【完結】ニンジャと白面   作:いらえ丸

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 感想、誤字報告、ありがとうございます。



 日常回です。


紅焔ギア/LP1211-M

 太陽が熱い。

 

 ダービーから約二ヵ月、日本の夏は今年もべらぼうに暑かった。

 この頃になるとアオギリホウオウの怪我は完治しており、リハビリテーションも終えて健康面も万全の状態になっていた。いつでも本格的なトレーニングに移る用意ができていたのである。

 とはいえリハビリ直後から負荷の高い練習はできない。だからこそ、学園内ではあくまでも相応の負荷でトレーニングしてきた訳だが……。

 

 

 

 夏である。

 海である。

 そして、鬼の扱きがやってきた。

 

 太陽が強くなってきた頃、トレセン学園の夏合宿がはじまる。

 恒例のこの季節に合わせて、ニンジャトレーナーはアオギリホウオウ強化合宿を行う事にしたのだ。

 

「はぁ……はぁッ、くっ! うぉおおおおお!」」

 

 真夏の太陽。波打つ海。灼熱の砂浜。

 チーム・アルデバラン、真夏の海の特訓。これまで蓄えてきた諸々を費やすように、一同はよりいっそう負荷の高いトレーニングに励んでいた。

 

「よし10秒休憩! 良い調子だ! 呼吸はしっかり! 意識を落とすなよ! 絶対に膝を折るな! 倒れたら次が辛いぞ! はい、よぉーい!」

 

 中でも、アオギリホウオウのトレーニングはなお過酷であった。その様はまるで昭和スポ根漫画か、あるいはカンフー映画の修行シーンか。そんな感じで、朝から晩まで付きっ切りでトレーナーの指導を受けていたのである。

 これには怪我で衰えた体力を戻す意図と、メンタル的にレベルアップしたアオギリの強度を確かめる意図があった。

 

 今、アオギリが行っているのは高強度インターバルトレーニングと言われるものであり、それをウマ娘用にアレンジしたメニューだ。両腕を上げ下げしながらジャンプしたり、仰向けになって脚をグルグルしたり、かと思えば突然ダッシュしたり、そして数秒休憩挟んでまた動く。これをひたすら繰り返すのである。

 短期休憩と高負荷トレーニングの反復。その後ろでは、件のニンジャトレーナーが鬼軍曹めいて檄を飛ばしていた。また、トレーニング中はアオギリの各関節の状態を常時監視して調整されているので、ガラスの靴が砕ける心配は実際ない。

 なお、アオギリの胸は豊満であった。タフスレの胸は平坦であった。

 

「うぉおおおおおおお!」

 

 アオギリホウオウは気合十分に駆け回る!

 

 弾ける筋肉! 飛び散る汗!

 これが、ザ・レジェンドチーム“アルデバラン”のトレーニングだ!

 アオギリホウオウはタフネス設計! 愛する家族の夢の為、来る菊花賞へと突き進む!

 その鍛錬は! もうどうにも止まらねぇ!

 

 ……とばかりに、アオギリのトレーニングは真夏の太陽に負けず劣らず熱かった。

 

「常に自己ベストを更新する気概でいけ! 余計な事は考えるな!」

 

 ターフスレイヤーはメガホンいらずの声量で檄を飛ばし続けた。

 

「海の砂浜は関節の負担を和らげてくれる! つまり、此処ならどれだけ走っても大丈夫という事だな! どうだ、嬉しいか!」

「押忍!」

 

 暴論である。

 

「安心しろ! 諸々を加味した水分はベストタイミングで強制で飲ませるから何も気にせず走りまくれ。倒れても倒れる前に起こすから安心して前のめりに倒れろ! わかったか!」

「押忍!」

 

 昭和根性論じみている。

 

「ガチで体力の限界が来たら大休止だ! そしてそのタイミングは私が決める! オヌシは何も考えず無心で言う通り身体を動かせばいい! 大きな声で返事!」

「押忍ッ!」

 

 スポーツ科学とは何だったのか。

 

 アオギリホウオウのスパルタトレーニングを、アルデバランの面々は何とも言えない目で眺めていた。

 ミホノブルボンはちょっと混ざりたそうにしていた。

 

 そんなこんな、いくらなんでももう限界となった瞬間。

 

「よし休め!」

 

 ようやく、鬼の扱きが終了したのである。

 

「ぐへー!」

 

 午前の鍛錬を終え、アオギリホウオウは木陰でダイナミックダウンした。

 もう指先ひとつ動かせない。体力の残量は小数点以下になっている。今のアオギリホウオウは、さながら溶けたまんじゅうだった。

 

「お疲れ様、アオギリちゃん」

 

 まんじゅうに影が差す。ぺちゃんこになっているアオギリホウオウに話しかけてきたのはライスシャワーだった。その手には程よい温度のスポーツドリンクが握られていた。ライスの慮りを感じざるを得ない。

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 彼女が差し出してくれたドリンクを受け取り、一息に飲み干す。冷たすぎず、温すぎない温度。甘酸っぱい液体が喉を通り抜けていく感覚が心地良い。

 大きく息をつくと、ようやく身体が休憩モードに入った。

 

 ライスシャワーも自分用のドリンクを飲みつつ、すでにHPを中回復し終えたアオギリの隣に座った。

 

「身体の調子はどう? 痛みとかはない?」

「痛いとかそういうんはないです。ただ……」

「ただ?」

 

 言いよどむアオギリホウオウの言葉を、ライスシャワーは促すように聞き返した。

 アオギリはうーんとしばらく考えた後、ぽつりと言った。

 

「前より体力が落ちてる感じがあります。リハビリ明けったって、ほんのちょっと動かんかっただけでこんな落ちるもんなんですね……」

 

 今までは多少無理してトレーニングしても数秒も休めば普通に動けていたものが、今は長めに休んでもどうにも体力の回復が遅い気がするのである。

 スタミナと頑丈さこそ、アオギリの一番の武器だった。武器が鈍れば。錆びを恐れるものである。アオギリホウオウは衰えた自身の肉体に憤りを覚えていた。

 しかし、それを聞いてライスシャワーはきょとんとした顔を浮かべた後、小さく笑い出した。

 

「え、何か拙かったですか?」

「ふふ……ううん、なんでもないよ。ただ、ちょっと凄すぎるって思って」

「はあ」

 

 凄すぎ? その単語が示す意味が分からず、アオギリホウオウは目を白黒させた。

 

「アオギリちゃんは体力あるねって思ったの」

「いやいや、ライス先輩のがスタミナあるでしょ」

 

 アオギリホウオウはいまいちピンと来なかった。

 実際、ライスシャワーというウマ娘は、世界に冠たるトップステイヤーである。3000m以上はライスシャワーの独壇場と言ってもいい。そんなライスと比べると、アオギリ含め多くのウマ娘はスタミナ不足の根性無しに見えるはずである。

 けれど、当のライスシャワー視点ではそうでもないらしい。

 

 確かに、ライスシャワーには規格外のスタミナがある。もしトレセン対抗ウマ娘マラソン大会があれば、高確率でライスが勝つだろう。

 しかし、同じスタミナ勝負の競技でも、マラソン以外であればどうか。

 例えば、一ヵ月くらい使って走る大陸横断レースなら。例えば、三日三晩山や谷を走り続ける極限レースなら。例えば、長距離のトライアスロンなら。恐らく、勝つのはライスシャワーではない、アオギリホウオウだ。

 ライスはそういう事を指して褒めているのだが、アオギリホウオウはいまいちピンときていないらしい。

 

 他にもあれやこれや話していると、そこにこれまた規格外のウマ娘が現れ、如何にも強者然とした厳かな声を発した。

 

「昼ごはんだ」

 

 いつの間にやら太陽は天頂を過ぎ、やや傾きはじめている。もうそんな時間なのか。空腹を自覚した途端、急にお腹が空いてくるアオギリだった。

 ぐう~。思わず鳴ってしまったお腹の音に、ライスシャワーがまたくすりと笑った。

 

「食欲あるんだね」

 

 まるで鎌倉武士みたいな肉体をしているアオギリホウオウを、ライスシャワーはやっぱりすごいなぁと思うのであった。

 

 

 

「いっただきまーす!」

 

 昼食のメニューはまた、スシだった。

 クーラーボックスにはパックド・スシの山。当然、ターフスレイヤーお手製のタフスレ・スシである。実際美味い。米に飽きるウマ娘がいないように、スシに飽きるウマ娘はいない。少なくとも、アルデバランにとってスシとはもはや主食であった。

 

 アオギリホウオウはチームメンバーと肩を並べてスシを食べ始めた。

 炎天下、簡易テントで食べるスシは、二重の意味で新鮮であった。

 

「海でお寿司食べるなんて何か変な感じありますね」

「ライスたちはもう慣れてるんだよね」

「何処で食べてもスシはスシです」

 

 チームの会話に、ミホノブルボンも同意するようにコクコクと首を振りつつ、決まったスシ・ネタを決まった順序で食べていた。彼女がそうしていると、食事というより燃料補給といった雰囲気があった。

 

「ていうか、今更なんですけど何で寿司なんですか? 寿司ってトレーニングに有効な食事やったりするんでしょうか?」

 

 と、タキオンに訊いてみると……。

 

「まぁそれなりには」

 

 歯切れの悪い返答だった。

 アオギリホウオウ、ちょっとびっくりである。強豪アルデバランと言えば、少しでもレースに関心のある人なら誰もが知っているトップチームだ。そうなると、その食事メニューひとつとってもそこには深い意味があるに違いないとばかり思っていた。

 てっきり、最新の栄養理論とかスポーツ科学的に最適な栄養補給手段だとばかり思っていたのである。

 しかし、そんなアオギリホウオウの思考を読んだのか、アグネスタキオンは流暢な口ぶりで教授した。

 

「補食におにぎりを食べるウマ娘は多いが、わざわざ寿司というのはあまり聞かない話だ。一部地方トレセンではいなり寿司が供されるらしいが、まだあまり普及していないね。栄養素的には理に適った補食ではあるのだけれどねェ。如何せん手間がかかる。運用し難いよ、やっぱり」

 

 言われてみればその通りかもしれない。そう考えると、このスシは手間のかかったありがたい食事なのだ。アオギリはターフスレイヤーのありがたいスシをありがたく食べた。

 

 すると、オグリキャップは口内のスシを嚥下してから、

 

「美味しいのが一番だ」

 

 そう言った。

 どうやら、オグリ的には美味しさ重点で合理性は二の次らしい。分からんでもない。

 そんなオグリに苦笑しつつ、アグネスタキオンが続けた。

 

「けれどねホウオウ、このスシにはファンタスティックなエビデンスがあるんだよ」

 

 そう言って、彼女は綺麗な箸捌きでスシを一つ摘まみ上げた。

 それはマグロの赤身だった。一見、何の変哲もないマグロ寿司の様だが、何か違うのだろうか。

 注視していると、アグネスタキオンは酢飯とネタを分離させ、それらを順に食してみせた。

 

「なにを?」

「スシを酢飯と切り身に変えて食べたのさ」

 

 ちょっと何言ってるかわからないですね。アオギリホウオウは首を傾げた。

 次いで、今度はアナゴのスシを、そのまま食べた。

 

「なにを?」

「アナゴ・スシを食べたのさ」

 

 ちょっと何言ってるかわからないですね。アオギリホウオウはさらに首を傾げた。

 アグネスタキオンは、至極マジメな顔になって言った。

 

「私はさっき、酢飯を食べ、切り身を食べ、最後にスシを食べた。これが重要なのさ」

 

 言うなり、アグネスタキオンは傍らのスマホを手に取ってポチポチした。

 

「サンプルは少ないがデータがある。これを見たまえ」

 

 そうして差し出されたスマホには、やっぱりよくわからない数値がびっしり並んでいた。正直、何これ? という気分である。

 

「なんですかこれ」

「通常の寿司とトレーナー手作りのスシと、それと各種食事メニューとを比較したデータだ。結果、栄養補給の観点においてモルモット=サンのスシが全てを凌駕した」

「ナンデ?」

「知らなぁーい?」

「えぇ……?」

 

 アオギリホウオウは困惑するしかなかった。タキオンはオーバーに肩をすくめた。

 

「やぁー! 色々と検証したんだよ。ミキサーにかけてみたり、さっきみたいに酢飯とネタを分離させてみたりね。結果、どうやらあのスシの状態を保ったまま食べないと効果がない事がわかった。何故だと思って検査もしてみたが、薬物も何も入ってないただのスシだったよ。それがねェ? ちょーっと意味わからないよねェ? あーっはっはっはっ!」

 

 高笑いをするタキオン。

 この事はもう考えない方がいい気がしてきた。オグリではないが、美味しければよいのだ。

 アオギリホウオウは考えるのを止め、一息に麦茶を飲んだ。醤油の風味が押し流され、その話題もまた流れていった。

 

 時折会話を交わしながら、和やかな時間が流れる。

 ライスシャワーは、粛々とスシを食べていた。

 ミホノブルボンは、黙々とスシを食べていた。

 オグリキャップは、まだまだ足りぬとわんこそばめいてスシを食べていた。

 

 そして、アグネスタキオンはいなり寿司だけ残していた。好物だから残している、という雰囲気でもなさそうだった。

 

「あ、食べへんのやったらウチおイナリさんもらいますね」

「どうぞ。私はもうお腹いっぱいさ」

 

 そうして、アオギリは見慣れない形をしたいなり寿司を口に入れ……。

 

「むごぉーっ!?」

 

 思いっきりむせた。

 中身はこぼしていない。ちょっとびっくりしただけだ。アオギリホウオウは――豊満な――胸を叩いて、つかえていた米を無理矢理呑み込んだ。

 

「だ、大丈夫? アオギリちゃん」

「げほっ! げほっ! ありがどうございまず……」

 

 ライスシャワーが背中をさすってくれる中、アオギリホウオウはお茶を飲んでから残るいなり寿司を見つめた。

 

「何か嫌いなものとか入ってたか?」

「いえ、むしろ嫌いじゃないものが入っててビックリしたというか……」

 

 オグリの問いを、アオギリは首を振って否定した。そして、また恐る恐るいなりを口に運んだ。すると、口の中に広がったのは甘じょっぱい味と、思っていたのとは違う複雑な風味と触感。美味しいのだが、なんだか酢飯に違和感があった。

 ああ、と納得し、オグリキャップは、その疑問に答えてくれた。

 

「ああ、中身の事か」

「中身ですか?」

 

 うむ、と頷いて、オグリキャップはいなり寿司を箸で割って断面を見せてくれた。

 

「いなり寿司は東西で中身が違うんだ。おおまかに東は酢飯で西が五目飯。だから関東人からすると西のいなりにはビックリするし、関西人からすると東のいなり寿司は貧相に見えるそうだ。ほら、形もキツネの耳みたいだろう?」

「へぇ」

 

 明日使えそうで使えないトリビアが増えるアオギリホウオウだった。

 

「疑問。アオギリホウオウ=サンは関西風いなり寿司に馴染みがなかったのですか?」

 

 ふと、ミホノブルボンがそんな事を言ってきた。

 アオギリホウオウは、何故そんな事を訊かれたのか分からなかったが、数舜後には理由に気づいて答えた。

 

「あー、ウチが関西弁なん、お父さんがそういう喋り方しとったからで、ウチ自身は大阪にも京都にも住んどった事ないんですよね」

 

 そう言うと、皆納得したようだった。

 

「うん、慣れるとこっちのおイナリさんも美味しいですね」

 

 アオギリホウオウは関西風いなり寿司を頬張った。甘い味付けのそれは、慣れてみるとこれもアリな味だった。

 

 しばらく喋っていると、何故か疲れた顔のニンジャトレーナーがのそのそ現れた。

 

「あー、皆聞いてくれ。色々あってな、今日のトレーニングはこれにて終了だ」

 

 困惑の視線の中、トレーナーは続けた。

 

「トレーニングコースの改装関連でトレセン学園からリモート会議の呼び出しがあってな。私はしばらく旅館に籠りきりだ……」

 

 トレーナーは遠い目をした。

 その顔には、「会議とかどうでもいいじゃん」と書かれていた。このウマ娘は表情の変化こそ乏しい方なのだが、思っている事は分かりやすいのである。今はキツネ面がないから猶更だ。

 

「そういう訳で、今日の練習はおしまいだ。午後は休みとする。皆、好きに過ごしてくれ。夕食前には旅館に戻ること」

 

 それだけ言い残して、トレーナーは何事かぼやきながら去っていった。

 遠ざかる背中は煤けていた。

 

「……って、言われちゃいましたけど」

 

 アオギリホウオウが、一同を見回しながら言った。

 

「旅館に戻ってもやる事はないし、夕食までまだ時間がある。困ったな、お腹が空いてきたぞ」

「確か、トレーナー抜きで海で練習するのダメなんだよね。保護者なしで海で遊ぶのも危ないから校則でダメって言われてた気がする」

「提言。メンターの指令は“休息”です。自主練習は推奨できません」

「ふゥン?」

 

 チーム・アルデバラン一同はどうしたものかと思案していると、アグネスタキオンが手を挙げた。

 

「デジタル経由で聞いたんだけどね。最近は休暇にバブリーランドで遊ぶのがナウいらしいよ」

 

 その言葉を聞いて、ライスシャワーは目を輝かせた。

 

「ライスもマルゼンさんから聞いた事あるよ。すっごくキラキラしててアゲアゲなんだって!」

 

 皆の表情を見てから、アグネスタキオンの目が光った。

 

「バブリーランド、行ってみないかい?」

 

 かくして、チーム・アルデバランはバブリーランドへと遊びに行く事になった。

 

 

 

「……バブリーランドって何や?」

 

 アオギリは困惑した。

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 バブリーランド・ダンスフロア。

 

 バブリーランドとは、ナウなヤングにばかうけの超エキサイティングなレジャー施設である。

 施設内には屋内プールの他、各種売店や飲食店、ミラーボールきめきめのダンスフロアなど、凡そバブルでイメージされる範囲の様々な遊びが充実していた。

 

「ふぅン、ここがダンスフロアか。ずいぶん贅沢な敷地の使い方をしているじゃあないか。天井も無駄に高い」

 

 アグネスタキオンは呆れ半分感心半分のニュアンスで呟いた。

 実際バブリーランドは広い。施設全体はレース場を丸々一つ使ったような広さがあり、その気になれば一日かけて遊べそうなほどだ。

 

「なんか意外ですね。タキオン先輩の方からこういうトコに誘ってくれるなんて」

「往々にして、ブレイクスルーというものは無駄な事の積み重ねから起こるものなのさ。一つの物事だけに固執していては前には進めないんだよ、何事もねェ」

 

 そして、アオギリホウオウにとっても、こういう場所は初めての体験であった。同じ賑やかさでも、市民プールやショッピングモールとは別物である。興味と感嘆と、少しの警戒感で辺りをキョロキョロと見渡した。

 

「見て見て、あそこの人たち、みんな扇子持って踊ってるよ!」

 

 感嘆の声。ライスシャワーが指差した先、そこには派手にキラキラした派手なダンサーがド派手に躍っていた。彼女らは如何にもなファッションで如何にもな扇子を如何にもバブリーに振り回していた。兎も角、それはもう楽しそうにキラキラ輝いていた。

 一方、ミホノブルボンは監視カメラめいた無機質な瞳で、それらを分析していた。

 

「モーションパターンを分析。各自異なるダンスを踊っているようです」

「あー、決まった踊りやないんですね」

 

 アオギリホウオウ視点、ダンスと言えばウマ娘の踊るウイニングライブだったので、扇子を振り回してくねくね踊るバブリーダンスは意味不明だった。

 

「マルゼンスキーから聞いた事がある。ここは私もひとつ踊ってこよう。行くぞ、ライス、ブルボン」

 

 言って、意外な事にオグリキャップは先陣切って駆けだした。

 

「あわわ、ライス上手にできるかな」

「分析完了。問題ありません」

 

 当然の様にライスとブルボンもオグリに続くと、三人組は意気揚々とバブルダンスの輪に入っていった。

 

 アオギリホウオウは、その様子をぽかんと眺めていた。ぶっちゃけ、オグリ達がノリノリで参加するとは思っていなかったのである。むしろ、彼女らも自分と同様に眺めてる側かと思っていた。

 

「見ろよ! あそこにいるのオグリキャップだぜ!? 隣のあのロボットめいたダンスはミホノブルボン! それにあの黒いのはライスシャワーじゃねぇか!」

 

 妙にノリの良いモブAが叫んだ。

 すると、その声を聞いた周囲のモブがざわめき始める。

 

「凄ェ! 葦毛と栗毛と黒鹿毛のトリプル役満だぜ! こいつは見逃せねェーッ!」

 

 やがて、それは波のように伝播していった。

 

「あれって本物? 気合の入ったコスプレイヤーかしら?」

「でも、あんなレジェンドオーラむんむんのウマ娘がそうそういる訳……。いや待て、あの小柄なsilhouetteは……!?」

「奴……!?」

 

「「「本物じゃねーか!」」」

 

  歓声が上がり、熱気が上がり、ノリノリなファンたちはテンションぶち上げで大盛り上がりになった。

 歓声が増すごとに、中心たる三人組のダンスには熱が入っていく。悠然と自然体で舞うオグリキャップ。一生懸命歓声に応えるライスシャワー。相も変わらずロボットめいて正確無比な動きをするミホノブルボン。

 その光景は、バブルめいた賑々しさの中にあって、なお鮮烈に輝いて見えた。

 

「はぁー、すっごい……」

 

 アオギリホウオウは、その様に圧倒されていた。

 自分の知っている先輩たちが、自分の知らない世界でもスターになっていた。三人はあっという間に場にある笑顔の数を増やしてみせたのである。

 照明を反射する右の魚目が、煌めく星々を映していた。

 

「ふゥン?」

 

 そんなアオギリホウオウの片魚目を、アグネスタキオンは研究者めいて観察していた。

 

「ホウオウは踊らないのかい?」

「はい?」

 

 アグネスタキオンの言葉に、アオギリホウオウはきょとんとした。

 ほんの少しの間を置いて、言ってる事の意味を理解したアオギリは慌てて首をブンブン振った。

 

「えぇッ!? いやいやいや、ウチはあない目立てませんて! 恥ずい言うか場違い言うか兎に角ウチには無理っすわ!」

 

 対し、タキオンはわざとらしく首をかしげてみせた。

 

「そういう割にライブでの君はノリノリじゃあないか」

「いや、その……ウイニングライブは別といいますか……。こう、ターフスレイヤーさんのライブ映像を見てたんで、見様見真似でやってたり……へへっ」

 

 恥ずかしそうに頬を掻くアオギリホウオウ。

 

「ま、分からないでもないよ。ウイニングライブならともかく、私もあの……何だったか、お立ち台? の上で踊りたいとは思わないからねェ」

 

 一方、お立ち台の三人はいっそう場を盛り上げていた。煽っている訳でもなければ、騒がしく声を上げている訳でもない。ただ、そこに在って、皆の心を沸かせていた。

 周囲で踊っていた人々もまた、ギアを上げたようにヒートしていく。パリピっぽいギャルが、オタクっぽい青年が、明るそうなウマ娘が、男女も趣味嗜好も種族も何も関係なく、みんなが楽しそうにしていた。

 

 そんな熱狂を、アオギリホウオウは外から眺めていた。

 まるで、遠く手の届かない宝物を眺めるかのように。

 何か、尊い光景でも見るかのように。

 

「ふぅン……?」

 

 アオギリホウオウ。興味深いウマ娘。研究者の瞳が青く透き通った右眼を観察する。

 アグネスタキオンが推測した通りなら、それもありだろう。尊重する。だが、直感で思った通りだというなら、さてどうするか。

 少なくとも、今ここにいたのが、ただのアグネスタキオンだったなら、特に何もしなかっただろう。

 

 自嘲げな笑み。アルデバランのアグネスタキオンは数秒唸り、解を得た。

 

「気が変わった。私もひとつ踊ってこようかな。後輩君、扇子を二つ取ってきておくれ」

「二つ? あ、いえ、かしこまりました!」

 

 アオギリホウオウは急いで扇子を取りに行った。

 その様を見るタキオンの顔には、先輩然とした笑みが浮かんでいた。

 

「持ってきました!」

「うむ。では、行こうか」

「えっ!?」

 

 驚くアオギリホウオウの手を引いて、アグネスタキオンは人混みの中に入って行った。

 無意識であろう、アオギリホウオウの少しの抵抗を、アグネスタキオンはあえて無視する事にした。

 

「えっ、あの! タキオン先輩!?」

「まぁまぁ! 君はもう少し感じた通りに行動する事を覚えた方がいい! この私のようにねェ!」

 

 音楽に負けぬよう言いながら、アグネスタキオンはアオギリホウオウの手を強引に引っ張り……。

 

「とう!」

 

 掛け声ひとつ。二人は脚力任せにお立ち台の上に降り立った。スーパーヒーローウマ娘着地で現れた乱入者にフロアの熱狂は更に加熱した。

 一段高い所に立つと、白面片魚目のウマ娘に熱い視線の束が向けられることとなった。

 多くの視線が突き刺さる。アオギリホウオウは、助けを求めるように隣のアグネスタキオンを見た。

 しかし、当のウマ娘はバシンと扇子を開くと、意味ありげな流し目を返してきた。タキオンは何も言ってはくれない。ちょっと不安になるアオギリだった。

 

 と、その時だ。

 

「とんでもねぇ! 待ってたんだ! 復帰戦、応援してるぞー!」

「アオギリホウオーウ! すげぇ回復速度だな! 心臓アークリアクターなのかい!」

「アオギリホウオウ復活! アオギリホウオウ復活! ユニバァアアアース!」

 

 ファンの声援が飛んだ。声の主は如何にもレースフリークな感じの妙に顔の濃いモブおじ三人だった。なんか見覚えがあった。

 

「「「土台が違うよ! 土台がぁ!」」」

 

 それは、明確にアオギリホウオウへ向けられた声援だった。

 続くように、多くの熱い声がフロアに響き渡った。

 

「アオギリちゃーん! こっち見てー!」

「完治おめでとー! がんばってねー!」

「菊花賞! 見に行くからなー!」

 

 アルデバランを、新参たるアオギリホウオウを迎え入れる言葉だった。

 白面片魚目尾花栗毛のウマ娘は、全く馴染みのないお立ち台で歓迎されていた。

 

「えっと……」

 

 アオギリホウオウは再び周囲を見渡した。

 どこを見ても目が合う。誰も、アオギリという異分子を排除しようとしない。それどころか、その目には抑えようもない熱だけがあった。

 悪意も敵意も、一寸たりとも存在しなかった。

 

「さぁ! お立ち台に立ったのだ! 君も存分に踊り給え! フゥーッ!」

 

 アグネスタキオンの号令に、アオギリホウオウも覚悟を決めた。

 ここに立って、先輩の隣に連れてこられて、そこから逃げる勇気こそ存在しない。要るのは、覚悟だ。

 やるのだ。一緒に踊るのだ。一人では無理でも、先輩とならできる。アオギリホウオウは大きく息を吸った。

 

「押忍! よろしくおねがいします!」

 

 そして、腹の底から大きな声を出した。

 

「「「フゥーッ!」」」

 

 歓声が上がる。アオギリホウオウのちょっとズレた挨拶も、ファンはそんなの関係ないのである。イロモノなど、むしろ大歓迎だった。

 その勢いに押されながら、アオギリホウオウは一生懸命隣の先輩たちと踊った。振付も曖昧で、正解がなくて、それでも沢山の人が笑顔になるダンスを。

 

 何とも不思議な感覚があった。

 レースとは別種の熱。ライブで歌い踊るよりも近い距離なせいか、ファンからの声援がよりダイナミックに届くようであった。

 それまではどこか他人事のように思っていた声援が、今日この時は疑いようもなく自分と自分の所属するチームに直接注がれている事が感じられた。

 思いの外、悪い気分ではなかった。

 

 

 

「美味っ! ティラミス初めて食べましたけど、これめっちゃ美味いですね!」

 

 アオギリホウオウは、満面の笑みでティラミスを口に運んだ。ダンスの熱狂に火照った身体に、冷たいチョコの味が染みる、染み込んでくる。

 

 現在、ひとしきり踊り終えたアルデバランの面々は、バブリーランド内のカフェテリアで各々軽食を取っていた。

 普段からよく動くウマ娘にとって、間食など日常茶飯事だ。むしろ無いと萎むまである。少なくともアルデバラン・メンバーにとっては。

 

「うん、ライスも初めて食べたけど美味しいね」

「これならいくらでもいけるな」

「君はもう5つ目だろう?」

 

 オグリキャップは5つ目のティラミスを完食すると、如何にもトロピカルなジュースを飲み干した。そして、新たなメニューを注文した。ナタデココも食べる気らしい。

 

 一方、隣席のミホノブルボンはミートソーススパゲティをぐるぐるしていた。

 

「君はいつまでパスタをグルグルやってるんだい?」

「7回転で最高の形状になるよう試行錯誤しています。フクキタル=サンから推奨されました」

「あ、そう」

 

 そう言うブルボンの皿の上には、塊魂みたいになったスパゲティがあった。

 食べにくそうだった。

 

 そんなこんな、バブリーランドのバブリーな雰囲気もあり、彼女らの話題は二転三転していった。

 そして、いつしか話題はライスシャワーとミホノブルボンのクラシック時代の事になっていた。

 

「肯定。タキオンさんの次に担当頂いたのが私とライスシャワー=サンです」

「うん。あの頃にチーム結成の打診があったらしくて、その試金石? にライスとブルボンさんを担当してくれたの」

 

 二人の表情には懐かしさと、確かな誇らしさがあった。

 

「で、二人でGⅠ荒らしまわったんだから芝も生えないねェ」

 

 アグネスタキオンが口を挟む。彼女の言う通り、二人の戦績は凄まじいものがあった。

 

 デビュー以来、二人はそれぞれ周囲の予想を裏切るようにその蹄跡を残してきた。

 当時、スプリンターとしての評価が高かったミホノブルボンは、皐月賞と日本ダービーを勝利してみせた。

 また、いまいちパッとしない評価をされていたライスシャワーは菊花賞と有馬記念を制してみせたのだ。

 二人は切磋琢磨するように競い合い、そのあおりを受けるように同期のウマ娘の夢を踏み越えていった。特に、有馬記念での二人の競り合いはその年のベストバウトに選ばれる程であった。

 

 しかし、二人にとってそれは通過点に過ぎなかった。

 クラシック以後の二人の活躍は、あまりにも有名である。その年、アルデバランの名が轟かない月はなかった。

 

 アオギリホウオウはチーム入りしてから知った二人の戦績を思い出しながら、ティラミスの最後の一口を食べた。

 アオギリの記憶にあるのは基本、彼女が“カッコいい”と思えるところが真っ先にある。戦績より蹄跡。かっこよさ重点こそアオギリの憧れなのだ。

 

「えーっと、ブルボン先輩の異名が“坂路の申し子”で、ライス先輩の異名が“執念の鬼”とか“黒い刺客”でしたっけ? かっこええですよね」

 

 憧れを隠す気のないアオギリホウオウの賞賛に、二人は苦笑した。

 

「はは……その異名は複雑なんだよね。別に、嫌って訳じゃないんだけど」

「“サイボーグ・ミホノブルボン”の方がカッコいいと思います。お父さんもそうだそうだと言っていました」

 

 苦笑する二人だったが、その顔にはそこはかとない誇らしさが浮かんでいた。

 

 坂路の申し子・ミホノブルボン。

 執念の鬼・ライスシャワー。

 彼女等の蹄跡は二人で一つとして語られる事が多い。

 クラシックでは常にデッドヒートで冠を奪い合い、シニア期にはお互い怪我に悩まされ、互いがその穴を埋めるように勝利していた。

 そして、運命の中山レース場。二人は一年ぶりに同じレースを走ったのである。

 有無を言わせぬデッドヒート。互いにレコードタイムを叩き出した有馬記念。その激走は、今なお語り草になっている。

 間違いなく、尊敬できる先輩だ。

 

 アルデバランのお喋りは弾み、楽しい時間はあっという間に過ぎていく。

 バブリーランドを出る頃にはオグリの腹はこんもり膨らんでいた。

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

「む、帰ってきたか」

 

 バブリーランドを後にし、宿泊先の旅館に帰ってきた面々。

 するとそこには、お面を外したターフスレイヤーともう一人、あまり見慣れないウマ娘が立っていた。

 鹿毛の長髪が翻る。すると、ごく自然に威厳あるオーラが放散された。

 

 矍鑠たる背筋はあくまでも凛として、それでいて泰然自若。その健脚は質実剛健。優美な面立ちは雲中白鶴。

 何を隠そう、トレセン学園生徒会長・シンボリルドルフである。

 

「なっ! その方は!?」

 

 その姿を認めた瞬間、アオギリホウオウの魚目が見開かれた。

 それもそのはず、彼女は三冠ウマ娘にして、永遠の皇帝。まさに雲上ウマ娘だったからだ。学園で見た時など、文字通り壇上であって仰ぎ見るべきウマ娘なのである。

 

「やあ、アルデバランの皆。オグリキャップも壮健そうでなにより」

「久しぶりだな、ルドルフ」

 

 シンボリルドルフが気さくに挨拶すると、まずオグリキャップが返した、他のメンバーも各々会釈した。挨拶は大事だ。

 そして、ルドルフはアオギリホウオウに視線を向けた。

 

「アオギリホウオウ」

「は、はい!」

 

 突然名前を呼ばれ、アオギリホウオウは雷に打たれたようにピーンとなった。そんな彼女を、ルドルフは優しげな瞳で見つめた。

 

「君のレースは観させてもらっているよ。デビュー戦も、ホープフルも近年見ないタイプの凄い走りだったね。皐月賞での負傷は残念だったが、無事完治したようで安心した。あの時は見舞いにも行けず、申し訳なかった」

「もっ? いえ、そんな! きょっ、恐縮です!」

 

 雲上の存在に褒められ、アオギリホウオウは顔を真っ赤にした。まさか、名前を憶えられているとは思ってもみなかったのである。なんかちょっとハズい。

 そんな彼女に微笑みかけながら、ルドルフは続けた。

 

「復帰戦、楽しみに待っているよ」

「はいぃ!」

 

 隣で、ターフスレイヤーが呆れた様な表情をしていた。視線の先は、皇帝であった。

 

「それではな、ターフスレイヤー」

「ニンジャトレーナーな」

 

 言って、ルドルフは出口へと去っていった。

 その後ろ姿は威風堂々たるもので、まさに異名通りのウマ娘であった。

 

「あの、師匠。会長とはお知り合いなんですか?」

 

 しばらくして、アオギリホウオウは何となしに尋ねた。

 

「奴と顔見知りじゃないトレーナーなんていないぞ」

「それもそうですね」

 

 納得したのか、してないのか。アオギリホウオウは相づちを打った。

 

 ここで、ニンジャトレーナーは咳払いをひとつ。

 

「明日は今日よりキツいトレーニングをする予定だ。今晩はよく休むように」

「はい!」

 

 そんな言葉に、アオギリホウオウのやる気はいつもより上がるのであった。

 

 今日も明日も、絶好調である。




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