エピローグ。本日2話目。
前話を読んでない方はそちらからお願いします。
「魔の一年だった」
昨年の事を振り返った時、レース関係者の多くはこのような旨の発言を残したという。
一難去ってまた一難。激動に次ぐ激動。忙しいにも程があった。関係者一同、すっげぇ疲れちゃったのである。
桜が散って、一周回って、また咲き誇る。
例によって例の如く色んな事が起きたりしつつ、例のファン感謝祭から一年の時が経った。
件の学園祭はトゥインクル・シリーズ全体に大小問わず少なからぬ変化をもたらした。
中でも最も大きな変化といえば、レースを牽引してきたウマ娘二名の現役引退だろう。
方や七冠の皇帝・シンボリルドルフ。
彼女は思い残しはないとばかりに有馬記念を最後のレースとして走り、ドリームトロフィーリーグへとその身を移した。
曰く、これからはトレセンやトゥインクル・シリーズに限らず、ウマ娘全体を支えていく意気込みらしい。
方やカサマツの英雄・オグリキャップ。
彼女は有馬記念で有終の美を飾り、ルドルフと同じくドリームトロフィーリーグに移籍する事になった。
曰く、レースそのものを引退するつもりでいたが、ルドルフと競ってみて気が変わったらしい。彼女の夢の先はまだまだ続く。
変化はそれだけではなく、トレセン関係者においても同様だった。
まず、ニンジャトレーナーことターフスレイヤーがトレーナー業の引退を発表した。
次いで、チーム・アルデバランのチームトレーナーをトレセン所属の樫本理子に引き継ぐ事となった。これは関係者内で何度も話し合われた事であり、引継ぎは円滑に完了した。
また、これまでドリームトロフィーリーグに在籍していたアグネスタキオンは正式にレースを引退し、兼ねてから準備していたトレーナー資格を取得した。今は正式にアルデバランのサブトレーナーを務めているが、その生活には変化はなさそうである。
そんな変化の多いアルデバランだったが、今も変わらないメンバーもいた。
ミホノブルボンは現役続行を表明し、未だ開拓不十分な世界の壁に挑み続けるのだという。そんな彼女をリスペクトするウマ娘は後を絶たない。
ライスシャワーは長距離路線を中心に世界に挑みつつ、最近では絵の勉強をしている。美大に行くかどうかは検討中。走った後の道も、その蹄跡が無意味になる事はない。
アグネスデジタルは日本が誇る万能のやべーやつとして、今なお世界の芝とダートを荒らしまわっている。最近、ウマッターに投稿したウマ娘4コマ漫画が盛大にバズり、出版され、重版され、あれよあれよと有名ウマ漫画家となっていた。当のデジタルが一番困惑している。
また、お騒がせチームのアルデバランを中心とした激動は、少々遅れてトレセン界隈にもじわじわ影響を与えていた。
日本各地、地方・中央の入学式で、白面や魚目のウマ娘がちらほら入学してくる様になったのである。
もともと希少な髪と目であるという事もあり、決してすごく増えたという訳ではないのだが、これまで表舞台に出てこなかったウマ娘が能動的になっている雰囲気があると、緑のたづなさんはコメントした。
そして、トレーナーを引退した当のターフスレイヤーは、今なにをしているのかというと。
それは……。
「ハロー・ウマチューブ! ドーモ、ターフスレイヤーです! 今回は先日行われたグランドライブにてセンターを務めたスマートファルコン=サンのところに来ています! ファル子=サン、ドーゾ!」
「はぁい☆ あなたのハートをスマートにダッシュ♪ スマートファルコンです☆ ファル子が逃げたらー?」
「追うしかなーい!」
と、このように動画配信者になっていた。
これにはアルデバランのメンバーはおろか、親友のシンボリルドルフさえも、そしてレースを愛する全ての人々の度肝を盛大にぶち抜いた。
現在、彼女のUmatubeチャンネル登録者は200万人を突破し、もうすぐ250万人の大台に乗ろうとしている。
配信内容はというと、トゥインクル・シリーズを走るウマ娘たちの取材や、ダンスや歌唱やトレーニングの解説。トレーナー試験の勉強法や、論文解説などである。こっちはちょっと真面目路線。
それに加え、サブチャンネルの方ではゲーム実況やコラボ配信、モトブログ動画。歌ってみた踊ってみた雑談相談などなど……とにかく幅広く配信している。ちなみにメインよりサブの方が登録者が多い。
トレーナーを辞めたターフスレイヤーは。配信者生活をめちゃくちゃエンジョイしていた。
「なんか枷が外れたような気分」
とはターフスレイヤーの談。
そして最後に、アオギリホウオウは今……。
遠くイギリスの地で走っていた。
ーーーーーーーーーー
大英トレセン学園。
此処は、イングランドはニューマーケットに門を構える世界最古のウマ娘養成機関である。
霧の白む早朝。そんな英トレの広い芝コースに、一人のウマ娘の影があった。
彼女は「いちにーさんしー」と声に出しながら、粛々と動的ストレッチを行っていた。
大きな動脈から、末端の血管の隅々まで血を巡らせるように、徐々に徐々に身体をヒートさせていく。
やがてストレッチを終えると、彼女は歩くような速さで駆けだした。踏み込む芝と、足裏に伝わる触感に意識を向け、リズミカルな呼吸と共にコースを走っていった。
走りながら、彼女は霧越しの青空を眺め見た。その右眼は霧の先の空のように青白い魚目で、前髪全体は夏の雲のような白面だった。僅か差し込む光が黄金の髪を輝かせる。
白面片魚目尾花栗毛のウマ娘――アオギリホウオウは、今日も今日とてトレーニングに励んでいた。
脚を上げていく。一人では限界を超えないように、ゆっくり暖気を取り込むように。しばらくすると、彼女は人間はおろかウマ娘でも1000m走ればバテる程度の速さでジョギングをしていた。彼女からすると、これでも準備運動なのである。
時に人は、アオギリホウオウを指して「スタミナお化け」とか「根性の権化」とか称するが、実際のところ両者ともアオギリはそれらスペシャリストには及ばない。
仮にそれら能力値を数値化した場合、スタミナであればメジロマックイーンやキタサンブラックの方が高く、根性であればタマモクロスやメイショウドトウの方が高いだろう。
なら、何故彼女が先述の様な通り名で呼ばれているのか。
答えは、アオギリホウオウとターフスレイヤー、それとアグネスタキオンだけが知っている。
多くの人は、そこに強さを見る。けれど、その本質とは弱さと欠落の産物なのだ。タキオンの言う通り、物事は多面的であるものなのだ。
アオギリホウオウは走り続ける。
しばらくすると、うっすら霧が晴れてきた。芝の平地を朝陽が照らし出す。湿った空気が頬を撫で、その中に好きな匂いが混じっていた。
ぐるりと大きく一周し、アオギリは元の位置に戻った。すると、太陽を背にしてこちらに向かってくる影が見えた。アオギリホウオウからすると、その正体はシルエットだけで分かる。
「ドーモ、久しぶりだな、アオギリ=サン」
「お久ぶりです、師匠!」
ターフスレイヤーだ。彼女は以前着ていたようなスーツやお面は付けておらず、革ジャンにジーンズというラフな格好で、かつ決断的な書体で「忍」と書かれたクソダサTシャツを着ていた。
少々ラフ過ぎる気もするが、仮面を外してからというもの曰く“無敵メンタル”になったターフスレイヤーにモノを申せるウマ娘はいなかった。
さて、何故現在大人気Umatuberであるターフスレイヤーが此処イングランドのトレセンにいるのかといえば、色々あるが一言で言うと相談役だ。
現在、ターフスレイヤーは動画配信者であると同時に、URAの雇われ国外スタッフでもある。彼女は自身がマルチリンガルである事を活かし、海外遠征に行ったウマ娘の様子を見ているのだ。
トレーナーとして指導する訳ではないが、海外留学中の相談やメンタルケアを目的としている訳である。
トゥインクル・シリーズのウマ娘は、プロアスリートであると同時に守るべき子供なのであるからして、それには頼れる相談役が必要なのだ。と、カワカミプリンセスのトレーナーが熱弁していたが故の措置だ。
これも、変化のひとつだろう。
そして、これ幸いとばかりに滞在国ごとに出来る動画撮影なども予定されているのだから抜け目ない。先日は「【閲覧注意】本場イギリスのウナギゼリー食べてみた」を撮影してきたところであり、イギリス滞在中も精力的に配信していく予定らしい。
ただでさえ多忙だったトレーナー時代よりさらに多忙を極めている訳だが、それはもう充実しているようだ。
「調子はどうだ? 睡眠と腹の具合は? 飯は口に合っているか? クラスメイトとはちゃんとコミュニケートできているか?」
と、矢継ぎ早に質問してくるターフスレイヤーは、まだちょっとトレーナーの気が抜けていない。
アオギリホウオウはそれらの問いを全て無視し、
「ええ、全部ダイジョブです。それより師匠」
「なんだ?」
「ちょっとそこまで走りませんか?」
「む」
と、アオギリはすんなり言ってのけた。
三冠ウマ娘に対し、ちょっとそこまでと並走を頼むのはけっこうハードルが高い。
ある意味、彼女も成長していい感じに図太くなっていた。
「軽くじゃなくて本気で。最近、運動不足ちゃいます?」
「む、しかしな……」
反射的に断ろうとしたターフスレイヤーだったが、「いや」と首を振ってアオギリホウオウに向き直った。
「ああ、走ろう」
「ええ、よろしくお願いします」
やがて、どちらともなく並び立ち、スタートダッシュの構えを取った。
優しい風が吹く。
アオギリホウオウの髪がなびく。白面が揺れ、青白い右眼が朝日に輝いた。
ターフスレイヤーの髪がそよぐ。煌めく尾花栗毛が光を反射し、青白い左目とルビー色の右目が闘志に燃えた。
呼吸が重なる。芝が舞い上がる。霧が晴れ、光が差し、どこかで鳥が羽ばたいた。
次の瞬間、二人は同時に駆けだした。
深い芝を踏みしめ、空気を切り裂くように走り抜く。肌に感じる風は故郷とはまるで違う。
これでいいのだ。これがいいのだ。
かつては、現実から逃げる為に走った。
けれど今は、ただ走りたいから走っている。
これ以上、何があるというのだろう。
チラリと、アオギリホウオウは横目にターフスレイヤーを見た。
チラリと、ターフスレイヤーは横目にアオギリホウオウを見た。
疾走する二人は、あえて並んでいた。
頃合いを見て、ターフスレイヤーはスピードを上げて前に出た。すると、待ってましたとばかりにアオギリホウオウも思い切り芝を踏みしめた。
ぐんぐんと、ふたつの影は金の残光を描いていく。
それは接戦のようでいて、互いの動作全てを把握しているダンスの様であった。
二人は、ただ走る。
生まれも育ちも、何もかも違う二人は、意味も理由もなく走り続ける。
夢を追い越したウマ娘が駆ける。夢を追い続けるウマ娘が駆ける。何もかも違う二人は、この瞬間だけは同じだった。
そうやって、ニンジャと白面は明日を往く。
地の底から、天の彼方へ。
遠く、遠く、虹の向こうまで届くように。いつまでも安心して見ていられるように。
しっかりとした足取りで、ほんの少しずつ子供でなくなる様を。
大好きな人たちの為に、蹄跡を残すのだ。
――ウマ娘。
ウマ娘とは、競走によって諸人を魅了する半妖精的存在である。
その魂は異界より授けられたモノであるとされ、電子ネットワークが普遍化した現在においても未だ謎多き生命である。
神秘に満ちた彼女らは、すべからく疾く駆けるべしと感じ、自他の夢を乗せ走るのだ。
その走りに、人は夢を見る。
異界より賜りしウマ・ソウルを宿す彼女らは、時に数奇で時に輝かしい歴史と共に走る。
運命に定められて、ではない。
魂に囚われて、ではない。
走るのが好きだから、走るのだ。
それはきっと、どのウマ娘も同じ。
友に負け、競走に負け、運命に負け続けたウマ娘も。
戦に狂い、主と離れ、たった独りの異界の神馬も。
栄光もなく、蹄跡も歪で、誰の夢さえ背負わずとも。
みんな、そうだ。
その生きる道そのものが、輝かしいのだから。
二人は二人の道を往く。
彼女達のレース結果は、誰も知らない。
ニンジャと白面、完。