次回こそ、次回こそ話を転がさないと……!
「今頃隊長達、どんな話してるんだろうなぁ」
ぼんやりと空を見上げながら、『こちら側』の倉田はそう呟いた。
今の所新たに出現した平行世界とを繋ぐ『門』に異常は見られないが、大規模な魔術装置―かつて帝国の魔導師が作り上げた、紋様を刻んだ大理石などを積み上げて拵えたあの建造物―による固定を介さない場合の『門』は、近付き合った世界と世界の間隔が広がり始めると時間経過で閉じてしまう為、当然ながら非常時に備え現在『門』は厳重な監視下に置かれている。
それにしても異世界の次は平行世界である。しかも出現したのは別次元の特地で活動する隊長殿の同位体ときたものだ。
彼に負けず劣らずのケモナー好きなオタクを自負する倉田としては、やはり『向こう側』の世界に対する興味は他の隊員達よりも一際強い。
「あっちの世界にももう1人の俺やペルシアさんも居たりするのかな?」
だったら『向こう側』でも恋人同士になれてれば良いな……等と思いを巡らせていると。
『ああああ……』
「あれっ? 今何か聞こえなかったっすか?」
「誰かの声に聞こえたが」
同じく『門』の監視に就いていた隊員と聴覚に意識を集中させる。
どうやら『門』からではなくその外側、基地内部から聞こえてきているようだ。
「これ近付いてきてるんじゃないか」
『……ぁぁぁぁぁああああああああ』
「……近付いてきてるっすね」
首を巡らせ音の発生源を探す。
やがて倉田の目に飛び込んできたもの、それは――――……
<十数分前>
おぼつかない足取りで会議室を出る。
ふらふらと数人掛けのベンチへと向かい、へたり込むように腰を下ろす。
……そこまで終えたところでとうとう耐え切れず、ドサリと音を立てて真横に倒れた。
「お父さん!? ちょっと大丈夫?」
「う゛ーあ゛ー……もうダメ無理。心が死にそう」
完全に死んだ魚の目であった。
ピニャが一時期狂気に陥った時よりも酷い憔悴具合である。ここまで伊丹―迷彩服姿の方―が精神的に追い詰められている姿を見るのは初めてなだけに、慌てて『こちら側』の特地女性陣は力無くベンチに転がった彼の下へと集まった。
そんな姿を晒しているのは伊丹だけではない。そもそも会議室から出てきた幹部自衛官らほぼ全員が、彼と似たり寄ったりな反応を見せている。
流石に伊丹のように周囲の目も場所も構わずベンチに横になっている者は居ないものの、イイ歳した迷彩服姿のおっさん達が揃いも揃って背中を丸めて文字通り頭を抱えたり、廊下の床にそのまま腰を下ろして項垂れているのだ。
帝国の軍人よりも遥かに洗練され、実直さと頼もしさに溢れるあの自衛隊の指揮官達が、である。今の会議室前はまるで天下分け目の大戦に大敗した挙句、そのまま降伏せざるをえなくなった将達の天幕もかくやな有様であった。
空気が完全に御通夜の状態である。近付く事も声をかける事も憚られて、事態が把握出来ていない少女達は思わず後退りたくなった位だ。
「一体中で何があったのかというのか」
今や鉄面皮がトレードマーク扱いな『こちら側』のレレイですら、あまりにもあんまりな雰囲気に驚きを滲ませて呟いたぐらいだった。
一方、会議室で何が幹部自衛官らをあそこまで打ちのめしたのか見当がついた『向こう側』の女性陣は、彼らに同情の視線を向けるばかりだ。
伊丹が転がったベンチへ近付く隊員が居た。彼よりも頭1つ以上縦に小さく、厚みに関してはその驚異的な胸部装甲で伊丹を上回るという体格の栗林である。
彼女もまたゾンビじみた動きで『こちら側』の少女達の間をすり抜けてベンチの下へ向かったかと思うと、ベンチの余剰スペースへ小柄だが曲線豊かな体を投げ出した。
こちらは俯せに突っ伏す格好だ。豊か過ぎる胸部装甲のお陰で台座部分に顔面を強打は避けられた模様。
「嘘よ嘘よありえないこんなオタクでグータラなダメ人間の癖にレンジャー持ちでSにも参加してその上戦争の英雄なんてブツブツブツブツ……」
「こっちも重症ねぇ」
「そのようで……」
漏れ聞こえてくる呪詛めいた栗林の呟き声に、『こちら側』のロウリィは処置無しと言いたげな顔を浮かべ、陰鬱にも程がある栗林の気配にヤオも口元を引き攣らせた。
文句の対象である彼女の上官がすぐ隣に転がっているのだが、今の栗林がそれに気付いているかすらも怪しい。
「オデノココロハボドボドダ」
……伊丹の方も似たようなものなので問題は無さそうだ。
「今回の内容、隊長と栗林は当事者も当事者でしたからその分ダメージも大きかったんでしょう……」
そうフォローの言葉をかけたのは栗林と同じく曹クラスでありながら何故か将校クラス限定である筈の今回の説明会に名指しで参加を命じられた『こちら側』の富田だった。
彼もやはり他の参加者同様、精悍な顔つきから生気が失われていたが、若さと体力の差かどうにか持ち堪えられたようだ。
ちなみに『こちら側』の幹部自衛官らを死屍累々に変えた平行世界の伊丹と柳田達は、『向こう側』とやり取りしに行ったので既にこの場には居ない。
半世紀ぶりに核が実戦使用され、欧州全土がWW1以来再び化学兵器によって汚染され、たった数ヶ月で1億人が犠牲になった世界。
かのような別時空の地球情勢に於いて平行世界の日本は幸いにもWW3が齎す戦禍に巻き込まれる事は無かった――――
これで話が済めばどれだけ良かっただろう。
世界ではWW3が終わり、日本では銀座に『門』が開いてからが平行世界の日本を襲った災禍の幕開けだった。
2度の外国人武装勢力による本土騒乱。市ヶ谷は化学兵器によって汚染され、『門』が存在した銀座駐屯地はドローンによる爆撃を受け破壊され、戦車や戦闘ヘリすら複数台持ち込んだ武装集団によって銀座全体が占領される未曽有の状況が勃発した。
自衛隊員も、市ヶ谷に在った防衛省の職員達も、同様に攻撃を受けた警察官も、当時銀座に居た民間人にも膨大な数の犠牲者が出た。
おまけに武装集団は更なる化学兵器による攻撃を楯に特地から自衛隊の撤退を要求したという。それが成された場合、更に10万人規模の犠牲者が予想された。
敵の攻撃の照準は国会議事堂だけでなくかしこき御方の住まいにも向けられていた。
話はこれだけではない。同時刻特地側でも政変が勃発し、帝国で軍事クーデターを起こしたゾルザルが送り込んだ工作員によってアルヌスも攻撃を受けたのだった。
これらの情報を公開された『こちら側』の自衛隊幹部らが受けた衝撃は最早異世界からの軍事侵攻に直面したそれすらも軽く上回った。
ヒトとモノ、その被害は第1次銀座事件の比ではない。『こちら側』の日本政府と自衛隊が経験した、諸外国の工作員による限定的な『門』の占拠などともあらゆる面で桁が違い過ぎたのだから仕方あるまい。
当時特地を視察予定だった海外からの視察団が武装集団の人質にされ、また武装集団の正体がWW3を扇動したロシアの過激派勢力と繋がりを持つ将軍率いるロシア軍からの脱走部隊であった絡みからか、最終的にアメリカ・ロシアと合同での電撃的奪還作戦が行われたという事だが、明確な作戦の成否が出る前に敵首魁の自爆によって『門』が破壊されてしまったのだという。
『門』を失い、基地を含めアルヌス全体に大きな被害を出し、特地側に当時残っていた隊員も多くが犠牲となった。
『こちら側』とは違い暴走した『門』から溢れ出た蟲獣の攻撃は受けなかったようだが、それでも被害は甚大だ。
むしろエイ〇アンもどきが介在しなくて尚ここまでの被害が齎されたと考えると、比較すればする程ヒトの悪意と残酷性がより際立って垣間見えるという感想は穿ち過ぎだろうか? そう伊丹は胸の内で述懐する。
そしてそれは『向こう側』の自衛隊にも言える事でもあるのだ。
日本との『門』を失い、基地にも隊員にも多大な犠牲を負って追い詰められた彼らは、自らに強いた枷を説いてしまったのだから。
そうして実行されたのがゾルザルを排除し、ピニャを帝国の女帝へ祀り上げる事で生存圏を確保するのを作戦目標とした皇都強襲計画。
――――『Operation:Kingslayer』
前代未聞、自衛隊直接参加で行われたカウンタークーデターの一部始終を収めた記録映像は『向こう側』の狭間達によって厳重に保管されつつも、簒奪後もピニャへ旗色を明らかにしない辺境国家に対する分かりやすい
百罰一戒。帝国兵の屍山血河を積み上げ、権力の頂点に立った筈だったゾルザルを容赦なく追い詰め引きずり下ろし、最後は先帝モルトを謀殺たらしめたゾルザルをピニャ手ずから弑するまでを分かり易くまとめた編集版を見終えれば、辺境国家の指導者らは
件の動画もまた『こちら側』への説明の場でお披露目されたのである。
その結果が『こちら側』の参加者全員の
血の気が引いた顔色とは逆に、情報過多で茹った頭にベンチの冷たさが伊丹には心地良かった。
こうも心と頭が千々に掻き回されたのは彼にとっても初めての経験な気がした。
伊丹は自他共に認めるオタクである。
そんな彼が異世界に続き、今度は平行世界でしかも自分の同位体と遭遇だ。平行世界はどんな歴史を辿ったのか、別事件の自分はどんな人間なのかと少なからず興味を抱かなかったといえば嘘になる。世界観のカルチャーギャップこそ異世界接触物の鉄板ネタなのだから。
けれど。
だけれど。
「アレは流石に冗談キツイって……」
平行世界では第3次大戦が勃発して。
その世界の
それだけでもおかしいのに、『門』が出現してからはもっとおかしな事が続いた。
『向こう側』の世界で『門』が最初に開いた時の記録映像を見せられた。映像の中では伊丹と同じ顔をした人物が手元に有る物だけで工夫と戦術を凝らし、急造の部隊を見事に指揮し、帝国軍の万の軍勢に独り包囲されても尚雄々しく、冷静に、冷徹に敵を処理し続け、とうとう救援の自衛隊が到着するまで数千の避難民を守り抜く姿を彼は呆然と眺める事しか出来なかった。
箱根では何故か
特地に戻ってからも『向こう側』の自分は大暴れを続けたらしい。
ゾルザルから望月紀子を救出した時は『こちら側』の自分とは違って1発ぶん殴った所では済まさなかったそうだし、テュカの心を治す為に炎龍退治に向かったのは同じだったが自分の時とは違って機甲部隊に助けられるよりも先に炎龍も新生龍も(ついでにジゼルも)倒してしまったんだとか。
『こちら側』では撮られていない、炎龍と新生龍の首をバックに撮影された集合写真も披露された。
自分とテュカ達に混じって栗林も写っていたがどうやら『向こう側』の炎龍退治には栗林も参加したのだという。平行世界では部下との関係も大分変化している様子。
第2次銀座事件に関しては最早何も言うまい。この件に関してはもう1人の自分も然程関与していないようで、何より『向こう側』の銀座を襲った惨状を考えるだけで伊丹ですらも気が滅入る位なのだから。
だが最後の映像を見せられるに至り、『こちら側』の伊丹はそれすらも気にするどころではなくなった。
『Operation:Kingslayer』――――直訳すれば王殺し。
この作戦で『向こう側』の己が与えられた役割と、そこで成した事を余す事無く伊丹は見せつけられたのだ。
「何なのアレ? 向こうの俺、どうしてああなっちゃったの? こんなの絶対おかしいよ」
実の所、ラ〇ボーとコ〇ンドーとセ〇ールとジョン・マ〇レーンを足して割らなくてもまだ足りない存在と化した平行世界の己に、最もショックを受けていたのは伊丹自身であった。
で、この有様である。
彼個人の感想としてはこの一言に尽きる――――ガラじゃないにも程があるだろう、平行世界の俺!?
事此処に至り、衝撃的に過ぎる情報の連打にとうとう耐え切れず、他の参加者に続き生きた屍の仲間入りを果たす羽目になった伊丹なのであった……
原作伊丹、SAN値判定失敗の模様。
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