今回はちょっと賛否両論ある内容かもしれません。
皆様の反応・感想が作者の糧となります。
三合会の事務所―建物の規模はロアナプラでは熱河電影公司ビルに次ぐ―は異様な空気を孕みつつ、最大級の厳戒態勢にあった。
ロアナプラにおける三合会最大の拠点であった熱河電影公司ビルがヘリコプターと多数の聖戦士による襲撃を受け、ビルの大部分が焼失し構成員にも多数の被害が発生したとなれば当然である。
事務所の周囲数ブロックの主要道路は三合会の車両と重武装した構成員によるバリケードと検問が構築され完全封鎖。機関銃が据え付けられるに止まらず、付近の建物の屋上へロケット砲を担いだ構成員も配置される徹底ぶり。
封鎖線内に住まいを持つ無関係の住民はシャッターや窓を閉め切り、家の近くでドンパチが起きて流れ弾やら流れロケット弾やらが飛んでこない事を神に祈りつつ、嵐が過ぎ去るまで閉じ籠る事を事実上強制されている状態だ。
焼け出され避難途中だった支部長の張を載せた車列も襲撃されたという未確認情報が入ってきた時に至っては、ホテル・モスクワとの一大抗争を繰り広げていた時代に匹敵する混乱と狂奔に支配される寸前まで場の空気は緊迫したものの、事務所の戦力総出で張の捜索に飛び出す直前に当の張が姿を現したお陰で未遂に済んでいる。
張を届けたのが謎の装甲車の車列でなければ、事務所を包む空気はもう少しマシなものだっただろう。
張が事前に電話連絡していなければ(幸運にも自爆攻撃で車が横転したにもかかわらず携帯電話は無事だった)逸った構成員が張を乗せていると気付かずに車列へロケット弾を撃ち込んでいてもおかしくない、それ程までに今の三合会は極めて張り詰めた緊張状態に支配されている。
外で監視と警戒に当たる構成員を観察している者が存在するならば、すぐさま黒服の男達がしきりに事務所の前に並ぶ3台の装甲車へ意識を吸い寄せられている事に気付いただろう。
それは午前中にヴィスコンティ・フーズ前で展開された光景の焼き直しだった。ただし場の雰囲気はあちらよりも格段に剣呑ではあったが。
そんな物々しい気配の中で、原因の一端を担う男達が事務所でも最奥に位置する一室で対談を行っていた――――
「では商談成立だ」
ヘリの空爆を受け、自慢のペントハウス諸共支部を焼き出され、果てに自爆攻撃を受けて派手に乗っていた車をひっくり返されるという体験をしてきたばかりとは思えない上機嫌さで、張は伊丹へと手を差し出した。
伊丹もまた微笑みを浮かべながら張の手を握りシェイクハンドを交わす。腕が伸ばされた事でコートを脱ぎ黒ネクタイに糊が効いたワイシャツ姿の張の袖口からは、腕にしっかりと巻かれた包帯が見え隠れする。
機銃掃射・空爆・自爆攻撃と立て続けの猛攻に晒されたとあって、張が愛用するコートも破片と粉塵でボロボロに汚れてしまった。これには自他共に認める伊達男たる張も残念そうに眉を落とした。
それでも張自身はあちらこちらに軽度の火傷と擦過傷を負っただけで命に関わる重い怪我は皆無だった辺り、悪徳の都有数の顔役はガンマンとしての腕や
伊丹の手を離した張は表情をバツが悪そうに口元をひん曲げたものに変えると頭を掻く。
「と言ってもオタクらなら分かっちゃいると思うが、情けない事にこっちは事務所をバレンシアの火祭りよりも派手に燃やされちまったばかりなもんでな。
それの処理やら
「そちらの事情は理解しています。用意出来た分から段階的に納入という形でもこちらとしては構いませんよ。こちらとしても1度に受け取れる量には限りがありますから」
「すまんな、折角の客人に世話ばかり掛けさせてしまって」
「いえいえお気になさらず」
――――余裕たっぷりだな。
愛想の良い笑みの仮面の下で伊丹の態度をどこまでも冷徹に分析しながら、執務机の上に置かれた小ぶりのアタッシュケースの存在を張は意識せざるをえなかった。
中身は商談を求めてロアナプラへやってきたという伊丹が用意した注文の手付金――――
それは未加工という触れ込みの段階でもそのまま美術品として扱っても良い位に、透明度・濃度・輝き・内包物と価値を左右するあらゆる要素が極めて高水準という、神の奇跡以外ではまず生み出せないような、そんな代物である。
鑑定した三合会お抱えの専門家がこのエメラルドを前にした瞬間、まず目を限界まで見開き、次に目の前の代物が幻覚でないか何度も目を瞬かせ、今にも崩れそうな雪の人形を扱うような繊細さで取り上げて手に掛かった重みからようやく現実の物体と確信するに至り。
ルーペで詳細な鑑定を進めていくにつれて鑑定士の薄くなった額に浮かぶ脂汗の量はどんどん増していき、最後に震える手でニトログリセリンがたっぷり詰まった瓶を相手にしているかの如きゆっくりとした動作で以ってエメラルドをアタッシュケースの中へと戻すという有様だった辺り、手付け金と称されてあっさり差し出されたこの緑色の宝石の潜在的価値が容易に推し量れるというもの。
何せ張ですらアタッシュケースを開けてお披露目された瞬間には息を呑んで彪共々見惚れてしまった位だ――――ヘリから機銃掃射を受けた時でさえ、一瞬たりともブルって固まる事が無かったあの張維新が、だ!
(
これ1個だけでも適切に捌けば、派手な松明と化した熱河電影公司ビルを再建しても尚莫大なお釣りが出る位の価値はあるに違いない。
それだけではない。全ての商品の引き渡しが完了次第、
果たして最終的な取引代金がどれだけ膨れ上がるのか、脳裏で算盤を弾いた張は軽く眩暈がしそうだ。香港の本部もしこたまぶったまげるのが容易に目に浮かぶ。
加えて向こうは武装車両とヘリコプターすら持ち出す聖戦狂いどもを鎧袖一触する武力も持ち合わせているときている。
強いて挙げるなら軍隊崩れの
どちらにせよ張から見た伊丹何某の正体が未だ計り知れない点を差し引いても取引を結ぶ……結ばざるを得ない、それだけの利益に張は屈する他無かった。
(イアン・フレミングやクライブ・カッスラーの作品に出てくる秘密組織じゃあないが、いやはや何とも分からん連中だね全く)
ちなみに同じくそれ1つで下手な国家予算に匹敵するかもしれない逸品をもっと用意出来ると聞かされた彪は「冗談だろ」と現実味の薄い呻き声を発したし、張以上に価値が理解出来てしまった鑑定士に至っては白目を剥いてぶっ倒れた。
ふとある事に思い至った張は意識して軽い口調に努めながら―これもまた普段から飄逸な彼にしては珍しい振舞いだった―伊丹に確認を行う。
「ところでちょいと確認しておきたいんだがミスターイタミ。アンタこういう代物を他の所……ロニーの所にも持ち込んで俺達と似たような取引を持ち掛けたりしたんじゃないか?」
「あ、やっぱ分かります? でもヴィスコンティ・フーズさんに支払う分の宝石は今回張さんの方へ支払う分とは別の種類の石ですから、相場価格に大した影響は出ないと思いますよ」
ここまで底が知れない相手ってのも初めてだな。それが張が抱いた偽らざる伊丹への評価だった。
商売相手としても――――
その隣の部屋では、腕組みをしたシェンホアが化粧によって鋭利さが強調された目元を胡乱気なものにして、ソファーに腰を下ろしたロットンとソーヤーを睨みつけていた。
張への救援へと向かう為に置いて行った筈の同居人が、何故か救援対象だった張と一緒に謎の装甲車軍団に乗って事務所に現れればそりゃ詰問の1つや2つしたくなるのが人情というものだろう。
「なして店に置いてったソーヤーとロットンが張の旦那と一緒にココ居るね」
「……成り行きだ」
気障っぽくサングラスに手を添えたロットンが端的に答えれば、
「……ロットン・が・私ごと・首を・突っ込んで・こうな・た……」
鬱モードから現世に復帰したソーヤーが正直にぶっちゃけ、
「今回の雇い主が三合会のボスを助けに介入すると決めてアタシはそれに同行しただけです。あとそこのカッコつけた馬鹿グラサンのドジに巻き込まれて危うく安サンドイッチのハムみたくペシャンコに潰されそうになりました。何でこんなのとツルんでるんですシェンホアの姐さん?」
「色々あたのよ。ま、ロットン馬鹿なのは何時もの事ねー」
「…………」
同じくソファーでくつろぎながらうんざりした顔でルマジュールが文句を言えば、シェンホアの言葉の刃によって一刀両断されてしまう。ロットンが。
奥への扉が開き、話し合っていた張と伊丹が姿を現すと、シェンホアは素早く姿勢を正し、ルマジュールも立ち上がった。
「お前達も立ち上がるねバカチン!」
「痛いじゃないか」
ソファーに腰掛けたままのロットンとソーヤーの首根っこをこめかみに井桁を浮かべたシェンホアが引っ張り上げて無理矢理立たせた。
ロットンにはゲンコツのオマケ付きである。まるで生意気な子供に苦労する母親のようだった。
「取引の経過報告は定期的にこちらから連絡させて頂こう。取り次ぎ先はサンカン・パレス・ホテルのままで構わなかったかな?」
「基本的にこの街に居る間は其処に滞在している予定ですんで、それでよろしくお願いします。こちら側から連絡を取りたい場合はどちらにお掛けすればよろしいのか、そちらの連絡先も教えて頂けますかね?」
「勿論。後で今後の連絡先を伝えよう」
どうやら両者は何らかの取引も交わす事で同意を済ませたようだ。
丁々発止の睨み合い脅し合い時々殺し合いを混じえた商談などザラなロアナプラでは珍しい、見た限りにこやかな雰囲気が伊丹と張の間に広がっている。
……その後ろ、開いた扉から白目を剥いたオッサンが黒服の男達に抱えられて運ばれて行く光景に関しては見なかった事にした。イタリアンマフィア相手の商談の場に同席していたルマジュールだけが原因を察せた。
ソーヤーの方は、張と共に部屋から出てきた伊丹を捉えるなりシェンホアとロットンの後ろに隠れた。話せるまでに回復しても、伊丹自体への恐怖は薄らいでいない様子。
シェンホアですら三合会の首領の前であるにも関わらず、いやだからこそか、少なからず口元を強張らせて伊丹の一挙一動に目を光らせている。これには流石の伊丹も苦笑いだ。
「……2人とも。さっきも思ったんだが、君達は何故そこまで彼に対し身構えているのだろうか」
1人通常運転のロットンが不思議そうに首を傾げた。
それに対する返答はシェンホアとソーヤーのみならず、ルマジュールやまさかの張すら加わっての呆れ顔であった。
「それ本気で言ってるねロットン?」
ダメだコイツと言わんばかりに脱力するシェンホア。
「あのー、ちょっといいですかね」
だがそこへロットンの側に回って声を上げた人物が居た。シェンホアとソーヤーからの警戒対象者である当の伊丹である。
「話に割り込んじゃってすみません。でも自分としましても、今日会ったばかりのそこのおふたりにですね、そこまで警戒されちゃうような心当たりがないんですけれど、理由を教えて頂く事って出来ません?」
こちらも心底不思議そうな伊丹の疑問に対して、暴力の都の住民達は。
「…………」
「?」
「いや何ですかその反応」
ロットンを除き、まるで口にする事も憚られる怪奇な外見の化け物が突然流暢な発音のクイーンズイングリッシュで詩を諳んじ始めたのを目撃したかのような顔で伊丹を見た。
「……張大哥のお客様、不躾な質問わかてるけど正直に答えて欲しいね」
これから尋常な強敵相手に決闘を挑むような顔つきのシェンホアが伊丹へ問いかける。
「答えられる範囲でなら構いませんけど」
「貴方、
この街では珍しくない類の話題だ。
俺はこれまで何人殺しただの、今日は何人撃っただの、己を誇示しようと大仰に声高く言い触らす者も居れば、酒飲み話の話題として気軽に振られる場合もしょっちゅうだ。
シェンホアの問いかけはどちらでもなかった。
本気で知りたがっている者特有の強い光が瞳に宿り、伊丹を射貫いて離さない。この世界には呼び寄せていない、御留守番中の亜神の少女を伊丹は思い出した。
「そうだなぁ……大体これぐらいですかね」
茶化したら逆効果だと判断した伊丹は、少し考え込んだ様子でひぃふぅみぃよぉと指折り数え始めると、最終的に5本の指を立てた。
「……5人?」
「アホかよ桁が1つは足りねぇだろ」
「……50・どころ・か・500・でも・たり・ない・ワ……」
「彪よ、お前さんはどう思う?」
「ノーコメントで。俺程度では計り知れる相手じゃなさそうですから」
「オイオイノリが悪いぞ彪。
さて、5人に50人に500人以上と若い衆が予想を出したところでクリス・タラントから正解の発表タイムだ。解答を頂けるかな、御客人」
伊丹は、まるで本日の釣果を家族へ伝える不愛想な釣り人のようなそっけなさで、事も無げに。
「
「……もう1度言ってくれないか?」
「
大した事でもないと言いたげに、あっさりとそう答えたのだ。
「泰山府君を気取った事はあったが、
伊丹達が事務所から去った後の部屋で、彪が注いだ酒を傾けながら張は独りごちた。
「ああ全く、俺やシェンホアみたいな
どこからどう見ても
心底恐ろしく、だけど愉快なものを見たとばかりに、楽しげな含み笑いを漏らす。
昨晩イエローフラッグで起きた襲撃事件の調査結果は張の下にも届いていた。
「さて、やっこさんが太歳星君ときたら、
そう呟いて、張はもう一口、美味そうに酒を飲み干すのだった。
クリス・タラント:イギリス版ミリオネアの作中当時の司会者
学生時代はダーク・ピットシリーズに嵌ってた口です。
ラノベよりも海外冒険小説で本棚が埋まってた我が青春時代…(遠い目
太歳星君はFGOで知りました。
はんなまー!