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国内情勢の変化と共同運営していた日本の大企業が経営難に陥った事で稼働が停止し、タイ沖にて放置状態にあった筈の海上石油プラントは、数日前から招かれざる剣呑な男達の拠点として本来とは別の役割を与えられていた。
海上に浮かぶ四方形の鋼鉄の城が稼働していた頃、プラットフォームの運営を総括する責任者用の個室として宛がわれていた部屋。
ソロモン・ハキマンは窓も扉も閉め切りったその部屋の中心にて、肥満体に見せかけて同世代の平均よりもずっと太い筋繊維に覆われた大柄な体躯を丸め、ひたすらに組んだ手へ額を押し当てた姿勢のまま動かずにいた。
まるで熱心に神へ祈るかの様に。
或いは深く懺悔する罪人の様に。
実際の所ソロモン・ハキマンという男は心底神を憎む金と暴力の信奉者であり、罪人ではあっても犯した罪は神への懺悔ではなく、司法関係者への鼻薬か鉛玉で解決出来るものと信じ実際にその通りにしてきた悪徳の体現者であった。
部屋にはソロモンを取り囲むように何十本もの蝋燭が立てられ、彼が首を垂れる先に置かれた台にもまた何本もの蝋燭と、花束と、酒瓶と、幾つもの写真立てが祀られている。
そこに特定の宗教の
写真立ての中に移っているのはどれも同じ人間……ソロモンと彼の息子だった。
分厚い掌に抱えられた、生まれた直後の赤ん坊の写真。生誕1歳を祝うパーティに招いた当時の部下や愛人と一緒に取った集合写真。息子が小学生程度の頃、別荘でのバカンス中に記録した写真。最も新しい写真は息子がフィリピン有数の名門大学に見事入学した時に撮影した時のものだ。
息子がおかしくなってしまったのはこの頃からだった。
もっと具体的に言えば、息子が大学の専攻にイスラム教学を選んでしまってから。
国教が仏教かイスラム教の2つに大別される東南アジア各国に取り囲まれる中でフィリピンは唯一カトリックが主体のキリスト教国家である。
最初は母国では少数派だからこそイスラム教学に興味を持ったのだと、入学直後の食事の場で息子は語っていた。
父親であるソロモンも当初は息子の専攻に然程監視を持とうとはしなかった。暴力だけでなく算盤にもそれなり以上の才能を持ち合わせていたソロモンだったが、幼少よりスラムで育ちそのまま裏社会をのし上がってきた彼は学び舎とも学問とも無縁の人生を歩んできたからだ。
若かりし頃のソロモンには学校に通う為の金も社会的身分も持っていなかった。彼の息子はそのどちらも持ち合わせていた。
自分には出来なかった事を息子に味わわせまいと、たっぷりと寄付金を積んで息子を大学へ送り出したソロモンの行いは、嘘偽りない父親としての愛情の発露には違いなかった。
だからソロモンは知らなかったのだ――――
大学という空間が若さが生み出す情熱と、体力と、無邪気な浅慮さに満ち溢れた学生に目を付けた勧誘役《リクルーター》が跋扈する、過激派の温床と成り果てていた事など。
例えば西ドイツでは西側資本主義への反感を持った学生と当時冷戦全盛期の東側諜報機関が結びつき、後に
日本では警官隊と幾多もの武装衝突を繰り返した全学共闘会議に関与した新左翼の若者達がやがて日本赤軍を結成した。分裂や内部粛清を繰り返しながらも、東側諸国や中東過激派と連携した日本赤軍構成員はハイジャック・爆弾テロ・籠城事件を引き起こし、日本のみならず世界中をも震撼させた。
アフガニスタンを仕切るタリバンも、元々は進行してきた旧ソ連軍を退けた
裏社会を生きる間に犯罪組織の運営に求められる知識と技能に関しては自然と身に着けてはいた。
かのような人種・国・宗教などといった主義主張を振りかざす者達については無知同然だった。
ソロモンの組織はセンデロ・ルミノソやコロンビア革命軍のように
アッラーについての認識も似たようなものだ。イエスとマリアの名前は知っていた。ソロモンの組織にオイタをした愚か者が命乞いをする時に大抵はその名を唱えていたから嫌でも覚えていたのだ。
気付いた時にはもう遅かった。大事な息子はソロモンには理解出来ない主義主張を、熱に浮かれた目で唱えるようになってしまった。
従順なイスラムの民は今こそ西洋が持ち込んだキリスト主義の軛から解き放たれなくてはならない? 父さんもアッラーの為の聖戦に加わるべきだ?
暴力こそが神だ。金こそが神だ。権力こそが神だ。スラムからここまで成り上がった手段と原動力こそがソロモンにとっての神だ。
父と息子が断裂するのは必然だった。
しばらくして、息子は父親の前から姿を消し。
次に消息を掴んだ時には、完全にアブ・サヤフの構成員としてバシランにて政府軍との戦いに身を投じていて。
そして―――――息子は死んだ。殺されたのだ。
フィリピン政府に重要犯罪者として指名手配されている立場上、政府機関に更なる介入の理由を与えぬ為に下手に息子を戦場から連れ戻す人手を動かせず懊悩していた矢先、バシランで大規模な戦闘が起きたと買収した現地兵士から情報が流れて来た瞬間、ソロモンは激しい胸騒ぎに襲われた。
予感は的中し、現地軍は放棄された訓練キャンプや現地軍の基地に通じる道路で多数の戦闘員の死体を発見し……その中にソロモンの息子の死体も在った。
まず嘆き悲しんだ。天を仰いで涙を流し、慟哭の嗚咽を誰憚る事無く漏らした。
そこに邪魔者は等しく惨たらしく排除してきた無慈悲な犯罪組織の首領としての姿はなく、善良な人々と同じように、突然の悲劇に打ちのめされた1人の親としての姿だけがあった。
息子の写真を見返してはまだ偏った宗教観という毒に浸かる前の思い出を反芻し、その度に押し寄せる絶望をラム酒で無理矢理飲み下し、手下達の困惑を余所にやるせなさを酒瓶を叩きつけ砕く事で誤魔化す日々を何日も、何日も続け。
何十本目かの酒瓶をラッパ飲みしながら散らばった家族写真を探っていた指先が触れたのは、検視台に乗せられた息子の亡骸の写真。
検視結果では炎上し引っくり返った車両に閉じ込められ、生きながらゆっくりと焼かれて息絶えたという。
かつてのソロモンと同じスラムに屯する飢えに飢えた野良犬のような目をした貧困層の同年代とは正反対の、明るい希望と生気に溢れた顔は半ば炭化するまで無惨に焼け爛れ、高熱によって変質した眼球は何も映していなかった。
気が付くと、酒瓶は投げ付けられるよりも前にソロモンの手の中で砕けてしまっていた。
破片で傷付いた拳の中から赤い血が滴り落ちる。息子はもう、血を流す事も出来ない。
――――息子は何故死んでしまった?
――――誰かに殺されたからだ。
子供を失った事で死んでしまった父親の魂の一部を別のモノが埋めた。
それは復讐心と呼ばれる劇薬だった。
悲しみの次にソロモンが抱いたのは怒り、否、怒りを通り越した憎悪だった。
家族を奪われた男がすべき事は決まっている、
フィリピンの裏社会を牛耳る影響力を余すところなく活用して情報を集めた。買収したフィリピン軍と警察、果ては情報機関の狗も脅し、或いは糸目を付けず金を払って当時の情勢を調べさせた。
そしてソロモンは息子を死に至らしめた者達の正体と経緯を遂に知ったのだ。
――――当時アブ・サヤフを含むイスラム過激派が総力を挙げて実行しようとしていた連続テロの計画表を、かの悪名高き犯罪都市ロアナプラの三合会を入手してしまった事。
それがCIAへと売りつけられ、魚雷艇を駆使する運び屋が配達に雇われた事。
争奪戦の最中、計画書奪還に戦闘員だった息子も送り込まれ……運び屋に撃退され戦死した事まで、当時その場に居たアブ・サヤフの元構成員を見つけ出せたお陰で明らかになった。
「
ひとつひとつ、魂へ刻み付ける様に息子の死に関わった存在を口にする。
ラグーン商会? 国を股にかける華僑ども? 悪党達の楽園? 世界一の超大国?
「誰だろうと許してたまるか……っ!」
魂は復讐心に焼き尽くされた。
だが復讐すべき対象が組織や街に収まらず
人でも、資金も、武器も、コネクションも、何もかも。
ならばそれを持っている人物に繋ぎを取ればいい。
ソロモンは元構成員を仲介役にアブ・サヤフという組織の設立者のバックボーン……ムジャヒディンと世界中に散らばったイスラム過激派ネットワークに接触を試みた。
そしてソロモンは息子の命が奪われるに至った一連の騒動に深く関わる、
調べてみたら90年代まで大学経由の学生運動から生まれたテロ組織が名立たる大物ばっかりで…(汗
SNS普及してからはもっと裾野が広がってるんですけどねHAHAHA!(白目