元は前話と合わせて1話の予定でした。なので直接続きの話となっております故、時系列ご注意。
今朝は変わった事があったな、と思いつつ……。
ジョギングの後、一度寮に戻って朝食を取ったアオギリホウオウは、諸々の準備を整えてアルデバラン・ドージョーへとやってきた。
「おはようございまぁす」
「おや、ホウオウじゃないか、おはよう」
挨拶しながら戸を開けると、そこには先客のアグネスタキオンがいた。
アグネスタキオン。彼女もまたアオギリ同様に居残り組である。曰く、「帰ると進捗が遅れる」とか何とか。この時期は色んな人が多忙だが、彼女も彼女で忙しそうにしていた。
暖房がついているとはいえ、朝は冷える。暖かそうな半纏を着たタキオンは、こたつに足を突っ込んで何か書き物をしている様だった。
「何されてるんですか?」
「まあ、お勉強の方を少々ね」
ペン回しなどしつつ、アグネスタキオンは事もなげに言った。
見れば、こたつの上にはいくつもの分厚い本が積まれており、中には英語やドイツ語で書かれれいるものもあった。何か資格や免許に関する勉強だろうか。明らかに学生が授業で取り組むものではないように見える。
どうやら、彼女は将来を見据えた勉学に励んでいるらしい。アオギリホウオウは少し寂しい気持ちになった。
寂しいが、頑張っているタキオンの邪魔をしてはいけない。アオギリはコートを脱ぎ、ストーブで脚を暖めた。少ししたら、また自主トレをしよう。
屋内のトレーニングルームは閉まっている。野外のコースも閉鎖中。であれば、負荷の低いものしか思い浮かばない。アオギリは今できる範囲で高負荷トレーニングをやりたかったのだが、どうしたものか。
「ホウオウ、ちょっといいかな?」
「はい。何でしょう?」
などと考えつつ暖まっていると、アグネスタキオンが声をかけて来た。
何だろうと顔を向けると、ちょいちょいと手招きをされた。言われるがまま近づくと、やおらA4サイズの茶封筒を手渡してきた。
「これは?」
「モルモット=サン……ターフスレイヤー=サン充の書類だ。特に用がないなら、これを届けに行ってくれないかい?」
「師匠にですか?」
「奴さん寮には住んでないんだ」
渡された封筒を見ると、その表面には大きく「重要!」と書かれていた。あからさまに重要なのだ。
嫌ではないが、何故に自分が? と疑問が残るアオギリだった。
「届けるんはええですけど、重要書類ならウチなんかに頼まん方がええ思いますよ」
「書いてあるだろう? その封筒はトレセン的にとても重要なものなのさ。ならばアルデバランの君が相応しいと私は思うね」
「そんなもんですかね」
「そんなもんなのさ。それに、ウマ娘以上に高性能な飛脚など存在しないのだよ。分かりたまえ」
「はあ、分かりました」
了承はしたが、理解はしていない。けれど断る理由も特にない。アオギリは件の封筒をバッグに入れた。
「住所は君のスマホに送っておいたからね、頼んだよホウオウ」
「はあ」
「それと、外出申請は私の方で出しておくから、そこも安心したまえ」
「はあ」
「何をしているダッシュだホウオウ! 間に合わなくなっても知らんぞー!」
「は、はいぃ!」
何故か追い立てられてしまった。とはいえこの先輩の偏屈ぶりは知っている。アオギリホウオウは渋々ながら急いでコートを着直し、そのまま勢いよく外へ飛び出した。
「なんやったんや……?」
ドージョーを出る際にチラリと振り返ると、アグネスタキオンは相変わらず不敵な笑みを浮かべていた。
尊敬できる先輩だが、よく分からない先輩である。
ともかく、役に立てるなら幸いであった。
トレセン学園の敷地を出ると、アオギリホウオウはスマホを開いて目的地を確認した。
どうやらターフスレイヤーの住居は府中市にあるらしく、加えてトレセン学園とはさほど距離もない様だった。
なるほどこれなら走った方が早いかもしれない。アオギリは先日買った靴の調子を確かめつつ、都会特有のウマ娘道を走った。
早朝ほどではないが依然として吐く息は白く、身で切る風は冷たい。しかし、アオギリホウオウの気分は存外悪くはなかった。
目的地にはトレーナーがいるのだ。脚も軽くなるというもの。浴びる太陽光も相まって、気鬱を晴らしていくかのようだった。
なんだかんだ、やっぱり走るのは気持ちいい。
しばらく走ると、二階建ての家屋が立ち並ぶ住宅地に辿り着いた。
等間隔に建てられた家々はどれも同じ形をしており、どの家も一階にはシャッターが下りている。どうやらガレージと住居が一緒になっているタイプの物件のようだ。
地図アプリによると此処にある家屋のどれかがトレーナーの住居であるらしい。アオギリは一度立ち止まると、スマホを見て詳しい住所を確認した。
「えーっと、えーっと……どれや?」
スマホを確かめつつ、辺りをキョロキョロと見渡す。パっと見、どの家屋も同じ作りをしているのでちょっと分かりづらい。
アオギリはスマホの住所とにらめっこしながら表札を確認しようとした。すると、ちょうど一番近くの玄関の鍵が開く音が聞えた。
誰かが出てくる様である。アオギリは咄嵯に物陰に隠れようとしたが、何故隠れなければいけないのか分からなくなり、結局アオギリの目の前でドアが開いた。
「ふわぁ~」
ガチャリ、と。そうして現れたのは、目尻に涙を溜める程の大あくびをぶちかました金髪の女性だった。
彼女はどう見ても部屋着な雰囲気のジャージを履き、上には犬を飛び越える狐がデザインされたゆるいパーカーを着ていた。頭にはもこもこしたウマ娘用ニット帽を被っている。ついでに足元は素足にサンダルという謎のサマーおっさんスタイルだった。
ところで、アオギリホウオウというウマ娘はファッションに全く関心がない。今着ているオシャンティーなコートも、シンプルながら可愛い系のインナーも、すべて親友のカブのコーディネートによるものだ。
しかし、感覚的にカッコいいモノとそうでないモノの区別はつく。つまり、センスは生きている訳で。
目の前にいる女性――と言うか、帽子の膨らみからしてウマ娘――は、なんというか、こう……とてもダサかった。
「あ……」
大口を開けたウマ娘と目が合う。
スッと通った鼻筋と、薄い唇に寄り添う艶黒子。血赤の右眼、氷青の左眼。後ろには黄金の尻尾がゆらゆら揺れている。
というか、ターフスレイヤーだった。
「え……」
ターフスレイヤーは数度瞬きをすると、ようやく目の前のアオギリホウオウの存在に気が付いたようである。
一瞬、二人の間に何とも言えない静寂が過った。
見れば、ターフスレイヤーの手には何かのアニメキャラが描かれたエコバッグが下げられていた。今からスーパーにでも行くのだろうか。それにしても、ちょっと外行きできる格好ではないと思うのだが……。
ともかく、アオギリは挨拶する事にした。挨拶は大事だからだ。
「お、おはようござ――」
バタン! 凄い勢いでドアが閉められた。
「待て! 待ってくれアオギリホウオウ=サン! 後生だ! ほんの少しの間だけ待っててくれ!」
ドタタタタ! ガッシャァーン!
中からは慌ただしい足音と、何かがぶっ壊れたかの様な破砕音が響いてきた。
ポカンとするアオギリホウオウ。どったんばったんしている屋内。
やがて再びドアが開かれた。
「待たせたな。まぁ入ってくれ」
言って今度こそ出てきたのは、ビシッとスーツを身に纏ったいつものターフスレイヤーだった。先程までの眠そうな顔は完全に消え去っている。
「あ、はい。お邪魔しまぁす……」
アオギリはちょっと混乱しつつも言われるままに玄関の戸をくぐった。
家に入ってすぐの階段を上がると、そこは広々としたワンルームといった感じの部屋があった。
部屋の隅にはベッドがあり、対する壁際に鎮座している特大モニターの周りにはゲーム機と思しき電子機器が接続されていた。部屋の中心には小さめのテーブルがあり、その上にはウマチューブを一時停止しているノートパソコンとゲームコントローラーが置かれている。
また、ベッド近くの壁には大きなコルクボードがあり、そこにはオグリキャップやライスシャワー等、チーム・アルデバランの写真が飾られていた。その中にはアオギリホウオウの写真も貼ってあった。
全体的に、自分の好きなものをかき集めて来たかのような雰囲気の部屋だった。なんとなく、トップアスリートあるいはトップトレーナーの部屋としてイメージされるものとは大分違う気がする。
「コーヒーとお茶、どっちがいい?」
「あ、じゃあコーヒーでお願いします」
「ほう、珍しい」
興味深げに部屋を見渡していたアオギリはハッとなって返答すると、ターフスレイヤーは小さく笑いながらキッチンへと向かって行った。
「ウマ娘の多くは紅茶党でな。コーヒー党は少数派なのだ」
言いながら、慣れた手つきでケトルを火にかける。ついでテキパキと豆を煎り、フィルターやらドリッパーやらをセットしていった。
「豆は一種類しかないからそこは許してくれ。マンデリンしか勝たん」
「大丈夫です。拘りとかは無いんで、ありがとうございます」
という会話をしながら、アオギリは此処にきた理由を思い出していた。
(((あっ、封筒渡さなアカンな)))
先ほどの衝撃で失念しかけていたが、そもそもの目的は配達なのである。
しかし、いざ件の封筒を渡せばハイじゃあサヨナラと即帰る事になりそうで、それは少し寂しかった。
「ほら。ミルクと砂糖はこれな」
考えているうち、ターフスレイヤーはコーヒーを淹れ終わった様だ。言い出すタイミングを逃した。アオギリはちょっぴり安堵した。
「どうもありがとうございます」
差し出されたカップを受け取る。湯気と共にコーヒー豆の香ばしい香りが立ち上ってきた。少し冷まして一口飲むと、インスタントとは違う苦さが味蕾を撫でた。
アオギリホウオウに繊細な味覚はない。程よい酸味とか上品な甘さとか、ぶっちゃけよく分からない。極論、美味いか不味いかだ。そしてこのコーヒーは、諸々加味して美味しいコーヒーだった。
「美味しいです」
「それは何より。……ブラックなんだな」
ターフスレイヤーはアオギリの隣に座ると、自分の分にはミルクと砂糖を入れてから飲みはじめた。
ウマ娘二人の部屋に、コーヒー豆の香りが広がっていく。
今にして思うと、こうやって二人きりで対面するのは珍しい気がした。アオギリはチラリとトレーナーの顔を見た。
相変わらず、綺麗な顔をしていた。オッドアイや艶黒子といった目立つ要素を抜いて見てみると、彼女はシンボリルドルフとシリウスシンボリを足して2で割ったような顔立ちをしている事に思い至った。なんというか、女の子にモテそうな印象を受けた。バレンタインにチョコもらった事ありそう。
そんな事を思っていると、今になって部屋の何処からか何やらポップな電子音楽が流れている事に気が付いた。
「この音は……?」
「あー、これだな」
そういえば、といった感じで、ターフスレイヤーはおもむろに近くにあったウマ娘用ヘッドホンを手に取り、スイッチを切った。すると、今度はモニター横のスピーカーから先ほどの電子音楽が聞えて来た。
次いでモニターの電源を入れると、画面にはこれまたポップな色彩の画面が映し出された。画面では赤い帽子のウマ娘が地面に座り込んで待機していた。知らないが、見た事のあるキャラクターだ。
「これって、ゲームですか?」
「うむ。さっきまでやっていたんだ」
ターフスレイヤーは座椅子の背もたれに体重をかけると、そのままコントローラーを手に取った。
「ちょうどあそこのゴールデンニンジンの取り方が分からなくてな。ああいうのは一度見つけるとゲットしないと気が済まない性質なんだ」
言って、ボタンを操作する。途端、さっきまでボーッとしていた赤帽子ウマ娘は凄い勢いで駆けだした。そして、件のゴールデンニンジンの周囲でジャンプしたりキックしたりヒップドロップしたりした。
「近くにそれらしいギミックも見つからなくてな。先に行かないと取れない奴なのかもしれないが、取れるものなら今取りたい」
「へえ、そういうもんなんですか」
分かるような分からないような。アオギリはゲームをやらないので、いまいちピンとこない感覚だった。
と、そこでアオギリホウオウはゲーム内の仕掛けに気が付いた。
「手前のブロック、そこちゃいます? 一個だけ絵柄違いますけど」
「お? ホントだ」
ターフスレイヤーは言われて初めて気づいたようで、言われた通りに操作されたオーバーオールのウマ娘はゴールデンニンジンをゲットし決めポーズをキメた。
「やった。これでこの面のニンジンは制覇できた」
ファンファーレが鳴る中、ターフスレイヤーは小さくガッツポーズを取っていた。
ゲームをしているターフスレイヤーは楽しそうで、嬉しそうだ。何気に初めて見た類の表情かもしれない。
その後、ターフスレイヤーはゲームを終了し、別のソフトを起動してもう一個あったコントローラーをアオギリへ手渡した。
「ほら、アオギリ=サンもやってみろ」
「えっ、いやウチゲームなんてやった事ないですよ!?」
「ダイジョブだ。見るのもいいが、ゲームはやってなんぼだぞ。レースと同じだ」
「じゃ、じゃあ……」
促されるまま、アオギリもコントローラーを握る。すると同時に、モニターの端っこに「“デジたん”さんがオンラインになりました」というポップアップが浮かび上がってきた。
「むっ、デジタルの奴がオンラインではないか、珍しい。それにゴールドシップもいるようだな」
見れば、オンライン中のフレンド欄にゴールドシップの名前もあった。
デジたんことデジタルが誰かは知らないが、ゴールドシップと言えばトレセン学園では有名な破天荒ウマ娘だ。アオギリも何度か会った事があり、この前は何故かお好み焼きについて熱弁された。大阪風も広島風もどちらにも詳しくない。
「ふむ、誘ってみるか」
そうして、四人は一緒にゲームをする事になった。
1時間後……。
「ンアーッ! どうしてゴルシはあそこで私に刀狩りなど使ってくるのだ! あの状況なら普通デジタル=サンに使うだろう!?」
「師匠さっきゴルシさんに貧乏神押し付けてましたやん。あ、ちょうど停まれました」
「オヌシはオヌシで妙にサイコロ運がいいな。お、デジタル=サンはお殿様か。奴め順調に収益を上げているな」
「次の目的地は……札幌ですね」
「札幌か。アオギリ=サンは行ったことないんだったな」
「はい。あ、確かゴルシさん6大都市持ってたから次の貧乏神は師匠ですね」
「そろそろ進化しそう。不穏だ」
「ここ独占できるっぽいんでしちゃいますね」
「そういえばウマに翼カード持ってたな。結果的に捨てずに得をしたわけか」
さらに1時間後……。
「ヌゥーッ! 最後の殴り合いさえなければ私の勝利だったのだがな……」
「結構善戦できました。運要素があるゲームならウチでもできそうですね」
結果、一番順位が高かったのは順当に収益を上げ続けたデジたん社長だった。
次点でアオギリホウオウで、ゴルシとターフスレイヤーは終盤貧乏神を擦り付け合って互いに所持金をすり減らしていた。
「む、もうこんな時間か」
時計を見ると、既に正午を回っていた。九時過ぎにここに来たのを考えるに、だいたい2時間ほど遊んでいた事になる。
「あっ!」
その時、アオギリホウオウはアグネスタキオンから頼まれていた用事を思い出した。
さすがに今度こそ渡さないとダメだろう。慌てて鞄の中から茶封筒を取り出すと、それをターフスレイヤーに差し出した。
「これ、師匠充やってタキオンさんに言われて届けにきたんです」
「ふむ? データでなく、書類か?」
ターフスレイヤーは訝しみながら封筒を受け取ると、やがて中身を確認し始めた。
そして、中に入っていた紙を見て……溜息を吐いた。
「アオギリ=サン、中身は?」
「見てないですね」
「見てみろ」
言われるままに、アオギリはその紙を手に取った。
それはA4サイズの写真だった。そこには、タキオンと秋川理事長とたづなさんとゴールドシップが「チャリで来た!」みたいなポーズで写っていた。
そして写真の下部には、
「“承認! 外泊許可証!”って、書いてありますね。なんですかコレ」
というコメントが書かれていた。
「書いてある通りだ。ついでに寮長のサインまである。オヌシ今日、寮に帰っても飯は出んぞ」
「えぇ……!?」
つまり、アオギリホウオウはアグネスタキオンにハメられて本日飯抜きが確定したという訳だ。
ぐぅ~。
その事を自覚すると、アオギリの腹が盛大にぐずり出した。
羞恥に顔を赤くするアオギリを見て、ターフスレイヤーは苦笑した。
「とりあえず飯行くか」
「は、はい」
ターフスレイヤーはゲーム機の電源を切ると、諸々の準備をしてから階段を下って行った。アオギリもその後に続く。
ターフスレイヤーが済んでいるこの二階建て住宅は、一階がガレージになっている所謂ガレージハウスという奴である。
車で行くんかなと思っていたアオギリホウオウだったが、いざガレージに入ってみると意外な事にそこに自動車はなかった。車庫内の端や隅っこには釣りやゴルフやアウトドア用と思しきアイテム類が並んでおり、如何にも趣味人の物置という雰囲気があった。だが、一番目につくのはそこではない。
「でっか!」
という驚愕の声を上げるアオギリの眼前には、如何にもアメリカンな雰囲気のバイクが鎮座していた。
車体の色は真っ黒で、自動車用と見まがうばかりの太いタイヤの主張が実際スゴイ。ずんぐりしたタンクの下にはこれまた大きなエンジンが納まっていた。何かどこかで見た事のある造形だ。
そんなアオギリの反応に、ターフスレイヤーはやや早口になって言った。
「うむ、ウマーレーのファットポニーだな。ターミネーチャン2でシュワチャンが乗っていた奴だよ。それの30周年記念モデルだ。エンジンはお得意のV型二気筒、ドコドコ感がたまらない。何よりカラーリングが良い、最高の黒だ」
そういえば、現役時代のターフスレイヤーはバイク好きで有名なウマ娘だった。有馬記念の前、アオギリと初めて会った時も彼女はバイクに乗って颯爽と現れたのである。あの時乗っていたのはコレではなかったが。
ちなみに、“シュワチャン”とはアメリカが誇る筋肉もりもりマッチョウマ娘のスター女優の事だ。レースの実力はテンでダメダメらしいが、その極限まで鍛え上げられた肉体美は世界中の老若男女を魅了し続けている。彼女の出演作はアオギリも大好きだ。頭空っぽで観れるから。
「えっと、じゃあこれは?」
アオギリはそう言って、今度は別のバイクを指し示した。
それはパッと見、レトロな雰囲気のバイクだった。けれど見ようによっては近未来的な感じもする不思議なデザインだ。如何にも鉄っぽいさっきのバイクと異なり、これはギラギラとしたヒロイックなカラーリングをしていた。ついでにエンジンがガッシリしていて、なんとなくバイクというより車っぽい印象だ。
ターフスレイヤーは、またも早口になって応えた。
「ホンバのヴァルキリーレーンだな。私の好きな特撮作品の主人公が乗っている車種なんだ。親戚から譲ってもらってな、大切に使わせてもらっている。古い車種だが、この独特な造形は唯一無二だ。このビームでも出るのかと言わんばかりのヘッドライトも実に良い」
そういえば、ターフスレイヤーが特撮好きである事もファンの間では有名だった。
ちなみに、現役時代のターフスレイヤーは菊花賞で勝った時に件の特撮ヒーローのポーズを決めていたというのはファンの間では有名な話である。
「えっと、じゃあこれは?」
「ウマハの電動スクーターだ。通勤に使っている」
それは先のバイクとは一転。かわいらしいデザインのスクーターだった。よく見ると正面のカウルがデフォルメされた狐の顔になっている。如何にもな先の二台と比較すると、妙に可愛いデザインだ。
「ん?」
あれ? とアオギリホウオウは首を傾げた。
ターフスレイヤーがバイク好きというのはよく知られている事だ。それと同時に、彼女の愛車もまた有名なのである。
ふと見ると、ガレージの奥にカバーをかけられたバイクと思しき膨らみを発見した。
もしかして、とアオギリホウオウはターフスレイヤーの顔を見た。
「し、師匠、あれって……!?」
「うむ、まぁ……そうだな」
歯切れの悪い肯定に、アオギリの脳裏に浮かんだ考えは確信に変わり、瞬間キラキラと瞳を輝かせた。最近鳴りを潜めていたファン心理がもろに顔に出ていた。
ターフスレイヤーは一瞬困ったような表情を浮かべたが、やがて意を決したように一息吐いた。
そして、そのカバーを外した。
「おぉ……っ!」
そうして現れたのは、真っ赤に煌めくスポーツバイクだった。
それも、ただのバイクではない。実際違法スレスレまでニンジャ・カスタマイズされているのである。真紅のカウルの側面には左右それぞれに決断的フォントで「忍」「魂」と書かれており、さらにマフラーの側面にはこれまた流麗な書体で「TURF SLAYER」と書かれていた。タンクにはターフスレイヤーを象徴するカタナ型の大流星がマーキングされており、黄金の差し色が派手派手だ。その他にも様々な装飾と改造が施されていて、中身もまた当然とごちゃごちゃした所もガチャガチャと弄っているらしいのだ。
バァーン! という効果音でも聞こえてきそうである。どこぞの派手柱もこれにはニッコリだろう。あまりにもド派手なタフスレ・モーターサイクルの威容に、アオギリの瞳はいっそう輝きを増した。対して、ターフスレイヤーは無言で顔を覆った。
「か、かっこええ~!」
「むむむ……」
アオギリの純粋な賛美に、ターフスレイヤーは何とも言えない呻き声を上げた。
実はこのバイク、アオギリホウオウが初めてターフスレイヤーと対面した時に彼女が乗っていた思い出のバイクなのである。憧憬の記憶がこうして目の前に鎮座しているのだ。アオギリ視点、かなり感動であった。センス云々はそれはそれ、思い出の中のカッコよさは全ての上に立つのである。
しかし、どうやら当の本ウマ娘はバイクを褒められた事よりも、自分の黒歴史的なにかを思い出したようで、どこか恥ずかし気にしていた。
その様子に、アオギリは首を傾げた。すると、ターフスレイヤーは大きく溜息を吐いた。
「いや、まぁ……マシンはカッコいいと今でも思うぞ。だが……やはり、このカスタムはちょっとなぁ……。イキりが極まっている、どんな自己顕示欲だ」
「えぇ~、ウチはめっちゃかっこええ思いますけどね!」
「ふむ、そうかぁ……?」
どうやら当時と今では好みがちょっと変わっているようだ。
ふぅと一息。件のイキリ単車にカバーをかけ直す。派手な車体が隠れると、アオギリはちょっと寂しそうな顔になった。
「それはそれとして、うちに車はないからな。バイクで移動するぞ」
気を取り直すように柏手を打って……。
「なのでアオギリ=サン、脱げ」
「えっ?」
そう言って、ターフスレイヤーは有無を言わせずアオギリホウオウのコートを引っぺがした。
あれよあれよと、抵抗する暇なく神業的速さで彼女の身体にごちゃごちゃガジェットを取り付けていく。
「な、なんですかこれ?」
「プロテクターとジャケットとエアバッグだ」
「は、はあ」
そして、いつの間にやら甲冑の如き全身装甲ウマ娘になったアオギリホウオウは、終いにズポッとフルフェイスヘルメットを被せられた。この防御力なら何されても痛くなさそうである。もはや鎌倉武士レベルでガッチガチであった。
ちょっと過剰では? と思うアオギリだった。
「あの、ここまでする必要あるんですか?」
「ある」
断言されると反論できない。アオギリホウオウは追及を止めた。
次いでターフスレイヤーはヘルメットを被ると、シャッターを開けてバイクを押して外へ出た。言った方は軽装で済ますあたり、性格というか性分が出ている。
「あの赤いのには乗らないんですか?」
「アレはだいぶ動かしてないからな。乗るにはメンテがいる」
「はえー、機械やのに不思議なもんですね」
「確かに、それもそうだな」
言いながら、ターフスレイヤーはガレージから少し離れた場所まで行くと、ついてきたアオギリホウオウに振り返った。
「さぁ乗れ」
諸々の準備を終えていざ搭乗。
ターフスレイヤーに支えられつつ、恐る恐るといった感じで後部座席に座るとタイヤの真上にいるという感覚が新鮮である。
エンジンがかかると、ドコドコと未体験の振動がお尻に伝わってきた。まるで股下でウマ娘達が走っているかの様であった。
「すごい振動ですね」
「これが良いんだ。苦手なウマ娘も多いがな。アオギリ=サンは大丈夫か?」
「はい、全然平気です」
「なら良い。タンデムできるようにしてあるのはこれだけなんだ」
ターフスレイヤーはそう言うと、エンジンを吹かし、バイクを走らせた。
最初はふわっと、やがてグイッと前に押し出される。それは自分で走る時や自転車をこぐ感覚とは全然違う速度感だった。芝を駆けるのとは別に、これはこれで悪くないと思った。
公道に出ると、一気にスピードが増した。これでも制限速度は超えていないのだから驚きだ。風切り音とエンジン音が凄まじく、普段の声量では目の前の相手との会話さえままならない。
「安全運転を心がけるがな! しっかり捕まっていろ!」
「はい!」
言葉の通り、アオギリホウオウは振り落とされないようターフスレイヤーの身体にしがみついた。
そうしてみると、ターフスレイヤーは意外なほど線の細いウマ娘である事に気が付いた。
ターフスレイヤーは背が高く、背筋も真っすぐなので大きく見えていたのだが、実際に触れてみるとGⅠウマ娘とは思えぬほど華奢な身体つきをしている様だった。スレンダーというより、痩せぎすと表現する方がしっくりくる。
あまりレース向きではない体型な気がした。
しばらく、二人は会話もなくバイクの疾走感を楽しんだ。だが、その無言の空間は思いのほか心地よい時間だった。
二人を乗せたバイクは府中市を抜け、緑豊かな道を走っていた。
せわしなく車の行きかっていた市内と違い、辺りには常緑樹の林が広がっていた。流れる木々を眺めていると、自然と気分が上向いていくような気がした。
時折すれ違うバイク乗りが片手を挙げて挨拶すると、ターフスレイヤーも応じてピースサインを返していた。よくわからなかったが、アオギリも便乗してみた。無関心と共感のゆるいコミュニケーション。その距離感は実に新鮮であった。
そんな事をしていると不思議とテンションが上がってきて、通り過ぎる景色の感想やら何やら他愛もない会話を振ってみたりしていた。
「今更ですけど師匠って免許持ってたんですね!」
「ウマ娘はヒトより早く免許を取れるのだ! マルゼンスキーの奴を知らないか? あいつはスーパーカー乗ってるぞ!」
「知ってます! バッチグーの人ですよね!」
「はははっ! すごい覚えられ方されてるな!」
トレセン学園の先輩の話や、
「師匠はなんでバイク乗ってるんですかっ?」
「私の好きな映画ではバイクで走るシーンがよく出てくるのだ! それに憧れてな!」
「そういえばアクション映画ではよくバイク乗ってるシーンありますね!」
「まぁな! それこそこのバイクもシュワチャンに憧れてだな!」
「アレですよね! 君が着ている服とバイクと人参が欲しいって言う台詞の!」
「よく覚えてるな!」
バイクの話をしたり、
「なんでしたっけ、あれ! ヒラケンが主題歌やってた恋愛モノの映画!」
「“レースの中盤で愛を叫ぶ”だな!」
「そうでした! ウチ、ああいうんはちょっと分かりませんでした! 沈没船の奴とかも!」
「そうか! じゃあどういうのが良かった?」
「ホシクサーとかウマーベルとか! そんぐらいわかりやすい映画が好きですね! キャプテン・ダービーかっこええですよね! アメリカの尻尾って感じで!」
「ああ! ドラマも楽しみだな!」
「えっ!? やるんですか!」
などとしょうもないおしゃべりをしていると、いつしか二人は目的地に到着した。
そこは古い造りの小さな喫茶店だった。店の規模の割に駐車場が広く、年季の入ってそうな車やバイクが何台か停車していた。
ターフスレイヤーは適当な場所にバイクを停めると、アオギリホウオウを下ろした。後部座席から降りると、久しぶりの地面の感触に足の裏がふわふわした。
「大晦日にやってるんですかね」
「毎年来てるから大丈夫だ」
そう言って店に入ると、カウンターの向こうにいたマスターらしき老爺が笑顔で迎えた。
「いらっしゃい。レイちゃんじゃないか、去年ぶり。後ろの子は?」
「ドーモ。彼女はアオギリホウオウ=サンだ」
「どうも、アオギリホウオウです」
店内は広くはなかったが、小奇麗でノスタルジックな雰囲気だった。音の割れたラジオから時代遅れのフォークソングが流れている。客はまばらで、駐車場にあった車の数と同じくらいだった。
ターフスレイヤーは勝手知ったる店とばかりに奥の席につくと、対面に座したアオギリにメニューを手渡した。
「へへっ、どうもどうも。いつもうちのじゃじゃウマがお世話になってるみてぇで」
「あっ、いえいえそんな!」
「からかうな。とりあえずウーロン茶を」
「あ、じゃあウチも同じので」
「あいよー」
注文を受けた老人は、カウンターへと引っ込んでいった。
「マスターとは仲良いんですか?」
「親戚だ」
「あー、そうなんですね」
しばらくすると、注文したウーロン茶が出てきた。それを一口飲みつつ店内を見渡すと、何か違和感を感じた。
ややあって、アオギリはその理由に思い至った。
「師匠、目立ってないですね」
「此処はそういう場所だ。誰もレースに興味などないのだ」
「はえー」
ターフスレイヤーと言えば、トゥインクル・シリーズを知っている人であれば必ず耳にする程の超有名人である。そんな彼女が喫茶店で普通にしているというのは奇妙な光景であった。
しかし、言われてみれば納得できる話でもあった。誰も彼も、ウマ娘のレースに夢中な訳ではない。野球もあるし、サッカーもあるし、ゲームやアニメやウマチューブだってある。実に色んな世界があるのだと、アオギリは思い知った気持ちだった。
それからしばらく、世間話をした後、食べ物の注文をして雑談を続けた。
やがて注文した料理が来た。アオギリはオムライスを、ターフスレイヤーはにんじんハンバーグ定食を頼んだ。
「美味しいですね師匠!」
「うむ、そうだな」
会話を続けながら、二人は食事を取った。
食べ終わった後も色々な話をした。主にトレセン学園での思い出話で盛り上がった。トレーナー間の事や、アルデバラン以外のウマ娘の事。自然とお互いの事を話す事はなかった。
普段と違う話題というのもあってか、お互いいつもより饒舌になっている様だった。
話のネタは次々と切り替わり、やがて二杯目のお茶を飲み終えた頃……。
「ゴォォォール! 勝ったのは7番人気ミニコスモス! 2着はトライアンフ! 三着はインペラトリーチェ! 一着、二着にほとんど差はありません! ミニコスモス! 皐月賞ウマ娘は伊達じゃない!」
店内のラジオから、先の有馬記念の実況が流れてきた。それが耳に入ると、アオギリホウオウは口をつぐみ、二人の会話は途切れた。
アオギリは無意識にラジオの方へ耳を向けた。ラジオでは有馬記念の勝利者インタビューが流されていた。
「ミニコスモスさん、先着おめでとうございます。さっそくですが、今のお気持ちをお聞かせください!」
「あ、はい。なんだかいまいち、実感がなくて……勝ったのは、夢みたいです。でも、はい、嬉しいです」
「何か、身近な人にメッセージなどありますでしょうか?」
「そうですね、トレーナーには沢山迷惑をかけましたし、とにかくお礼を言いたいですね。それと、私と同期のウマ娘にも……」
それから、いくつかの質問の後にインタビューは終了した。
そして、ラジオは次のレースの話題に切り替わった。ほんの3分かそこらの放送は、浮ついていたアオギリの心を現実に引き戻していった。
沈黙の後、ターフスレイヤーは穏やかな声音で言った。
「気になるか」
「ええ。トライアンフさん、負けてもうたんがどうにも……信じられへんくて」
ターフスレイヤーは黙って、アオギリの表情を見ていた。
アオギリホウオウは達観したような、諦観したような、どこか遠くを見るような目をしていた。
ターフスレイヤーは逡巡し、まっすぐアオギリの眼を見て云った。
「勝負は時の運だ。どれだけ強かろうと、負ける時は負けるものだ。シンボリルドルフだって、負けている」
「でも師匠は負けた事ないでしょ」
アオギリホウオウは即座に言い返した。その後、ハッとなって目を伏せた。
「すみません」
「何を謝る」
アオギリは俯いていた。ターフスレイヤーは苦笑しつつその様子を見ていたが、やがて口を開いた。
「確かに私は、公式戦では勝ち続けていたな。だが、デビュー前の模擬戦じゃあ負けっぱなしだったよ」
「えっ?」
意外な言葉に、アオギリは顔を上げた。ターフスレイヤーの眼はじっとアオギリの魚目を見つめていた。
向けられた美貌には薄い微笑が浮かべられ、嘘を吐いている様には見えなかった。
「おかしな話だろう。だが事実だ。私は並みのウマ娘より、よっぽど敗北感と隣り合ってきたよ」
アオギリは何も言えなかった。彼女の言葉に混乱していた。ただ、ターフスレイヤーの次の言葉を待った。
「だから、その付き合い方は知っている。私流だがな」
ついてこい。それだけ言うと、ターフスレイヤーは席を立った。
慌てて財布を出したアオギリだったが。会計は既にターフスレイヤーが済ませていたらしく、そのまま店を出た。
駐車場に出ると、ターフスレイヤーはバイクにまたがった。ヘルメットを被り、手袋をはめ、アオギリの方を向いた。
そして――。
「現実逃避のやり方をご教授しよう」
すごいカッコ悪い事を言い出した。
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