【完結】ニンジャと白面   作:いらえ丸

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 感想感謝、投稿意欲が湧いてきます。



 レース前の競走相手登場回です。対戦よろしくお願いします。


ぶっちぎりロード

「さぁコーナー曲がって最終直線! 先頭は変わらず5番ハートオブスイート逃げています! 2番リードサスペンス並びかけていますが厳しいか。おっと内から内からアオギリホウオウが追ってきた! リードサスペンスかわしました先頭に食らいつきます! 詰めていく詰めていく逃げ切れるかハートオブスイート! 今ゴール! 3番アオギリホウオウ見事勝利!」

 

 メイクデビューの後、アオギリホウオウは間を空けて中山レース場で行われる野芙蓉ステークスに出走し、これに勝利した。

 

「ここから追い越してくるウマ娘はいるでしょうか。6番アオギリホウオウ逃げきれるか。逃がすまいと先頭集団も上がってきましたが、並ばない並ばない! 今、ゴールしました! 勝ったのは6番アオギリホウオウ一人旅! 京都ジュニアステークスを制したのはアオギリホウオウ! メイクデビューから数えて3連勝です! これは確かな実力!」

 

 そして、続く京都ジュニアステークスを勝利し、3連勝。

 アオギリホウオウを運否天賦の掛かりウマと侮っていた界隈も、その実力を疑う事はなくなりつつあった。

 

 ジュニア級、中距離無敗。

 この段になって、アオギリホウオウの知名度は跳ね上がる事となった。

 少数精鋭のアルデバランに所属し、王道のクラシック路線を目指す期待のホープ。白面両片魚目尾花栗毛という目立つ容姿も相まって、その人気と実力は今や世代代表の一人と数えられるようになっていた。

 特にレース好きの若年層にはアオギリの獣めいた大跳び走法がクールであると話題になり、一部では魚目を模した青のカラコンが売れていた。

 だが、人気者の宿命というべきか、トゥインクル・シリーズファンの中には彼女の独特な走法を指してあげつらう層や、時代錯誤なレース戦術を指して「レースをバカにしている」と評する層も現れるようになった。それは評論家や自称有識者、あるいは単なるアルデバランアンチが主になっている様であった。

 

 この状況を読んでいたターフスレイヤーはというと、世間での評価がどうのこうのと教えを説こうとしたわけだが……。

 

「あ、ウチそういうん気にしてないんで大丈夫ですよ」

 

 あっさり流されてしまった。嬉しいような寂しい様な気持ちになるトレーナー心であった。

 とは言いつつ、アルデバランアンチ記事に対しては……。

 

「なんやこのクソ記者ァ!?」

 

 と、ブチギレたりするのはご愛敬。

 

 そんなこんな、アオギリホウオウは世代を代表する人気ウマ娘となっているのであった。

 

 アオギリホウオウ。時計を左回りさせるようなウマ娘。

 彼女が次に見据えるのは、GⅠレース。

 ホープフルステークスだ。

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 時は過ぎ、年末のレースに界隈がそわそわし始める月の頃。

 トレセン学園の片隅で、アオギリホウオウは乙名史と名乗る女性記者からインタビューを受けていた。

 これまで頑なにメディアを遠ざけていたターフスレイヤーの許諾を受けて来た記者らしく、テンションこそ高いがまともな記者であった。

 どうやら相手方はウマ娘に理解のある記者の様で、練習の合間に行われたインタビューはスムーズに進んでいった。

 

「最後にホープフルSに向けての意気込みをお聞かせ下さい!」

 

 テンション高くメモ帳片手に訊いてくる乙名史。アオギリホウオウはあえて自信満々に笑んでみせた。

 

「はい。ウチを育ててくれた両親。支えてくれたチームの先輩方やトレーナー、応援してくれるファンの皆様に感謝して全力で走るつもりです」

 

 会心の返しだった気がする。いや、タフスレフリーク的にはもっと思い切った事を言っても良かったかもしれない。そんな事を思いつつ、アオギリホウオウの取材は終了した。

 

「ふぅ……」

 

 疲れた。というか、慣れない事をすると何だか落ち着かない。アオギリホウオウは小さく息を吐いた。

 するとそこへ、誰にも気づかれる事なく赤黒頭巾のお面ニンジャがシュシュッと参上した。

 

「こういった取材は増えていくぞ」

「はい。嫌でも慣れます」

「良い調子だ」

 

 この怪人との付き合いも半年を過ぎた。こうやってステルスしてくるのにも慣れてくる。

 

「良い知らせがある」

 

 すると、、ニンジャトレーナーは徐に懐から茶封筒を取り出し、声色軽く云った。

 

「ついさっき、勝負服が届いたぞ」

「マジですか!」

 

 

 

「ほえー」

 

 いつものアルデバラン・ドージョー。アオギリ充ての荷物を開封し、その中身に袖を通したアオギリホウオウは大口開けて呆けていた。

 そんな彼女を取り囲むようにして、アルデバランの面々は初勝負服姿のアオギリホウオウをまじまじ見つめていた。やはりウマ娘というべきか、各々興味津々な表情である。 

 

 勝負服。それはトゥインクル・シリーズを走るウマ娘達が憧れる夢の衣裳だ。

 その種類はウマ娘の数だけ存在する。唯一無二、自分だけの衣裳。GⅠレースでは、ウマ娘たちはこれを着て走るのである。特別なレースでのみ着用する、特別な服。トゥインクル・シリーズを走るウマ娘にとって、勝負服とは極めて重要視される衣装なのである。

 

「いや、何かこう……実際に形になってんの見ると、何とも言えん気持ちになりますね」

 

 そう言うアオギリホウオウの勝負服は、シンプルな袴スタイルの和服であった。

 走りやすく切り詰めた野袴に半着の組み合わせは、まさに道着か戦装束かと言った風情である。また手足にはブレーサーとレガースが装着されており、首に巻かれた長く真っ赤なマフラーも相まってどこか侍や忍者にも見える。

 全体的に「和」の意匠を取り入れつつ、戦闘的なカッコよさと機能的なスタイリッシュさを両立したナイスデザインだった。

 

「どことなくちょっと忍装束っぽいのは現役の時のトレーナーを意識しているのか?」

 

 やはりウマ娘というべきか。オグリキャップが気づいた事を訊いた。対し、アオギリホウオウは耳をピコンと立てて反応した。

 

「はい、そうなんですよ! ウチ、師匠見て走ろ思った口なんで、デザイナーさんにはとりま和風っぽいのでーってお願いさせてもろたんです! そしたら武士なんか忍者なんか武芸者なんか、そんな感じになりました!」

 

 むふー。と鼻息を吹くアオギリホウオウ。当のターフスレイヤーは何とも言えない表情で見ていた。

 

「あっ、よく見たら耳飾りが桐のお花なんだね!」

 

 花に関してはライスが詳しい。ライスシャワーはいつもと違うアオギリの耳飾りに反応した。対するアオギリはちょっと耳を垂れさせた。

 

「あー、これ。原案にはなかったみたいなんですけど、いつのまにか付いてましたね」

 

 言って右耳を弄るアオギリホウオウ。普段は質素な耳飾りを付けている分、お花のアクセサリーはちょっと気恥ずかしいのである。

 そこに研究者らしい観察眼を光らせていたアグネスタキオンがにやりと口橋を歪めた。

 

「いいや、デザイナーは良い仕事をしているよ。桐の花には“高尚”という花言葉があるんだ。古の走りを体現するホウオウにうってつけじゃあないか」

「こうしょう? わぁ、余計恥ずいっすわ~」

 

 と、耳を弄るのを止めてブレーサーを弄りだしたアオギリ。タフスレフリークである自分は相当俗っぽい。高尚など、とんでもない。

 

「似合ってるよ!」

「はい、とても相関性が高い耳飾りだと推定します」

「やー、そないな事言われましても反応に困るっすわぁ」

 

 ライスとブルボンの褒めちぎり攻撃。効果は抜群な様で、アオギリは今度は袖をイジイジし始めた。

 

 わちゃわちゃ、がやがや。

 

 アルデバラン・ドージョーは、どうにも緩いアトモスフィアに包まれていた。

 

「せっかくだから写真撮ろうよっ、記念に!」

 

 しばらくして、ライスシャワーがそのように切り出した。

 自分の為ではなく、自分達の為の提案であるところが実に彼女らしい。

 

「うむ。そんな事もあろうかと一眼レフを用意しておいたぞ。この後は勝負服で練習をするので各員も勝負服に着替えてこい。チームの歴史がまた1ページだ」

 

 応じるターフスレイヤーも抜かりはない。その手にはこれまたゴッツいカメラが握られていた。

 アルデバランの面々――意外にもアグネスタキオンも――は言われた通り勝負服に着替え、緑の芝が美しいトレーニングコースに集合した。

 

「では撮るぞ」

 

 三脚を立て、カメラを構えたトレーナーが云う。

 カメラの前には各々の勝負服を着たチームメンバーが立っていた。真ん中にアオギリホウオウ。その隣にブルボンとライス。背の高いオグリは後ろに立ち、タキオンは端っこで斜に構えていた。

 

 その時、ライスシャワーがミホノブルボンを見た。ブルボンはタキオンを見た。タキオンは首を振ると、オグリキャップを見た。オグリキャップは頷き、カメラの方に駆けだした。

 

「ほら、トレーナーも入ろう」

「むっ」

 

 ウマ娘の脚力は人並みなどでは決してない。突如走り出したオグリキャップはカメラの前のトレーナーの腕を掴むと、無理やりチームの中心に立たせた。

 真ん中に魚目の二人。意図を察したターフスレイヤーは、これでは後ろのオグリが中途半端になると思い、少し屈んだ。

 

 パシャリ。

 

 フラッシュはない。ウマ娘はカメラのフラッシュを嫌うからだ。

 チーム・アルデバラン集合写真。フィルムに収められた写真には、かつてより輝かしい未来が写されていた。

 満面の笑みのアオギリホウオウ。その隣で苦笑するターフスレイヤー。隣にライスとブルボンがいて、タキオンが泰然自若と立っていた。オグリは写真慣れしたアルカイックスマイルを浮かべている。

 

 後日、現像されたソレを見て、アオギリホウオウは友達と一緒に写真立てを買いに行くのであった。

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

「取材!? はえー、凄いなぁアオちゃん」

「相手の人が雰囲気良い人やったから、なんとかなったわ。それでも緊張したけど」

 

 いつもの食堂。お馴染みの同部屋二人は相席して昼食を食べていた。

 山盛りのシーザーサラダをカッ喰らうアオギリホウオウに対し、向かい合うカブは耳をピコピコさせながら野菜スティックをかじっていた。

 

「アオちゃんのとこ……アルデバランは取材のほとんどを断ってるんだよね。でも今回は受けたんだ」

「らしいで。なんや前にオグリ先輩の取材で頭おかしい連中がおったみたいで、そん時からトレーナーが精査した人だけ受け入れとるんやってさ。今回は信用できる人やったみたいや」

「あ、頭おかしい連中……。うぅ……なんだか怖いなぁ……」

 

 あっけらかんと言うアオギリホウオウだったが、カブは耳どころか尻尾まで萎えさせて怯えてしまった。

 24時間密着オグリキャップ事件は、トレセン的にもアルデバラン的にもアンタッチャブルな事件なのである。真相を知らされて加害者に良い印象を持つ事はできないアオギリだった。

 

「まぁそんなこんなでアルデバラン……というかうちのトレーナーはどこやったかの会社とはお互い嫌い合っとるんやと。で、今回来たんが乙名史さんやったんや。読んだ事ない? 月刊トゥインクル」

「あ、あーっ! 読んだ事あるよ! 記者さんの名前までは知らなかったけど……。えっ、じゃあ今度アオちゃんがあの雑誌に載るの!?」

「らしいで」

「ひょえー、すっごい」

 

 かしましく談笑する二人。カブの耳と尻尾が機嫌よく振られていた。仲の良いウマ娘たち、実に和やかな風景である。

 と、その時だ。

 

「失礼。アオギリホウオウさんですわね、ちょっとよろしくて?」

 

 背後に影。アオギリホウオウには聞き慣れない声。ちょっとミーハーなとこのあるカブには見知った容貌が着座する二人を見下ろしていた。

 

「えーっと……」

 

 振り向いて視線を合わせるアオギリホウオウ。見覚えのあるような無いようなウマ娘であった。

 先っちょがクルッと回った栗毛が特徴的な、如何にもお嬢様然としたウマ娘。知っているはずだが、思い出せない。

 記憶の奥を探る中、向かいのカブが「インッ、ペラッ」とヒントを出していた。そこまできて、アオギリホウオウはようやく思い出した。

 

「キンピラニーチェさん!」

「インペラトリーチェですわ!」

 

 凄まじい速さの切り返し、ウマ娘でないと間がなかったとさえ思えたであろう。どうにも慣れている風でさえあった。

 

 インペラトリーチェ。デビュー前から注目されていたウマ娘だ。アオギリホウオウが連勝するまでは、トライアンフとスペードテンに並ぶ世代三強と呼ばれていた。

 そんな彼女だが、現在はアオギリ含む世代四強の一人である。

 

「あー、すんませんすんません。で、何か用ですか?」

 

 むしゃむしゃもごもご。アオギリホウオウは言い終わると同時に残りのサラダを全て頬袋に収めた。

 

「まっ!」

 

 それを見たインペラトリーチェはやや驚いた後、心底呆れた顔になった。

 

「貴女ね、話しかけられておいてその態度は何ですの? まったく、これだから田舎者は礼儀がなってないですわ!」

 

 むしゃむしゃもごもご……。

 咀嚼しながら聞いていたアオギリホウオウだったが、口の物を飲み込んで、お茶を飲んで、それからインペラトリーチェの眼を見ながら、云った。

 

「わかる」

「わかるんですのっ?」

 

 意外、それは肯定。

 インペラトリーチェ視点、憤然と抗議してくるか、冷静に受け流してくるかと読んでいたのである。

 が、対するアオギリホウオウは自身が田舎者である事を認めつつも、ド田舎を下に見る感覚の持ち主であった。

 

 アオギリが地方の農村出身であるという事は既に周知されていた。以前特集が組まれた時に、資料として提出していたのである。インペラトリーチェは田舎者特有の田舎コンプレックスを突っついてやろうとした訳だが、見事にスカされてしまった形だ。

 

「やー、ウチ田舎嫌いで東京好きなクチやし。地方より都会や言う気持ち分かるで」

 

 これまたあっけらかんと言う白面ウマ娘に対し、今度は心底理解できないといった表情の栗毛ウマ娘が訝しげに返した。

 

「貴女、故郷けなされて平気ですの?」

「やからウチ田舎クソや思てるんで」

 

 右の魚目がインペラトリーチェの目をしかと見ている。嘘つきの眼差しではない。そうなると自然と反発してしまうお嬢様風ウマ娘なのであった。

 

「い、田舎だって良いところありますわ! 自然がたくさんありますし、お野菜も美味しいですし、雰囲気が大らかですわ!」

「けど閉鎖的で排他的で前時代的や。ウチ、見てくれコレやろ? 気色悪いんじゃー言うて、村ぐるみでイジメられとったで」

「えっ」

「そ、それは……」

 

 あまりにもあっさりと、その爆弾は投下された。

 インペラトリーチェは静かに口元を隠し、カブに至っては食器を落として愕然としていた。

 

 古の時代、アジア圏において白面魚目のウマ娘はその異様さから忌避されていたという事を、ここにいる栗毛と鹿毛の二人は知っていた。道徳の授業で習ったからだ。

 だが、そのような因習はこの現代にはなくなっているものとばかり思っていたのである。

 

 アオギリホウオウの魚目は、不思議なほど凪いでいた。それは過去を清算した者の目でもなく、ただこの世の清濁を一歩引いて見ている達観した者の目をしていた。

 透明な壁一枚隔てて、アオギリホウオウは栗毛のお嬢様を見ていた。

 壁の向こう側。「この娘、優しいんやな」と白面のウマ娘は思った。

 なので、言葉もない二人に対し、アオギリホウオウは少々の気まずさを覚えながら、あえておどけてみせた。

 

「まぁ良い田舎もあるんやろな。たまたまウチんトコが悪い田舎やっただけで。実際、オグリ先輩も田舎の出やったらしいけど、近所ん人は皆ええ人や言うとったでな」

 

 言いつつ、アオギリホウオウは食器を置き、その白面片魚目をインペラトリーチェへ真っすぐ向けた。

 言葉にならない逡巡の間隙。インペラトリーチェの目が僅か彷徨う。アオギリホウオウには慣れた反応である。慣れていないと、この眼は怖がられる。

 いや、彼女の場合は別か、優しいから言葉を探しているのだ。善人ほど、想像力故に言葉に迷うのだ。

 故にこそ、アオギリホウオウは努めて不敵に笑ってみせた。

 

「で、挑発はもうええですか?」

「あっ……」

 

 と、間の抜けた声がインペラトリーチェの口から漏れた。

 間髪入れず、アオギリホウオウは笑みを消して出来るだけ真摯な表情を作った。

 

「キ……インペラトリーチェさん、この世代では図抜けて強いウマ娘の一人やって、こちらの友人から伺っとります。田舎生まれの粗忽者ですが、レースではどうぞよろしくお願いします」

 

 言って、頭を下げる。白面の裏の尾花栗毛が露になり、恐ろしげな魚目がインペラトリーチェの目から外れた。

 いなされ、気圧され、頭を下げられた。さも、わかっていますと言わんばかりに。彼女の振る舞いには、少なからずこちらを慮る意思があった。

 これではまるで、優しく手玉に取られたかの様である。実際、誘導されていた。

 何といえばいいのか分からない。軽く鞘当てをしてバチバチやってから颯爽と去るつもりだった。日本の少年漫画みたいな関係に憧れていたのだ。けれど、今はそんな自分を小さく感じてしまった。

 

「きょ、興が削がれましたわ! それでは失礼!」

 

 顔から火が出そうだった。インペラトリーチェはくるくる栗毛をかき上げ、足早に去っていった。

 

 しばし、アオギリホウオウとカブの間に沈黙の時間が流れた。

 何事かを言おうとしている学友を見て、やり過ぎたかなと思うアオギリホウオウだった。

 

「な、何したかったんだろうね、あの人……」

 

 カブは言葉を飲み込んでからこう言った。

 友達の気遣いに気付かないほど、アオギリホウオウというウマ娘は鈍くない。

 

「たぶん、煽りたかったんやないかな。人柄の良さが滲み出とるわ、向いてへんで」

 

 そうして、アオギリホウオウは頬杖ついて笑んだ。

 悪意はなかった。敵意もなかった。

 なら、どうでもいい事だ。

 

 インペラトリーチェ、間違いなく今世代における強者の一人。次走で当たるし、その後も確実に壁になってくるだろう。

 だが、関係ない。何故なら、自分は自分のレースをするだけなのだから。

 誰に何を言われようが、知った事ではない。ただ教えの通りに、ただ望んだとおりに走るだけだ。

 アオギリホウオウには夢があるのだから。

 

「インペラトリーチェさん、か……」

 

 インペラトリーチェ。

 イタリアの言葉で、女帝。

 イタリアと言えば美食。美食といえばイタリア料理。

 ミネストローネ、パスタ、ピザ……。

 とろーりチーズ。

 

「チーズフォンデュ食べたくなってきた」

 

 とりあえず、昼食をおかわりする事を決めた。

 なお、チーズフォンデュはイタリア料理ではない。

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

「うん、美味しい!」

 

 ホープフルSを前に、アオギリホウオウはほんとうにチーズフォンデュを食べていた。

 

 時はクリスマス当日。有馬記念を終えた頃。

 一時速く帰省するウマ娘も多い中、チーム・アルデバランは正月前にひと集まりしてドージョーでクリスマス会をしていた。

 こたつの上には色とりどりのクリスマスメニューが並び、真ん中にはこれまた大きな鍋にたっぷりのチーズが香ばしい湯気を立てている。

 

「バゲット以外にも色々あるからな。これは食べ応えがあるぞ」

 

 言って、オグリキャップは食材を串に刺し、チーズをからませ、頬張った。この間、僅か3秒ジャスト。咀嚼と嚥下にかかった時間は7秒ジャスト。そして次なる獲物に狙いを定めるのであった。

 

 美味しい料理と暖かな環境。ドージョーの真ん中にはガチめのツリーが屹立し、ソリに乗った電動サンタクロースがレール上を爆走している。オグリキャップはクリスマス仕様の勝負服を着て。タキオンの白衣も紅白になっていた。アオギリからすると、かなり賑やかなクリスマスだった。

 

 美味しいチーズフォンデュを食べていると、アオギリは先日インペラトリーチェに話しかけられた事を思い出した。

 

「インペラトリーチェか」

「はい、前に声かけてもろて」

 

 その事を話題に出してみると、サンタ帽を被ったターフスレイヤーはお馴染みのタブレットをスワスワして件のウマ娘の情報を出してみせた。

 

「インペラトリーチェ。中等部。彼女は典型的な逃げウマ娘だな。デビュー前も、デビュー後も、一貫して逃げ戦術を取っているようだ」

「逃げですか」

 

 知っての通りと頷くと、ターフスレイヤーはいつもの解説口調で語り始めた。

 

「逃げと言ってもその逃げ方にはいくつか種類がある訳だが」

 

 レースにおいて、ウマ娘が講じる作戦は大きく分けて四つある。

 

 スタートから先頭を争って押し切る“逃げ”。

 好位置を維持して先着をもぎ取る“先行”。

 ラストスパートの末脚で抜きん出る“差し”。

 後方からレースを進めて機を狙う“追込”。

 

 中でもインペラトリーチェは逃げ作戦を貫くスタイルのウマ娘なのである。

 そして、ウマ娘にも色んな娘がいるように、逃げウマにも色んなタイプがあるのである。

 

「逃げて垂れないサイレンススズカ型。緩急つけてペースを握るセイウンスカイ型。ハナ切って粘り勝つメジロパーマー型。他にも……」

「はい、私の様な自己管理型です」

 

 ターフスレイヤーが目を向けると、オニオンスープをふーふーしていたミホノブルボンが答えた。彼女のトナカイコスはけっこうガチだった。

 

「うむ、インペラトリーチェはその中だと“メジロパーマー型”に当たるな。初っ端から一人抜け出し、あとはド根性で粘って逃げ切る。王道の逃げと言っていい。メイクデビューではスタートで躓いて4着だったが、未勝利戦では逃げ切り勝ち。先日のレースでも一着だったな」

「なるほど」

 

 言うと、今度はネットにあったらしい画像を表示した。

 

「インペラトリーチェは父親がイタリア人で母が日本のウマ娘だ。で、父親がF1レーサーでな、そのチームが日本で走るインペラトリーチェを推してるんだよ。あっちじゃかなりの人気者だ」

 

 画面を見れば、見た事あるようなないようなロゴ付きのF1マシンの前で父と思しきハンサムおじさんとインペラトリーチェがポーズを取っていた。その周囲には母と思しきウマ娘や作業着姿のスタッフたちが笑顔で映っている。

 華やかで、煌びやかで、愛されているのが伝わって来た。

 

「そういうのもあって、私はトレセンに入る前から彼女の事は知っていた訳だ。名前だけだがな」

「師匠、F1詳しいんですか?」

「ただの趣味だ。レースはウマ娘だけのものじゃない、色々ある」

 

 話していると、意外にもアグネスタキオンが乗って来た。

 

「彼女、けっこう面白いウマ娘なんだよねェ。ほら、これを見てごらん」

 

 差し出されたスマホには、インペラトリーチェのレース映像が流れていた。

 場面は最終直線、先頭のインペラトリーチェが追い縋ってくるウマ娘から逃げているところだった。

 

「二の矢、とは少し違う気もするけどね。見たところ彼女は後ろから追いかけられてる間、速度がちょっと上がってるんだよね。たぶん無意識だろうけれど」

 

 確かに、映像では最終直線で件のウマ娘が必死の形相で粘っているのが分かる。

 少しずつ、追いかけている差しウマ娘との距離は縮まっていくのだが、間隔が狭くなるにつれ徐々にその速度は同等になっていくようだった。終いにはほぼ並んで走り、ほんの僅かクビ差を捕らえてインペラトリーチェが先着していた。まさに粘って勝ったレースと言える。

 

「追いかけると強いホウオウと、追いかけられると強いインペラトリーチェ、という訳だね」

 

 そう締めくくると。アグネスタキオンは食事に戻った。戻ったところで、目当ての料理は既にオグリの腹にあった現実に愕然としていた。

 

「む、今ちょうど特番がやっているそうだぞ」

 

 しばらくすると、ニュースアプリを見ていたターフスレイヤーが件のウマ娘のニュースに気づく。

 

「見てみようよ」

 

 サンタ衣装のライスシャワーがパソコンを操作すると、件のインタビューのライブ中継が映し出された。

 画面にはソファに座して受け応えるインペラトリーチェと、対面の席で質問するインタビュアーが映されていた。

 

「続いての質問です。次走となるホープフルステークスですが、警戒しているウマ娘はいらっしゃいますか?」

「ええ、注目度の高いレースですし、どの方も気の抜けない相手なのは間違いありません。中でも。わたくしは特にアオギリホウオウさんに注目していますわ」

 

 画面越しの名指し、アオギリはとろーりチーズをこぼしそうになってしまった。慌てて画面を注視すると、インペラトリーチェは自信満々な表情をして答えていた。

 

「なんたって、アオギリホウオウさんはあのアルデバラン所属ですもの。何があってもおかしくありませんわ。それに、彼女とても気合の入ったお方ですのよ」

「ありがとうございます。続いての質問ですが……」

 

 その後はレースとは関係のない質問が続いたので配信を閉じると、アグネスタキオンが愉快げに笑った。

 

「随分と関心を買っているようじゃあないか」

 

 思った通りの展開だとでも言う様である。さっき言っていた構図を楽しみにしているのかもしれない。

 

「とはいえ、奴の気質的に何か策を講じて来る事もあるまい。オヌシはオヌシの走りをすればいい」

「は、はい!」

 

 いつも通りでいい。そう言うターフスレイヤーの言葉に、アオギリホウオウはちょっと詰まりつつ自信を持って応えた。

 

 

 

 そうこうしていると宴もたけなわ。各々が寮に戻る時間となり、帰路である。

 広いトレセンを歩く帰り道で、付き添いのターフスレイヤーは言った。

 

「そういえば、アオギリ=サンは帰省しないんだったな」

「はい。両親に会うんはウチがクラシック勝ってからって決めてるんで。連絡はさせてもろてるんですけど」

「うむ、そうか」

 

 ホープフル後に各々の実家までチームメイトを送り届けるというトレーナーとしての仕事があるターフスレイヤーは、帰省しない勢のアオギリに気づかわし気な視線を送った。しかし、あっけらかんとした返答には何も心配する事はないのだと感じ取った。

 

「オヌシの親御さんにはリモートで挨拶はさせてもらったが、どうにもお互い休みが合わなず……直に面談する機会が取れず申し訳ない」

「いやいやいや、オカンもオトンもめっちゃ喜んでましたよ。いつか会った時はサインしたってください」

「そうだな。そうしよう」

 

 ではな、と寮前で分かれると、アルデバラン一同はそれぞれの寮に戻っていった。

 

「インペラトリーチェさん、かぁ……」

 

 寮に戻り、布団を被って、就寝前。

 真っ暗な部屋で、アオギリホウオウは呟いた。

 決意と、覚悟と、少し夢見心地な声色。

 

「絶対、勝たなアカンな……」

 

 ぼんやりと、アオギリホウオウは呟いた。




◆オリウマ髪色◆

・アオギリホウオウ=白面尾花栗毛
・ターフスレイヤー=流星尾花栗毛
・カブ=鹿毛
・インペラトリーチェ=栗毛
・スペードテン=黒鹿毛
・トライアンフ=白毛



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