原作では名無し顔なしのやられ役にも親類縁者は存在するという話。
皆様の反応・感想が作者の糧となります。
――――時間は午前に遡る。
「ソロモン・ハキマン。フィリピンを中心に活動する麻薬組織のボスです」
エダと名乗ったCIAの
写っているのは暴力に長けた者特有の鋭く荒んだ目つきの中年男性。顔には刃物によるものだろう片頬を斜めに過ぎる傷跡。同年代の適正体重から
「組織そのものは現地の同系統の組織において上位に分類される規模と資金力ではありますが、我が国に対する
「
それが自分達がまたこの悪夢の街に送り込まれた事と何の関係が? キャクストンとレイの表情は雄弁に内心の疑問を露わにしていた。
フィリピンの何処かの土地ならともかくここはフィリピンから1000キロ以上は離れたロアナプラ。海路で繋がっているとはいっても幾らなんでも遠過ぎる。
「3週間前、パキスタンの
またいきなり話が飛んだものだ。パキスタンはロアナプラから見てフィリピンとは正反対の土地だし、距離もフィリピンよりずっと離れている。これにはキャクストンとレイの眉根も訝しそうに寄せられる。
「更に同時期、アフガニスタンで活動するムジャヒディンの中でも反米・反西洋路線を掲げる過激派が合衆国に対する攻撃を目論んでいるという情報を現地協力者がキャッチしました」
冷戦終結以降、コンピュータや偵察衛星といったハイテク手段を駆使した
「ISIは79年のソ連軍によるアフガニスタン侵攻を境に当時反共産勢力を掲げていたムジャヒディンに対し訓練教官の派遣や武器の供給といった支援を実施した過去から、紛争が終結し支援先をタリバンへと鞍替えして以降も一部のISI関係者はムジャヒディンと密接な関係を維持しています」
当時のCIAもムジャヒディンへの支援に加担した――――それについて、エダは口にしなかった。
「調査の結果、ハキマンが組織の収入を
そして彼らに回った資金の一部の終着点がここ、ロアナプラになります」
「すまない。疑問なんだがフィリピンの麻薬業者と遠く離れたアフガンの聖戦主義者がどういう接点から繋がりを持ったというんだ?」
レイが疑問を呈するが、キャクストンの方は思い当たる節があった素振りを見せた。
「
「そう。アブ・サヤフの創設者であるアブドラガク・ジャンジャラーニは、ソ連軍のアフガニスタン侵攻に対抗すべくアフガニスタン国外からムジャヒディンに参加した外国人義勇兵でした。
祖国に帰国後、
そしてアブ・サヤフが最盛期を迎えた当時、ハキマンには
「――おいまさか」
「はい。大学で出会った
理想を夢見、熱い情熱に胸を焦がす若者が冒険に身を投じる話は古今東西珍しくない。
――――かつての自分、陸軍に入隊したまだ髭も生え揃わない頃のキャクストンの様に。
それがハキマンの息子の場合は聖戦と独立を掲げるテロリストだったというだけの話。
「成程、可愛い息子の為に父親は息子が所属する組織のスポンサーになったという訳か」
「残念ですがマクドゥガル大尉、貴方の推測は事実から
キャクストン少佐、資料の6ページ目を」
言われた通り書類をめくる。ソロモン・ハキマンを20歳若くして50ポンドばかり減らしたような若者の写真。
その隣に並ぶのは、ジャングルの中で穴だらけにされた上で黒焦げになったジープと、車体と同じぐらい念入りに焼けた乗員の死体。
「98年にザイールで起きたアメリカ大使館爆破事件は覚えておられますか?」
「ああ覚えている。ホワイトハウスのお偉いさん方が報復に
「あれも現地の情報を集める人員を軽視した結果の悪い例ってやつですかね。それで?」
「件の事件はアルカイダの関与がメディアによって強調されましたが、その実態は他にもヒズボラといった複数のイスラム系過激派組織が連帯したアメリカに対する連続攻撃の始まりに過ぎませんでした。
しかし彼らが用意した計画表は紆余曲折を経てある組織の手へ渡ります。
「……」
「計画表の奪還を担当したのはヒズボラ。一方我々と取引したこの街の犯罪組織の首領は書類を運び屋に託し、運び屋は海路でロアナプラを脱出後受け渡し場所へと向かいました。
指定した受け渡し場所は――
ヒズボラもまた現地のアブ・サヤフ司令官に協力を要請し運び屋を襲撃するも、最終的に書類は我々の手へと運ばれ、運び屋の反撃を受けたアブ・サヤフは多くの兵力を失う結果に」
「……おいまさか」
「そう、運び屋によって殺害されたアブ・サヤフの戦闘員にはハキマンの1人息子も含まれていたのです。
つまりハキマンは
ハキマンが大きな被害を受けて凋落を始めたアブ・サヤフの元ムジャヒディンに接触したのはそれからだという。
それが何を意味しているのか。キャクストンもレイも、そしてエダも、言葉に出さずとも正しく理解していた。
――――怒れる父親が、息子の死に関わる存在
「……
「
CIA工作員の碧眼が、フレームレスの眼鏡の奥で鋭く細められる。
淡々と情報を紡いでいた声が僅かに重苦しさを増したのは祖国へ危害を加えようと企む輩への不快感からか、それとも続けてこれから語られる内容の深刻さ故か。
そしてエダは告げた。
「アフガニスタンのムジャヒディン経由でハキマンからの送金を受け取ったのは、
キャクストンとレイの血相もまた変わった。思わず立ち上がり、身を乗り出す。
「まさか、向こうは
1998年5月28日、パキスタンはラースコー丘陵における地下核実験の成功を国民に発表した。
アメリカ・旧ソ連・イギリス・フランス・中国・インドに続く、事実上の核兵器保有国家に名を連ねた瞬間だった。
旧ソ連崩壊の混乱により兵器転用可能な核物質に留まらず、小型の物はスーツケースサイズの核爆弾、大型は
緊迫したキャクストンの疑問――――エダの回答は。
「その問いに対する答えは
次のページを、とエダは促した。
「長年隣国インドと緊張状態にあるパキスタンにとって兵力差を補える核兵器は貴重な
また金の流れを調査したところ、ハキマンからの金を受け取ったのは核兵器の取り扱いを担当する部署の人間ではなく、パキスタンに存在する
パキスタンにおける電気供給の大半を担っているのは石油・天然ガス・石炭を燃料とする火力発電所だが、僅かながら原子力発電所もパキスタンには存在している。
63年にアメリカから実験炉を購入したのをきっかけに72年12月にはパキスタン南部のカラチに多国籍企業の手によって建設された原発1号機が稼働開始。
核兵器の開発と原発の存在は密接な関係がある。原子力発電の燃料となる核燃料を作り出す過程、また使用済み核燃料を再利用する為のサイクルの過程で行われるウランの精製・濃縮工程は、容易に核兵器の開発にも転用出来るからだ。
「当然我々諜報機関や
だがそれは向こうも織り込み済みだったのでしょう。連中が買収したのは主に核燃料の材料となる
だからこそ発覚が遅れた。
核兵器という驚異的な
放射性物質は単体では半径数キロを焦土と化し、何百万もの人間を一瞬で焼き尽くす事は出来ないが、土地を何百何千何万年もの間生きとし生けるものの存在を許さない
むしろやり方さえ工夫すれば、静かに、密かに、使われた側が気が付いた頃には最早手遅れな段階まで核兵器よりも甚大な被害を齎す事が可能だろう。
毒で生命を殺すには目立つ光も、熱も、音も必要ないのだから。
エダは其処で言葉を区切ると、おもむろに胸元と同じぐらい豊かな曲線を描くタイトスカートから煙草を引っ張り出した。
吸わなければやってられない、と言いたげに。
「……我々がこの事態を察知した頃には、高レベル放射能を発する放射性物質や核廃棄物があるべき場所からかなりの量が消えていました。
それだけでなく、ISIのムジャヒディン支援派を経由してパキスタン軍の兵器も横流しされた形跡が、逆にムジャヒディン側からはアフガニスタン製の麻薬がハキマンの組織へと引き渡された痕跡が見つかっております。
それら流出した品々を追跡した結果、判明した行き先こそが――――」
殆ど吸われていない煙草が卓上の大きなガラス製灰皿へと押し付けられた。
くしゃりと潰れて折れ曲がってしまうぐらい強く、まるで地図に小さな旗竿を突き立てるが如く。
「――
という訳で敵の本命は核爆弾ではなく放射性物質によるダーティボムです。
皆さんの感想の大半が核爆弾と予想されてたので作者としてはしてやったり感でニマニマしてましたw(キモイ
敵を設定するにあたってあれこれ調べてて思ったんですがイスラムの皆さんは国境を超え過ぎでは(汗
いや今のウクライナの外国人義勇兵も露側宇側双方でかなり国籍が混沌としてますけどねうん。
現在カラチの1号炉は稼働を停止しているそうです。
2号炉以降は全て中国製の原子炉が使われている辺りに国際情勢のアレコレが伝わってくるなぁ、と。