【完結】ニンジャと白面   作:いらえ丸

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長くなったので分割。続きは近いうちに。

感想感謝、私の好きな言葉です。


燃えろ筋肉!

 憧れが始まったのは、東京の一番勝負だった。

 憧れが強まったのは、菊の最終戦だった。

 そして、憧れを追うきっかけになったのは、冬の決戦の直前だった。

 

 

 

 アオギリホウオウにとって、それは忘れられない思い出だ。

 

 直近に有馬記念を控えた冬の日、幼いアオギリホウオウは独りレース場に足を運んでいた。

 とあるウマ娘のファンになってからというもの、アオギリホウオウは事あるごとにレース場に足を運んでいたのである。何度目かになると慣れたもので、保護者の付き添いなしで一人で通えるようにもなっていた。

 

 満足いくまで観戦した後、帰路にてそれは起こった。アオギリホウオウは財布を落としてしまったのだ。

 財布の中にはお金以外にも帰りに乗る電車の定期券や両親の写真など大切なものがたくさん入っている。当然、幼い身のアオギリホウオウは盛大にテンパった。

 鞄の中もポケットの中も探したけれど見つからなかった。しばらくすると、アオギリホウオウの胸中に強い不安の感情が膨らんできた。

 モノを失くす事など、大人でも珍しくはない。だが、その辛さや苦しさはより子供である方が大きいのである。そのうち、アオギリホウオウの心には強い自責の念が沸き上がってきた。

 

 ……と、その時である!

 

 瞬間、背後からけたたましいエンジン音。次いで殴りつけるような突風がアオギリホウオウを襲った。反射的に目を瞑ると、切りつけるような擦過音が耳朶に響く。

 そして、目を開けた先に、彼女がいた。

 

「よう、お前がこの財布の持ち主だな?」

 

 タタミ四畳ほどの間隔を空け、UMAKIRAブレーキ姿勢のバイクが停車していた。真っ赤な車体に獰猛なエンジン音。顔の見えない乗り手。その車両を、その持ち主を、アオギリホウオウはあまりにもよく知っている。

 

「え、うそやん……!?」

 

 バイカーがヘルメットのガードを上げた。そこには、予想通りの美貌があった。

 煌めく金の髪に、獣のように吊り上がった双眸。刀のように鋭い流星の下、犬歯をむき出し笑う口元には控えめな艶黒子があった。覇者の威厳。輝く美貌。そう、アオギリホウオウはこのウマ娘の事を見間違えるはずがない。

 

「た、ターフスレイヤー=サン!?」

「おうよ。本物だぜ?」

 

 財布をなくした事を一時的に忘れてしまう程の驚愕。名を呼ばれたウマ娘はというと、手に持っていたモノをアオギリホウオウへと無造作に投げ放った。

 すんでのところでキャッチしたそれは、アオギリホウオウの財布だった。手にした財布の事よりアレコレ言いたい事があったのだが、乱高下する感情に惑って何も言えなかった。

 

「ターフスレイヤーに財布拾ってもらったって自慢していいぜ。じゃあな、次ぁ失くすなよ」

 

 言って、ターフスレイヤーはヘルメットのガードを下げた。顔の隠れた推しを前に、アオギリホウオウは喉と口が震えるばかりだった。

 お礼を言わなければ。自分は貴女のファンだと伝えたい。好きな食べ物、レースの秘訣……。訊きたい事も沢山あった。だが、握りしめた財布の暖かみがアオギリホウオウの語彙力を低下させていた。

 憧れが背を向ける。推しと面と向かって言葉を交わす、千載一遇のチャンスを失う。会話ができなくてもいい。せめて、せめて一言伝えたい。

 

「あ、あのっ……!」

 

 年に一度の総決算。有馬記念を前の今だからこそ言える。恐らく聞き飽きたであろう言葉を。

 

「ん?」

 

 ヘルメットが傾き、バイザー越しの目がアオギリホウオウを見た。誠実さに欠けた視線だったが、意識を向けられただけで嬉しかった。

 アオギリホウオウは息を呑み、ふんばって、噛まないよう気を付けながら、腹から声を出した。

 

「あ。有馬記念! 頑張ってください! 応援してましゅ!」

 

 噛んだ。噛んでしまったが、当時のアオギリに自覚はなかった。

 対して、ターフスレイヤーは力強くサムズアップして見せた。

 

「当然。楽しみにしてな、ポニーちゃん」

 

 走り去るターフスレイヤー。遠ざかる威容。絶対的な強者の暴威。しなやかに、強かに、肩で風切るターフの捕食者。

 アオギリホウオウは、その背に夢を見た。

 

 

 

 翌週、ターフスレイヤーは宣言通り有馬記念を勝利してみせた。

 10バ身差の圧勝。一切の駆け引きを許さない問答無用の逃げ戦術。

 

 そして、黄金の覇者はレースから姿を消したのだ。

 

 

 

「って事があって、ウチ今でもその財布使ってるんですよ!」

「……すまん。覚えていない」

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

「ウチ、アオギリホウオウ言います! 中等部です! よろしくお願いします!」

 

 明けて早朝。アオギリホウオウはトレセン学園端にある武道場にやってきて、先輩方へ元気に挨拶していた。

 古めかしい武道場の門前には、決断的な書体で「チーム・アルデバラン」と書かれた看板が掛けてあった。そう、アオギリホウオウがいるこの場所はターフスレイヤー率いるチームの専用部屋なのだ。

 

「ドーモ、アオギリホウオウ=サン、私はオグリキャップだ。一応、アルデバランのチームリーダーという事になっている。よろしく頼むぞ」

 

 道場中に響き渡ったアオギリホウオウの挨拶に対し、まず応答したのは葦毛のウマ娘だった。

 オグリキャップと名乗ったウマ娘は、ジャージ越しでも一見して只者ではないと分かる佇まいをしていた。アオギリホウオウは初めて皇帝を眺め見た時と同じ感覚を覚えた。畏怖と尊敬である。

 

「はい! よろしくお願いします! オグリ先輩!」

「ああ」

 

 差し出された手を握り、アオギリホウオウはぶんぶん振って敬意を表した。

 

「ドーモ、ライスシャワーです。アオギリホウオウ=サンは中等部なんだよね。此処は少し変わったチームだけど、コワイ事は……多分ないから、安心してね」

 

 続いて挨拶してきたのはライスシャワーと名乗った黒鹿毛の小柄なウマ娘だった。

 一見、弱肉強食のレースに身を置いているとは思えぬ可憐な童女にしか見えないが、その瞳の奥には競走の熱と祝福の暖かみが矛盾なく同居している様にアオギリホウオウは感じ取った。

 

「はい! よろしくお願いします! ライス先輩!」

「ひゃっ、よろしくお願いします……!?」

 

 アオギリホウオウはライスシャワーの手を取り、さっきと同じようにぶんぶん振った。ちょっと驚いていたので、次からは止めておこうと思った。

 

「ドーモ、アオギリホウオウ=サン、ミホノブルボンです。メンターの指導の下、共に切磋琢磨しましょう」

 

 続いてアイサツしてきたのは、ミホノブルボンと名乗った栗毛のウマ娘であった。

 体幹を揺らさず正確な動作で動く様は、武道経験者というよりはサイボーグのそれみたいだとアオギリホウオウは思った。

 

「はい! よろしくお願いします! ブルボン先輩!」

「……?」

 

 がっしり悪手するアオギリホウオウ。ミホノブルボンはというと口を半開きにして宇宙を眺める猫みたいな顔になっていた。

 

「ふぅン、新しい子かな?」

 

 ひとしきりアイサツを終えたところで、開けっ放しの戸の向こうから声が聞えてきた。ミホノブルボンの手を握っていたアオギリホウオウが振り返ると、そこには白衣を着たウマ娘が立っていた。

 

「やぁドーモドーモ、私の名はアグネスタキオン。一応、サブのリーダーとサブのトレーナーも兼ねているよ。学園非公認だがね」

 

 言って、アグネスタキオンと名乗った鹿毛のウマ娘はアオギリホウオウの近くまでやって来ると、その妖しげな眼光を三日月型に変えた。

 見透かすような視線だ。これにはアオギリホウオウもちょっとビビった。

 

「あ、はい! アオギリホウオウって言います! よろしくお願いします!」

 

 とはいえ挨拶は大事だ。アオギリホウオウは気を取り直して大きな声を張り上げた。対するアグネスタキオンはアオギリホウオウの身体全体をまじまじ観察していた。その瞳にはカメラレンズめいて光がなく、アオギリホウオウは実験動物になったかのような錯覚に陥った。

 そうして暫し、観察を終えたアグネスタキオンは白衣の袖を振った。

 

「ナルホド、いやすまないね、アオギリホウオウ=サン。ともかくよろしく頼むよ」

 

 そうして挨拶もそこそこに談話などしていると、書類を書き終えたらしいトレーナーが柏手を打って注目を集めた。

 

「各々アイサツは終えたようだな。まぁ残る一人は実際会った時でいいだろう。さて、今日から入る事になったアオギリホウオウ=サンだが、まだ正式に加入した訳ではない。私は今から書類を提出しに行くから、お主らは各々着替えて学園裏の林道に集合だ。今朝は軽めの運動を行う」

 

 こうして、アオギリホウオウのアルデバラン生活が始まった。

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 存外、今朝はゆったりとした走りであった。

 アオギリホウオウ視点、如何にも強者然としていたチームメイトたちだったが、その朝練メニューはといえば自然豊かな林道をみんなでジョギングするという穏やかなものだった。

  軍隊的スパルタを予想していたアオギリホウオウからするとかなり驚きである。

 その事を訊いてみると、

 

「色々としがらみがあるらしくてね。認可が下りないとチーム練習には入れないのさ」

 

 と、マッドサイエンティスト風のウマ娘に至極真っ当な返事をされたのもまた驚きだった。

 

 それはそれとして、朝練はつつがなく終了し、爽やかな気持ちで授業に出たアオギリホウオウは健やかに学園生活をスタートしたのである。

 爽やかな朝の運動のおかげか、授業中に眠くなる事もなく朝昼と過ごし、友達ともお喋りしたりして、ようやく放課後がやってきた。

 

「じゃウチ練習あるで、お先!」

「ん? えっ、アオちゃんどこ行くの?」

 

 待ちに待った時である。アオギリホウオウは友人との挨拶もそこそこに、勢いよく教室を飛び出した。

 アルデバランの道場は学舎とはやや離れたところに位置している。なので、一刻も無駄にしたくないアオギリホウオウは可能な限り迅速に移動した。走るとバクシン的指導が挟まりロスなのでそのギリギリを攻めるのである。

 

 チーム部屋が何故道場なのか。訊くところによると、元はウマ娘用の武道場だったようだが、武道の科目の消失と共に誰も使わなくなった所を借り受けているのだという。

 

「まぁモルモット=サンの嗜好もあるだろうね」

 

 とは白衣ウマ娘の談。

 

(((今日から、今日からウチはデビューに向けてトレーニングするんや! トレーナーになってたんはビックリやったけど、あのターフスレイヤ=サンに直接指導してもらえるなんて幸運にも程がある! しかも直々にスカウトやなんて!)))

 

 内心、アオギリホウオウは舞い上がっていた。舞い上がってはいたが、天狗にはなっていなかった。トレーニングに対し、とても意欲的になっているのだ。さながら絶好調といったところである。

 

 朝は軽かったが、午後は違うだろう。きっと、実績相応のガチトレーニングが待っているに違いない。ドンとこいである。その青々とした右眼には、眩いばかりの希望が満ち溢れていた。

 憧れのウマ娘の下、尊敬できる先輩達と共にアオギリホウオウのトゥインクル・シリーズが始まるのだ。

 

 一歩目。そう、この果てしなきウマ娘坂への第一歩だ。

 アオギリホウオウはアルデバランの看板を前に、大きく息を吸った。

 

「お邪魔しまーす!」

 

 そうして戸を開けると……。

 

 

 

「イィヤァーッ!」CRAAAAASH! 甲高いカラテシャウトと共に、ミホノブルボンのカラテチョップが振り下ろされ、57連瓦はモーセめいた亀裂を生んで二分割! タツジン!「スゥーッ! ハァーッ!」重機排熱的呼吸の後、ミホノブルボンはいそいそと次なる瓦をセットしはじめた。「Wasshoi!」CRAAAAAASH!

 

「ライス=サン! スシを! ください!」GRRRRR! オグリキャップの腹部が激しく音を立てる!「アイ、タマゴ」ライスシャワーは頷き、ケータリング・ワゴンへ短剣を投げた。スリケンめいて飛んだ短剣は飯台にヒットし、その衝撃で冷えた酢飯の一部が回転しながら跳ね上がり、ライスシャワー目掛け飛んできた!

 

「イヤーッ!」甲高いカラテシャウトを伴いライスシャワーのウマ娘的運動能力が躍動! 瞬く間にその手の上に白と黄色の美しいタマゴ・スシが握られ、また次の瞬間にはスシはオグリキャップの口に収められていた!「ウウウウウ……ウウマーイ……!」GRRRRRR! オグリキャップの腹部から怪獣の鳴き声めいた爆音!

 

「イヒヒーッ! 素晴らしい! 傑作だ! さっそくこれをモルモット=サンに服用してもらって隅から隅まで観察し根掘り葉掘り所見を訊きたい! モルモット=サン、モルモット=サンはどこだァーッ!」蛍光グリーンの液体が入ったフラスコを振り回し、白衣のマッドサイエンティストが激しくステップを踏む! その際こぼれた蛍光グリーン飛沫がアオギリホウオウの真横を通過し、コンクリ着弾飛沫は穏やかならぬ音を立てて即蒸発! あからさまに危険物なのだ!

 

「イィヤァーッ!」CRAAAAASH!「ライス=サン! スシを! ください!」「アイ、アナゴ。イヤーッ!」「ウウウウウ……ウウマーイ……!」「イヒヒーッ! どうせならこの薬をスシに一滴いってみないかい? 治験データはいくつあっても損はないからねェーッ!」「ライス、それはお米農家さんへの冒涜だと思うの」「イィヤァーッ!」CRAAAAAAAAAAASH! GRRRRRRR!「ライス=サン! スシを! ください!」

 

 

 

 アオギリホウオウはこのチームに入った事をちょっぴり後悔し始めた。

 だが、既に加入申請された現在、やっぱやめますとは言えないし、やめる気もない。

 新入りアオギリホウオウ、ほんの少しだけ不安になった。

 

「ウチ、やってけるやろか……」

 

 これまたその時である。

 

「何の騒ぎだ」

 

 アオギリホウオウの背後に声。相変わらずのメンポ&頭巾のニンジャトレーナーだ。

 

「ターフスレイヤー=サン」

 

 アオギリホウオウは迷える仔ウマ娘の様な顔をした。

 

「ニンジャトレーナーな。だが、大体わかった。まぁ気にするな、慣れる」

「ニンジャトレーナー=サン……」

 

 アオギリホウオウはFXで全財産溶かしたウマ娘の様な顔をした。

 

「はい注目」

 

 臆することなく入室したニンジャトレーナーは、柏手を打って注目を集めた。瞬間、騒がしかった道場内は静かになった。アオギリホウオウは一糸乱れぬ集中に尊敬の念を抱いた。実にちょろい後輩である。

 

「本日は第3コースの使用許可が下りているから、そこで練習するぞ。細かいメニューは後で指示する故、着替え次第オグリ=サンとアオギリ=サンを案内してやれ。それと、何かあれば言え」

 

 アグネスタキオンが手中のフラスコを掲げた。

 

「これを飲んでくれたまえ」

「うむ。あとで飲む故、どこか適当な場所に」

「了解」

 

 アオギリホウオウはドン引きした。

 

「えっ、ニンジャトレーナーさん……いや、あの飲み物? 飲むんですか? アレどう見てもヤバい奴ですよ?」

「そういう契約だ」

「えぇ……?」

「それに私ならダイジョブだ」

「アッハイ」

 

 なぞの理解があった。




名前……ターフスレイヤー
誕生日……3月21日
身長……171cm
体重……変化しない
スリーサイズ……B76 W57 H79
髪色……尾花栗毛
白斑……流星
目の色……赤(右) 魚目(左)
憧れのウマ娘……シンボリルドルフ
モデル馬……存在しない
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