「どーにか丸く収まって命拾いしたな、倉田ぁ」
事の成り行きを見守っていた
あちら側の倉田は上官が差し出した手を借りて立ち上がろうとするも「あ、足がぁ」と半ば腰砕けになった。それでも痺れた足をどうにか動かし、ぎこちない動作でのっそりと立ち上がる。
「……どうかしたのか」
反射的に伊丹は尋ねていた。圧迫面接ならぬ尋問から解放されたばかりにもかかわらず、倉田が喉に骨が引っ掛かったような腑に落ちない表情をしていたからだ。
倉田はやがて周囲には伝わらない程の囁き声を発した。
「隊長。俺がプレイしたMWってゲームは、複数人の主人公が出てきてステージごとに時々視点が入れ替わる構成なんですよ」
その声は、普段伊丹に似て軽い態度をとる倉田が滅多に発する事のない、硬さを帯びた張りつめたものだった。
「その視点変更が変わるタイミングは例えば地上で戦う兵士から空を飛ぶヘリのパイロットに切り替わったりだったり、同じタイミングで別の場所で戦う他の兵士と入れ替わったりとか……
時には
「……それで?」
部下の視線は、ゲームの中の存在だった筈の人物らと男臭い笑みを交わし合う、ロシア人と
「俺がプレイしたMWシリーズのラスト、マカロフを倒すステージでプレイヤーが操作するのはさっきまで俺を尋問してたプライス大尉で――
その直前まで操作してた今プライス大尉と一緒に居るユーリって人は本来なら最後の戦いで
そもそもおかしいんですよ、と倉田は続けた。押し殺された声の後半は焦りと困惑で上ずってすらいた。
「だって、ゲームには伊丹隊長の存在なんてどこにも登場していなかったんですよ……!?」
「……倉田」
「は、はい」
「お前、クロスオーバーって分かるか?」
「クロスオーバーってあれっすよね、2次創作でよく見る別作品同士の設定やキャラを組み合わせて――」
そこまで呟いてから倉田はハッと伊丹を見た。
迷彩服姿の伊丹は無関心や無感情とは違う、だが喜びや怒りとも別の感情を滲ませた眼差しで、倉田と同じように異国の兵士達の中に違和感なく混じるもう1人の自分を眺めていた。
「
呆然となる倉田に迷彩服姿の伊丹が顔を向ける
その口元にはシニカルな笑みが浮かび、茫洋とした印象の目元にはあらゆる現実を直視する覚悟を受け入れた者にしか宿せないだろう、確りとした達観の光を帯びていた。
「――だったらそんな世界に繋がった俺達や
一方取り残された両世界の女性陣はというと。
「とまあ、ここまでが耀司さんに惹かれるようになるまでの大まかな経緯ね」
妊婦服姿の栗林が締め括れば、聴衆であるあちら側の女性陣から一斉に感嘆の吐息が吐き出された。
別世界のレレイやテュカ達もまた愁嘆場から鉄火場まで、様々な経験をあちら側の伊丹と共有してきた仲である。
そんな彼女達からしても妊婦服姿の栗林がこの世界の伊丹と結ばれるまでに重ねてきた経験は驚くべき内容であったのだ。
少女達の心へ特に響いたのは、この世界の伊丹に恨みを持つという地球側の武装勢力に拉致されてから救出されるまでの件だ。
辱められ、処刑されるその間際。墜落するヘリから飛び降り窓を突き破りながら登場し、全身に軽くない傷を負いながらも助けに来たと告げる伊丹――――
窮地の際に直面した所へ命を張って駆けつけてくれた相手に大なり小なりときめかずにいられる人物などどれだけいるだろうか? 栗林の経験談はまさにその手本のような内容であった。
気持ちは良く分かる。そう言わんばかりに何度も頷いたのはあちら側のテュカとレレイだ。
特にこの2人は同じく追い詰められたり、危険に晒された所を同じ世界の伊丹に救われた経験を持つ。それだけに妊婦服姿の栗林の気持ちもよ〜く理解出来たのである。
以降も炎龍退治に同行し炎龍撃破に直接な寄与はしなかったもののその後に襲ってきたジゼルと新生龍との戦いに関与したり、資源探査名目でレレイの導師号審査に同行した時はクレティにてレレイ共々疫病を発症してしまい、危うく死に瀕した所を特効薬を持ち帰った伊丹によって再び救われた。
「そこで我慢出来なくなっちゃって、うん、耀司さんの部屋に押しかけてそのまま勢いでガバッと」
「「勢いでガバッと」」
「あとこの際だから打ち明けちゃうけど、部屋の外で聞き耳立ててたこっちの皆が雪崩れ込んできちゃって。結局皆も勢いでそのまま一緒に」
「「私達もそのまま一緒に……!」」
赤裸々な告白からの思わぬ流れ弾に
薄々察してはいたが、どおりで振舞いの諸所に妙な色気を感じた訳だと改めて理由を知ったあちら側の少女達は、納得すると同時に言いようのない嫉妬を抱いた。
「あらあらぁ。そんな気はしてたけどぉ、改めて言葉にして聞かされるとちょっと妬けちゃうわぁ。こっちのヨウジィはどうにもその辺り奥手なのよねぇ」
あちら側のロゥリィが羨まし気に吐息を漏らした。迷彩服姿の伊丹共々このアルヌスに漂う怨念の真相を聞かされた直後に浮かんでいた深刻な気配は消え失せ、普段の小悪魔系ゴスロリ神官キャラを取り戻していた。
とりあえず、あちら側の少女達は今度別世界の己達に肖って攻勢に出ようと決意した。同時刻、『門』前に戻る途中の迷彩服姿の伊丹は強烈な悪寒に襲われたとかなんとか。
栗林の語りは続き、その後ベルナーゴでハーディ直々に懐妊宣告をされると、旅の仲間を現地に残し彼女だけが独りアルヌスへ帰還する事になったという。
「私が最初に子供出来ちゃったから一応本妻って扱いにはなってるけど、本妻とかそれ以外とかは一切関係なく、平等に耀司さんに愛してもらう立場なのは変わらないって皆との話し合いの結論ね」
しかしアルヌスに帰還した栗林を待ち受けていたのは更なる災禍だった。
アルヌスに潜入していたゾルザル派の工作員と大量の擬態型怪異による襲撃を受けたのだ。
折しも銀座でも勃発した武装集団による電撃的侵攻も重なり、アルヌス駐屯地に残っていた戦力は極僅か。栗林が入院していた診療施設にも大量のダーが侵入し、他の入院患者や医官達と一室に立て篭もるも、子を宿して全力で戦えぬ栗林の手元には武器も無い。
押し寄せるダー達。破られそうになる急造のバリケード――――そこへ突如として乱入するは高らかに吼える偵察用オートバイの嘶き!
「ちょうど皆と一緒に帰還していた耀司さんが無線が壊される直前に流した救援要請を聞きつけて、急いで駆けつけてくれたのよ!
あの時は状況が状況だったから、耀司さんがまるで白馬に乗った王子様に見えたのよねぇ」
目尻を垂らして頬を緩ませる妊婦服姿の栗林。
「何と言ったものだろうか……ここまで話を聞いていると、最早この世界のイタミ殿とクリバヤシ殿はそのような運命の下に結ばれたかのように此の身には思えてくるな」
首を横に振りながらあちら側のヤオが感想を述べた。彼女の声には隠し切れない羨望が籠もっていた。
「その後も『門』が吹き飛んじゃったりまぁ色々あったけどどうにかこうにかゾルザルをやっつけて、ピニャ殿下に新しく皇帝になって貰って……
停戦条約を結んで協力関係を結んでからは大した事件もようやく起こらなくなって、今はこうしてのんびりお腹の子供がすくすくと育ってくのを見守るのが今の日課ね。
……だからそんなに打ちひしがれてないで、いい加減受け入れてよ。もう1人の
資材ケースに腰掛けた妊婦服姿の栗林の視線が斜め下へと向いた。周囲の視線も彼女に続く。
……視線に対し背を向ける形で、コンクリートの地面の上で直接膝を抱えて座り込む迷彩服姿の栗林が在った。ようやく泣き止んだかと思えば、今度は膝を抱えて塞ぎ込んでしまったのである。
傍から見れば同じ顔をしていながら勝ち組と負け組が一目瞭然で判る、そんな構図だ。泣きじゃくっていた時から引き続き黒川が寄り添ってやっている。
「隊長と子供作るどころかレレイ達とも……テュカやロゥリィやヤオはまだしもレレイなんかまだ子供じゃない……あれでも特地じゃ一応成人……いややっぱりハーレムとか……どうして受け入れて……ブツブツ」
「これは重症ですわね」
ひとしきり怨嗟にも似た
「分かったわ、分かったわよええ受け入れてやるわよ」
据わった声で妊婦服を着た己の似姿を、迷彩服姿の栗林は睨みつけるようにして見上げる。
「別の世界の私は隊長とくっついて子供まで作ったしくっつくまでの経緯も理解したわ、ええ理解しましたとも」
続いて次第に険しさを増しつつあった栗林の眼光がこの世界のレレイ達へと向いた。
「だけどねぇ、ハーレムまで許容しちゃうのはちょっとおかしいでしょうが!?
分かるわよ? 分かってるわよこっちの世界のレレイもテュカもロゥリィも隊長に惚れちゃってるのは見ててわかるから。でもよりにもよって
魂からの叫びであった。
良く言えば一途、悪く言えば往生際の悪い、一歩間違えればストーカーに転じてしまうかもしれない危うい性分の持ち主であった。
そんな伝説的な男に映画のヒロインよろしく助けられたともなれば、惹かれてしまうのも仕方あるまい。これも認めよう。自分も同じ立場なら、少なからずときめきを抱いていただろうから。
しかしだからこそ、富田ではなくオタクな上官に惹かれて挙句子供まで作るにとどまらず、別の女と男を共有する事に何の抵抗も抱いていない(しかも実年齢は1人を除いてずっと年上だが見た目は大半が少女ばかり)別世界の
狂奔にも似た叫びをあげる迷彩服姿の栗林、その隣では同意を示すように黒川が何度も首肯している。
だが同時に彼女の瞳には、諦観と呼ぶには複雑な色合いの感情が宿っていた。
「うーん、そっちの私の言ってる事も分かるんだけど、でもこればっかりは仕方ないのよねぇ」
必死に拒否を繰り返す
彼女が知らない、幾多の血と闘争の道程を歩んだ果てに女の幸せを手に入れた妊婦服姿の栗林もまた、こちら側の世界の少女達を見回してから。
「一緒に戦って、一緒に死にそうな目に遭って、助けたり助けられたりして、同じように耀司さんに助けられて、そして同じ人を好きになっちゃって」
照れたように、自分の馬鹿さ具合に呆れるように。
「一緒に戦って、助け合って、助けられて、一緒に好きになっちゃった
だったら誰か1人だけ選ばれて他の皆が悲しい思いをするぐらいなら、同じ人を好きになった仲間同士、皆で一緒に愛して貰って皆で幸せになれば良いって、そう思っちゃったのよねぇ」
だがどこまでも幸せそうに、母となった栗林は笑ってみせたのだ。
そんなもう1人の自分を見上げていた迷彩服姿の栗林は堪らず目を背けた。完膚なき敗北感に襲われての行動であった。
「世界が変わるとここまで変わるものなのか……いかん、俺にはボーゼスという愛する人が既にいるんだろうが……!」
姦しい女性陣の集団からやや離れた位置では、恋する女となり母となった別世界の同僚の笑顔につい見とれてしまい、罪悪感から自分の頬を張り飛ばす
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