自分は割と読者の予想とかは楽しんで読んでるタイプです。
感想・反応よろしくお願いします。
日が沈んだ頃合い。
悪徳の街で一等の高級ホテルの客室には不釣り合いに武骨な無線機がテーブルの上に鎮座していた。
伊丹は無線機の前まで椅子を引き摺ってくるとドサリと腰を落とす。身体を脱力させ気が抜けきった溜息を盛大に吐き出した。
その姿は核戦争を阻止し万にも及ぶ異世界の兵士を殲滅させた元特殊部隊の英雄には程遠く、だらしなく着崩れされたスーツと相まってへとへとになって安アパートに帰り着いた仕事終わりの安サラリーマンにしか見えない風情である。
だがまだ今日すべき事は終わっていない事を思い出し、背筋を伸ばし直すと大型のブリーフケースに入れて持ち込んだ広帯域多目的無線機の電源を入れた。
トランシーバー型の携帯用2型よりも大きく、その分出力も大きい背負い式の携帯用1型だ。指定された周波数に合わせ、ヘッドセットを被り、通話ボタンを押し込む。
「カルデアへ。こちらアベンジャー。定時連絡を行う。感送れ」
『アベンジャー、こちらカルデア、感良し』
伊丹達――――自衛隊が用いる野外通信システムはこの街が出てくる
この時代ではまだ実用化されていないタブレット端末ともネットワーク構築された野外通信システムは、当然ながら無線通話1つとってもデジタル変換による暗号化を施してやり取りを行うが、未来技術によって内容の解読は防げても電波の傍受自体はこの時代の無線機でも可能だろう。
だから伊丹とコールサイン・カルデア……特地派遣部隊から抽出されたこの世界に於いての現地駐留部隊司令部は決して決して技術格差に胡坐をかこうとはせず、コードネームを用い、会話も端的なやりとりに、少しでも傍受や正体の露呈を減らすべく努める。
無論ながら部屋の
「カルデア、こちらが送ったパッケージは受け取ったか」
『アベンジャーへ。パッケージは確認済みだ。第1段階が成功したと判断し、当初の計画に従い第2段階へ移行する。そちらも味方と合流後、追加の商品を受け取り予定通り活動を継続せよ』
「了解したカルデア。こちらも予定通りこのまま活動を行います」
『各目標の調達の手筈が整うまで定時報告以外の通信は最低限のものとする。頼んだぞアベンジャー。感おわり』
司令部からの電波が途切れる。伊丹も無線機の電源を切った。大きく万歳して今日1日の疲れをほぐす。
「上は何だって?」
「このまま計画通り活動を継続しろだってさ」
伊丹の護衛として残った2人の内の1人である剣崎が持ち込んだ荷物を整理する手を止めずに尋ねた。
彼の足元には広げた防水布の上に何丁もの銃と弾薬、戦闘用装備一式が並べられている。どれが何個用意してあるのかを一目見下ろしただけで確認出来るよう、等間隔で几帳面に配置された光景は兵隊としての優秀さの表れだ。
剣崎が並べた装備……今回の
チェックイン前に別れまた明日合流予定のユーリ達も、今回の作戦に必要不可欠な重要物資以外にも追加の武器弾薬を複数持ってくる事になっている。
勿論理由はある。
まず今回の作戦は人里離れた秘境や荒野ではなく文明在る地球の都市部―法と倫理よりも金と銃弾が幅を利かせるとしても文明は文明だ―での活動だ。
この時点で標準的な作戦時の
文明人らしく普通に適当な店に入って水と食料を購入し、適当な宿を借りてまともなベッドで眠りにつけば良い。今回の任務ではそれが許されるのだから。
逆に野営道具分のゆとりを埋めるように多く持ち込んだのは武器とそれの運用に必須の弾薬類だ。武器の種類も携行性重視から、限定的ながら装甲兵器にも対抗できる代物まで多種多様。
ロアナプラの世紀末っぷりはこの作戦に関わる自衛隊側の人員全てに知れ渡っている。
国民的とまではいかないが、それでも
当然伊丹や倉田も履修済み。彼ら以外にも特地に取り残された隊員には『門』崩壊の段階で掲載済みの最新話を紙媒体・電子書籍版問わず所有していた者が存在したし、中にはアニメ版を自前の趣味用PCにダウンロードして持ち込んでいた猛者すら居た。
彼らオタ自衛官によって齎された原作は当然の如く参考資料として上に提供され、結果狭間を含む幕僚幹部は全員原作履修済みの称号を開放済みである。
それはともかくマフィアからテロリスト、大国のスパイまで入り乱れて血と銃弾がたっぷり飛び交う街が舞台とあっちゃ、何時ドンパチに巻き込まれてもおかしくはなく。
時には米軍特殊部隊vsそれを追いかける女テロリストvs捨て駒のゴロツキ集団vs南米の武装勢力vs兵隊帰りのマフィアvs主人公勢力が入り乱れての一大市街戦すら勃発するような世界観なのだ。一旦事が起きようものなら、身を護るにもどれだけの鉛玉が必要か分かったもんじゃない訳で……
ついでに何故か(と首を捻ったのは伊丹のみなのだが)満場一致で作戦参加を命ぜられた伊丹は、海外時代どころか自衛隊に復帰してからも、火力不足に弾不足で何度死にそうな目に遭ったか分からない身の上だったのもあり。
『人間飲まず食わずでも数日間は死なないけど、戦場じゃ飢え死ぬよりも先に武器や弾が無かったらあっという間に殺られちゃうから……』
と、本人にとっては切実な意見の下、火力偏重の装備編成と相成ったのだった。
この度現地での実働に回されたプライス達も伊丹の具申に賛同した。剣崎達特戦群も箱根の山中で、プライスとユーリに至っては伊丹と同じ戦場で火力不足の辛さは散々味わったのだから当然と言えた。
その他には先程伊丹が使った通信機材、部屋の掃除に使った盗聴器発見器、資金調達用に用意した特地産美術品の一部を部屋に持ち込んでいる。
それから、札束の小山。
「とにもかくにもまず最初の課題だった街での活動費が何事も無く確保出来たのはありがたいや」
特地から持ち込んだ美術品の出所はピニャである。ゾルザル排除以降も余計な策謀を企みかねない地方の諸国へ睨みを利かせるべく、ピニャの依頼で時折自衛隊は小規模な戦力を派遣していた。
その報酬の一部をロアナプラでの活動費用の確保に当てる事になった訳だ。このような回りくどいやり方を行わなければならないのにも理由がある。
「基地にあった現金が使えたら良かったんだがな」
「仕方ないよ。
2004年、日本銀行は紙幣はE号券と呼称される、当時最新の偽造防止技術を駆使した新たな世代の紙幣の発行を開始した。
1000円札・5000円札・1万円札、主要3種類の紙幣が一斉に更新されたその一方で先代、通称D号券と呼ばれる1984年に発行が始まった旧世代の紙幣は交換・回収を開始。発行も2007年には停止した。
E号券の流通開始から10年以上が経過した伊丹達の時代には、日本に流通する紙幣の大半がE号券に置き換わり、回収された旧紙幣は再流通しないよう粉々に裁断された上で破棄あるいはリサイクル紙に生まれ変わっている。
さてここで問題。
未来の紙幣を過去に持ち込んだ場合、その価値は幾らになる?
「あれこそまさしく『ケツを拭く紙にもなりゃしねぇ』ってヤツだねぇ」
ドル札の小さな山を眺めながら伊丹は苦笑した。
つまりはそういう事だった。
まだ新紙幣が出回ってない時代に持ち込んでもせいぜいが
特地とこの世界が繋がり、無人偵察機を飛ばしての情報収集によって出現した先がフィクションの世界と把握した上で
世界が違おうとも貨幣制度が定着している限り金は有るに越した事はないし、金が有ってもそれが
その真理と世知辛さに、TF141が壊滅して国のバックアップが受け入れられなくなってからは傭兵紛いの仕事で糊口を凌いだ頃を思い出して遠い目になる伊丹だ。
「
「そうなのか?」
「俺の部下に財テクが趣味の
「兵隊一筋で生きてきた俺には縁の無い話だな」
「海外でマカロフを追う資金稼ぎしてた頃に金を運ぶ護衛の仕事とかもしたなぁ」
「おしゃべりは程々にしておけ。俺はホテル周辺の偵察に行ってくる」
剣崎と同じく装備点検を行いながらも雑談に加わっていなかったプライスが腰を上げた。
今のプライスは昼間と違いVIPを護る
剣崎と、2人のようにも目に見えて武装はしていないが伊丹も同様だ。伊丹はグロック18、剣崎はSFP9を携行。
2人は
マガジンポーチは腰の後ろ、ズボンのポケットにも予備マガジンを持ち歩き、銃だけでなくナイフも携行している。採用品の銃剣ではなく私物のより使い勝手が良いコンバットナイフだ。
それぞれ安スーツと大仰な戦闘用装備を脱ぐとバックパッカー風の格好なのもあり、通常の任務で装着し慣れた
周辺偵察に出るとプライスが告げると剣崎も続いて立ち上がった。
「じゃあ俺も同行するから伊丹は留守番よろしく」
軽い口調で言われた伊丹は椅子の上でズルッと体を傾けた。
「いやいや、俺一応護衛対象だからね? 護衛が護衛対象置いてくってどーなのよ」
「護衛なんかいらないだろ。何たって死んでも死なない不死身の炎龍殺しの英雄様なんだからな」
「炎龍を仕留めたのはそっちの爺さんだから! 俺が倒したわけじゃないから!」
からかう口調の剣崎へプライスを指差しながら伊丹は腕を振り回して反論。呆れた顔でそのやりとりを眺めるプライス。
「それに俺だってこの目で周辺の確認はしておきたいんだからな。航空写真や車の中から表通りを走って回った位じゃ足りないしね」
如何に無人偵察機の性能が向上しても、数千メートル上から地上を見下ろすだけでは手に入らない情報はいとまがない。山岳地帯なら地下坑道、ジャングルなら大きく張り出した枝葉が折り重なって生み出される天然のカーテンという風に。
この手の入り組んだ市街地の場合は建物から張り出した屋根、それから路地裏に面する建造物の勝手口や窓などだ。隣接する建物から建物へ、空からの監視が届かない屋内を通ってしまえば航空機型の偵察機から逃れるのは容易となる。
実際、建物の中を通って追っ手を振り切るのは伊丹達も海外時代に何度か使った手だった。
……一方、追っ手は伊丹達が逃げ込んだ建物群ごと吹き飛ばす事にした。涙目になって必死に逃げる羽目になった当時の伊丹だった。
「だがこの手の偵察は基本2人一組だろ。そこの大尉殿クラスの凄腕ともなれば大丈夫なのかもしれないが、土地勘が無い作戦地域で単独行動ってのは流石にリスクは高いぜ」
「そうだな。よし、んじゃこうしよっか」
伊丹も椅子から立ち上がると、パンと両手を打ち合わせて提案した。
「荷物は部屋に置いて、念の為泥棒対策をしてから3人一緒に偵察に行くとしよう。ササッとここいら周辺を回ってさっさと部屋に戻ってくれば大丈夫でしょ」
それから2時間後、伊丹達は銃撃戦の真っ只中に居た。
「…………どうしてこうなった!?」
ネクスト伊丹ズヒント:お 約 束