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「ばっ、びっ、みみみみミスバラライカ!?」
焦土と化した店の前や店内の惨状と比較して、奇妙な程原形を保っているカウンターの上にて火が点いた煙草を銜えながら黄昏ていたイエローフラッグの店主たるバオは、調度品や酒瓶や人の残骸を乗り越えて近付いてくるバラライカの姿を捉えるなり裏返った悲鳴を上げた。
器用にも腰掛けた体勢のまま、カウンターの上で数センチばかり跳び上がるというリアクションのおまけつきである。
張やロニー、それからラグーンの連中といった極一部を除けば、バラライカの姿を前にした住民は大概パンツの中にデカい物を今にも産み出しかねない姿を晒してしまう。
稼業と評判上仕方ないとはいえよくもまあここまで恐れてくれるものだ。バラライカの口元に薄い苦笑が浮かんだ。
「きょきょきょ今日は一体どういった御用事で!?」
「そこまで畏まらなくてもいいわよバオ。たまたま近くを通りがかったから、ついでにちょっと話を聞きに来ただけだもの」
「そ、そうかい」
最初はガチガチに背筋を伸ばして固まっていたバオだったが、バラライカがそういうとすぐに肩の力を抜き、安堵の溜息を紫煙と共に吐き出した。
「今回も災難だったわねバオ。これで店が吹き飛んだのは何回目かしら?」
「もう数えたくもねぇよ。一体どこに店の修理代請求すりゃいいんだよチキショウ」
ガックリと肩を落としながら愚痴るバオ。
これが他のならず者や街の住民なら、未だ体中からあらゆる液体を垂れ流さんばかりに震えあがっているだろう。
元南ベトナム軍人としてベトナム戦争を生き延び、ゴロツキ御用達の酒場の店主になってからも事あるごとに銃撃戦に巻き込まれては悪態を吐きつつ五体満足で生き延びてきたのは伊達ではない。そんなバオの金玉はそこいらの裏稼業よりも格段にデカかった。
「んで、聞きたい話ってのはやっぱり襲ってきたターバン連中の事についてですかい?」
「話が早いのは好きよ、バオ。
僅かに緩んだ表情を鋭いものへと引き締め直したバラライカは振り返り、改めて店内を見回す。
修羅場の跡地と化した店内は窓の全てを失って尚、潮風に混じって血と火薬の臭いが色濃く漂っていた。
そんな中をロアナプラ市警の警官達が現場写真を撮ったり、現場に残された死体を調べている。店の外も相当数の警官が動員され、大々的な規制線も張られていた。
……一見
何故ならこの街の警官達も立派な悪党であり、その主な業務は法と正義の執行ではなく
こうした現場の保全や証拠集めを行っているのも、街を仕切る各組織へ
今回の襲撃でもコーサノストラといった組織の構成員に被害が出ている。ロアナプラでは組織に何らかの被害が生じた場合に限れば、むしろ警官よりも犯罪者の方が事件解決に熱心なのは何の皮肉か。
それでも
ともかく事件現場と化したイエローフラッグはこの店にしては非常に珍しく、今やゴロツキの代わりに多くの制服警官が死体の間を右往左往している有様だ。
バラライカは近くに転がる死体を検視中の制服警官の肩越しに見下ろす。
客ではなく、襲撃犯の死体だ。派手なアロハだの着崩したスーツだのではなく戦闘服姿にクーフィーヤを顔に巻き付けているから一目で見分けがつく。頭巾で隠れた額部分が血で染まっていた。
警官がクーフィーヤに手をかけて剥ぎ取れば、現れた顔は若い中東系だった。額にぽっかりと開いた50セント硬貨大の穴……
いや違う。バラライカは目を細めた。
高速の銃弾が2発、極めて正確に集弾した事で破壊された着弾部に1つの大きな穴が生じているように見えたのだ。
死体に刻まれた弾痕はその2つだけ――――しかも1体だけではない。
他に転がっている死体、それも頭巾を頭に巻いた
偶然の産物ではない。
「まず聞かせて欲しいのは襲撃当時の状況と
「そいつはありがてぇ。別に誰からも隠し立てしろとも言われてねぇし、アンタになら遠慮なく喋らせて|もらうさ」
言いながらバオはカウンターの内側に手を突っ込み、奇跡的に生き残っていた酒瓶とグラスを引っ張り出すと手酌で中身を呷った。
本来は氷や水で割って飲む類の酒を彼は咽る事無く一気に流し込んだ。酒の力を借りなければやってられない気分なのは容易に察しが付く。
酒精混じりの吐息を深く漏らしてから、バオは新しい煙草を取り出しつつ当時の出来事を語り始める。
「ありゃあラグーンの水兵共が店にやってきてから数分と経たずに起きやがったんだが――……」
<約30分前>
スタングレネードが炸裂した。
視覚と聴覚を麻痺させる閃光と轟音がイエローフラッグの店内を塗り潰した。予め身構えていた伊丹達は、爆音の合間から店内へ踏み込んできた聖戦士達の悲鳴を感じ取った。
『GO!』
伊丹の合図を受けたプライスと剣崎が、それぞれの獲物を構えて素早くカウンター裏から立ち上がった。
伸ばしたストックを肩付け。銃を支える両腕に籠める力は強過ぎず、インファイトスタイルのボクサーの様に脇を閉め、照準具と銃口が完全に地面と平行になる様に射撃体勢。
スタングレネードの直撃を食らい顔を押さえて悶絶するターバン頭の男達。照準はのたうつ頭。ドットサイトの光点が頭部に重なる瞬間、引き金に添えられた指が自動的に銃本体を揺らさぬ必要最低限の力で絞られる。
発砲。ダブルタップ。弾丸がサイレンサーによって延ばされた銃口から、排莢口からは役目を終えた薬莢が飛び出し、狙い通りに命中し、破壊された頭部から生命の血潮が散る。その一部始終がまるでスローモーションのように2人の兵士の目に映る。
押し殺された銃声も彼らには妙にゆっくりと間延びして聞こえていた。
身体は何千回と重ねた訓練と幾度もの実戦によって刻み込まれた経験通りに動き続ける。急所に2発、確実に息の根を止める為の射撃を実行しては次の
5秒近く経った頃、プライスと剣崎の時間間隔は急速に元の速度へと復帰した。
たった5秒。それだけの間に2人は10人近い聖戦士を射殺していた。
店内に突入した聖戦士の大半が何が起きたか分からない間に死んだ。
だが全員がやられた訳ではなかった。突入口である店の元入口、スタングレネードの爆心地から遠い位置に居た数名は距離による威力減衰で動揺の効果が薄れるのが早かったのもあり、先を進んでいた仲間が水の中でシャンパンを抜いたような音が鳴ったかと思うとバタバタ倒れていくのに気付くと、慌てて近くの柱や引っ繰り返ったテーブルの陰へと逃げ込んだ。
咄嗟の行動だったがそこまでは正解だった。
だが。
『ちょっとゴメンよ!』
『のわあ!?』
スタングレネードの炸裂と同時、寸での所をやはりカウンター裏に逃げ込み自動車爆弾から生き延びていた男女の頭上を跨いでカウンターを抜け出し、壁沿いに聖戦士の側面へ回り込んでいた3人目の存在を彼らは見落としていた。
伊丹は無警告でショットガンをぶっ放した。
借り物のセミオートショットガンが火を噴く。接近戦で連射される散弾の嵐は下手なフルオートの火力をも上回る。
伊丹は4発発砲。プライスと剣崎に応戦しようとしていた聖戦士の死体が新たに4体。最高の戦果だ。
『あqwせdrftgyふじこ!』
『うおっと!』
側面から殺気。早口に伊丹には理解出来ない喚き声を発しながら、新たに窓を飛び越えて聖戦士がAKを撃ちながら乱入してきた。
伊丹は斜め前に転がった。接敵した距離があまりに近かったので、乱射されるAKの銃身の下を潜り抜ける形になった。
頭上を何発もの銃弾が通過していく衝撃波を伊丹は感じた。聖戦士から見て右隣へ転がった伊丹へ振り向けられるAK。
『悪いがアラビア語はサッパリなんだ!』
転がった勢いに乗って勢い良く起き上がった伊丹もレミントン・M1100の銃口を振った。
ただし、狙った先はAKの銃口に対してだ。
鋭く、コンパクトな円を描く軌道で下から上へ。自衛隊員の誰もが訓練課程で仕込まれる銃剣道のテクニックの応用。
銃身同士がぶつかり合ったかと思うと吸いつくように離れないショットガンの銃口に振り回されるがまま、AKの銃口は射手の意思を無視してあらぬ方向へと誘導され、発射された残りの銃弾はボロボロの床や天井に新たな弾痕を刻んでやがて沈黙した。聖戦士が驚きに目を見開く。
流れるような動きで踏み込んだ伊丹が続いて繰り出した、教範通りのストックの一撃が無防備な顔面を砕いた。
クーフィーヤごと顔面を真っ赤に染めた聖戦士の体が、飛び越えたばかりの窓の残骸を超えて外へと逆戻りした。
殴り倒した聖戦士を見送った伊丹の瞳が店の外の様子を捉える。
自動車爆弾が生み出したクレーターや店に来た客の足だっただろう車両の残骸を挟み、店の前を走る幹線道路上に停車した複数台の車両の前に未だ10名近い聖戦士が並んでいるのが見えた。中にはAKのみならず、車載型の機関銃を店へ向けている者すら複数存在している。
その中の1人と伊丹の目が合った。
『やっべ』
『النار!』
これは伊丹にも理解出来た――『撃て』だ。
咄嗟に窓と窓の間の壁へ滑り込み、身を低くする。
一斉射撃が始まったのはその直後だった。伊丹の頭の上を更なる銃弾の雨が絶え間なく通過していく。窓の残骸が最早原形無き窓の破片へと砕け散っていった。
そんな状況下で伊丹はこう思った。
(敵さん達、最低限訓練は詰んでいるみたいだけど練度はまだまだみたいだな)
半ば床に横たわった姿勢で、1メートル近く上の空間を通り過ぎていく機関銃の曳光弾の軌跡を観察しながらの感想だった。
ぶっ放すのに意識を割かれ過ぎ、連射の反動制御と照準の修正が間に合っていない。冷静さを保てていない、新兵や経験不足の兵によく見られるミスだ。そのミスのお陰で伊丹は命拾いしていた。
――――まぁ
『スモーク!』
店内側から聞き慣れた声がした。
白い尾を曳いた鉄の筒が店の外へと転がり、そこから大量の白煙が広がっていく。カウンターを出て前線を押し上げに移ったプライスが投じたスモークグレネードだった。
伊丹も老兵に続いて彼からM1100と共に手渡されたスモークグレネードのピンを抜き、窓から投じる。白煙の濃度と反比例し、的を見失った聖戦士達の銃撃が次第に薄れていく。
『無事か? 伊丹よう』
『何とか生きてるよ、
新たに破片を被って安スーツを汚した以外は無傷だった伊丹は、剣崎の呼びかけに軽い口調で返した。
『煙が俺達を隠している間に押し込むぞ』
『オッケーイ』
最早窓枠すら失った空間から、MCXラトラーを構えた姿勢で店の外へ出ていくプライスに伊丹も続く。
本性を露わにした兵士達の姿が白煙の中に消えていく。再び生じるサイレンサー越しの銃声とショットガンの砲声。パシュトー語の悲鳴が上がっては途切れる。
エンジンの唸り声が上がったかと思うと急速に遠ざかって行った。
潮風が白煙を散らす頃には、店の前に立っている者――生きている者は伊丹とプライスと剣崎の3人だけだった。聖戦士が乗ってきた車が1台消え、残りは乗ってきた者達が全滅した為に道路上に打ち捨てられていた。
『チッ、1台逃したか』
仕留めた死体に囲まれながら老兵が舌打ちするのを、唖然呆然とした顔でカウンター裏から頭だけ覗かせていたバオは耳にした。
終わってみれば伊丹達が反撃に移ってから3分と過ぎていなかった。
その一部始終を、バオは最前列で余す事無く目の当たりにしたのである。