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<45分前>
気付いたら、地雷原のど真ん中に入り込んでしまっていたかのような心持ちだった。
「おおう」
正しく原作そのままの建物の前に立っている事を遅ればせながら自覚した伊丹の口から思わず奇声が漏れた。
傑作の聖地へはるばるやってきた熱烈なファン宜しく感動を覚える反面、原作に於けるイエローフラッグの
そうでなくても伊丹自身、本来はここへ訪れるつもりなどこれっぽちも無かったのだ。原作内で土地や通りの名称は登場しても具体的な街一帯の地図は描かれていなかった事、ここまで来るのに使った精緻な航空写真も住所や建物の詳細な名前までは判別出来なかった事が重なった結果だった。
伊丹もオタクとしては聖地巡礼に理解はあるし興味もあるが、それが原作内で起こるトラブルの大半がこの店の発端で、しかもトラブルの延長で定期的に
「見覚えのある店だな」
実は司令部同様、任務前にきっちり原作履修済みの―いかにもな古強者の老兵が、真剣な顔で漫画の単行本を熟読する姿は中々にシュールだった―プライスが看板を見上げながら呟いた。剣崎もそれに同意した。
「なあ伊丹よ。この店って確か原作だと――」
「ストップ皆まで言わないでくれ言いたい事は分かってるから。よーし2人共転進して元来た道を戻るぞー」
妙に早口で且つ平坦な口調で回れ右する伊丹。
が。
「げっ」
店の前を通る幹線道路を、街方面から伊丹達の方へ走って来る見覚えのある車両に気付いた伊丹は呻き声を上げた。
それはまぎれもなくヤ……ではなく、ゴロツキから金を巻き上げていた汚職警官のパトカーだった。舌打ちも漏れそうになる。
「マズいな」
距離的にはまだ遠い。だがイエローフラッグのネオンや街灯の下へのこのこと出てきてしまった伊丹達の人影を捉えるには十分な近さではある。
其処に誰かが居る、と存在を認識された状態からの急な動きは人に強い印象を残す。このまま慌てて先程の裏路地へ戻ろうと試みれば、それは不審な動きとしてパトカーの警官達の目を惹くだろう。
ならばこの状況で最も自然な行動は何かといえば――――
「こうなったら酒場にやってきた人間らしくこのまま店に入ってやり過ごそう」
「そうした方が良さそうだ」
酒盛りに期待を弾ませて入店する3人組といったていを装いながら伊丹はイエローフラッグの入り口をくぐった。
それが功を奏したのか、パトカーはそのままイエローフラッグの前を通過して走り去ったのだった。
伊丹達が足を踏み入れるなり視線の集中砲火を浴びた。
店内の様子を視界に収めた伊丹は、即座に前言撤回して店の外に戻りたくなった。
(うわぁ分かっちゃいたけどおっかねぇ)
ある原作キャラ曰く悪の吹き溜まりだったか。
まさしく的を射た評価だと納得したくなる、そんなおっかない顔や雰囲気をプンプンと漂わせる先客で店内は犇めいていた。白人、黒人、アジア系、南米系、中東系、ユダヤ系、まるで地球に存在する人種の見本市だ。
しかもほぼ全員が脇やテーブルの上に物騒な武器を手元に置いた上で今店に入ってきたばかりの伊丹達を注視しているのだから、居心地の悪さは
(こういう場所苦手なんだけどなぁ、俺。いやこの店に入って隠れようって言ったのも俺だけど)
……民兵から正規軍の機甲部隊に大国諜報機関の非合法部隊、果ては異世界の万の軍勢まで向こうに回して生き延びるどころか壊滅させてきた存在が
入口に立ち尽くしていても事態は解決しない。はぁ、と伊丹は溜息ひとつ。覚悟を決め、開き直って店内を見渡しながら足を進める。
丸テーブルの席はどれも埋まっている。入り口から見て真正面、奥のカウンター席だけ空いているようだ。必然、周囲の客からの視線を浴びながら店のど真ん中を突っ切らねばならない。
四方八方から興味と威嚇の視線に晒されてもプライスの表情は微動だにしない。剣崎はうっすらと挑戦的な笑みを浮かべながら、伊丹の後に続く。
酒瓶やグラス片手の客達の目に伊丹達はどう映っているのだろうか?
くたびれた着こなしのスーツ姿をした冴えないカタギにしか見えない東洋人。歳を喰ってはいるが、まるで使い込まれた銃剣を思わせる古強者の気配を隠さない髭面の白人。スーツの男と同じ東洋系だが纏う雰囲気は老兵に近い、細身ながら鍛え抜かれた体つきの青年。
外から来た人物なのは間違いないだろう。纏っている匂いがどう見ても外側の人間のそれだ。
悪徳の街に相応しい悪人には見えない。白人とスーツを着ていない東洋人は大きめのリュックを肩にかけてはいるが、バックパッカーとも思えない。安旅を続ける観光客ならもっと草臥れているし、盛り場に来たならもっと少し浮かれた雰囲気をしているだろうに。
雰囲気と立ち振る舞いからして
結論――――金で雇った護衛を引き連れる外から来た3流ビジネスマン。最終的に客の男達はそう推測するに至った。
彼らの推測はほぼ的を得ていた。伊丹達は確かにそのような役柄を上から与えられ、このロアナプラへと送り込まれたのだから。
ただし、客達が冴えないビジネスマンと判断した
「注文は」
カウンター前の椅子に腰を下ろすなり、客商売の人間とは思えない位に不愛想な声が伊丹達に問いかけた。
「えーっとそうだねぇ。とりあえず生……じゃなくてビールで」
「俺もビールをくれ」
「スタウトを。パイントで頼む。それからフィッシュ&チップスを」
日本人と英国紳士全開のオーダーに対してバーテンことバオは鼻で笑う仕草を見せた。
現地では初の生原作キャラを前に密かににテンションが上がる伊丹だったが、顔に出すまいと必死に努力する。
椅子に腰かける際に足がカウンターに触れた。単なる木板にしては妙に重く硬い
同じくカウンターの異様な頑丈さを感じ取った剣崎が声に出さず、隣に座った伊丹に対し眉を持ち上げて小さく驚きを示した。伊丹は小さく肩を竦める事で答えた。
(アニメじゃ50口径も耐えられる装甲板が仕込んであるって言ってたなぁ)
いざという時はカウンターの裏に隠れよう。伊丹は密かに決意した。
「生憎そんなしゃれたツマミなんぞここじゃ出してねぇよ。そんなに食いたきゃロンドンの下町にでも行きな」
「…………」
数十秒後、たっぷり汗をかいた小型のビール瓶が2本と、ビールというよりコーラか濃く煮出した豆茶を思わせる色合いのスタウトが入ったグラスがカウンターに置かれた。ビールの銘柄はシンハーという
伊丹とその左右にそれぞれ腰かけた剣崎とプライスが各々注文した酒を手に取る。全員利き手は空けておく。
「んじゃまとりあえず乾杯といこうか――乾杯」
「「
ビール瓶とグラスが澄んだ音を立ててぶつかり合い、3人は中身を一斉に呷った。
銀座との『門』が消失してから久方ぶりに飲む地球の酒とだけあって、然程酒を嗜まない伊丹ですら美味そうに異国の酒を喉へ流し込んでいく。
勿論、アルコールが一気に回らないよう調節するのは忘れない。場に溶け込む為に酒を口にしてはいるが一応今も任務中なのだから。
満足げな唸りを耳が拾う。中身を半分ほど飲み干した伊丹が顔を向けてみると、彼よりもハイペースで焦げ茶色の酒を飲み干したプライスが空になったパイントグラスをカウンターの上へ戻すところだった。
ちなみに1パイントは英国規格で568ミリである。それをプライスは一息に飲み干したどころか、
「マスター、おかわりだ」
即座に追加注文を行うプライスの眉尻は普段よりも心持ち下に垂れてすらいた。よっぽど故郷の酒を飲めた事が嬉しい様子。
(日本から特地に持ち込んでたお酒ってほぼ日本のお酒ばっかりだったもんなぁ)
ウィスキーやら日本酒やら、酒の種類自体はビール以外にも幾種類かアルヌスの酒場や協力者の商人に卸したりしていたのだが、スタウトの様な国外産の酒は検疫の兼ね合いもあって殆ど持ち込まれていなかった。
一応日本国内生産のスタウトも存在はしているのだが、試してみた英国紳士曰くイギリス産とは微妙に違うとかなんとか。
ロシア人のユーリとニコライもウォッカに関しては同様の意見を述べている。
普段は厳めしく眉根を寄せたプライスが目尻を緩ませるという滅多に見られない姿に伊丹もニヤニヤと口元を緩ませていると、2杯目を待っている間に伊丹からの視線に気付いて首を傾げたプライスと視線がぶつかった。瞬時にプライスの顔が何時もの仏頂面に戻った。
「……何か言いたい事でも?」
「いっやぁべっつにぃ~?」
ユーリとニコライにも見せてやりたかった。時と場所が許せばスマホで撮ってたのに……等と伊丹は内心ちょっと残念に思う。
そんな事を考えていると、不意に人が近付いてくる気配を伊丹は背中で感じ取った。プライスと剣崎も同様だ。
規模は5~6人。カウンターの
(どうする?)
(相手の対応待ちで、でもなるべく穏便に済ませる方向で。そっちも
(了解了解)
アイコンタクトで方針を決定。ビール瓶とグラスを手に酒を楽しむポーズを取ったまま、相手が声をかけてくるまで気付かないフリをする。
「楽しんでいる所を邪魔するが
「へっ?」
声を掛けられてようやく気付いたといった態度で伊丹は振り返った。
TF141時代にかつて言葉を交わした―その数週間後に彼らは死んだ―欧州圏出身の戦友達との記憶を参考に、人種的特徴と
当然ながら全員が銃を隠し持っているのも、立ち振る舞いのシルエットや微妙なバランスの崩れ具合から伊丹は見抜いていた。
「いやな、昼間に
「ああ。それなら自分達の事で合ってますけど」
集団のボス格だろう、代表して話しかけてきた白ルーツの男が伊丹とプライスの間に体を割り込ませた。プライスと剣崎の利き手が、席に着いてからも背負ったままだったバッグの収納部へとさりげなく近付いた。
白スーツの男の手が馴れ馴れしく伊丹の肩に回され、にこやかさのすぐ下に御馳走を前に舌なめずりする野犬じみた欲望が隠し切れていない下卑た笑顔と共に、男はもう片方の手で以って名刺を差し出してきた。
名刺には英語・イタリア語・タイ語で以ってこう書いてある――――ヴィスコンティ・フーズ。
間近で覗き込む格好になった白スーツの男の瞳が宿す感情から、伊丹の事を護衛だけは立派な生っちょろいカモだと見くびっているのがハッキリと見て取れた。
「俺達の
是非アンタらの取引候補として
伊丹は素直に名刺を受け取ると、にこやかに笑い返しながら言った。
それは海老で大鯛を釣り上げる事に見事成功した釣り人を彷彿とさせる勝利の笑みだった。
「
<5分前>
その常連客の男女がイエローフラッグを訪れて何時ものカウンター席へ向かうと、見覚えのある顔ぶれがやけに騒がしくしながらカウンターの前で酒をカッ喰らっていた。
「――だから、な? 故郷の味は同じ故郷で仕入れた材料以外じゃダメなんだって! アンタも分かるだろ?」
「分かります分かります。料理人やってた俺の
「そう、そうなんだよ! その点俺達の店は違う! 故郷シチリアの食材を直輸入して調理するのもイタリアから連れてきた本場の料理人だ!
そこいらの屋台の安飯なんかメじゃねぇ、この街で
『
「ベニーノ達のヤツ、妙にご機嫌じゃねぇか。おいバオ、どうしたんだよアイツら」
ホットパンツに黒のタンクトップ、女豹のように均整が取れたプロポーションを強調する服装に右肩のトライバルタトゥーと両脇のホルスターにぶら下げた2丁拳銃が合わさり、危険な色気を醸し出す女ガンマンが気安い口調で店主に尋ねた。
「外からこの街に取引相手を探してきたとかいうビジネスマンが来ててな。そいつに連中が絡みに行ったら、払いは自分持ちで好きに飲んでいいってベニーノ達に酒を振る舞ってからずっとあんな調子よ」
「へぇ、そいつは物好きなお大尽も居たもんだぜ」
バオは女ガンマンの連れである男にも話を向けた。彼は白のワイシャツにネクタイという、ロアナプラではほぼ見かけない日本のサラリーマン式の着こなしをしている。
「その外から来たお客だけどな
「そうなのか?」
ロック、と呼ばれた白シャツネクタイの青年は驚いた顔で酒盛り中のイタリア人集団へ視線をやった。
イタリアの家庭料理について熱弁を振るうシチリア・マフィアの向こう側にチラリと見えた顔はロックよりも幾らか年上のようだったが間違いない、日本人だ。
以前働いていた総合商社時代に取引先の都合で足を運んだ3流企業、そこで見かけた窓際部署の社員を思い出す、冴えないサラリーマンの見本のような顔をしていた。
「聞いた話じゃ今二ホンは不景気らしいが、二ホン人はそんなのお構いなしにどんな土地にでも商売しにやって来るよなぁ。お前もそう思うだろ、ロック?」
「ノーコメントだ、
言いながらグラスのウィスキーを呷って余計な質問をシャットアウトした時だ。
「あん? 何の音だありゃ?」
「車の音だろ」
店の外から車のエンジンやブレーキの制動音が店内まで聞こえてきた。
店の前は幹線道路が走っているし、イエローフラッグの利用客は基本飲酒運転なんて当たり前だ。酔っ払った余り運転をミスったり必要も無く急制動を掛けたりとやらかす運転手も然程珍しくはない。
「いやそうなんだけどよ。何か嫌な気配が……」
ロックと同じくウィスキーを口元に運んでいたレヴィが目を細めた。
直後だった。突然の叫び声が店中に響き渡った。有無を言わせぬ緊迫した警告の叫び。
声の出所はイタリア人に囲まれていた、ロックが冴えないサラリーマンと評したあの日本人の男だった。
「全員今すぐ伏せろ!」
――――次の瞬間、
サ〇ゼの料理以外のイタリア料理も色々と食ってみたいもんです。