【完結】ニンジャと白面   作:いらえ丸

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 感想ありがとナス!



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タイマン!デッドヒート!

 一大興行トゥインクル・シリーズにおいて、有馬の後の年暮れは新世代の台頭を意味する芽吹きの節目である。

 中でも大輪の花を咲かせるのは一握り。一世代に数人か、あるいは唯一人。他ウマの追随を許さず咲いた者のみがスターとなるのである。

 この年、世代の花は四人のウマ娘であった。

 

 ジュベナイルフィリーズ勝者、トライアンフ。

 白毛の旋風。幻惑の英雄。変幻自在の神脚は時に鋭く、時にしなやかにターフの上を支配する。まさに巨大な才能の原石であった。

 

 フューチュリティステークス勝者、スペードテン。

 黒の彗星。勇壮の騎士。名門の血を引く誇り高き健脚は、まさに王道にして流麗なレースを作り出す。期待を背負い、自負を持ち、誇りを纏う勇姿こそ、人はその背に夢を見るのだ。

 

 邪道を往く者、アオギリホウオウ。

 正道を往く者、インペラトリーチェ。

 そして、世代四強のうち残る二人は、来る最終戦・ホープフルステークスにて雌雄を分かつ事となった。

 

 また、件のGⅠを前に、世代四強の一人――スペードテンはインタビューにて、このようなコメントを残した。

 

「この私が相対するのは年末の有馬に相応しいウマ娘だけです。それまでは全て、前座に過ぎません。そして、今世代においてはトライアンフとインペラトリーチェの二人だと確信しています」

 

 また、同じく世代四強の一人――トライアンフはこう云った。

 

「楽しみだよね、何人か良さそうな子もいるし。中でもボクは……誰だっけ、あのキラキラしてるウマ娘……その子に期待してるよ。ああ、そう……アオギリホウオウだっけ」

 

 

 

 世代四強の一角が今、雌雄を分かつ芝に立つ。

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 ホープフルステークス

 有馬記念の熱狂の後に行われる、一年最後のGⅠレースである。

 時代の新星を見出すジュニア級GⅠレースにして、後のクラシックに繋がる重要な決戦だ。

 そのコースは先の有馬記念と同じく中山の右回りであり、皐月賞とも同じくゴール前には下りと上りの坂がウマ娘を篩にかける中距離コースだ。

 ここを勝てるウマ娘はつまり、やがて来る大一番にも強いウマ娘と言えるであろう。クラシック三冠を目指すアオギリホウオウにとって、後の試金石となるレースだ。

 

 

 

 パドックを終えると、注目はここまで無敗のアオギリホウオウと、元から知名度のあるインペラトリーチェの二人に集まっていた。

 本バ場でも大きく手を振ってファンサするインペラトリーチェとは対照的に、アオギリホウオウは他のウマ娘とは少し離れたところに佇んでいた。

 

 勝負服を着たアオギリホウオウは、静かに深呼吸を繰り返していた。緊張を和らげるのではなく、自分の身体に向き合う為の呼吸。勝つ為の呼吸だ。

 凛とした和の勝負服を来て、白面と尾花栗毛の髪を揺らすアオギリホウオウは、一人だけ別の景色を見ているような雰囲気があった。

 今やその背に以前の様な負けウマ娘の残滓はない。

 

「すぅー、ふぅー」

 

 ゲート前、集中に至るルーティン。呼吸の度、アオギリホウオウの心から無駄な思考が排除されていく。

 深く、深く、自分というウマ娘に燃料を注ぐように。吸気と共に闘志を練り上げ、呼気と共に雑念を追い払う。

 単純な事だ。走りたいところを走りたいように走れば、結果として一着がついてくる。そう思い込むのである。

 

「アオギリホウオウさん、ちょっとよろしくて?」

 

 よし、と準備を完了したところで、背後から声。

 振り向くと、そこには栗毛のウマ娘が立っていた。

 

「インペラトリーチェさん」

 

 世代四強の一人、インペラトリーチェだ。

 相変わらずのクルクル栗毛に、これまた綺麗なモデル立ち。その身には派手な色合いのレースクイーン風勝負服が纏われていた。

 華やかで、煌びやかで、自信に満ちた立ち姿。だが、どうにもその雰囲気が先日会った時とは違って見えた。

 澄んだ瞳の中の、鋭い眼差し。アオギリホウオウの片魚目を見る目はあくまでも対等。否、好敵手を見る様な強い瞳をしていた。

 

「先日は失礼をしましたわ。煽って注目させようなどという浅知恵、優雅とはいえない振る舞いでした。謝罪します」

 

 言って、栗毛の頭がぺこりと下げられた。これまで生きてきてちゃんと謝罪された経験のないアオギリホウオウは内心驚きつつも鷹揚に応えた。

 

「ええですええです、気にせんといて下さい」

 

 実際、気にしていない。悪意がなかったからだ。彼女に悪意ある振る舞いは難しいだろう。

 対するインペラトリーチェもアオギリの言葉が本心と解ったからか、ゆっくりと頭を上げた。次いで、真摯な瞳がアオギリの魚目に向けられる。

 

「アオギリホウオウさん、以前からわたくしは貴女に注目していましたの」

「へっ? そうなんですか?」

「ええ、わたくしの敬愛するミホノブルボンさんと同じチームの方ですもの。意識せずにはいられませんでした」

「はえー」

 

 これまた驚きであった。アオギリホウオウは自身への誹謗中傷に鈍感であると同時に、自身への賞賛や羨望にも鈍感であった。

 まさか、同じ世代のウマ娘にそのように見られていたとは、夢にも思っていなかったのである。

 

「そして、貴女のレースを見て、胸が躍りました」

 

 真摯な瞳。呼吸の後に、それは色濃い熱情を宿す眼差しに変化していた。強い闘志を燃やす、競走ウマ娘の目であった。

 

「感動したのです。わたくしと同じ世代に、“競り合ってみたい”と思わせてくれたウマ娘がいた事に、つい舞い上がってしまいました」

 

 気迫があった。圧があった。これまで走ってきたレースでは味わった事のない熱意と狂気。凡そ同じチームの先輩からしか感じとれなかった類の力強さ。それが、この目の前の同期のウマ娘から滲み出ていた。

 アオギリの胸の内、真っ先に過ったもの。それは、畏怖だった。初めてアルデバランの面々と相対した時と同じだ。輝かしい魂、美しい心根の持ち主。自分なんかとは全く違う。

 そして反射的に、アオギリホウオウは笑ってみせた。強敵を前に、あのウマ娘はそうするだろうから。

 

「……それでは。ゴール板の先で」

「ええ、そうしましょうか」

 

 髪をかき上げ、高貴なるウマ娘は去っていく。

 遠ざかる背中を見ると、アオギリホウオウの闘志はよりいっそう燃え上がっていた。

 負けられない、ではない。勝ちたい気持ちになった。

 この感覚を、アオギリホウオウはよく理解してはいないが。

 

 中山の鉄火場に、高くファンファーレが響き渡った。

 しばらくして、アオギリホウオウを含めた全てのウマ娘がゲートに入った。

 狭く、窮屈なゲートは、アオギリホウオウの精神をより内側に向けていく。

 

 内なる心の中、アオギリホウオウはより深く自分自身の深奥に潜る。

 そうして聞こえてくるのは、規則的に弾む心臓の音であった。

 鼓動と、血流と、肌肉に伝わる気力の高まり。動かずとも、熱い。ゲートに入る前から、この身体には熱が灯っているようだった。

 

 息を吸う、息を吐く。

 

 アオギリホウオウは、大きく刮目した。

 心の火に、常より強い熱がある。

 

「今、スタート!」

 

 ダン! と開け放たれたゲートから、いくつもの感情を乗せたウマ娘が一斉に抜け出した。

 GⅠの大舞台。高く大きく歓声が響く。オープン戦では味わえない、地鳴りの如き熱狂。その中心は、間違いなくアオギリを含む出走者たちだった。

 

 スタート直後、列に乱れなし、ここからすぐに脚質に合った作戦に従って各々の思惑が錯綜し、脚を動かしていく。

 そんな中、先行ウマ娘三人が示し合わせた――示し合わせた訳ではない――かのように、あるウマ娘をマークする位置取りをしていた。その意図は明白で、その狙いはあまりにもあからさまだった。あからさま過ぎて、それを行ったウマ娘はぎょっと互いの顔を見合ってしまう程だった。

 

 アオギリホウオウ包囲網。

 それは、あまりにも呆気なく形作られた。

 

 それを見て、アオギリのファンは思った。「囲まれるぞ、ヤバいぞ」と。アオギリを警戒していたトレーナー陣は思った。「予想通り、これで勝てる」と。

 ニンジャトレーナーはほくそ笑んだ。「上手くハマッてくれた」と。

 

「先頭争いは4番人気ツーリングバイクと1番人気インペラトリーチェ。この二人がレースを引っ張っていきます。1バ身後ろにハートオブスイート。その外トモエナゲが先頭を睨んでいます。ロングキャラバンが追走。ミニコスモスが並んで外に2番人気アオギリホウオウ。3番人気エキサイトスタッフは後ろに控えています」

 

 包囲網の中、アオギリの心は常の如く奥底にあり、常より強く燃え滾っていた。

 

 アオギリホウオウの戦術はいつもシンプルだ。出が遅く脚も遅いアオギリホウオウは、初手からペース配分を無視して思うように掛かって走る。凡そ現代レースのセオリーを無視した作戦である。それは逃げの様な先行策の差し追込であり、全くもって常識外れの走りであった。

 そんな作戦を実現するには、まず前提として常軌を逸した有り余るスタミナと感覚で位置取りできるだけのレース経験が必須であった。故に、ニンジャトレーナーはまず持久力と精神力を鍛えさせ、多くのレースに出走させたのである。チームでの模擬レースも嫌というほど経験させた。結果としての無敗である。

 そんな目立つレースをしていては対策されて終わりという未来が見える。しかしながら、アオギリホウオウはこれまでのレースでは一度として先着を逃した事がない。

 古い走りとはつまり、拙い走りという事だ。であるというのに、何故これまでアオギリが勝ち続ける事ができたのか。

 

「先頭集団見ていきましょう。インペラトリーチェ飛ばします。その後ろにツーリングバイク。並んでミニコスモス。2バ身後ろにロングキャラバン、トモエナゲは……」

 

 熱気が籠る。意が猛る。歯を食いしばると、獣の様な唸りが漏れた。アオギリホウオウは、真っすぐ前を睨みつけていた。

 大きく、鋭く、右眼の瞳孔が猛禽の如く開かれた。

 

 ――いいから、もっと前を行けッ!

 

 瞬間、ウマ娘的共感覚が伝播した。

 

 その時、アオギリの隣のウマ娘がやや加速した。脚が軽い。その時、アオギリの後ろにいたウマ娘が前に出た。身体が熱い。その時、アオギリの前に位置していたウマ娘が、追い立てられるように脚を早めた。自分より強い“何か”に命じられたように。

 そして、先行集団全体がグイグイと前に出始めた。

 

 それを見て、まずトレーナー陣が気づく。目の肥えたファンも気づく。アグネスタキオンの口角が上がった。アオギリホウオウの特異性、その最たるものが花開く。

 掛かっている。いや、掛からされてしまっている? たった一人、その中心。独りよがりな暴走に、出走者すべてが無理矢理に競り合わせられている。

 先行集団丸々全員、アオギリホウオウに中てられてしまっていた。

 

「まったく、酷いレースだ」

 

 アグネスタキオンが笑う。心底興味深げに、その瞳を爛々と光らせて。ウマ娘という種族の神秘性と、その奥底にある幼稚性に感嘆したのだ。

 

「なんて微笑ましい」

 

 無自覚に、無意識に、仕掛けや配分を忘れて駆けるウマ娘たち。

 

「なんて凄まじい」

 

 仮に、思い起こしても理解できないだろう。そして、身構えていても、それは再現されるのだろう。

 

「なんて、素晴らしい素質なんだい! アオギリホウオウ!」

 

 速さとは違う。強さとも別のものだ。威に近いもの。気を乱すもの。ともかく、計測し得ない何らかの圧力が、アオギリホウオウというウマ娘を通してターフ全域に放射されていた。

 常人にとって理解不能なモノは忌避すべき異物である。しかし、ことアグネスタキオンからしたら、理解しがたいモノほど興味をそそる対象なのである。その点、彼女は実におもしれーウマ娘だった。

 

 アオギリホウオウ。白面片魚目尾花栗毛のウマ娘。ただスタミナに優れているだけの、本格化が早くきただけの、どこにでもいる早熟ウマ娘。デビュー前も、デビュー後も、彼女はそのように思われていた。

 

 しかし、アルデバランだけが知っている。砂漠の中の宝石を。宝石の中の隕石を、あの日あの時あの場所で、運命的な“何か”に導かれるように見出したのである。

 めぐりあいは春、アオギリホウオウの適性検査を行った時だ。アオギリと並併走したミホノブルボンを見た時に、その特異性の一端は暴き出される事となった。

 模擬レース。最終直線。伝説に追い縋らんとひた走る、あまりに無謀な全力疾走。実力以上の末脚。数値に載らない怪奇現象。

 

 本能的に、オグリキャップが警戒した。

 無意識的に、ライスシャワーが本気を出した。

 そして、件の異端者はミホノブルボンの鋼の如き理性を盛大に乱してみせたのだ。

 

 アオギリが掛かって走るのは、単にそれが最善策だからだ。異能とは別種の能力である。

 では、アオギリホウオウの異端たる所以とはなにか。

 覚悟も対策も理解もできない、理不尽な特質とはなにか。

 

 アオギリは掛かりウマではない。

 掛からせウマなのだ。

 

 アオギリホウオウには、一緒に走るウマ娘を強制的に掛からせる特質がある。

 理由は不明だ。何度計っても分からなかった。しかし、事実としてミホノブルボンさえ抗えない強制力を発揮するのだ。ロボットめいて確かな計画性で以て駆けるミホノブルボンを、走行中のアオギリは掛からせてしまうのである。

 何回併走しても、覚悟して走っても、自覚するまで掛かっている事に気づけない理解不能の掛からせ力。

 

 結果だけだ。結果だけが、その異能を証明する。

 

「今回もまたハイペースなレース展開となっています! インペラトリーチェもいつになく飛ばしているぞ! これは掛かっているのでしょうか!? ツーリングバイクも粘っているぞ! ミニコスモスはどうだ!」

 

 メイクデビューを見て、続くレースを見て、先の特性を知らない他トレーナー陣は、アオギリホウオウをスタミナ特化の常時掛かりウマ娘と判断した。そんなのカモじゃんとヒトは言う。

 だったら一人で遠くに行かせちゃえばいいじゃんとなって、前走ではアオギリホウオウを先頭一人旅させた訳だ。スタミナ特化とはいえ、いくらなんでもバクシンし過ぎて垂れるだろう。それこそミホノブルボンじゃあるまいし、と。

 しかし、そうしてみると徐々に加速し続けるアオギリにセーフティリードを取られ、まんまと先着されてしまったのである。このウマ娘、放っておくと徐々に徐々に延々と加速し続けてしまうのである。これはヤバい。特化し過ぎである。ガッツリ封殺せねばどうしようもない。

 そうして今回。じゃあ前行けないよう囲んじゃえば――多分、他もそうするだろうから――いいじゃんとなって、一斉にアオギリホウオウの周りをバ群が覆った訳である。こうすればいくら掛かられても大丈夫だよね。

 

 とはならない。

 

 前述の通り、アオギリホウオウにはミホノブルボンさえ抗えない強制掛からせ力がある。むしろ、バ群にあっては周りを追い立てるように意気が膨らみ、醸造された競走本能がより色濃く放散される事となった。

 思うように走れ、という命令はウマ娘にとっては抗い難い魅惑の口説き文句である。そうしていいなら、そうしたいのだ。野良レースでそうするように、遊びのかけっこでそうしていたように、少しでも精神がブレた時、その甘美さは筆舌に尽くしがたいほど強くなる。その誘惑は、ヒトには決して分からない。

 

 そして今、アオギリホウオウはバ群を引き連れて加速し続ける事となった。それは本来スパートで使うはずだった末脚を消耗させての強攻策。皆、アオギリと同じ古代の走りを強制させられているのである。

 

「第4コーナー曲がりました。先頭はインペラトリーチェ! おっと内から内からアオギリホウオウが切り込んできました! 外からミニコスモスも抜け出してきた! ツーリングバイク粘れるか! トモエナゲはどうだ! エキサイトスタッフは!」

 

 先頭風切って逃げるインペラトリーチェ。

 垂れウマ引き連れ追いすがるアオギリホウオウ。

 まるで多勢に無勢。彼我の距離がじわじわと近づいていく。アオギリホウオウの末脚は、この熱を以てこそ鋭さを発揮するのだ。

 

 それは、アオギリホウオウの短所にして、反転した長所である。

 データでは敵うはずのないインペラトリーチェに、アオギリホウオウは競り合っていた。それは何故か。

 ウマ娘は競り合うとトレーニング以上の速さを叩き出す。これは科学的に実証された事実であり、言わば窮地に立たされた人間が出すとされる火事場のバ鹿力と同じような現象だ。

 アオギリホウオウは脚が遅い。遅いので、全力で走ると並みの走りと競り合ってしまう。掛かってやっと抜く事ができる。すると周りも掛かるので、みんな一斉に暴走してくる。結果、出走している全てのウマ娘と常時競り合う事となるのである。

 

 異常な程の心身の頑丈さ。強制で掛からせる意味不明な異能。そして、ウマ娘という種が持つ普遍的特性の暴走。

 

 つまり、どうなるか。

 

 アオギリホウオウと走ると、皆が皆、全力で走る事になるのだ!

 そう、アオギリホウオウは、中央レースを野良レース化させてしまうのである!

 

「残り200! 中山の直線は短いぞ! アオギリホウオウとインペラトリーチェ後続を徐々に徐々に引き離していきます! 一騎打ちです! 注目の二人が競り合っている! 後続はまだいけるか!」

 

 ホープフル二度目の坂がジュニア級ウマ娘を篩に欠けていく。ひとり、またひとりと速度を維持できなくなったウマ娘が垂れていき、それでもと踏ん張るが、先頭切るのは根性特化のこの二人。

 その片割れが、ラストのラストで更なるスパートを発揮した。

 

「わたくしにはァ!」

 

 インペラトリーチェだ。スタートから今に至るまで、一度として前を譲らない逃げの矜持。

 最初から最後まで最前にいれば勝てるじゃんという安直な思想と、それを可能にする愚直な鍛錬の成果。例え身体が屈しても、心だけは絶対に屈しない。倒れたとて、それは前のめりのヘッドスライディングじゃなきゃ嫌なのだ。

 ぶっちゃけ脚は限界だ。セーフティリードを確保する為、意味不明な速度でぐんぐん位置を上げてきたアオギリの群れに追いやられるように、彼女もまた想定以上の消耗を強いられていたのである。

 しかし、けれど、絶対に……!

 

「背負ってるものがありますのよ!」

 

 最後の最後まで、諦める事なく走り続ける!

 

「知るかボケェーッ!」

 

 アオギリホウオウが絶叫する。インペラトリーチェに返答した訳ではない。無我で無心で走る最中、何かよく分からない雑音が聞えてきたから、集中を乱さぬよう爆音を返してノイズキャンセリングしたに過ぎない。

 しかし、無自覚な激情の応酬が、限界を超えた二人の末脚に薪をくべた。女帝の脚に燃料が注がれる。鳳凰の背に翼が宿る。いやさ二人だけではない、ここにいる全てのウマ娘の脚に、さらに力が込められた。心にこそ熱が宿る。後続が、前を狙う!

 原初の走りが再現される。今ここにいるのはプロアスリートではない。どちらが疾く、どちらが群れの長たるに相応しいかを示し合う野生の獣同士の戦いだ。

 

 お互い、ゴールは見えていない。お互い、相手さえ眼中にない。

 野生と、鍛錬と、ド根性だけを頼りに走る。一瞬たりとも気を抜けない。気を抜けば、後ろの猛獣に食いちぎられてしまうのだ。

 アオギリホウオウが吠える。インペラトリーチェが歯噛みする。

 

「跳べぇえええーーーッ!」

 

 そして、インペラトリーチェは限界を超えた。

 

 

 

「ゴール! 1着は二番人気アオギリホウオウ! クビ差捉えてアオギリホウオウが勝ちました! 2着はインペラトリーチェ! 3着はミニコスモス! 後ろとは差がありません! 接戦! まさに大接戦のホープフルです!」

 

 

 

 限界を超え、一等星の頂点に立ったのはアオギリホウオウだった。

 

 ゴール板を抜いた数秒後、二人のウマ娘は我に返った。しばらく速度を落として走り、そして歩くような速さになった。

 身体が熱い。冷たい風が脚を癒やす。しかし、未だ心だけは熱を保ち続けていた。

 

「はぁ、はぁ、よっしゃァ!」

 

 掲示板を見たアオギリホウオウは、大きく大きくガッツポーズした。胸中に達成感と安堵感が広がる。専用の観客席で見ているチームメイトに手を振り、最前席で見ているルームメイトに手を振り、全身で感謝と歓喜を表現した。

 ゴール板を抜いた瞬間、ほんの僅か勝てないと思った。それはこれまでアオギリホウオウが負け続けていたが為の直感であった。だが、結果は違う。アオギリホウオウは強敵との競り合いに勝利し、一着を取ったのである。

 

 アオギリホウオウは息も荒いまま真横に首を向けた。競り合った相手を、強敵を見た。

 

「はぁ! はぁ! はぁ……くっ、あぁ……! 勝てませんでしたわーっ!」

 

 インペラトリーチェが頭を抱え、大声上げて感情を露にした。

 初めて限界の先を見た気がして、初めて本気以上の走りができた気がして、それでも最後の最後にアオギリホウオウに敗北した。

 そうして込み上げてきた感情は、自分への怒りと悔しさと色々と……。

 これまで感じた事のない程の、“楽しさ”だった。

 

「あーっはっはっはっはっは! あぁ! 負けました負けました! わたくし、貴女にこそ負けましたのね!」

 

 あまりにも悔しく、あまりにも清々しい。納得できる負けだった。

 けれど次やったら勝てる気がする。そんな気がするから、また走りたいと思う。何度でも、何時までも競り合っていたいと思わせるレースだった。

 こんなに我武者羅になったのは、いつぶりだろう。疲労感より先に、もっと走りたかったという寂寥感があった。子供の頃、父のF1レースを見た時の、トロフィーを掲げた父の勇姿がフラッシュバックした。

 気分が良い。機嫌が良い。インペラトリーチェは、アオギリホウオウの前までやってきて、

 

「次はわたくしが勝ちますわよ!」

 

 ぐわし! と、その手を取って力いっぱい悪手した。

 アオギリホウオウはしばし呆気にとられたものの、やがて此方もめいっぱいの握力で応じて見せた。

 

「はい! 皐月賞で、また!」

 

 風が吹く。白面と栗毛が揺れ、お互いを見る眼差しがいっそう強まった。

 再戦を誓う。熱い視線がぶつかり合い、けれどそこに悪意や敵意は存在しない。ただ真っすぐ、健闘をたたえ合う強い意思だけがあった。

 

 ワァアアアアアアアアアア!

 観客席から割れんばかりの歓声が響き渡り、中山レース場を揺らした。有馬の後の大一番、超新星を決する鉄火場で、次なる死闘を誓い合う。その繋がれた手に、レースフリークたちは今年のレースも盛り上がる事を確信したのである。

 

「あ、あの! アオギリホウオウさん! 私も、次は勝ちますから!」

「いいや、次はアタシが勝つ! 君の走りはもう、流石に分かったからな!」

「楽しかったです! 対戦ありがとうございました!」

 

 インペラトリーチェとの握手が解かれると、やがてアオギリの前には次々と握手を求めるウマ娘が集まってきた。

 メイクデビューで走ったウマ娘。前々走で競り合ったウマ娘。初対面のウマ娘もいた。

 出走ウマ娘全員が、アオギリホウオウと笑顔で再戦を誓い合っていた。

 アオギリホウオウは、晴れやかな笑顔に囲まれていた。

 

「はい! その時はまた、よろしくお願いします!」

 

 

 

 ホープフルステークス。

 歴史に残るレースではなかった。

 記録に残るレースでもなかった。

 けれど、それを見た多くの人々の、共に走ったウマ娘たちの記憶に残る最高のレースだった。

 

 そして、熱戦の幕は下ろされたのである。

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 インペラトリーチェの負傷。

 

 その報を耳にした時、アオギリホウオウの心に過ったもの。

 

 それは、“恐怖”だった。




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