【完結】ニンジャと白面   作:いらえ丸

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エンプレス・プライド

 世代四強と呼ばれたウマ娘、インペラトリーチェの負傷。

 

 すぐさま各メディアで報じられた悲報は、日本中のトゥインクル・シリーズファンを驚愕させた。

 感情を抑え粛々と事を進める関係者。異様な雰囲気にざわつくレース場。原因は何だ、責任者は誰だと騒ぎ立てるマスコミ。

 

 それでも、時は進む。

 

 インペラトリーチェを抜いたウイニングライブで、勝利者インタビューで、どのような顔でどのような発言をしたのか。アオギリホウオウはほとんど覚えていない。

 その中で、ずっとトレーナーにフォローされていた事だけは覚えていた。

 

 上の空のままレース場を出たアオギリホウオウとアルデバラン一行は、ニンジャトレーナーが運転するワゴン車で帰路についていた。

 車内の雰囲気は暗い。ウマ娘にとって、怪我とは切っても切れない関係にあるからだ。決して、他ウマ事ではない。こと、アルデバラン・メンバーにとっては。

 車内にはすすり泣くライスシャワーの嗚咽と、エンジン音だけが響く。横切る街灯を見るでもなく眺め、アオギリホウオウはレースの事を思い出していた。

 

 走っていた時は、文字通り走る事しか考えていなかった。

 ただ、最終直線で競り合ってゴールした瞬間、その一瞬ほんの少し敗北を意識してしまったのは事実である。

 そして、今になって思う。

 もしかしたら、と。

 もし、インペラトリーチェの怪我がなければ、勝ったのは彼女の方なのではないか。

 怪我などしなければ、あるいは自分がレースに出て競り合わなければ、彼女こそがGⅠウマ娘になっていたのではないか。

 

「レースに絶対はない」

 

 そんな心境を感知したか、ニンジャトレーナーははっきりした物言いをした。

 

「ターフスレイヤーさん……」

 

 赤信号で停車し、ニンジャトレーナーは助手席のアオギリホウオウの右の魚目を見て、云った。

 

「彼女の身体は決して虚弱ではなかった。先天的な頑健さと、後天的なアプローチの成果だ。オーバーワークの形跡もない。ただ、運が悪かったのだ」

「この結果は誰にも読めなかった事だよ」

 

 言葉足らずのトレーナーを、タキオンの平坦な声が引き継いだ。

 二人なりに慰めているのだ。初の経験に当惑し、常になく気落ちしているアオギリホウオウを。

 

「ライスシャワー=サン、、泣き止んで下さい」

「ごっ、ごめんね……けど……」

 

 後部座席では怪我をしたインペラトリーチェに感情移入したライスシャワーがぐすぐす泣いている。

 

「ああ、怪我は……辛いな」

 

 重く、実感のこもったオグリキャップの低声。

 アオギリを除くアルデバランのウマ娘は、大なり小なり足元に不安を抱えているのである。

 勝ったアオギリホウオウにも、負けたインペラトリーチェにもそのどちらにも感情が移ってしまう。

 であっても、経験の差か。彼女等はこの現実をしっかり飲み下している様だった。

 

 青信号に切り替わる。ゆっくり走り出したワゴンが夜道を進む。控えめなエンジンがライスシャワーのすすり泣きをかき消した。

 

 暫し、無言。

 黙り込むアオギリホウオウを横目にし、意を決したニンジャトレーナーは口を開いた。

 

「アオギリホウオウ=サン、オヌシに一切の責任はない。気にするなとは言わないが、気に病む事はない」

「はい……」

 

 応じるアオギリホウオウの声は、なおも暗く沈んでいた。

 その理由を、アオギリホウオウ自身正確に把握している訳ではない。

 トレーナーも同様に。

 チームメイトもまた、同じく。

 

 ただ、ひとつあるとすれば。

 往々にして、吹っ切れたと思っている過去とは、実際は心の根に深く食い込み続けているものである。

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 ホープフルステークスから、数日が経った。

 

 何があっても、アオギリホウオウは前に進む。暫しの休養日を設け、初詣に行き、始業式前に一足早くトレーニングが始まった。休む暇は、むしろ彼女を苛むのだ。

 

 帰省を終えたウマ娘がちらほら増えていく中、それでもいつもより人気の無いトレセン学園では、インペラトリーチェの悲報は風のように過ぎ去っていった。

 ウマ娘の怪我など、いくらでも聞く話だ。例えそれが、世代を牽引するであったろうウマ娘であったとして、常より速い時の流れには逆らえない。

 クラシックも、春シニアも、これからなのである。いつしかファンは彼女の復帰を楽しみにするようになり、次なるレースを心待ちに今日と明日を生きるのだ。

 ただ一人、アオギリホウオウだけが、あの日のレースを振り返っていた。

 

 そんな中、アオギリホウオウの調子は決して良好とはいかなかった。その理由を彼女自身自覚していない。

 練習に身が入っていないとか、模擬レースに集中できていないという訳ではない。

 現に、これまでやってきたマインドフルネスは効果を発揮している。走る時も、休む時も、アオギリの心には一切の雑念が存在しなかった。集中と弛緩の連続。間違いなく、アオギリは平常心を保ち続けていた。

 

 ただ、ふとした間隙に。

 眠る前や一人の時に、思う。

 

 ――あの怪我は、自分が招いた不幸なのではないか?

 

 論理的に、それはあり得ない事だ。証明のしようもないし、誰もそんな事を言う者はいなかった。ただ、アオギリがそのように思い込んでいるだけだ。事実か否かではなく、一切のロジックを介さず、アオギリホウオウというウマ娘はそう思ってしまうのである。

 自罰的思考とは少し違う。納得できる理由を探している訳でもない。トレーナーが解決できる問題でもない。

 

 前に進む勇気は、十分に与えられた。

 過去を踏み越えるには、もっと勇気がいるのである。

 

 

 

 そして、あの時と同じように時が進む。

 

 冬の夕暮れ。冷たい風の吹く日の事。

 トレーニング後、人気の無いトレセン学園の片隅でアオギリホウオウは見知った背中を見かけた。

 

 冬の仄暗い夕陽の下、栗毛をなびかせて歩くウマ娘の後ろ姿があった。

 その足取りはランウェイを往くが如く優雅であり、自信に満ちていた。しかし、その身には重々しいギプスと松葉杖があった。

 片足で、杖をついて、堂々と歩いていた。前を見て、たった一人で、肩で風切るように颯爽と歩いていた。。

 松葉杖をついているとは思えぬ、怪我人らしからぬ決断的な足取り。夕方の長い影が彼女という存在の大きさを表しているかの様であった。

 あまりにも、気高い姿だった。

 

 インペラトリーチェ。

 家族に愛され、周囲の人たちに愛され、多くの人の夢を背負う人気者。

 自分なんかより価値のあるウマ娘だ。

 

 会いたかった人だ。言いたい事があった気がした。反射的に、アオギリはその背に声をかけようとした。

 けれど、いざ彼女の姿を目にすると、喉がつかえて声が出なかった。鳩尾に鉛でも埋められたように、胸の中が重い。

 一歩前に行こうとして、脚がすくんだ。あの背中は、自分が声をかけていい存在ではないように思えた。理屈のない加害者意識が芽生えてきて、混沌とした良心の呵責が渦巻いてアオギリの喉が締まった。

 

「っ……!」

 

 息を呑む。強く目を瞑る。

 心に隙間風が吹く。久々に、弱気の虫が鳴き始めた。これは良くないモノだ。意識して、振り払わなければならない。

 

 自分のオリジンを思い起こす。強い姿を思い浮かべる。ああなりたいと思って、こうなりたい訳ではなかった。ほんの少し、声をかけるだけだ。何を言われても、どうにもならない。

 

「なら、大丈夫……」

 

 アオギリホウオウは眼を開け、今出せる精一杯の勇気で一歩踏み出した。

 

「インペラトリーチェさんっ」

 

 近づいて名を呼ぶと、インペラトリーチェはこれまた優雅に振り向いてみせた。

 ウマ娘は物音や気配に敏感なはずだが、それだけ歩行に集中していたのだろうか。そこに生き物が居た事にさえ、さっき気づいた風であった。

 そうして、彼女はたおやかにほほ笑んでみせた。

 

「あら、ごきげんよう。アオギリホウオウさん」

 

 発される声もまた、平時と変わらない。喉ではなく腹から、誰憚る事なく通りの良い声を出していた。

 対し、アオギリは何故か気圧されてしまって何を言えばいいか分からなくなってしまった。想定していた言葉を見失ったように、アオギリは目を伏せてしまった。

 

「あ、あの……お怪我の方は?」

 

 言った後、訊くべきではなかったのではないかと思った。そんな事、見れば分かるではないか。無神経な発言だった。激昂され、罵倒されてもおかしくないと思った。

 そんなアオギリの内心とは裏腹に、インペラトリーチェは器用に杖を使ってターンすると、アオギリに相対してハキハキと言った。

 

「見ての通り、しばらくレースには出られませんわね。けれどご心配なく、普通に治る怪我ですわ。この程度、子供の頃に経験済みですのよ」

 

 インペラトリーチェの怪我は、強く踏み込み過ぎたが故に起こった事故だった。幸い、脛骨や大腿骨の骨折といった大きな怪我ではない。子供のウマ娘や本格化前のウマ娘ならよくある類の怪我である。インペラトリーチェ自身、実際そんなに気にしていない。やっちまった感があるだけだ。

 しかし、インペラトリーチェの軽い言葉の中に何を感じ取ったのか。アオギリホウオウは伏し目がちな魚目をさらに下に向けた。

 それを見て、インペラトリーチェは怪訝そうな顔になった。

 

「貴女、何で落ち込んでますの?」

「あ、いえ……」

「よく分からない方ですわ」

 

 首を傾げるインペラトリーチェ。

 

「命に別状とか全然ありませんのよ。そんなに心配して下さる事かしらん」

 

 確かに、死に至るような怪我ではない。それは確かだし、治る事も確定しているような“軽い”怪我だ。

 

 ここにきて、アオギリが何を思って気まずそうにしているか、それを察せない程インペラトリーチェは鈍くはなかった。

 それはそれとして、生来の気質として「そんなに気にする事か?」と思うのである。「死ぬ事以外、かすり傷みたいなモンんでしょう?」と、半ば本気で思っているのが彼女なのだ。

 けれど、それは自分がそう思っているだけで、自分以外はそうではない事もまた、彼女は理解していた。例え自分の考え方を伝えたところで、この目の前のウマ娘の気持ちが晴れるとも思えない。

 自分が好きになったウマ娘に、そんな顔をしてほしくはなかった。

 

 うーんと少し考えた末、インペラトリーチェは思い切って言ってみる事にした。

 

「確かにしばらくレースには出られなくなりました。完治した後もリハビリがありますし、皐月賞には間に合いませんわね。約束を破る事になってしまって、申し訳ないのですけれど」

「あ、いえ……約束とかは……どうしようも、ない事なんで……」

 

 インペラトリーチェの言葉に、アオギリホウオウの魚目が震えた。

 その瞳の変化を見逃さず、インペラトリーチェは続けた。

 

「けれど、あの時貴女と競り合った事、わたくしは全く後悔なんてしてませんわよ」

「え……?」

 

 何を当たり前のことを、とでも言いたげな口調でインペラトリーチェは言う。

 胸を張って、背筋をまっすぐに、いつものように優雅に立って、再戦を誓った時の様に力強い自分を見せつけ、言い放つ。

 なんせ、そっちの方が気持ち良いのだ。

 

「わたくしが怪我ったのは、わたくしがおもくそ気張って走ったからですわ。なのに何故、貴女の方に責任ありますみたいな顔してますの?」

 

 それとも、とインペラトリーチェは続けた。

 

「……どなたかに、何か言われましたの?」

 

 アオギリは首を振った。

 誰も、何もアオギリに責任を押し付けようとはしてこなかった。理不尽な叱責があれば、こうはなっていない。

 

「いえ、直接は言われてませんけど……」

「けど?」

 

 そこで、アオギリは言葉を詰まらせた。

 言おうとした言葉があって、それを言うとどんな反応をされるか分からない。自分自身、納得していない事を言って、困らせるだけなのかもしれない。

 誰に何を言われても、知った事ではない。とは、アオギリホウオウの基本スタンスだ。けれど、目の前のインペラトリーチェには、気持ち悪がられたくなくなっていた。

 なおも怪訝そうなインペラトリーチェを前に、アオギリは意を決した。こんな態度では、余計気持ち悪がられると思ったからだ。

 

「いや、あの……ウチは、白面で魚目やから……」

「はあ」

 

 アオギリがそう言った瞬間、インペラトリーチェはポカンと閉口した。常の彼女ならば絶対にしないであろう程の、ポカン顔である。

 

 アオギリホウオウが白面なのは見ればわかる。右眼が魚目と呼ばれる類のモノである事もまた、一目瞭然だろう。

 それとこれと、何の関係があるのか、どうにもすぐに繋げる事ができなかった。

 ちょっと何言ってるか分かんないですね、というのがインペラトリーチェの素直な気持ちであった。。

 

 しばし考え、もしかしてと思いついた事があった。

 インペラトリーチェ視点、とてもではないが理解し難い考えに。

 

「貴女、それ本気で信じてる訳じゃないですわよね?」

 

 インペラトリーチェの問いに、アオギリはおずおずと答えた。

 

「はい、迷信やってお父さんも言うてました……」

「はあ。迷信というか戯言というか、こじつけというか何というか……」

 

 道徳の授業で習った因習。白面や魚目といった容姿が忌避されていた時期と地域がある事を、ホープフル前のインペラトリーチェは復習していた。

 最近、昔読んだ教科書を読み直してみて、彼女は幼女時代と同じ感想を抱いたのだ。訳わかんねぇ、である。

 髪の毛が白いウマ娘なんていくらでもいるだろう。なのにどうして前髪全体が白いだけでアレコレ言われてるのか。

 目が青いウマ娘なんていくらでもいるだろう。まして欧州では青目の人間なんて沢山いるし、魚目のウマ娘などむしろ晴れ空みたいで綺麗じゃないか。

 あまつさえ、アオギリは尾花栗毛の持ち主だ。尾花栗毛と言えば、あのゴールドシチーと同じ髪色だ。キラキラ光って美しい事この上ない。というか普通に羨ましい。レアでいいじゃん。

 幼い日のインペラトリーチェが思った事だ。だいたいの子供も似たような事を思うのではないだろうか。そんな大した事じゃない。善悪でさえないのに、どうしてそう蔑む事ができようか。

 

 それは、現代を生きる者の“ありふれた”考えだ。

 しかし、古今東西、根拠もなく忌避と凶兆が繋げられる事もまた、“ありふれた”事である。

 閉鎖的で、排他的で、前時代的な地域なら、なおの事。

 

 アオギリホウオウは片田舎の農村出身だ。小さなコミュニティで、古い価値観で、根拠もなく悪い事象と関連づけられたという過去を、想像できないインペラトリーチェではなかった。

 畑の収穫が悪かったのは、村に白面がいるからだ。最近雨ばかり降るのは、村に魚目がいるせいだ。本気でそう思う者はごく少数だろうが、例え冗談や憶測だったとしても大人が言う事ならば、村の子供はどう思うのだろうか。

 

 

 

 ――ウチ、見てくれコレやろ? 気色悪いんじゃー言うて、村ぐるみでイジメられとったで。

 

 

 

 あっけらかんと言ったアオギリホウオウの過去に、如何な屈辱があったのか。

 インペラトリーチェには、想像する事しかできない。

 

 内心でため息ひとつ。

 悪い諸々を追い出して、インペラトリーチェはまっすぐアオギリの瞳を見据えた。

 アオギリホウオウの右眼は、青空の様に透き通っていて、その中心に深海の奥底のような黒点がある。普通にいいじゃんと思う。けれど、当のアオギリ自身からするとそうでもないのだ。推し量る事しかできない彼女の過去が、そうさせているのだ。

 インペラトリーチェはアオギリの目を見ながら、何の気無しに呟いた。

 

「貴女、レースの時とは違って普段は随分とびくびく生きてますのね」

 

 目の奥を見て、分かった事がある。アオギリホウオウは、瞳の奥に感情が出るのだ。

 ふと、それに気づいた時、インペラトリーチェはアオギリホウオウというウマ娘の本質の一端を感得した。

 その上で、彼女はアオギリの目を見つめながら言った。

 アオギリホウオウの、その魚目の奥にある小さな勇気を見透かすように。

 

「誰に自分の何を魅せるかは、貴女が決める事だけれどね。今のそれは違うのではなくて?」

 

インペラトリーチェの指摘に、アオギリは息を飲む。彼女の言葉の意味するところに、勘づいたからだ。

 アオギリには自信がない。自信があるように振る舞っているだけだ。その根源は、決して自分の中にあるものではない。外付けの、借り物の勇気で以てアオギリは強い心を繕っているのだ。

 インペラトリーチェは、そういうのもアリじゃないのと思う。父と母と、ミホノブルボンというウマ娘に憧れて、自分はここにいる訳だ。なら、自分が気に入った振る舞いをしていた方がゴキゲンでしょう、と。

 

 自分という存在を、誰に憚る事があろうか。

 そういう考えをするウマ娘もいるんだよ、と伝えたかった。

 

「日本ダービー、出ますわよ。わたくしは」

 

 インペラトリーチェの言葉には、確かな自信と力強さが宿っていた。

 かっこいい自分を、かっこよさに憧れるウマ娘に見せつける様に。

 このウマ娘には、“憧れ”を追いかける勇気があるのだから。

 

「怪我は二ヵ月で治ります。リハビリに一ヵ月かかります。なら、日本ダービーに出る事は不可能ではありません。不可能でないなら、可能という事です、可能というなら、わたくしが勝つという事ですわ!」

 

 暮れ往く夕陽を背に、逆光になった女帝が笑みを浮かべる。輝く輪郭と、影にあってなお光を放つ双眸が、アオギリホウオウという日陰者を見つめていた。

 

「あ、え……えっと……」

 

 インペラトリーチェは、アオギリに右手を差し出した。

 アオギリは、差し出された手を見て、次いでインペラトリーチェの顔を伺い見た。

 ホープフルステークスで誓った再戦の悪手、その続きだ。

 であると同時に、アオギリを同じ舞台へと引っ張り上げる、遊びのお誘いの手であった。

 

「貴女も出るのでしょう?」

 

 クラシック三冠。それこそがアオギリホウオウの目標だ。当然として、アオギリはダービーウマ娘を目指す事となる。

 ならば、再戦はできるのだ。

 あの日誓った約束を、果たす機会は消えていない。

 むしろ、ライバル的には俄然燃えるものだろう。

 

「今の貴女もしおらしくて素敵ですけれどね。共に走るのであれば、ホープフルで競っていた時の貴女の方が好ましいですわ」

 

 アオギリは一瞬躊躇した。怪我人に、気を遣われているという事に気づいてしまった。申し訳なさがあった。

 インペラトリーチェの目を見る。真っすぐ、こちらだけを見ていた。アオギリホウオウの左右の目を見据え、何もないアオギリを肯定しつつ、競技者としてのホウオウを引っ張り上げようとしてくれていた。

 

「貴女とわたくし、ダービーでは共に好敵手ですわ。なら、ライバル相手にはもっと違うお顔があるのではなくて?」

 

 強い人だ、と思った。

 かっこいい、と思った。

 まるで、ダービーを勝ったあの人みたいに、強い魂をしたウマ娘だと感じた。

 自然と、アオギリホウオウは手を伸ばし、それを握った。

 

「……はい。その時は、よろしくお願いします」

 

 痛い程、怪我人とは思えない程の力が伝わってくる。ホープフルで再戦を誓った時よりも強く、その手は握りしめられていた。

 対し、アオギリも思い切り握り返してみせた。踏ん切りがついた訳でも、決意を決めた訳でもない。ただ単に、このウマ娘の前ではもうちょっとマシな顔をしたいと思った。

 

「リーチェで良いですわ。親しい方は皆、そう呼びますの」

「あ、はい、んんッ……リーチェさん。ウチは、まぁ適当で」

「では、アオギリさん。今後ともヨロシクですわ!」

 

 アオギリホウオウは弱いウマ娘だ。

 過去に追いかけられ、前に進むだけで人並以上に怯えてしまう、生き難い心根の持ち主だ。

 主体性に欠け、自分から行動するのが苦手な、上手に生きていけない類の性格だ。

 けれど、誰かに臨まれた事を、迷いなく自分の力に替える事のできるウマ娘ではあったのだ。

 

 アオギリホウオウは、小さく息を吸った。そして、今度こそ以前と同じような獣めいた笑みを作ってみせた。

 

「……皐月賞、見ててください。思い切り走って、しっかり勝ってきます!」

「ええ、よろしくってよ!」

 

 二人は、固く握手を交わした。

 

 その時、自覚はなかったが。

 母の夢の為ではなく、何となく流れでやった訳でもなく。

 アオギリホウオウが、初めて自分の意思で好敵手に宣戦布告した瞬間であった。

 

「「ダービーで会いましょう」」

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 ………………

 …………

 ……

 

「あの……夜分遅くにすみません」

 

「ええ、はい。はい、体調は大丈夫です。元気です、ご飯も食べてます。はい、先輩方もトレーナーさんも良くしてくださってて」

 

「はい。ホープフル、勝ってきました」

 

「はい、はい。あ、大丈夫です。ありがとうございます……」

 

「インペラトリーチェさんも、はい、元気そうでした。次はダービーでって、言ってくださって」

 

「……はい、皐月賞も勝ちにいくつもりです」

 

「オカンの夢は、ウチが果たします」

 

 ……

 …………

 ………………




名前……インペラトリーチェ
誕生日……4月5日
身長……166cm
体重……自己管理は完璧
スリーサイズ……B90 W59 H89
髪色……栗毛
白斑……曲星
目の色……緑
憧れのウマ娘……ミホノブルボン
モデル馬……クィーンスプマンテ



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