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こうなる事は予想がついていた。
「今日の事は聞いているぞルマジュール。イイ金づるを見つけたそうじゃないか」
魔都ロアナプラ。世界中の名だたる悪党が集結するこの港湾都市を実質的に支配しているのは3つのマフィアだ。
チャイニーズマフィア――――
イタリアンマフィア――――コーサ・ノストラ。ロアナプラでの
ロシアンマフィア――――ホテル・モスクワ。ロアナプラでの
過去にはコロンビアカルテルもロアナプラの顔役に含まれていたらしいがルマジュールがロアナプラ入りする以前にほぼ壊滅したという。冗談みたいな話だが主犯は南米からやってきたメイドで、その暴れっぷりはロアナプラの住人の間で『メイド』がNGワード扱いされる程だったそうだがルマジュールにはどうでもいい。
かつてフランスの民兵組織
今目の前で葉巻を咥え、高級品の革張りの椅子に身を預けている金髪の女こそホテル・モスクワの首領――――バラライカ。
率いていた部下ごとマフィア入りしたアフガン帰りの元ソ連軍空挺部隊指揮官に呼び出されたルマジュールは、今日体験した出来事を洗いざらい報告している最中である。
「護衛を引き連れて装甲車でやってきた東洋人の客人は、貴様のロアナプラ観光の案内に幾ら払ってくれたのかしら?」
「……今日の分の手間賃で1000ドル。明日以降も付き合ってくれるなら1週間につき1万ドル払うって言われた」
「ほう、中々のお大尽のようね。良いだろう、しばらくはその客人の要望通りこの街のガイドをしてやれ。貴様の取り分をネコババするつもりはないから安心しろ」
ふう、とバラライカは葉巻を口元から離し、紫煙を吐き出す。刺激的な硝煙とは対極の甘い煙がルマジュールとバラライカの間に広がった。
「――で、そいつらはこの街の秩序を波立てそう? 包み隠す事無く、貴様がその者達に感じた事を話せ。
薄い紫煙のベール越しに、顔の右半分に火傷痕が刻まれていても尚怜悧な美貌をバラライカはよく研がれた銃剣のように鋭くさせ、狙撃銃の銃口を思わせる冷たい眼光でもってルマジュールを見据えた。
ルマジュールが報告に虚偽や余計な修飾を少しでも混入させたならば、ナイフや銃の餌食になるよりも
元よりルマジュールもそんなつもりは更々なかった。だから伊丹達を見て、接して、共に行動して感じた事を率直にぶちまけてやる。
「
「その用事とやら。貴様は聞かされているのか?」
「仕事でこの街に来たってそいつは言ってたよ。自営業なのか誰かの下で働いてるのかまでは聞いてないね。けど連中は恐らく取引がしたくてこの街に来たんだとアタシは読んでる」
「根拠は?」
「イザックとかいういけ好かない古物商の店で店主に尋ねてたんだよ。金じゃなく
「現物……それはどんな代物だ」
「文字通りのお宝だよ。そいつが古物商に持ち込んだのは宝石が埋め込まれた金のブレスレットだった。
「成程ね。どうやら客人方はピラミッドの隠し宝物庫で一山当てた山師の類のようだな」
「武器か、薬か、
バラライカは灰皿に置いた葉巻を再び口元へ運び、紫煙を口の中で転がしながら思考を巡らせた。
「……実際の目標がどうあれ、そいつらが商談を当面の目的としているのは分かった。ならば仮に
質問を耳にした瞬間、ルマジュールの隻眼もまた鋭利なものと化した。
「……あの野郎が引き連れていた護衛は4人。2人はアタシを雇ったヤツと同じ多分日本人、イギリス人らしいのが1人、最後の1人はロシア人だった」
「護衛どもの質は」
「間違いなくアイツらはれっきとした
それも訓練で撃ってこない的しか相手をしてこなかった新兵紛いなんかじゃない。鉄火場に送り込まれては機械みたいに敵のドタマをブチ抜くような任務を何度も繰り返してきたような連中に違いねぇ。
SACでアタシ達を鉄砲玉として使い物になるよう
あの中でも特に別格だったのがイギリス人だ。そいつに銃口を向けられた時なんか例え1マイル離れてようがワンショットで額に風穴を拵えてきやがる、そんな錯覚まで見せられちまった位だ。
それからロシア人の方も日本人の護衛よりは間違いなく格上だ。こいつは勘だがな」
だが、とルマジュールは真っ向からマフィアの女頭目を見据えた上で続ける。
「あの連中の中で一等ヤバいのは護衛のヤツらなんかじゃない、
ここまで微動だにしていなかったバラライカの眉が、ピクリと反応した。
「ほぉ、ならばその根拠を述べてみせろ」
「……具体的に言葉に出来るようなもんじゃねぇ。根拠なんてハッキリ言っちまえば
けどな、くだらないお国の為のドブ攫いをやらされてる間に散々獲物の血を嗅ぎつけてきたそいつが、ずっと喚き立ててるんだよ」
ルマジュールが銃を突きつけた時に覗き込んだあの時の伊丹の目。
当時はバラライカ達アフガン帰還兵が冷徹な兵士としての本性を表に出した時によく似ていると思った。
今は違った。
アフガン帰還兵の亡霊なんて可愛いレベルじゃない。アレはもっと、もっと、もっと、もっと、スティーブン・キングに出てくる恐怖の怪物よりもずっと悍ましく、空虚で、そして恐ろしい存在だ。
ロアナプラの住民が眼窩に嵌め込んでいるのが死者の目なら、あれは――――その手で幾万の死者を積み上げた果てに宿した
数多の死を濃縮した果てに出来上がった人が本能的に忌むべき何かを、ルマジュールはあの瞬間の伊丹の瞳の中に確かに見出したのだ。
「アンタ達は捨てられた野犬の皮を被った軍用犬の群れなのかもしれないけどね。
だったらあの伊丹とかいうヤツは呑気な駄犬のフリをした、決して目覚めさせちゃならない
ルマジュールが去るのと入れ違いに、厳めしい顔つきを斜めに縦断する傷の持ち主である副官のボリスがバラライカの執務室へと入室した。
「軍曹、報告を」
葉巻を吹かしたままバラライカは促した。背中に鉄の芯が通っているかのような見事な直立不動の姿勢を取ってから、手元の書類を見下ろしてボリスは口を開いた。
「ハッ、対象Aはサンカン・パレス・ホテルに到着後、2組に別れ行動。護衛対象と思しきスーツ姿の東洋人と護衛のイギリス人および東洋人1名はそのままホテル内へと入り、こちらをA1と呼称しますが、そのままフロントで飛び込みのチェックインを行いセミスイートの宿泊代金を前払いで1週間分支払った事までは確認が取れております。
その際、泊まる人数の割に
突如街に現れた謎の装甲車を乗り回す武装集団の情報は当然ながら即座にホテル・モスクワの下へと届けられ、その異様さから即座に配下による監視が実施されていた。
「残りの護衛達はどうした」
「もう1人の東洋人の護衛とロシア人は―こちらはA2と呼称―送迎に使われた装甲車に乗車後、A1をホテルに残しその場から走り去りました」
「手元に残す護衛は2人だけとは中々豪胆じゃない。それとも2人だけで戦力は充分とでも考えているのかしらね。
離脱したA2の行き先は確認出来たのか」
「それが、A2を乗せた装甲車が街を出て東南方向へ向かう途中までは追跡出来たのですが……」
歯切れ悪くボリスは言い澱む。
「不測の事態が?」
「は……尾行を行っていた班はA2から距離を置いて尾行を行っていたのですが、途中から別勢力の車両が新たに尾行に加わったとの事」
「何処の勢力の手の者だ?」
「
「成程。連中もカネの匂いを嗅ぎつけたのか、それとも
「きっとそうでしょう。ワトサップの部下が乗ったパトカーは我が方の尾行班と対象A2の間に割り込む形で尾行を開始。
異常が発生したのは、A2を乗せた車両がそのまま街を抜け東南方向へのハイウェイに出てから2キロ地点に差し掛かったタイミングでした」
「異常――とはなんだ」
「
バラライカの肩が僅かに震え、鋭利に細められた眼光がボリスを捉える。
「威力と発砲音から推定
「ワトサップの手の者に被害は?」
「肝を潰されたパトカーの乗員が
対向車は無く、追跡対象が直線にもかかわらず不自然に速度を落とすのに合わせてパトカーも減速したタイミングでの狙撃だった事から、A2と狙撃者が連携を取った上での行動だったのは間違いないでしょう。
尾行班はこの出来事を踏まえワトサップの部下の二の舞を避けるべく尾行を中止したとの事です」
「尾行班の判断は正解だ。折角のパトカーをお釈迦にされたワトサップはカンカンだろうが、手加減して貰った幸運をヤツらが自覚するかは怪しいものだな、軍曹」
「私も同意見です、大尉殿」
背もたれに体重を預け、紫煙を薫らせ天井を見上げるバラライカ。短い時間、思案に耽る。
脳裏に再生されるルマジュールの証言。ボリスから伝えられた尾行班からの報告。
「成程、兵隊だ。
それも装備も練度も規律も整った
かつての兵隊の亡霊としての名残が疼くのをバラライカは感じた。
同時にロシアンマフィアの長としてのバラライカは突如現れた外部からの闖入者への警戒と、彼らが齎すリスクと利益が如何なるものか算盤を弾きながら、今後の対応方針をボリスへ命じる。
「ホテルに逗留中のA1への監視を強化しろ。引き続きルマジュールにも対象との接触を継続させる。
街の外から入ってくる新参者のチェックも厳にするようホテルモスクワ参加の者共へ伝えろ。相手は恐らく想定以上の戦力を配備している可能性が高い。
それに追跡対象が味方を残して街を離れた上にわざわざ狙撃班まで街の外へ通じるルートへ配置していたという事は、
「こういう時、軍で航空部隊に空からの偵察を頼めた頃が恋しくなりますな」
「全くだな軍曹。今では部隊を動かす度に方々の耳目を気にせねばならん」
「ところで大尉殿、そろそろ連絡会の時間です。参りましょう」
「分かった、車を回させろ」
それにしても――――アフガンの亡霊である我々をも超えるおとぎ話の怪物、か。
「そのイタミとやら……
バラライカの口元が、狂犬じみた笑みに歪んだ。
伊丹「はっ!? 殺気!?」
ルマジュールの訓練云々に関しては捏造です。