『慧眼だったわねルマジュール。例のイタミという
朝一番に
なんでも昨日ルマジュールを雇った伊丹何某一行は何を考えたのか、ロアナプラで最高級のホテルを抜け出したかと思うと街で最もろくでもない連中が集まる酒場にふらりと乗り込み、案の定銃撃戦に巻き込まれた彼らは撃ってきた連中を皆殺しにし、自分達は無傷で悠々とホテルに帰還したのだという。
さもありなん、その仕事ぶりはたまたま近場に居たので事が済んだ後の現場を視察したバラライカ……
声を殺し、自分からトラブルに飛び込む真似をした
『忠告だけはしてあげるわ。今この街にはここをカブールかカンダハルと勘違いしたアラブ人共が
黄金夜会はこの街の秩序と均衡に混乱を齎す聖戦狂いのムジャヒディン崩れどもを
……まあ私の推測が正しければ例の日本人どもと行動を共にしている限りは貴様の生命は保障されるだろうが、
――――精々流れ弾に気をつけながら、上手く客人を誘導してみせる事だな』
改めて、ルマジュールの口から沈鬱な空気が漏れた。
ともかく仕事の時間だ。1日1000ドル、1週間専属で1万ドルの誘惑はやはり振り払いきれない。サンカン・パレス・ホテルを目指す。
雇い主は既にフロントでルマジュールを待っていた。彼女は周囲を見回す。昨日よりも伊丹の周りに居た面子が少なかった。
「昨日一緒に居た残りの護衛は?」
「彼らとはあの後別行動でね。もうすぐ迎えに来てくれる筈だよ」
「……
「昨日の時点ではそのつもり
「あン?」
含みのある発言にルマジュールが眉根を寄せて先を促すと、やれやれと言いたげに眉尻を下げた伊丹が続ける。
「どーも今のこの街って話で聞いてた以上に物騒な雰囲気だからさ。だから
遠くからそこいらの乗用車より重たいエンジン音が近付いてくる。
それに耳を傾けたルマジュールは違和感を覚えた――――
ホテル前の通りに首を振り向けて音が近付いてくる方向を凝視したルマジュールの隻眼が、大きく見開かれた。
発生源である車両がホテル前で停まる頃には唖然と顎も落ちていた。近くの通行人や伊丹達と同じくフロントに屯していた他の宿泊客に従業員も似たようなものだった。
「
異形の車両であった。
昨日伊丹達と乗ったブッシュマスター装甲車より更に縦も奥行きもスケールアップした車体でタイヤの数も6輪に増えている。
モスグリーンの車体表面はうっすらとしたひっかき傷に多く覆われているが、装甲板の強度自体もまたブッシュマスターより厚く頑強に思える。
ルマジュールの観察眼は実際正しく、ブッシュマスターの装甲がNATOが定めた兵器規格の1つである
運転席‐助手席真上の屋根にはKPV・14.5ミリ重機関銃の
従来存在しないこの車両限定の特徴として、車体前部のバンパーに分厚い楔形ブレードが溶接されていた。20トンを超える装輪装甲車でも重量級の車体による突撃と合わされば大抵のバリケードや車両、建造物ですら突破可能であると実戦でも証明されている点については流石のルマジュールでも知る由はない。
その名をウラル・タイフーン装甲車。開発開始は2010年頃と、ブッシュマスター同様にコレもまた未来の兵器である。
タイフーン装甲車の乗員は運転手と助手席にナビゲーター役、機銃操作パネルがある座席に火力担当がそれぞれ1名ずつ。
加えて後部区画に緊急時の護衛要員が
彼らは伊丹の護衛であると同時に、追加で運搬してきた街での商談に使う高価な品物を護る番人でもあった。
タイフーンの後ろにはルマジュールも見覚えのあるブッシュマスターが続いていたが、更にブッシュマスターの後ろに彼女の知らない車両が増えていた。
オシュコシュ・M-ATV。ブッシュマスターよりもやや小柄だがこちらも立派な装甲車。
元は自衛隊の制式採用ではなく、特地へ自衛隊が派遣されて以降にWW3の早期終結で多くの余剰兵器を抱えた米軍から打診を受けて急遽導入した供与品だ。本来の歴史ではアフガニスタン戦争―ソ連ではなく、アメリカが911テロの報復に派兵した2001年以降の方―に於いて厳しい地形と気候に対応すべく、2009年から米軍が運用を開始する。
こちらのM-ATVもまた通常とは違う改修が施されており、差異に気付いた伊丹が声を発した。
「あれ? こっちのATVってこんな砲塔乗っけてたっけ?」
M-ATVもRWSを搭載可能だが、伊丹の目の前にある車両は彼の疑問の声の通り、単なる銃座を超えた大型の砲塔に近い存在が屋根の大部分を埋めていた。
カメラ付きの砲塔から長く伸びる砲身と銃口回りの形状は自衛隊採用のM2重機関銃のそれではないから別の兵器だろう。砲塔自体も仕上げは丁寧ではあるが、どことなく手作り感が漂うデザインをしている。
疑問に答えたのはM-ATVの運転席から顔を覗かせた運転手だ。伊丹も非常に見慣れた顔だった。
他の面子もそうだが、部下が最早非番の日でも着ている陸自の迷彩服ではなく、私服の上に通常防弾チョッキの上から装着する弾入れなど各種ポーチを備えたベルトキットを身に着け、腰や太腿に拳銃用ホルスターを巻き付けた軽装のPMCオペレーターを彷彿とさせるスタイルで作戦に参加している姿というのは、伊丹から見ても中々に新鮮な感覚だった。
「ちーっすお待たせしました隊長。驚いたっすか、
「何だ倉田かよ。お前も来たのか。それにしてもどしたのコレ。載ってんの
「ジゼルが壊したBTRあったっすよね。無傷な方の車両の部品取り用にバラしたやつ。
ATVの方は前々からヒマしてた整備の連中が半分趣味と暇潰しに現地改修案考えてて、50口径よりももっと重武装に出来ないか考えてたら、降ろした後ほったらかしにしてた
「それは分かったけど、砲塔に積んでるの機銃だけじゃないだろアレ」
やる気が無いように見えて中々に目ざとい(でなければいち早く危険を察知して逃げ出せない)伊丹は、KPVの隣に別の機銃が仕込まれているのを見抜いていた。妙に寸詰まりな砲身とは対照的に、弾丸が通過する砲腔はKPVよりもずっと大きい。
「同軸で40ミリ自動てき弾銃も搭載してるんで、ドラゴンには敵わなくても対人なら火力も充分っすよ」
「一応言っとくけど、ここは流れ弾気にしなくていい特地じゃなくて地球の市街地だからな? 民間人が居る建物に誤射とか止めてくれよ?」
「分かってますって。遠隔砲塔の試射も向こうでちゃんと済ませて感覚は掴んできたっすから」
「街の地理もちゃんと頭に叩き込んできただろうな」
「そっちも一応、航空写真で車列が通行出来そうな広さの道は一通り叩き込んできました」
「ならばよし!」
倉田の下から離れると、伊丹は両手を叩いて「それじゃあ出発しよっか。目的地や経路は移動しながら無線で指示するから回旋は空けとくように」と他の面子に合図を飛ばす。
伊丹が乗るのは昨日に続いてブッシュマスターだ。
「おはよう伊丹。昨日はあれからトラブルに巻き込まれたんだって?」
「おはようさんユーリ。いやぁおかげさまで寝不足だよ。はぁ」
兵員区画から身を乗り出したユーリの手を借りた剣崎、プライスに続いて伊丹が後部ハッチから乗り込むと、最後に朝から頭痛が痛いと言いたげに額に手を当てたルマジュールが車内へ入った。伊丹の向かいの席へと腰を下ろす。
車体が高い軍用装甲車では標準装備の昇降用タラップが格納され、対爆仕様の扉が閉ざされ、車列が移動を開始する。
「……それで、今日のアンタらの目的地は?」
ルマジュールが訊ねると、伊丹は胸ポケットへと手を差し込んで紙片を取り出し、彼女の方へと差し出した。
受け取ったルマジュールの目が細まる。少し汚れて皴のよったそれは名刺だった。
「昨日、たまたまこの街で手広く
アポは取れてないんだけど、まずは其処から商談に回ってみようかと考えてるんだ」
「彼らはシュワルツコフ大将とでも繋がりがあるんじゃないだろうな。どう思う、レイ」
「
コーヒーが入ったカップ片手に、真に呆れかえった表情でホテル前の様子を見下ろしていた少佐と呼ばれた男が副官へ訊ねると、レイと呼ばれた男もコーヒーカップ片手に肩を竦めてみせた。
シェーン・J・キャクストン陸軍少佐は走り去って行く装甲車の車列を見送り終えると、ホテルの最上階から一望出来るロアナプラの街並み全体へと視線を移す。
彼とレイことレイモンド・マクドゥガル大尉を含めた部下……リタイア済みの者も含め
キャクストンもレイも2度と来るまいと固く心に決めた筈だった。
なのにまた、こうして再びロアナプラの土を踏んでしまった。
何故か? 2人は未だ合衆国に忠誠を誓う軍人であり、
前回この土地を舞台にした任務は失敗。作戦に参加した部下達の半分以上が戦死。生き残った者も配置換えか除隊を選び、キャクストンが率いていた不正規戦特殊部隊である
指揮官だったキャクストンは陸軍訓練校の教官職――――明らかな左遷だった。
不名誉除隊という最悪の処分ではなかったし、切った張ったに疲れた50過ぎのロートルに相応しいではないか?
ならば大っぴらに口外は出来なくとも、未来の若き兵士達にこんな己の二の舞を踏ませぬよう正しく鍛え、正しく教育していこうと、気持ちを新たに新米教官としての職務を全うし始めたばかりだったのに――――
今度は高級スーツに身を固めたビジネスマンの身分を与えられた上で、再び悪徳の都へやって来てしまった。しかも相棒とたった2人だけでだ。
「今度の任務を主導しているのは
「今はどの情報機関も予算が削減されてるそうですが流石はCIA、NSAよりも気前が良い。東南アジアの片田舎とはいえホテルのスイートなんて初めて泊まりましたよ」
「前回はバックパッカーに扮して安モーテルに潜伏した結果がサイゴンやモガディシュも形無しの市街地戦だ。二の舞は踏みたくないという事だろう。この街でもお上品なこの区画で、またあの時の様な戦力を配置しようとしたら間違いなく前回以上に目立つからな」
「尤も
「違いない――――
腕時計を見やる。秒針と長針が頂点の『0』で重なり合った瞬間、扉をノックする音が響く。女の声。
「
キャクストンとレイはアイコンタクトを交わし、スーツの下に隠し持った拳銃に手を添えながらキャクストンが扉へ近付いた。
覗き穴でノックの主を確認したキャクストンは警戒を解かぬまま、扉の鍵を外して来客を招き入れた。
金髪をシニョンに纏め、洒落たデザインの眼鏡をかけた如何にもなキャリアウーマン風の美女だった。とりあえず礼儀として手を差し出し、握手を交わす。
美女の手を握った瞬間、キャクストンはウォールストリートの重役相手に愛人を兼ねた個人秘書として雇われていてもおかしくない美貌を放つ目の前の相手が、美貌どころか腕っぷしにも優れた
「シェーン・キャクストン少佐及びレイモンド・マクドゥガル大尉ですね」
「こちらの自己紹介は必要なさそうだな。我々は君の事を何と呼べば良いのかね?」
「――――
本国帰還後のキャクストンの経歴は独自設定。
OVA版ラストでガルシア邸を訪れた時のシーンが結構好きです。
エダの服装はロベルタ復讐編で旅客機内でロベルタに接触した時の変装と同じです。