ラグーン視点、あまり進展してませんが酷使された下の穴が未だに被害甚大なので初投稿です。
皆様の反応・感想が作者の糧となります。
ラグーン商会の雇用主と社員達が合流を果たしたのは水平線の向こう側へ陽が隠れた頃合いだった。
八つ当たりで焼き討ちされる事もなく、壁に幾つかの穴を増やした程度の被害で済んだ(無論、
乾ドック内の事務所を使わないのは再度襲撃を受けた場合に備え、またスタコラサッサと海上へ退避する為だ。
「旦那と三合会御自慢のペントハウスが『タワーリング・インフェルノ』も真っ青なキャンプファイヤーにされてたのは湾からもよーく見物出来たけれど、街の方はその後動きとかはあったのかい? 海上からだと流石に限界があってね」
ユダヤ系白人のベニーが街に残っていたロックとレヴィへ訊ねた。
ラグーン商会において彼のポジションはハッカー兼情報処理担当。しかし海上からアクセス可能な電子的情報収集手段とその範囲は限られてしまい、現状で最も新鮮かつ正確な情報を手に入れられる手段こそ現地滞在者による口伝だった。
ベニーに続いてダッチも発現する。
「まずは張の旦那は無事だったのか教えてくれ。イエスかノーかで俺達の立場や街の煮え具合が大分変わってきちまう」
「張さんについては何とか無事らしいよ。別の事務所に自分の足で入っていくのも目撃されている。
ただ当然だけど三合会はどこもかしこも厳戒態勢だ。街中を三合会の黒服が走り回ってるよ」
「そりゃあ良かったぜ。いくら張さんでも72年のハノイ並みに爆撃されちゃあ万が一、って思っちまう位にゃ酷かったからな」
「だけど以前のヒズボラの時もそうだったけど流石張さんだ。今回も2丁拳銃を撃ちまくりながら冷や汗の1つもかかずに対処してみせたんじゃないかな」
「いや、それがどーも今回はかなりヤバかったらしいぜ」
軽く笑いながらのベニーの発言を否定したのは、水密扉に寄りかかりながら愛用の拳銃を弄んでいたレヴィだ。ロックも頷き同意を示す。
「レヴィの言う通りなんだダッチ。炎上するビルから脱出した張さんの車も襲撃されて当時はかなり不味い状況だったらしい。相手はヘリすらも持ち出していたからね」
「だけど張さんはちゃんと三合会の事務所に避難したんだろう? だったら襲撃は受けたけど三合会の救援が間に合ったか、或いは張さんが自力で撃退して事務所まで歩いて避難したとか……」
「それがどうにもおかしいというか、ややこしい展開というのかな……」
「妙に口を濁すなロック。今は時間が惜しい。さっさと続きを話してくれ」
「騎兵隊だよダッチ。いきなりどっからともなく騎兵隊が現れて張の旦那を助け出したんだと。
告げられた内容に、ダッチは火が点いたアメリカンスピリットを銜えて黙り込んだ。
タフで知的で変人なこの黒人がたった今教えられた内容を脳内で咀嚼し、分析しているのが手に取るように伝わってくる。
「その騎兵隊の具体的な特徴と、そいつらが街の外の人間だと判る理由は何だ?」
「俺とレヴィが直接見た訳じゃないし仕事で夜まで街を離れていたから僕達は気付いていなかったけど、昨日から街中を装甲車で走り回ってる連中が居たんだよ、ダッチ。
彼らは自分達を『街の外から取引をしたくてやってきた』と言い触らしていて、実際に昨日は古物商のイザックの店に出向いてその場で結構な額の取引を交わしてる。
更に今日の午前中にはヴィスコンティ・フーズにしばらく滞在して去っていくのを近所の住民が目撃している。その直後からロアナプラ中の問屋にヴィスコンティ・フーズから注文の電話が殺到したって話だ。ロニーがその装甲車の主と取引を結んだのは間違いないと思う」
「情報の精度は確かなのか?」
「一大事と判断して即リッチー・リロイに電話を入れたからね。彼の情報ならまず信用していいだろう」
リッチー・<インサイド・ツーリスト>・リロイは玉石混合の情報屋界隈でもかなりの上澄みだ。納得の吐息がダッチの鼻から漏れた。
ロックの説明をレヴィが引き継ぐ。
「でもって装甲車をリムジン代わりに乗り回してるってぇその連中の特徴なんだが……兵隊なんだとよ」
「兵隊? もしかしてそれ、
「そういう事らしいぜベニー。迷彩服は着ちゃいないがどっからどう見ても現役にしか見えないバチカンやバッキンガム宮殿の近衛兵並みに背筋がシャンとした野郎どもが、弾で膨らんだ
ついでに言っとくと昨日の時点でそいつらの車は1台きりだったのが今日になって3台に増えてたらしいぜ。それもでっかい砲塔付きにマッドマックスも形無しの装甲トラックがだとよ」
「そんな連中なら張の旦那を地獄の窯から助け出すのも確かに楽勝かもな。
だが単なる兵隊の集まりがイザックやロニー相手にあっさり商売に持ち込めるとは思えねぇ。兵隊を仕切る上役が一緒の筈だ。そいつに関しちゃどうだ?」
するとレヴィがニヤニヤとした笑みを浮かべた。彼女の視線はロックの方へと向いている。
「それがだ傑作だぜダッチ。兵隊どものボスは何と
「……そいつはまた」
レヴィの説明を聞いたダッチの視線もまた自然にロックへと吸い寄せられた。ベニーも同様である。
同僚3人から一斉に視線を浴びた、日本人かつホワイトカラーの装いがトレードマークであるロックは先程から考え込む素振りを見せていたが、自分が注目の的になっている事に気付くとたじろいだ様子で口元を引き攣らせた。
「な、何だよ?」
「いや何、もしかすると誰かさんの知り合いなのかとつい思っちまったもんでな」
「違うに決まってるだろう――でも、いや、だけど、もしかすると
「え、そうなのかい? 誰か心当たりでも?」
「レヴィ、昨日イエローフラッグでバオに注文を頼んだ時の事、覚えてるかい?」
尋ねられたレヴィは嫌な事を思い出したと言わんばかりに犬歯を剥き出しにして鼻息を荒くする。
「忘れられねぇに決まってんだろクソッタレ。糞ターバン野郎どものせいでアタシは
「その直前の事だよレヴィ。ロニーの所のベニーノ達に酒を奢ってたっていうビジネスマンの――」
「あの時の野郎か!」
「何だ何だ話が俺には読めんぞ」
「僕もだよ」
別行動をしていたのでダッチとベニーは昨晩イエローフラッグで起きた襲撃の詳しい顛末を知らなかったのだ。
現場で一部始終を見届けた証人であるロックとレヴィは自分達が直面した事件の詳細を語ってやった。
冴えないサラリーマンにしか見えなかった日本人が真っ先に自動車爆弾に気付いて連れとベニーノ共々バーカウンター裏に避難し、聖戦士の団体が爆弾によって風通しが良くなった店内に突入して生存者の処刑を始めると、レヴィが自慢の2丁拳銃で反撃に出るよりも先に件のサラリーマンがどこからともなく
「タイミングが被ってアタシも
その分のフラストレーションの犠牲になったのがロックの自宅の酒とタバコの在庫、汗とそれ以外の体液に塗れて異臭を放つベッドのシーツという訳だ。
ともかく特徴だけなら件の兵隊を引き連れ張を窮地から救ったスーツ姿の日本人とレヴィとロックがイエローフラッグで目撃した人物は一致している。興味深いといった風情でダッチは髭に覆われた顎を撫でた。
「昨日2人がイエローフラッグで出くわしたその日本人がロックの推測通り、張の旦那をターバン頭共から助けた騎兵隊を率いているボスと同一人物だとしてだ。
――お前らから見てその日本人は
「真っ向からツラ突き合わせた訳でもねぇし、バオの店でドンパチが終わった頃にゃまともな酒が残ってるかも怪しい有様だったんでアタシとロックはさっさと退散しちまったから大して言える事はねぇんだが、それでも構わねぇか?」
「それでいい。遠慮なく教えてくれ」
「
「僕もレヴィと同意見だよダッチ。リッチー・リロイが集めた情報には市警の現場報告書も含まれていたんだけど、彼らが斃した相手の死体の多くは頭部か胴体の急所に2発ずつ撃ち込まれてたそうだよ。そんなやり方は――」
「
ダッチの発言を区切りにしばしの間、空間を沈黙が支配した。
ラグーン商会一行の思考は一致していた――――
「……話が脱線しちまってたな。本題に入ろう」
いつの間にか根元近くまで灰と化していた煙草の吸いさしを握り潰して、ダッチが口を開いた。
「俺達と三合会を襲った連中の特徴と関係性から判断した限りじゃ、襲ってきた連中の正体は十中八九以前愉快なハイキング表目当てにやり合ったヒズボラとそいつらに関係するテロ屋どもと考えていいだろう。
俺達が関わってきた中でターバン巻いてAK片手にコーランを唱えて爆弾の贈り物をしてくるような輩なんぞ他に思い浮かばんからな」
するとバドワイザーの缶を片手に参加していたベニーが口を挟んだ。
「でもさダッチ、気になったんだけどヒズボラやその関係者にしてはちょっとおかしい気がするんだ」
「と言うと?」
「距離と規模の問題だよ。兵隊そのものは密航なり偽造パスポートなりで送り込めるとしても、ヘリコプターみたいな大物まで何千キロも彼方の
あっちこっちに繋がりがあるって言ってもあくまでテロ組織であって軍隊じゃないんだ。普段からイスラエル相手にドンパチやってるヒズボラにはそこまでの余裕が有るのかな?
前回ヒズボラと組んでたっていうアブ・サヤフもネットで調査してみたら、最近指導者を失った影響で以前より急激に勢力を減らしているそうだし、どうもそこらへんが僕の中で引っ掛かっててね」
「なもん復讐がしたくて頭にカッカきてるヤツが気にするもんかよ。どっかのメイドなんざたった1人で
手をプラプラと揺らしてレヴィが反論するが、ベニーの意見に思う所を感じたロックは口元に手を当てて考え込む。
「ベニーの疑問は尤もだ。ヘリ以外にも
それだけの装備を用意するには相応の金が要る。ついでにそれらを整備や保管しておく為の場所もだ」
「テクニカルは市内か郊外の人が居ない適当な場所に隠しておけるけどヘリコプターは流石に目立つからね。街の何処かに隠しておくのはまず無理だと思うよ」
「だとしたら街の外の山か森の中か……もしくは
「EO社のハインドに追いかけ回された時は後で調べてみたら、連中が所有してた偽装貨物船から飛んできたみたいだよ」
「連中の資金問題に興味はないが塒の場所が何処にあるのかは良い疑問だぜ。血の復讐目当ての聖戦狂い共に
「問題はそれをどうやって見つけるかだが――」
突然、通信機が呼び出し音を奏でた。ダッチがヘッドセットを取り上げる。
「こちらラグーン。現在急用に付き依頼は……ああアンタか……何だと? ………………今海上に居るから少々時間をくれ。ああ頼む」
「ダッチ、誰からだい?」
通信を終えてヘッドセットを外すなり、ダッチの手は魚雷艇のスロットルレバーへと伸びていた。
一気にフルスロットル。急な揺れと慣性がロック達を襲う。
「もう1人の当事者である三合会からだ。向こうも今回の件に関して
どうやら張は
「お待ちしておりました。車をご用意してあります」
ご丁寧に送迎用の車まで用意されているなど滅多にない事だ。
自前の車でもトゥクトゥクでもない、隅から隅まで手入れされたセダンに乗せられた運び屋一行は、外を流れる風景を眺めている間に違和感に気付く。
「なあレヴィ、気付いてるか」
「わーってる。この車が向かってるのは三合会の事務所じゃねぇ」
やがて辿り着いた先がロアナプラで最も高級なホテルであるサンカン・パレス・ホテルだ。
此処のスイートならまぁ張の旦那の仮の寝床には相応しいだろう……等と考えていられたのは最初の間だけで。
ホテル前で車から降りた彼らはフロントに立っていた武装した男達を視界に捉えるなり目を白黒させざるをえなかった。
「あのさダッチ、僕達を呼び出したのは三合会だよね?」
「ああ
「だったら何で
そう、黒ずくめのスーツの中国系だけでなく、ある程度ロアナプラに身を置いていれば即座にバラライカ直属と分かる鋭い気配のロシア人達までもが厳重にフロントを警護していたのだ。
こうなると目的地の部屋でラグーン商会を待っているのは張だけではないのだろう。案内の下、エレベーターに乗り込み目的の階で降りる。
「……は?」
「おおっとこれはまた……」
「冗談だろオイ」
「オイオイオイ、
そうしてスイートルームに案内された運び屋達を出迎えた光景は、またもや彼らの予想を覆す代物だった。
「――久しぶりだな。