【完結】ニンジャと白面   作:いらえ丸

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 感想評価等、ありがとうございます。書く気の源泉でございます。
 誤字報告兄貴もいつもありがとうございます。
 あと、あらすじ少し変えました。そういえばという感じで、



 色々と迷いましたが、このままだと一生投稿できないと思ったので初投稿です。対戦よろしくお願いします。


ディオスクロイの流星

 夜の帳の近い頃、落ち往く太陽に照らされた林道は血を溶かした様な闇に覆われていた。

 トレセン敷地内にあるこの場所は、普段授業終わりに軽く走りたいウマ娘達が愛用する散歩コースである。木々や草花といった自然が人の心を癒すように、その林道はウマ娘の疲れた心身を癒すのだ。

 

「はっ……! はぐぁ……! あぁぁ!」

 

 そんな暗い林道に、一人のウマ娘の姿があった。

 彼女は走っていた。否、息切れし、跛行し、時にえずいたりして、それでも前に脚を動かしていた。それは誰が見ても体力の限界を迎えている様であった。

 

「うっぐ! おぇぇぇ……!」

 

 やがて、今度こそ限界に達したウマ娘は、道の外れの水路に吐瀉した。

 びちゃびちゃと、口から濁った胃液が漏れ出した。内容物が無いあたり、既に中身は出し切っている様であった。

 暫し、荒い息を落ち着けたウマ娘――スペードテンは、口元を乱雑に拭うとまた走り出そうと脚を動かした。

 

「へー、吐くまで練習するんだね」

 

 すると、背後から声。

 うっそりと振り返ると。そこには顔見知りの美貌があった。

 

「トライ……アンフ……」

 

 赤黒い林道にあって、その長い白毛の美しいこと。声の主は現在無敗のウマ娘、トライアンフだった。

 

「やぁ、おひさしぶり。スペードテン」

 

 手持無沙汰の童女の様にゆらゆら揺れながら、トライアンフは気安く挨拶した。挨拶は大事だからだ。

 

「……何をしに来たんだ」

 

 対し、返す言葉にはあからさまなトゲがあった。常のスペードテンであれば決して表に出さない感情だが、今の彼女にはその精神的余裕がなかった。

 身体の疲れは、心の余裕を奪う。だからこそ、レースでもトレーニングでもメンタルの調整は重要であり、スペードテンはそれを知っているはずなのにも関わらず。

 

「ん、宣戦布告?」

 

 スペードテンの問いに、白毛のGⅠウマ娘はぼんやり答えた。その視線はスペードテンの方を外れ、林の方角にいる羽虫を眺めていた。

 視線の意味に気づき、スペードテンの精神はいやに逆立った。

 

「聊か気が早いな。秋華賞、そんな気構えでは足元をすくわれるぞ」

 

 スペードテンは挑発的に言った。息巻いていないと、我を見失いそうな気がした。

 しかし、言われた方はきょとんとした表情で首を傾げた。

 

「ん、でも……やっぱ今の君に宣戦布告する価値はないかなぁ」

「なに……?」

 

 意味深な発言に眉根を寄せたが、一拍遅れてスペードテンの顔色が変わった。発言の意味がわかってしまったのだ。

 瞬間、彼女の耳が後ろに倒れ、尻尾がぶわりと逆立った。そして、全身の筋肉を緊張させながら、努めて感情を殺して問うた。

 

「どういうつもりだ、トライアンフ……!」

 

 対して、返ってくるのは無邪気に笑う笑顔。

 その瞳の奥に宿るのは、まるで玩具屋に来た子供の様な、陳列された商品を眺める興味と好奇心。それと、ほんの僅かな酷薄さ。

 スペードテンを、値踏みする視線であった。

 

「どういうも何も、そのままだけど。傷ついたなら、謝るよ。ごめんね」

 

 そう言って、トライアンフは踵を返して歩き始めた。

 ゆっくり遠ざかる背に呆然としていたスペードテンだったが、慌てて声をかけた。

 

「私と君は好敵手のはずだ!」

 

 ぴたりと、白い背中が立ち止まる。次いでくるりと振り向いた彼女は、笑っていた。

 柔らかく、自然と、どこまでも優しげに笑んでいた。

 まるで、使い過ぎた玩具を捨てる子供のように、寂しさと虚しさと、古くなった物への愛情を失くした目をしていた。

 

「ボクもそのつもりだった。けど、もう違う。今の君にその強さはないかなって」

「なっ……!?」

 

 絶句するスペードテンを置いて、今度こそ彼女はまた背を向けた。

 

「じゃあね。前の君が好きだった」

 

 それだけ言い残し、彼女は去っていった。

 

 一人残されたスペードテンは、暫くその場に立ち尽くしていたが、やがてふつふつと湧き上がる怒りのまま拳を固めた。

 威勢を発すべき相手は既に去った。それでも尚、スペードテンは沸き上がる怒りで拳を握っていた。

 そして、感情のままに自分の大腿を殴った。

 何度も、何度も。

 

「どうして……!」

 

 涙が一粒流れ落ち、口の端から漏れた言葉は紅い木々に遮られて消えた。

 

「どうして、あの子が……!」

 

 あの日以来、他人の目が怖くなった。

 他人がどう思っているか。自分がどのように見られているかを、過剰なほど気にするようになっていた。

 

「私だったら良かったのに……!」

 

 許された自分と、自分を許せない自分。

 根本から狂った歯車は、どこを直しても元には戻らない。

 

「どうして何事もなく! 許されてしまったんだ……!」

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

「うぉおおおおおお!」

 

 トレセン学園トレーニングコース。

 秋空の下、芝の上を葦毛と白面のウマ娘が鬼気迫る形相で爆走していた。今日も今日とて、アオギリホウオウは併走トレーニングをこなしているのである。

 併せの相手はオグリキャップだ。差しと先行どちらの作戦もこなせる彼女は、併走の際には一人二役をこなせるだけの才気と熟練があった。併走パートナーとしては、かの皇帝も太鼓判を押す存在なのである。

 

「はぁ……ふぅ……。お疲れ、アオギリ」

「はぁ……はぁ……あ、ありがとうございました!」

 

 オグリキャップとの併走が終わると、アオギリホウオウは荒い息を吐きながら芝生の上に座り込んだ。

 小休止の後、アオギリホウオウは再度トレーニングコースに入った。次の併走パートナーはミホノブルボンだ。

 

「ブルボン先輩、よろしくお願いします!」

「了解しました」

 

 そして、二人のウマ娘は走り出した。

 

 クラシック最後の冠・菊花賞に向け、アオギリホウオウの闘志は以前に増して燃えていた。

 菊花賞は京都レース場3000mの長距離レースだ。長距離戦と言えばあれこれ頭を使って走る訳だが、例によってアオギリにそんな器用な事ができるはずもない。ただ愚直に、これまで通りの走りを長距離であっても行うのみだ。その為にこそ、今現在も連続併走でスタミナと場慣れを鍛えている訳である。

 アオギリにとって、3000mは未知の領域である。いくらスタミナお化けのアオギリでも、以前と同様の走りができるかどうかは分からない。だからこそ、出来るようになる為に鍛えているのだ。

 

 そんな彼女の様子を眺めつつ、埒の向こうで二人のウマ娘が話していた。

 

「凄い気合だねェ」

「意思と闘志が噛み合っている。良い調子だが、注意はしておかねばならんな」

 

 アグネスタキオンとニンジャトレーナーだ。二人は並んで情報端末片手にチームメンバーを監督していた。

 方やタキオンは端末を見ながら、方やニンジャトレーナーは疾駆するアオギリホウオウの姿を見ながら。

 けれど、二人の表情――片方はお面で見えないが――は、どうにも対照的であった。

 

「気になるかい?」

「……まあ、そうだな」

 

 そう言ってニンジャトレーナーは仮面の奥で眉間にシワを寄せた。

 あの日、神戸新聞杯でのアオギリホウオウを見て、ニンジャトレーナーには懊悩するところがあるらしいのだ。それくらいは分かる間柄であった。

 

 今更隠し事をする仲でもない。悩む姿を見せぬ間柄でもない。ニンジャトレーナーは、己の胸の内にある得体の知れない感覚を、どうにかこうにか言語化しようとしていた。

 言葉に迷うトレーナーに、タキオンは促すように云った。

 

「先のレース。ホウオウは実力以上の能力を発揮していたね」

「ああ」

 

 先の神戸新聞杯、ラストスパート。それは現地にいたトレーナー陣の脳裏に、鮮烈に焼き付く事となった。

 アオギリホウオウ、仁川の坂の飛翔。元々、アオギリは坂路を苦にしないウマ娘だったが、ブルボン程には得意であるという訳でもない。それが、どういう訳か件のレースでは平地でも往くようにしてそれを登攀してのけたのである。

 ウマ娘は競り合うと強くなる、というのはレース好きの多くが知るところだ。だからといって、消耗の激しい大一番であの様な走りができるものだろうか。まして、常の加速力を知っている側からすれば、尚の事。

 

「あの時、私は何か……アオギリ=サンの背中に、とても大きな影を見た」

 

 ヒトのトレーナーは、あの走りに何を見たのだろうか。過去の優駿か。新進気鋭の輝きか。

 ニンジャトレーナーには、アオギリの背に巨大な“何か”が見えていた。

 ヒトならざる眼力は、アオギリの奥にある“何か”を朧げにだが察知していた。マンハッタンカフェの言う“オトモダチ”とは、少し違うモノ。近く感じる類の、自身の中にもあるはずの“何か”だ。

 大きく、力強い影。それはオグリキャップの影に似て、アグネスタキオンの影には似つかない。もっと、存在の根底に近いものの様に感じるのだ。

 

 非科学的で証明のしようもない事なのだが、半分神みたいな存在に片足突っ込んでいる身からすると、感じ取れる時点でそれは明確に在るモノとして映るのだ。

 

「データにない、君の眼でも分からない。けれど、君がそう言うのなら、確かなモノなのだろうね」

「……ああ」

 

 それに、戸惑っているのだ。

 蜃気楼の様で、不確かな道筋。その影を知らない事が、どうしようもなく不安にさせる。

 船頭は迷ってはいけないのだと、そう思うのだ。

 

「あれは、凄まじいモノだ。前提を間違えている気がする。アオギリ=サンには、もっと正しいやり方があるのではないかと、今さらになって思うようになった」

 

 あの時、仁川の坂を駆け上る最中、アオギリホウオウはこれまでの努力の地続きの先にはいなかった。

 1から2になった訳ではない。0から1になった訳でもない。

 まるで、3だと思っていたモノが3以外だった様な。何か、明確に見誤った様な気がしてならないのである。

 

「正しい、ねェ?」

 

 ニンジャトレーナーの胸の内を聞いたアグネスタキオンは、小さく鼻を鳴らした後おもむろに口を開いた。

 

「私に言わせるとね。“正しさ”なんて曖昧なモノほど、どうでもいい事はないよ」

 

 はっきりとした声音だった。

 如何にもタキオンらしい物言いに、僅かな間ニンジャトレーナーは懐かしい気持ちになっていた。

 アグネスタキオンは、遠くで走るアオギリホウオウを見つめながら続けた。

 

「正しい方針とか、間違ったやり方とか、そんなのは所詮後々になって他者が下す“お気持ち”に過ぎないさ。それこそ、私は御免だね」

 

 再度、フンと鼻を鳴らすタキオン。

 ずいぶんと変わった……否、成長したのだと思う。かつてのアグネスタキオンなら、もう少し違う事を言っただろうから。信念はそのままに、興味以外も見えている。全体的に、柔らかくなったのだ。

 

「例え間違っていたとしても、君のやり方ならばあの子は喜んでやるだろうよ。それを“間違っている”と言うような奴がいたとして、君とホウオウの間に何の関係があるというんだい」

 

 タキオンは端末を閉じると、ウンと伸びをして、吐き出すように云った。

 

「彼女の蹄跡だ。君が奪うモンじゃあないよ」

「そう、か……」

 

 どこの誰に何を言われようが、知った事ではない。とは、ターフスレイヤーの基本スタンスだ。

 けれど、こと担当ウマ娘の事になると、どうにも決断力が鈍る。

 

 ――君はもっと、信じてあげるべきだよ。

 

 シンボリルドルフの言葉を思い出す。。

ニンジャトレーナーは仮面の奥で、深く息を吐きだした。

 

「そうだな」

 

 担当ウマ娘を信じる事はできても、自分を信じ続けられるトレーナーは、そういない。

 迷って探して何とかして捻りだす。不安に抗い続ける勇気こそ、肝要なのである。

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 放課後、夏より少し早く陽が沈む頃。

 

 良質なトレーニングの後には、良質な休息が必須である。アオギリホウオウは寮に戻ると、日課となった短期瞑想で精神を落ち着けていた。

 息を吸い、吐く。単純な反復。闇の中、瞼に浮かぶ雑念を追い払っていると、どうにもこうにもレース前の集中を思い出してしまう。心を落ち着ける為の瞑想のはずが、レースを走る前準備みたいになっていた。

 

 そうやって、はやる心をリラックスさせようと気合を入れていると、余計走りたくなってしまうのであった。

 この矛盾する感情こそ、まさに闘走心というものである。競技者としては歓迎すべき感覚だ。しかし、走りたくなったからといって走ってしまえば元も子もない。

 菊花賞を前に怪我など、笑い事ではない。故にこそ我慢が必要であるのだが、今ばかりはその我慢が効きそうになかった。脚が疼いて仕方がないのだ。

 

 瞑想を終え、時計を確認する。うーんと唸って、妥協案を出した。

 

「歩くくらいなら、かまへんよな……」

 

 誰に対してか分からない言い訳を口にしながら、アオギリホウオウは部屋を出るのであった。

 

 時刻は既に夕方である。夕食まで時間はないので、あまり長くはできないが、それでもとほんの少し散歩をする事にした。

 動的瞑想めいてゆっくり歩いていると、走るのとはまた違う気持ち良さがあった。時折そよぐ秋の風も心地良い。

 そういえば、春にスカウトを受けた時も夕方だった事を思い出した。アオギリホウオウは懐かしい気持ちになりつつ、自然豊かな敷地内を歩いた。

 

 暫くすると、木々に囲まれた小道に差し掛かった。ここは昼間でも薄暗く、あまり人通りのない場所だ。

 と、こんな所で生き物の出す音が聞えて来た。見やると、そこには人影があった。ぴょこんと立ったウマ耳からして、トレセン学園のウマ娘だろう。

 薄暗い夕暮れにあってなお煌めく純白が目に入る。小柄な背丈と、ぼんやりした佇まい。何処を見ているのか分からない眼は、遠くカラスの鳴き声の方を見ていた。

 一目見て分かる。彼女こそ世代四強のダブルティアラウマ娘、トライアンフである。

 彼女は紙袋片手に、ぼーっと突っ立っていた。

 

 何やっとんのやろ、と思いつつ、アオギリは普通に通り過ぎた。アオギリは他人に無関心なのである。

 そうして適当にぶらついた後、そろそろ帰ろうとなってもう一度例の場所に行ってみると、

 トライアンフは、まだそこにいた 

 

 マジか。ちょっとこれはどうすればいいのか分からない。アオギリホウオウは少し考えた後、声をかけてみる事にした。

 もしかして、という疑念を抱きつつ。

 

「あの、トライアンフさん……ですよね?」

 

 恐る恐ると声をかける。

 彼女はゆっくりと振り返り、そして……。

 

「どうも、アオギリホウオウさん。今、ボク迷子。なので助けてほしい」

「えぇ……?」

 

 トライアンフの突然の申し出に、アオギリホウオウは困惑した。

 何となく、万が一、もしかしてとは思っていたのだが、マジだった。

 兎に角、どうしたものかと頭を悩ませながら、とりあえず事情を聞く事にした。

 

「グッズ漁ってたら、遅くなって、それで迷った。助けてほしい」

 

 端的な説明だったが、何となく理解できた気がする。伊達に癖ウマ娘収容所ことチーム・アルデバランに所属している訳ではない。

 つまりこのウウマ娘は、オグリ並みの方向音痴なのである。アルデバランに入って、つくづく思う。何とかと天才は紙一重だと思った。

 

「あー、はい。ウチで良かったら寮まで送りますよ」

 

 アオギリホウオウは一息つくと。帰路の案内を申し出る事にした。

 何か放っておけないというか。大丈夫なのかこの子感があったのだ。

 

「ありがとう、アオギリホウオウさん。キミは優しいウマ娘なんだね」

 

 そう言われ、悪い気はしない。悪い気はしないが、どうにも複雑な気分だった。

 

 ここから寮まで、さほど遠くはない。トライアンフと軽く会話をしながら歩いていると、ふと彼女が持っている紙袋が目についた。

 そういえば、さっきグッズを漁っていたと言っていた事を思い出した。

 手持ちの会話デッキが少ないアオギリは、場を保たせるべく話題を振った。

 

「トライアンフさん、さっきグッズ漁ってた言うてましたけど、何を買われたんですか?」

「ん、レアもの」

 

 言って、トライアンフは紙袋の中身を取り出してみせた。

 それを目にした瞬間、アオギリホウオウの両目は見開かれる事となった。

 

「なん……やと……!?」

 

 彼女の手にある物、それはあまりにも見覚えがありすぎ、それでいて自分が持っていない超がつくほどのレア物だったのだ。

 

「そ、それは……?」

「ターフスレイヤーさんのぱかプチ。少数生産の三冠ライブ衣装版だよ。古いファンシーショップに埋もれてたんだ。未開封だね、レア過ぎて店で見とれてた」

 

 そう、彼女の手にある物、それは何を隠そうアオギリホウオウの最推しにして憧れの象徴。現チームトレーナー・ターフスレイヤーの現役時代の超レアグッズだったのである。

 しかも、ライブバージョンという事は三冠達成記念の会場限定販売の少数生産モデルだ。これはタフスレファンでも持っていない方が多い超レアグッズである。

 実家の自室には大量のタフスレグッズを貯蔵しているアオギリホウオウだが、そんな彼女でも持っていない希少モデルである。ぶっちゃけめちゃくちゃ羨ましい。実物とは会える仲だが、それはそれなのだ。

 

「ボクね、このウマ娘に憧れてトレセン学園に入ったんだ」

 

 そう言って、トライアンフは愛おしそうにターフスレイヤーのぬいぐるみを抱き締めた。

 その様子を見ながら、アオギリホウオウは内心ざわざわしていた。嬉しい気持ちと、後ろめたい気持ちと、それから少しの劣等感。それらがごちゃ混ぜになって胸の中で得体の知れない感覚が渦巻いていた。

 

「ターフスレイヤーさんはね、すごいカッコいいんだよ」

 

 そんな彼女の胸中など知る由もなく、トライアンフはぽつぽつと、そして嬉々として語り始めた。

 

「このウマ娘はね、いつも先頭でゴールするんだ。スタートからゴールまで、ずっと自信満々で、勝った後も勝って当然みたいな顔なんだ。来た、走った、勝った……って感じで。それを見てね、ボクね……」

 

 一拍空けて、ほんのり熱い息を吐く。

 

「あんな風になりたいなって、思ったんだ」

 

 そう語るトライアンフは本当に楽しげで、まさに夢を語る少女そのもので、とてもキラキラした瞳をしていた。

 

 そんな彼女の語りを聞くと、アオギリホウオウは納得する気持ちになった。

 そう、つまりこのウマ娘は……。

 

「ボクさ、こんなでしょ? 言葉選びも下手だし、すぐ迷子になるし、空気も読めないんだ。一人だと、皆みたいに上手くできない事多いんだよね。だから、ターフスレイヤーさんみたいに、自信持って生きたいなぁって……」

 

 同族嫌悪があった。

 嫉妬があった。

 後ろめたさがあった。

 

 ダブルティアラのウマ娘、トライアンフ。

 親はURAの役員で、家は相応に金持ちだ。

 天才的なセンスの持ち主で、明確な目標とそれを目指し続ける精神性を併せ持つ。

 家に恵まれ、才に恵まれ、夢に恵まれたウマ娘。

 

 要するに、このウマ娘は――かつてそう在りたかった理想の自分なのだ。

 

「……好きなんですね、ターフスレイヤーさんの事」

「うんっ」

 

 即答だった。

 その言葉に嘘偽りはなく、ただ純粋な気持ちだけが込められていた。

 

 ぼんやりと、アオギリホウオウは思う。

 嫉妬はあるが、今現在成り替わってみたいという気持ちは、無い。

 

 才能はあっちが上だ。人気も、実績も、何もかも勝っている部分はないと自覚している。

 だが、それでも彼女相手に誇れるものがある。

 

 自分には、救済があった。

 如何な幸運だろうか、自分には二度も救済があったのだ。

 地の底から、天の頂まで。

 

 それがオリジンだ。それが始まりだ。

 競技者アオギリホウオウは、あの尾花栗毛に救われたのだ。

 

 その幸運を捨ててまで、今を否定する気にはなれなかった。

 

「菊花賞」

「あ、はい」

 

 脈略のないトライアンフの言葉に、アオギリホウオウは少し遅れて反応した。

 トライアンフは、ふんわりと女神の様な笑みを浮かべていた。

 

「菊花賞、がんばってね。アオギリホウオウさん」

「ええ、もちろん」

 

 対し、アオギリホウオウも笑って返答した。

 

「じゃ、ボクこっちの寮だから。送ってくれて、ありがとうね」

 

 そう言って、立ち去るトライアンフ。

 その、女神の様な笑顔に込められていた意味を知ったのは、この出会いからほんの少し後の事だった。

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 菊花賞前哨戦を明けてしばし、時は流れて9月最終日。

 

 一同は各々お菓子やらジュースやら持ち込んでアルデバラン・ドージョーに集まっていた。この日はURAが提供する有力ウマ娘を紹介する特別番組が放送される予定だった。

 取材数こそ少ないが、アオギリもそれにちょっとだけ映るのだ。加えて同じくスペードテンやインペラトリーチェといったウマ娘も出る予定である。友人の出演は見逃せない。

 そして何より、番組の終わりには現在ダブルティアラウマ娘のトライアンフの生放送があるのだ。視聴率も実際凄そうだ。

 そんな訳で、アルデバランの面々はチーム部屋の大型モニターで特番を見る事にしたのである。

 

 そうして見ていると、ちょうど番組中盤あたりにアオギリの映像が流れ始めた。

 

「おっ、アオギリの出番か」

「これはメイクデビューの時だね」

「うわ恥ずかし! ウチのダンスぎこちな!」

「初めてのライブなんて皆そんなものだ。スペシャルウィークのメイクデビュー映像あるぞ、見るか?」

「京都ジュニアステークスが飛ばされていました。個人的にはあのレースがアオギリホウオウ=サンのベストバウトだと思うのですが」

「結果的に一人旅だったからねェ」

 

 と、わちゃわちゃとした雰囲気で見ていると、やがて神戸新聞杯の映像が流れ、アオギリホウオウの出番は終了した。

 

 しばらくし、残り時間も見えてきた頃、番組は大本命のウマ娘を映し始めた。

 無敗のダブルティアラウマ娘、トライアンフである。

 

 画面では件の白のウマ娘がレースを蹂躙している映像が流れていた。それは時に鮮やかに、時に暴虐に、負ける事など考えられない強い走りであった。

 その走りは徹頭徹尾唯我独尊。自分以外眼中にないとばかりの完全独走であり、その脚回しは巧さと速さを両立し無駄のない完成度を誇っているように見えた。

 OPも重賞も変わらない。スタートからゴールまで、彼女はレースそのものを支配していた。何もかも、一人だけ次元が違ったのである。

 

「強い強い! 大楽勝だ! 今、トライアンフ悠々とゴール版を駆け抜けました! ここまで無敗! 驚異的な連勝記録はどこまで続くのか!」

 

 モニターから実況の声が響く。

 モニターには終始レースを翻弄していたトライアンフがゴール板を駆け抜け。樫の女王の座を勝ち取る様が映されていた。

 

「凄まじいな」

「うん、これでクラシック級なんて……」

「彼女の各種パラメータはシニア級と比較しても遜色ないものかと思われます」

「ふぅン? いやはや、これは私のアンテナも鈍っていたかな」

 

 アルデバランメンバーが口口に感想を言う。

 その中でただ一人、ターフスレイヤーは無言でモニターを見ていた。

 

「なんか……」

 

 アオギリホウオウが口を開く。思った事がそのまま漏れ出たように。

 

「……なんか、ターフスレイヤーさんみたいや」

 

 その呟きは、モニターから聞こえる歓声にかき消された。

 

 熱狂の映像が過ぎると、今度は打って変わって傷者にとって華やかな時間がきた。トライアンフ初の生放送。スタジオにはインタビュアーと対面するトライアンフと、その隣に彼女の所属するチーム・リギルのトレーナーが座していた。

 

 インタビューの主役はもちろんトライアンフだ。熟練のインタビュアーの質問に対し、彼女はいつも通り無表情で淡々と答えていた。そのほとんどは彼女のトレーナーが応答して、トライアンフは「うん」とか「そうだね」とか返していた。

 

「続く秋華賞についての意気込みをお教えください」

 

 その質問に、トライアンフはこの日初めて生き物らしい反応をした。

 やがて、明後日の方向を剥いていた視線が真っすぐインタビュアーの目を見て、決然と言った。

 

「ボクは秋華賞には出ないよ」

 

 どよめき。画面越しにも分かるほどの狼狽が、生放送スタジオに広がっていた。見れば、トレーナーが「何言ってるのこの子?」みたいな顔で自身の担当ウマ娘を見ていた。

 誰もが予想していなかった発言に、取材者も動揺を隠せない様子で聞き返す。

 

「あ、えー、それはどういう事なのでしょうか……?」

「秋華賞には出ない。ボクは菊花賞に出るよ」

 

 再度、どよめきが広がる。

 その言葉は担当トレーナー含む関係者も知らされていなかったのか、今度ばかりは普段冷静なトレーナーもあたふたと慌てていた。

 会場には異様な空気が流れていた。軽い放送事故である。

 

「菊花賞、出たいんだけど、無理なの? トレーナー」

 

 問われたトレーナーもしどろもどろになりながらアレコレ言っている。慌て過ぎてメガネが落ちて今度はメガネを拾おうとあたふたし始めた。

 

「り、理由を伺ってもよろしいでしょうか……?」

 

 恐る恐るといった感じで尋ねるインタビュアーに、トライアンフはまたもあっさりと答えた。

 

「走ってみたい相手がいるんだ」

 

 そう言って、彼女はふんわりと笑った。

 当然、それは誰かと記者は訊いた。

 

「アオギリホウオウさん」

 

 ざわつきの収まらない場内に、彼女はもう一度繰り返して言った。

 今度ははっきりと、よく通るように大きな声で。

 

「アオギリホウオウさん。彼女と走りたいから、ボクは菊花賞に出るよ」

 

 生放送を見ていたアルデバランの面々は、ゆっくりとアオギリホウオウを見た。

 各々の瞳には様々な感情が交じっていた。

 中でも最も複雑な顔をしているのは、やはりと言うべきかターフスレイヤーだった。

 アオギリホウオウはただ黙って、モニターを見つめていた。

 

「菊花賞が無理なら秋華賞も出ないつもり。だって、面白そうじゃないからね」

 

 白の奇跡・トライアンフ。

 無敗のダブルティアラ。凱旋至上主義。不世出の英傑。

 ロンシャンに最も近いウマ娘。

 

 世代最強の一角が、アオギリホウオウを名指しで宣戦布告してきた。

 

「ボクはアオギリホウオウさんと走りたいなぁ」

 

 桜と樫の女王は、優しい笑みを浮かべていた。




名前……トライアンフ
誕生日……3月4日
身長……146cm
体重……計算通り
スリーサイズ……B74 W53 H76
髪色……白毛
白斑……なし
目の色……紫紺色
憧れのウマ娘……ターフスレイヤー
モデル馬……ディープインパクト+サンシャインガデス(架空の競走馬)



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