今回独自設定を含みます。
皆様の反応・感想が作者の糧となります。
武器の代金を麻薬で支払う事もあれば金塊、宝石、美術品、石油、株券、土地、果ては何処からか攫ってきた
地元の顔役が外部の組織に対し、今後生じる利益から一定の上がりを頂戴する代わりに市場参入の便宜を図るといった、直接的に物品をやり取りしない形での取引も珍しくはない。
要は売り物に釣り合う価値があり、売り手と買い手のニーズが一致するならば、
だからこそ、
たった1度の取引が御破算になったせいで血で血を洗う大規模な抗争のきっかけとなってしまう事など裏社会では珍しくない。
幅広く裏の商いをする一定以上の組織ともなれば、単純な金銭以外の形での取引も珍しくなく、その場合重用されるのは現金よりも嵩張らず、サイズに比して高価値であるような品物。
故に、違法な品と知りながらも取引分の商品相応の価値があるかどうかの査定を行う
麻薬ならば混ぜ物や偽物ではないか薬品検査を行う薬学者が。
美術品ならば名画や骨董品に見せかけた贋作か否かを知識と鑑定眼で以って見抜く
そして宝石ならば、今ロニーや伊丹達の前でルーペを手にしきりに唸り続ける宝石鑑定士といった塩梅に。
「おお……」
「まさかこんな……」
「
「マンマ・ミーアって本当に言うの初めて聞いたぜ」
驚きと感心が入り混じる伊丹の呟きはとても小さい音量だったが為に、幸いにもロニーや彼の部下達の耳朶を刺激せずに済んだ。
先程から独り繰り返し驚嘆の呻き声を発しているのはヴィスコンティ・フーズお抱えの鑑定人だ。
執務室に集まるイタリアンマフィアの構成員の中でも特に年かさの初老の男性。白人であるのも踏まえると現地採用ではなく
鑑定士は顔を上げては嘆息を吐き吐き脂汗を滲ませた顔を左右に振っている。
この反応に伊丹は既視感を抱いた。炎龍討伐後の停職処分という名の連休期間に、ヤオから報酬として渡された特大ダイアモンドの原石を鑑定して貰いに訪れた銀座の宝石商で目撃したものとそっくりだった。
つまりは伊丹が質草として持ち込んだ品物も
やがて震える手でルーペを外した鑑定士は、まるで不安視された前評判から一転世界史に残る完成度の傑作を鑑賞し終えた評論家のように、驚きとそれを上回る興奮に満ちた吐息を大きく吐き出した。
「長年、表でも裏でもありとあらゆる品を鑑定してきましたが……よもや極東の片隅で、このような奇跡の産物に出会えるとは」
鑑定士が恭しい手つきでアタッシュケースへ戻したのは紅い原石――――ルビーだ。
掘り出した際以外に手が加えられていない隆起した形状に反比例する、鮮血のように紅いと同時に見つめているとそのまま吸い込まれてしそうな、深い透明感を湛えた美しい色合い。
未加工でありながらそのまま有名美術館に飾られても違和感が無い程の輝きを放つ宝石――――そのサイズは
「最高級のピジョンブラッドに匹敵する品質、それも輝きを高める為の加熱処理といった人の手が全く加えられていない状態でこの美しさ。サイズも重量もこれまで流通してきたルビーの中でも間違いなく最大級です」
発色を高める加熱処理が行われたルビーと人の手が加えられる必要を持たぬ程に美しい輝きを最初から放つ非加熱ルビー、価値と希少性どちらも後者の方が圧倒的に高い。加熱処理の有無はシルクインクルージョンと呼ばれる針状の内包物が存在するかどうかで判別出来る。
そんな代物が
無様を晒す鑑定士の目を覚まさせようとするかのようにピシャリとロニーが鋭い声を発した。
「能書きはいい――――
ハッと我に返った鑑定士はハンカチを取り出して額の汗を拭きながら「そうですね……」と考え込む素振り。
(何年か前だかにミャンマー産で20だか25カラットだかの非処理のルビーがオークションにかけられた時は10億円だかの値が付いたってニュースで見たなぁ)
直立不動でぼんやり記憶を掘り起こす伊丹を余所に、ロニーの下へ近付いた鑑定士がボスの耳元へ口を寄せた。
『――――――――――』
「…………」
鋭利な目つきを僅かに、だが周囲からも分かる位に見開いたロニーが鑑定士の顔を見返した。
鑑定士は新たな汗を浮かべながらも大真面目に頷きを返した。どうやら
予想通りの反応なので持ち込んだ伊丹は平然とした顔だ。耳打ちした内容を拾ったらしいロニーの取り巻きの一部は、そんな伊丹を得体の知れない幽霊を見るような目で見つめ始めている。
まぁ伊丹の場合は
実の所、巨大ルビー原石の出所は炎龍討伐報酬の超巨大ダイヤと同じだった。
すなわちダークエルフ。
そもそも件のダイヤ原石を彼女達が何処で見つけたのかというと、シュワルツの森のすぐ近くに存在する鉱脈からだった。それも特地の文明レベル、素手や原始的な採掘道具で容易に採掘出来てしまう程の大鉱脈が。
ダイヤだけではない。異世界特有の現象、或いは冥府が存在するとされる地下空間の主として崇め奉られるハーディの気まぐれによるものか。炎龍討伐によって故郷へ帰還を果たしたダークエルフに同行した自衛隊の調査により、ルビーやサファイアといった複数種の宝石・貴金属類の鉱脈の存在も発覚したのである。
残留部隊の資金源に鉱山経営が加わった瞬間だった。
無論、鉱山の開発はシュワルツに住まうダークエルフ達の生活環境へ影響を齎さない範疇に留めている。
そもそも地球との『門』が失われたせいで大規模な開発に必要な重機類を自衛隊は所持していないし、現地へ運ぶ手段も極めて限られているのだから。現地民の手を借りての人力か、ヘリで運べるサイズの
むしろ素人の手仕事レベルで子供の握り拳サイズのルビーや人の頭程もあるダイヤの原石が見つかるような鉱脈がこうも地表近くに同時に存在している現実に、第二科を筆頭に天然資源にそれなりの知識を持つ一部の幕僚が引っ繰り返ったとか目を回したとかなんとか。
余談だが、特地に於いて地下資源は先にも述べた通り冥府の主ハーディが齎す物とされている関係上、
これを怠ったり、下手にゴネたら最後、文字通りの神罰が下りかねないのが特地の恐ろしい部分であった。
どうせなので伊丹は追い打ちをかける事にした。混乱している敵は最大火力で以って叩けるだけ叩け、教範にもそう記載されている。
「ちなみに今回持ち込んだそれは
鑑定士は卒倒した。
白目を剥いた鑑定士は即座に部屋から運び出された。
伊丹は胸の内で手を合わせた。ナムアミダブツ!
「オーケイ。テメェの売りたい物は分かったし
次の質問だ。
そう訊ねるロニーは最初よりも心なしか肩が落ちているように伊丹には見えた。
「外で待たせている部下を呼びたいのですが宜しいですか?」
「構わねえがくれっぐれも変な真似をさせんじゃねぇぞ」
合図を受けて入室してきたのはプライスだ。大量の弾薬と破片・発煙・閃光各種手榴弾が揺れるチェストリグを羽織った護衛モードの老兵は、数十もの剣呑な眼光を浴びても平然とした様子で堂々と伊丹の元まで歩み寄る。
「爺さん、例の目録を」
「これだな」
アサルトライフル用のマガジンポーチよりも大ぶりな、救命キット等を収めるのに使う多目的ポーチからプライスが取り出したのは2つ折りにした紙束だった。
A4サイズで数十ページ分。もしかすると100枚を超えるかもしれない厚さ。
「持ってこいアマディオ」
プライスから伊丹へ、伊丹からアマディオと呼ばれた中年の構成員を経てロニーの手元へ。
受け取ったロニーが書類へ目を落とす。英語で延々と項目が綴られている。1枚目、2枚目、3枚目。
5枚目の最後の行まで目を通したところでロニーが顔を上げた。矯正器具が嵌った歯を剥き出しにした彼の目が怪訝そうに伊丹を見据えた。
「
「
伊丹はにこやかに言ってやった。伊丹の返答を聞いたロニーの顔がぐるりとベニーノへと向けられた。
今度ばかりはベニーノは体中気持ち悪い汗を流しながら、直立不動で黙りこくる以外の反応しか出来ないのだった。
ヴィスコンティ・フーズの片隅に存在する小部屋の主は、入ってきた同僚の足音を聞いて真新しい液晶ディスプレイから顔を上げた。
「
部屋の主はイタリアンマフィア・ロアナプラ支部の表の顔であるヴィスコンティ・フーズ直属の構成員としては珍しい女性だった。
それも中国人の若い女だ。ショートカットに黒ぶち眼鏡の外見と、まだ着慣れないノーネクタイのスーツと相まって、その見た目はマフィアの構成員というよりも会社に入社したての新入社員と言われた方がよっぽど納得出来る。
業務用デスクに放り投げられたリストの束へ目をやった彼女は、リストの厚みと大量に羅列された品目に目をひん剥いた。
「ちょっと! これだけの量を1人でやれっていうつもり!?」
「うっせぇこっちだってこれから動ける奴全員でウチの息がかかってる店を回らなきゃいけねぇんだ!
今やってる仕事は後回しにして先にこっちを特急で片付けろ。いいか
語彙も荒ければ足音も荒く書類を持ってきた構成員は部屋から飛び出していった。
突然の来客で男どもが何やら騒いでるのは彼女の下にも伝わって来ていたが、一体何事だったのやら。銃を片手にしていた持ってはいなかったから硝煙臭い事態ではなさそうだが。
「注文通りの機材を用意してくれるのは有難いけど、
ブツブツ漏らしながらリストを手に取る。延々と箇条書きに並ぶ細々とした文字にげんなりしながらも、一通り目を通す。
ページをめくる内にレンズの向こうの目が少しずつ細められていく。
「なぁにこれ、
上は食料から下は建築資材まで、あらゆる種別のあらゆる品目がリストに羅列されていた。
そこいらの市場に行けば簡単に手に入る野菜と果物があるかと思えば、幾つかページをめくると(非合法を含む)医者しか使わないような薬品名が記載されていて、別の項目に目を通すと製品名は書かれていない代わりに、何々トントラック用のパーツだとかどのグレードのエンジンオイルだとか条件だけ妙に詳細に指定された品目もあったりする。
少なくとも一目通した限りでは、わざわざ悪徳の都の犯罪組織に発注するような内容とは思えない。それこそ弾薬も含め正規の各種販売店へ発注した方がよっぽど簡単だろうに。
「……んんっ?」
何度か繰り返し目を通している間に眼鏡をかけた女は違和感に気付いた。
女は元軍人だった。中国人民解放軍に創設されたばかりのインターネットを用いた電子戦部隊の
ある任務でロアナプラへ派遣され、罠に嵌り、上官から見捨てられ、紆余曲折あって身の安全を守る為にイタリアンマフィアへ身を寄せた。
今の彼女の立場は元職場で培ったスキルを活かした帳簿係だ。ネット上で様々な名義や迂回路を使い分けてイタリアンマフィアの汚れた金を綺麗な金になるまで洗う。存外話が分かる上司のお陰で意外と快適に働いている。
そんな彼女だからこそリストの違和感に真っ先に気付く事が出来た。
もしくは
品目、書類の形式、ぼかされてはいるが所々妙に詳細に明記された要求仕様――――
「所々誤魔化してはあるけどこれ、
しかもこの規模って旅団相当……いえ、建築素材の発注も含まれているという事は要塞でも作ろうって訳……?」
元軍人で人的・電子的に集めた情報とその動きを読むスパイだった
塵も積もれば山となる。注文書全ての品を用意するのに必要な予算は膨大な金額となるのは間違いない。
ボスであるロニーは利益が確実に得られる絵図と算段を重要視するタイプだ。そしてヴィスコンティ・フーズ内の構成員がてんやわんやになっているという事はつまり、リスト通りの品を揃えれば膨大な利益が転がり込んでくるとロニーが確信し、取引を結んだという事だろう。
もしかすると既に手付金もリストを持ち込んだ取引相手から受け取ったのかもしれない。
「これをボスに伝えて水を差すか否か、それが問題ね」
ともかくまずは与えられた仕事を済ませてからにしよう。最低限求められた仕事をこなしておかなければ、忠告を伝えるどころかこっちがボスから警告を物理的に与えられかねない。
フォンはリストを手に、電子の海へと繰り出すのだった。
実際あのダイヤの入手経路とか気になる…