ここまで本作を読んで下さった読者の方なら、ターフスレイヤーとアオギリホウオウがそれぞれどんな性格をしているかお分かりだと思います。
今回の話はターフスレイヤーの視点で語られます。意図と理由は読み終わる頃には分かると思います。
――ニンジャ。
ニンジャとは、異界の古代日本をカラテによって支配した半神的存在である。
しかし彼らは、いつしか肉体を捨て魂のみの存在となり、表舞台から姿を消した。
時は過ぎ、歴史の影となったニンジャソウルは、電子ネットワークが普遍化した未来において、復活を遂げるのだ。
時に死神として戦い。
時に雷神として謳われる。
異界の忍の魂は、思うさまイクサの花を散らすだろう。
だが、
しかし、
であるならば――。
行きて還る道もなく、
共に往くべき主なく、
彷徨いし神馬の魂は、何を思って駆けるのか。
彼のイクサの終末は、誰も知らない。
ーーーーーーーーーー
アオギリホウオウ=サン。
そもそも、私はさほど優秀なウマ娘ではないんだ。
家柄こそ立派だが、それだけだ。親類縁者の中では、私が最も遅いウマ娘だった。
ギリギリ中央に入れただけの、十把一絡げの一般ウマ娘。
小さい頃から英才教育を受け、レースクラブで走って、それでギリギリという程度の。
それが私だ。
鬼ごっこならともかく、昔からレースで勝った事など一度もなかったよ。トレセンじゃあ、何をかいわんや。
授業でも何でも、同年代の生徒には負け越していた。
それは本格化した後の選抜レースでも同じでな。
そんな私を担当してくれるトレーナーなど、いようはずもなかった。
鍛えて、走って、負けての繰り返し。
それでも心折れず続けられたのは、まぁ意地というか何というか……。
昔から、身近に目標があったからやってこれていた、というのもあった。
あいつは賢いくせに夢見がちなところがあったりしてな。危なっかしくて、放っておけなかった……といえば恰好つけ過ぎか。
……いや、置いてかれたくなかったんだな、幼馴染に。
ん? ああ、シンボリルドルフだよ。
そう、うちの会長だ。
一応、遠い親戚だ。
私と奴は幼馴染でな。物心つく頃にはもう一緒に走り回っていたよ。
そういえば、奴との鬼ごっこでも私が勝った事はなかったな。かくれんぼは私のが上手かったが……。
いや、私とルドルフは同い年だぞ。
教室も同じだった。
まあ、細かい事は気にするな。
あー、同い年というのもあって、遊び以外にも色々付き合わされたな。
昔のあいつはそれはもうやんちゃでな。今でこそ理想のウマ娘らしく振る舞ってはいるが、小っちゃい頃はわがまま放題の気性難ウマ娘だったよ。
デカくなって賢しくなってはいるが、さっきも言ったがどうにも夢見がちでな……。
奴め、自分が頑張れば何とかなると思っていやがる。
傲慢なのさ。なにせ皇帝様だ、それくらいがちょうどいい。
……話が逸れたな。
そうそう、私は未勝利の凡ウマ娘だよという所か。
当然として、努力はしていた。
我武者羅に、全力で、かつ冷静に。けれど、結果は出ない。
そんなのが毎日続いた。
ところで、中央まで上って来て一度も勝った事のないウマ娘は、どうなると思う?
そうだ、例によって私は迷走した。
浅知恵で論文読み漁ってみたり、妙ちくりんなトレーニングに手を出してみたり、山なんかに籠ってみたり……。
オカルトにだって縋ったりした。
三女神像にお祈りしてみたりな。
私を世界一強いウマ娘にしてください!
……とか、何とか。
我ながら、「してください」なあたり情けない。
そんな中、ある模擬レースでな。
珍しく上手く走れて、脚の調子も良かった時の事だ。
最終直線。残り300かそこらだったかな。
ラストスパートの全力疾走中に、私は盛大に転倒してしまったんだ。
最高速からの顔面強打。
最悪、私は死んでいただろうな。そうでなくとも大怪我で病院行きは確実だ。
だがな、アオギリホウオウ=サン。
私は、怪我ひとつなかったよ。
あまつさえ、右眼の虹彩が赤く変色していた。
医師はしきりに首をかしげていたな。視力に悪い影響はなかったので、何だか知らんがとにかくヨシとなったりした。
怪我なくて良かったじゃん、とその時の私は結構のんきしてたよ。
おかしな話だ。
退院後、日常が戻ってまたトレセン生活となってからだな。
なんだか変な感じだったのを覚えている。
何故か寿司を好むようになったり、視力が良くなってたり、いつの間にか筋力が上がっていたり……。
スパイダーウマ、観ただろう?
アレの序盤だな。あんな感じで、いきなりスパイダーウマにでもなったみたいだった。
で、だ。
退院後初の模擬レースで、私は100バ身差をつけて勝利した。
ああ、100バ身差だ。
一応、模擬レースでの事だ。マッチレースという訳でもない。
ぶっちゃけ、勝った実感はなかったよ。
何事かと、周囲は騒然としていた。私自身、レース中も後もずっと混乱していた。
追走のつもりが、いつの間にか逃げていた。スピードを出し過ぎてコーナーに気づかず、思い切り大外回って最終直線、内埒の遠くでゴールしていた。
映像は残っていないが、多分ものすごい変なレースだったろうな。
才能開花どころではなかった。
脚が軽くてな。それどころか、まだまだ加速できた。
全然息が上がらなくて、ゴールした後もしばらく走っていた。
走る踏み込みが強すぎて、芝が抉れて土がむき出しになっていた。
その時、直感した。
私はニンジャになっていた。
そう、ニンジャだ。
無性に顔を隠したくなるし、スシを食べたくなるし、自分の身体にカラテがあるのを自覚できた。
そのどれもが、私をニンジャたらしめていた。
……まあ、直感したとはいえ、その時の私は混乱しきりだったが。
こう、上手く言葉で説明もできなかったし、言ったところで何だソレという話だろう?
いや今でもそうか。ニンジャって何だという話だものな。
模擬とはいえ、ともかく勝ったとなって、件のレースの夜は眠れなかったよ。
勝った嬉しさは、後からゆっくりやってきた。ずっと負けてたからな、時間がかかった。
後日、私の下には大量のスカウトがくるようになった。
若手のエリートとか、ベテランのチーム・トレーナーとか……。
当然として、スカウトされた経験なんてない私は上手く応じる事もできず、訳がわからなくなってその中から一番話しやすそうなトレーナーを選んだ。
ああ、舞い上がっていた。
彼女には悪い事をしたと思う。
あの人には頭が上がらない。迷惑かけっぱなしだ。
……それから、私のメイクデビューはあっという間に決まった。
私のニンジャ身体能力はトレーニング時点で圧倒的だったからな。あとはその力を如何に制御するかという課題だけだった。
それがな、ただ走ろうとすると上手く脚が動かないんだ。振り回されるというか、エンジンだけが立派だったというか。それも、とってつけたようなモンスターエンジンがな。
よく覚えている。
阪神レース場……。
忘れもしないメイクデビュー。
私は緊張していた。
未だ自身に宿るニンジャ能力に懐疑的で、どこか現実感を伴っていなかったのだ。
そりゃ、努力も何もせず一足飛びに強くなったんだ。ウマえもんのひみつ道具で挑もうというんだ、足も気持ちもふわふわするさ。
そして私は走り、勝った。
最初から最後まで掛かりっぱなしで、下手くそな走りだった。
それでも勝ってしまった。
トレーナーは褒めてくれたが、私には勝利の実感がなかった。
上手く走った感じがなかったからな、勝っても負けても納得できない。
誇ってない事を褒められても、困惑するものだろう。
続く小倉記念。掛かって逃げて勝った。
黄花記念。また逃げて勝った。
とはいえ、ここまでくると自分の能力が中央でも十分通用する事を自覚しつつあった。
何せ、下手打っても走れば勝ててしまうのだからな。
傲慢さが芽生えていた。
そうして次走に選ばれたのが、ジュベナイルだ。
夢にまで見た初のGⅠレースだ。それはもう、緊張したよ。
前走で勝っていたとはいえ、なにせちょっと前までは負けっぱなしの未勝利ウマ娘だったのだからな。前日には眠れなかったし、当日はボーッとしていた。
勝負服を着た段になって、そこがレース場だと気づいたくらいだ。
ゲートの中、私は無心になるよう心掛けていた。
スタートと同時、反射的に抜け出していた。
で、気づけば勝っていた。
存外、呆気なかった。
重賞も何も、同じレースに思えた。
来た、走った、勝った。
それだけだった。
あまり、楽しくはなかったな。
ジュベナイルを勝った私にティアラ路線を勧めるトレーナーだったが、私はクラシック路線に進む意向を示した。
そして、それは通った。あの人はウマ娘ファーストだからな。
クラシック路線へ進んだのに深い意図はなかった。ただ、幼馴染の蹄跡を追いかけていただけだ。
……憧れだったんだよ、シンボリルドルフが。
あいつ、昔から本当に強くてな。皆から期待されてたよ。強すぎて、そのうち併せの相手がいなくなって、仕方なしに弱っちぃ私なんかが勤めていたよ。
その頃から、奴に勝ちたいとは思ってた。けれど負けても楽しかった。
うん、あぁ……負け癖は、その時からだな。
まぁ納得はしてたよ。
惚れこんでたからな、ルドルフの才能に。
で、クラシック期か。
トレーナーの指導のお陰で、春になると私は自身のニンジャ能力をある程度コントロールする事ができていた。
当時、私には鍛錬と経験により育まれた、健全な自信があった。
モンスターマシンを乗りこなす自信がな。
クラシック一戦目、迎えた皐月賞。
私は特に掛かる事もなく、デビュー前の様な王道の先行策に出た。
するとどうだ、皆して逃げる私をマークしていたものだからレースはごちゃごちゃ。変なレースのまま終わり、私は直線捉えてゴールした。
メディアは私の作戦勝ちだと報道していたが、そのつもりはなかった。ただ、彼らはデビュー後の掛かる私しか知らないのだから、そう見えたのだろう。
上手に走って勝てたからな。その時はもう、純粋に嬉しかったよ。
続く日本ダービー。これに勝てば引退してもいいと言われる程のレースだ。
既にGⅠを2勝している私だったが、根は負けウマだ。緊張したし、焦りもした。
トレーナーはそんな私を気にかけてくれていたな。淹れてくれたコーヒーが、美味しかった。
けどまぁ、やっぱり当日になると自分との闘いだ。めちゃくちゃ緊張した。
結果、緊張し過ぎてスタートを出遅れ、頭が真っ白になってがっつりバ群に入ってしまった。
完全に包囲された私は、思い通り走れない事にだいぶ苛ついていた。
イライラしたまま、4コーナー曲がって最終直線。
東京レース場はここからが本番だ。私はどうにかして前にいこうとしていた。
その時、ほんの一瞬だけ前が空いた時だ。
私の脳裏……ニューロンに閃くものがあった。
(((跳ね除けろ。まかり通れ! 思い切りぶち抜いて、鈍間な奴等を嘲笑え!)))
不思議な感覚だった。
闘志でなく、戦意で走っていた。
五感が拡がって、第六感が目覚めた様だった。
明確に、視界が鈍化したように見えたのは、その時が初めてだった。
あらゆるモノがスローに見えた。出走ウマ娘の息遣い、脚の回りに腕の振り。全てが遅く、見ずとも音で勘で、手に取るように把握できた。
その時、私は本当の意味でニンジャになっていた。
今まで眠っていたものが、ただ眼前の敵を打ち負かす……カラテが漲っていた。
気づけば、ではない。自分自身の意思で芝を蹴り、ニンジャの力を開放した。
後方から一気に、私はグングン加速して、ひとり抜け出し先頭を置き去りにゴールしていた。
そして、私はダービーウマ娘になった。
観客が湧いていた。
真の熱戦だ。王者のロマンだと騒ぎ立てていた。
それまで何処か上の空だった私が、ようやく現実感を伴って賞賛を受け取ったのだ。
その甘さとくれば、筆舌に尽くし難い。
圧倒的な勝利。敗者を踏みにじる優越感。負けウマだった自分を讃える歓声。
傲慢に、誰憚る事なく、声援に応えてみた。
湧き上がる観客が、情けない私を満たしていた。
……ああ、そうだ。
この頃から、私は更におかしくなった。
まず、トレーナーの言う事を聞かなくなった。
トレーニングなど最低限で、管理される事をとかく嫌うようになった。
それどころか、当時の私はトレーナーの事を何かレースに出るのに必要な備品程度に思うようになっていた。
夏合宿中も、私は真面目にトレーニングする同期たちを尻目に遊び惚けていた。門限破りなど序の口で、警備の目を盗んで勝手に遊びに行ったりもしていた。
当然、そんな私を見かねて色んな人から注意された。トレーナーに、教員に、シンボリルドルフも。だが、そのどれにも愚かな私は耳を貸さなかった。
自分より弱い奴に従えないし、自分より弱い奴は私に従うべきだ。
本気で、そんな事を想っていたよ。
まったく度し難い……。
夏が過ぎると、私の暴走は治まるどころか悪化していた。
授業はサボるようになり、夜更かし夜遊びは毎度の事。あまつさえ太らないのをいい事に暴飲暴食を繰り返していた。
だが、そんな私でもレースで結果を出せば認められた。弱肉強食。勝てば官軍とでもいうべきか。
現在でこそ品行方正を求められるトゥインクル・シリーズだが、昔はそうでもなかったらしい。喧嘩に不祥事は日常茶飯事で、素行は評価の対象外だった。当時もその名残があったんだ。
甘えていたんだな、私は。
その後のローテは知っているだろう?
伝説だの神話だの言われるが、その実ただの我儘だ。
クラシック最後の菊花賞。あえて出遅れて勝った。
エリザベス女王杯。大外からの一気で勝った。
ジャパンカップ。上手に走って華麗に勝ってみせた。
この時点で私のGⅠ勝利数は六だった。
残す有馬記念を制すれば私はかの皇帝に並ぶ七冠の栄誉を得る訳だ。
そんな中、あるウマ娘が久しく有馬の出走を表明した。
シンボリルドルフ。
皇帝自ら私の七冠を阻みに来たのだ。そう、メディアでは言っていたな。
彼女の思惑は分からなかったが、その報を知った私は歓喜した。
来る有馬に向け、コンディションを整えた。真面目にトレーニングを行い、ただただルドルフと競う事だけを考えて過ごしていた。
ある意味、競技者としては健全だったな。
嬉しかったんだ、皇帝と……ルドルフと走れる事が。
なにせ、小さい頃から差をつけられてきた幼馴染だ。
さっきも言ったが、憧れだったんだ。奴の才能も努力も……夢だって、ずっと前から知ってたからな。
そんな幼馴染と有馬で走れるんだ。同じレースに出る事を、ずっと夢みていた。楽しみで仕方なかった。
あー、そういえばその頃に私はオヌシと会ったのだったな。
……覚えていないが。
すまない。ダービー以降の記憶は虫食い状態でな。プライベートな事はちょこちょこ忘れてしまっているんだ。
そして、有馬記念当日だ。
ダービー以来、久々に緊張して本バ場に入った。
気合も、やる気も、十分だった。
本バ場で、私は奴に話しかけた。
走れて光栄だ。良いレースにしよう。今回は私が勝つ。
私はそんな事を言っていたと思う。
対し、ルドルフは一言。
「君を止めにきた」
そう言って、ゲートに入っていった。
結果は……知っての通りだ。
ハナを切って、走って、10バ身差の大差勝ちだ。
2着のルドルフと後続の差を考えると、大差というのも憚られる。悲惨な結果だった。
ああ、悲惨だったとも。
私は……あの時、本当におかしくなっていたんだ。
忘れもしない。よく覚えている。
大きな歓声。私を讃える実況。中山を震わすスレイヤーコール。
私は……私は満たされたまま、ルドルフに駆け寄って、言ったんだ。
ついに有馬記念で勝ったぞ。これでお前と並べる。
勝利の余韻に酔っていたとはいえ、当時の私は聊か以上に夢うつつだった。
そして、シンボリルドルフの眼を見た時だ。
あいつ、絶望しきった眼をしていたよ。
ハッとなった、というべきか。
私は夢から覚めたような感じになって、急に現実感を持って周囲を見渡した。
私の目の前には、死屍累々に絶望するウマ娘達がいた。
同じメイクデビューを走ったウマ娘。ダービーで走ったウマ娘。ジャパンカップで2着だったウマ娘。
彼女らは一様に、虚ろな目で私を見ていた。
シンボリルドルフ……私の友達でさえ、例外ではなかった。
背中越しに私を賞賛している声が聞えていた。
視界いっぱいに夢破れたウマ娘の顔があった。
……その後の事は、よく覚えていない。
気づけば私はウイニング・ライブをすっぽかし、何処かよく分からないまま走り出していた。
どこに向かっていたのか、いつまで走っていたのかも分からない。
レースから、ルドルフの視線から逃げたんだ。
また目が覚めた時には、病室で寝かされていた。
聞いた話によると、私は金閣寺で倒れていたらしい。
そう、その金閣寺だよ、京都の。
中山レース場から走ってきたんだろうな。状況証拠的に、徒歩で。
で、病院に担ぎ込まれて、しばらくして起きたのだと……。
それから、病室にトレセンの人たちとトレーナーが来て色々話をした。
体調やメンタルの事。
私への取材が殺到している事。
色々言われたが、みんな私を心配してくれていた。
そんな人たちに、私は言った、
もう走るつもりはない、と。
その時からだよ、アオギリホウオウ=サン。
私はレースをやめたんだ。
無論、トレセンの方々やレース関係者、トレーナーには迷惑をかけたなんて、そんなレベルの話ではない。
引退というには早すぎるし、当時ターフスレイヤーというコンテンツは業界的にも経済的にも非常に大きなものになっていたんだ。
URAも、トレセンも、私を説得した。
だが、私は断固として引退を撤回しなかった。
引退会見に、私は出なかった。カメラのフラッシュが怖くて仕方がなかった。
カメラは、ずっとトレーナーを写していた。
本当に、あの人には申し訳なく思っている……。
退学届を出した後、私はしばらく色んなところを旅していた。
北海道や、沖縄。アメリカにも行ったし、アイルランドにも行った。インドではヨガを習った。知らない森で遭難した事もあった。
帰国してからは都会を避けて山に籠っていた。当時の私は現役時代とは別方向におかしくなっていた。
所謂自分探しの旅をしていた……というか、完全に逃避行だった。
そして私は、とある島に住むという伝説のウマ仙人の下、内なるニンジャ性と折り合いをつけ、何とか社会復帰の目途をつけた。
滝行したり、瞑想したりな。外から逃げるのではなく、内と向き合うべきだったんだ。最初からな。
伝説のウマ仙人を教えてくれたカレン=サンにも頭が上がらないな。
カレンチャン=サンだ。知らないか?
ああ、合ってるぞ。
伝説のウマ仙人も実在した。
それから私はトレセンに戻り、迷惑をかけた関係者達に謝罪して回っていた。
そんな中、今の理事長と会長が私にトレーナー業を勧めてきた。
特にやる事もなかった私は、やる事もないなりに勉強して、トレーナー資格を取った。詳細は省くが、国際資格を貰ってからURAでの活動許可を得た感じだな。だいぶ時短できた。
幸い、ニンジャになった事で私の学習能力は強化されていたから、取るだけならそんなに難しくなかった。トレーナーはそこから大成するのが難しいのであって……。
まぁ、ニンジャ能力様様だ。誇れやしないが、色々便利だ。
トレーナーになったのは、勧められたからというのもあるが……。
やっぱり、レースに関わる仕事がしたかったんだ。
未練があった。ずっと、子供の頃からレースの事ばかりだったからな。
どうせなら、好きな事で生きていたいものだろう。
そうして、トレーナーになって初めて担当したのがオグリキャップ=サンだ。
カサマツで初めて会って、すぐにピンと来た。
原石だった。ルドルフに勝るとも劣らぬ、本物のスターだと直感した。
奴は……本当に眩しいウマ娘だ。
純朴で、強靭で、どこまでも愛に満ちていた。
オグリ=サンと出会えたのは、私のウマ生で最高の幸運だった。
彼女のお陰で、私は今もトレーナーをやらせてもらっている。
その後の事は、まぁ知っているだろう。
チームを作り、ウマ娘を指導し、今こうしてオヌシと話している。
私なんかには勿体ないくらい、充実したトレーナーライフを送らせてもらっているよ。
ありがとうな、アオギリホウオウ=サン。
……ああ、私がレースを辞めた理由だったな。
なんて事はない。
走るべきでないと思ったから、辞めたんだ。
アオギリホウオウ=サン、オヌシはあまりゲームに馴染みがないんだったな。
けどまぁ、例えやすいから聞いてくれ。
オンライン対人戦。とりわけ多人数のPVPが行われるゲームでは、往々にしてチーターという迷惑なプレイヤーが跋扈しているんだ。
チーター。つまりチートを使うプレイヤーの事だな。簡単に言ってしまえば、ズルだ。
レースで例えると、そいつだけ埒を飛び越えてゴールできるとかになるか。あるいは違法薬物の使用か。とにかくズルだ。
で、だ。そんなチートを使う奴が一人でもゲームにいるとな……。
つまらなくなるんだよ、そのゲームが。
そうだろう? みんな正当なルールで真っ当にプレイしているのに、そいつだけルール無用で滅茶苦茶するのだ。
実際しらける。通報不可避だ。
……ああ、そうだ。
私は、一番好きな遊びを自分自身の手で滅茶苦茶にしてしまった事が嫌でレースを辞めたんだ。
チートで負かした相手にも申し訳なく思っている。だが、辞めた理由で一番ウェイトを占めているのはそこなんだ。
外せないチートのせいで、前みたいに遊べなくなってしまったんだよ。
挙げ句、最悪に下品な蹄跡まで残してしまった……。
……そうなんだ。
本当にそれだけなんだ。
我ながら、身勝手が極まっている。
まったく、度し難い。
……まぁ、そんなところだ。
実際しょうもないだろう。
私もそう思ってる。
さぁ、明日も早い。
冷えるといけない、そろそろ部屋に戻れ。
布団に入って、目を瞑っているだけでもいい。
何なら温泉に入るのもいいだろう。暖まるぞ。
歯も磨けよ。
ああ、おやすみ。
アオギリホウオウ=サン。
感想評価など、よろしくお願いします。