。

 スーツのニンジャが何だ。キツネのお面が何だ。小さい小さい、それくらい濃くないとトレーナーとしてやっていけないのだろう。アオギリホウオウは一人で納得した。

 

 そうして、そんなキャラの濃いトレーナーを目の前に“もしかして”を期待してしまうのも無理からぬ話である。

 

「うむ、アオギリホウオウ=サンだな」

「はい!」

 

 ビシィ! アオギリホウオウは新兵のような起立姿勢を取った。

 

「ところでアオギリホウオウ=サン、門限が近いが、少しだけ話を聞いてくれないか?」

「押忍!」

 

 きた。後ろ手にした拳がサムズアップに変化した。

 思えば、入学当初は毎日のように勧誘されていた気がする。そうして、戦績がふるわなくなってからその数が減っていったのだ。やがて勧誘の数は皆無になり、他ウマ娘の模擬レースの勝ち負けにさえ一喜一憂するようになった。

 どうにもこうにも、惨めであった。

 だが、そんな思いも今日までだ。アオギリホウオウは期待に胸躍らせ、けれど感情を表に出す事なく真面目な表情を維持した。

 

「今日の選抜レースを見せてもらった」

「あ……」

 

 ふと、息が抜けた。

 今日も、負けレースであった。

 それも、完膚なきまでの敗北。

 

 アオギリホウオウは急に心臓が重くなったような感覚に見舞われた。

 

「好スタートからの追走。逃げていくウマ娘を追うのに必死で位置取りをしくじっていたな」

 

 あの時の感覚がフラッシュバックする。

 焦る気持ちと、重く拙い足取り。

 良い位置を取るべく周りを伺っていたら、いつの間にか囲まれていた。

 

「最終直線ではコーナーから回られたウマ娘に抜け道を防がれ、上手く脚を使う事ができずにいたな」

 

 上手く走れない苛立ちと、上手く走りたい願望がぐちゃぐちゃになって、散々な結果だけが残った。

 悔しいとか、悲しいとか、そんな気持ちになる前に……。

 迷子になったかの様な感じがして、とても不安になった。

 

「だが、末脚は見事だった」

「えっ……」

 

 我知らず、伏し目がちになっていた瞳がニンジャトレーナーの面に向けられる。

 キツネ面の奥の瞳と、目が合った気がした。

 

「あの時、恐らく精神的にはかなり滅入っていただろう。その中でオヌシは我武者羅に脚を動かしていたな。無心で、ひたすらに。決して俊足ではなかったが、比類なき根性が垣間見えた」

 

 違う、それはヤケになっていただけで、全然ダメな走りだった。レースのあと、教官にはアレコレ言われたのだ。覚えていないが。

 ともかく、決して褒められたモノではないレースなのだ。

 

「アレは……」

「崩れていたな、確かに」

 

 何故か、咄嗟に遮ろうとしたアオギリホウオウを無視し、トレーナーは腕組みを解いて云った。

 

「フォームは滅茶苦茶。スタミナは残っていたろうに使うどころか失くすだけ。あまつさえ後方集団と競り合って無駄なリスクまで負うときた。頭の良いトレーナーなら、すぐに癖ウマ娘と分かる走りだったな」

 

 だが、とトレーナーは続けた。

 でも、とアオギリホウオウは言いそうになった。

 

「私はそこに未来を見た」

 

 手が差し伸べられる。黒い皮手袋で隠された、そこまでするかという素性の隠蔽。存外長い手指は柔らかく開かれ、受け取り手を待っていた。

 

「オヌシの走りを好きになった。私の下で走ってみる気はないか?」

 

 アオギリホウオウは、差し伸べられた手を見て、言葉を聴いて、反射的にその手を取ろうとして、逡巡した。

 

 会ったばかりのトレーナーだ。というか変質者だ。自称ニンジャのド変人だ。

 語り口もおかしい。まるで落としてから上げる様ではないか。会った事はないが、詐欺師の手口に近い気がする。

 そもそも、アオギリホウオウは目の前の相手の顔も知らない。

 目の前のトレーナーを、信用してもいいものか?

 

 伸ばしかけた手を下ろし、再度キツネの面を見た。無機質な細目がアオギリホウオウの動きを注視している。アオギリホウオウは、努めて平坦な声音で云った。

 

「ウチ、顔も知らん人についてく程、世間知らずやありません」

 

 拒絶の言葉だった。

 如何なチャンスといえ、アオギリホウオウは両親の言いつけを守るタイプのウマ娘であった。

 

 言われた変人はというと、またも「むっ」と唸った。

 数舜の後、件のニンジャ頭巾がもぞりと揺れた。

 

「あぁ……これはシツレイをした」

 

 言って、謎の怪人はキツネのお面と頭巾に手をかけた。取る気らしい。

 あれ、とアオギリホウオウは拍子抜けした。てっきりそういうのは意地でも外さないものとばかり思っていたのである。

 

 ぱかり。面が外される。

 しゅるり。頭巾が解かれる。

 

 そして、人ならぬウマ耳がぴょこんと屹立した。

 

「え……」

 

 頭巾を解き終えると、その中に隠されていた髪がサラリと流れた。

 背中まで届く煌々たる尾花栗毛。沈みつつある太陽が黄金の鬣を照らし、柔らかな春風が刀の様な流星を揺らす。

 

「これはファッションの様なものでな。癖と言っても良い。周りも気を遣ってくれるもので、つい甘えて忘れてしまうのだ。すまなかった」

「え、ア……」

 

 血のように紅い右眼と、青白い片魚目。左右で色の違う双眸がアオギリホウオウの瞳を見据えている。

 涼やかな薄い唇が震えると、控えめな艶黒子が目に入った。

 

「改めて言わせてほしい。私と共に夢を見ないか?」

「ア……ア……」

 

 手袋を外し、差し伸べられたのは紛れもなく女性の手。色彩の違う瞳と、アオギリホウオウの瞳が交錯する。

 いや、交錯は一瞬だった。目が合うなり、アオギリホウオウは視線を外して自身に向けられた手を見つめた。そして、再び青と赤を見た。そしてそして、また手を見つめた。

 アオギリホウオウはキョドっていた。

 ニンジャトレーナーは訝しんだ。

 

「ア、ア、ア……!?」

 

 アオギリホウオウは一歩後ずさった。その手は、いや全身がわなわなと震えていた。恐怖故ではなく、歓喜によって挙動がおかしくなっていた。

 否、もっと詳細に言うなれば、面と向かって推しと対面したアイドルオタクのようにブルブルビクビク超振動していた。

 

 ところで、トゥインクル・シリーズを志すウマ娘は、過去の競走ウマ娘の走る姿を見て「自分もああなりたい」と憧れてトレセンの門を叩く事が多い。

 憧憬は夢への第一歩。運命に導かれるようにレースを走る彼女らではあるが、その一歩目の多くは子供らしい原体験を動機とするものだ。

 帝王の名を冠するウマ娘は、皇帝の背を見て伝説になった。

 メジロの名を冠する名優は、偉大なる先達の蹄跡を追って春の盾を制した。

 

 アオギリホウオウの場合、それは無敵のウマ娘だった。

 誰より速く、誰より強く、誰よりも自信に満ちた絶対の覇者。

 アオギリホウオウというウマ娘は、その勇姿に憧れを抱いて今に至るのである。

 

 そして、オタクという生き物は、憧れの存在を前にすると盛大にキョドるのがデフォであった。

 

「……アオギリホウオウ=サン?」

「アイ……アイ……!」

 

 

 

「アイエエエエエエ!? ターフスレイヤー=サン? ターフスレイヤー=サンナンデ!?」

 

 

 

 かつて、勝利のみ喰らうウマ娘がいた。

 全戦無敗。常勝七冠。

 しかし彼女は、有馬を背に突如として姿を消した。

 

 金の残像。刃の流星。

 夢幻の蹂躙者。

 

 そのウマ娘の名は――、

 

 ターフスレイヤー。

 

 勇気で以て、その背を仰げ。

 

 

 

 ※ヒロインウマ列伝より引用

 

 

 

「……ニンジャトレーナーな」

 

 さて、当の本ウマはというと、普通に困惑していた。その胸は平坦であった。

 ニンジャトレーナーもとい、ターフスレイヤー、こういうウマ娘の挙動には覚えがあった。

 

「あ、あ、あッ……!」

 

 

 

「握手してくださいッ!」

「うむ……」

 

 ファンサはした。

 

 

 

 かくして、白面のウマ娘と、伝説のウマ娘のトゥインクル・シリーズが幕を開けたのである。




名前……アオギリホウオウ
誕生日……4月1日
身長……153cm
体重……増減なし
スリーサイズ……B85 W56 H83
髪色……尾花栗毛
白斑……白面
目の色……魚目(右)
憧れのウマ娘……ターフスレイヤー
モデル馬……チェリーソウマ+フィッシュアイズ(架空の競走馬)
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