少し短めです。
皆様の反応・感想が作者の糧となります。
聖戦士のヘリコプターは10メートル程の高度でホバリングすると、ゆっくりとタケナカの頭上へと移動した。
葉巻型の機体底部が開くと、機内の乗員が内蔵のウィンチと接続された吊り下げ用のロープをタケナカの下へ投げ落とす。
聖戦士を指揮する古強者の革命闘士の目には、それがまるで地獄に垂らされた蜘蛛の糸のように見えた。
実際タケナカの今の環境は地獄みたいな有様だった。時間と資金を掛けて集めた兵力も物資も瞬く間に失われ、せっかく築き上げた海上基地は炎に包まれた墓標と化しつつあり、許されざる大国と因縁の悪徳の都を一挙に墓標へ変える計画はたった1日で完全に破綻を迎える瀬戸際にある。
「けどまだだ、
降りてきたロープのフックを核物質が収まったドラム缶の保護フレーム部分へと掛ける。4本1セットで纏められた容器の中心部へ取り付ける形だ。ガチリと脱落防止の留め金が閉じる音と手応えに、自然とタケナカの口元が歪んだ。
赤と黒の装甲服の兵士を囮に攻め込んでいた敵の本隊は、タケナカの護衛の生き残りとホバリングするヘリからの掃射でこれ以上は攻めあぐねている様だ。部下達の奮戦を無駄には出来ない。
核物質のドラム缶は吊り下げ用ロープが垂れる底部ハッチよりも大きい為、核物質を散布する重要かなめな爆薬の設置は今この場で済ませる必要があった。
周囲を見回せば戦闘に巻き込まれて誘爆せずに生き残った爆発物はすぐに見つかった。ブラスチック爆薬に起爆用信管、それ自体が紐状の爆薬である
数十秒かけてタケナカは頑丈な格納容器を破壊するのに事足りる量の爆薬を何重にもデトコードを巻き付け束ね、遠隔起爆装置と接続した一式を格納容器とフレームの隙間に押し込み設置を終えた。
後は起爆用リモコンから信号を送信すれば信管が秒間数千メートルで燃焼するデトコードを点火させ、デトコードの炸裂が本命のプラスチック爆薬を誘爆させて頑丈な格納容器に致命的な破壊を齎し、同時に空中で起爆させる事で生じた爆風が悪党の街全体へ拡散させる役割を果たすのだ。
「いいぞ機体を上昇させろ! このままロアナプラへ向かわせるんだ!」
起爆用リモコンをしっかりと戦闘服の胸ポケットへ押し込み、格納容器の上に飛び乗ったタケナカは吊り下げ用ロープを何度か引いてヘリの乗員へ合図を送った。機体底部に空いた穴からタケナカの作業を見守っていた乗員がパイロットに合図を送る。
パイロットがエンジンの出力を上げると積み荷の重さできつくロープが張った。ギリギリと軋みながらもやがて格納容器が地面から離れる独特の震えが靴底越しに伝わってきた。
1メートル、3メートル、5メートル……視線の位置はヘリパッドの高さを越え、タケナカは今や空の住人となった。
足場である格納容器が右へ左へ不安定に回り始めたので、慌ててタケナカはロープへ改めてしがみつくと、ロープが伸びる穴から機内へ乗り込む為に両手両足を使ってよじ登り始めた。
まるで本当に地獄から地上へ戻る為に蜘蛛の糸をよじ登るカンダタになった気分だ――――実際には
貨物船に残したもう1つの核物質については自前の手勢を引き連れて乗り込んだソロモンに任せたが、もう1つの目標だった北米大陸は最早諦めるしかないだろう。
ソロモンや奮戦してくれていた生き残りの護衛達も含め仲間を捨て駒に残していく形にはなってしまうが、核物質をばらまくダーティボムの起爆を阻止されてしまってはここまでの全ての犠牲が無駄になってしまうのだから仕方ないと、タケナカは己に言い聞かせる。
――――ああ、
「すまないな、だが今度こそは――」
その時だった。
突然、足元の格納容器が不自然に揺れた。
輸送ヘリに吊られた核物質が海上プラント上から飛び去って行くまでもう数秒のゆとりも残っていなかった。
必死に足を動かしながら伊丹はシエラレオネでの戦闘を思い出していた。
あの時とシチュエーションは奇妙なまでに似通っていた。目の前で飛び去って行くMi-8、運ばれていく荷物、その正体は化学兵器で自分やプライス達が間に合わなかったせいで欧州の主要都市が屍の山が転がる地獄と化した。
――――だが今度はあの時とは違う!
「間に合えぇ! ブーストっ!!」
ほんの数メートルされど数メートル。常人の跳躍力では届かない高度から更に現在進行形で上昇中である格納容器だが、異世界式魔法仕掛けの跳躍能力ならばまだ射程内。
積まれた資材を蹴り、最大出力をイメージして作動させたブーストで押し上げられた伊丹の肉体は格納容器に手が届く高さにまで達した。思い切り手を伸ばす。
指先が格納容器のフレームをしっかりと掴んだ。遅れて胴体が格納容器の側面へ思い切りぶつかる。衝撃で無理矢理空気が肺から叩き出され、手が緩みそうになるがぐっと我慢。
もう一方の手で背中から脇にスリングで吊るしていたケルテック・KSGのグリップを握り締めると格納容器上へ振り上げた。
SF映画の小道具じみた外観のKSGだが、ブルパップ構造と2連式チューブマガジンという部分を除けば作動方式は昔ながらのポンプアクション式ショットガンだ。1発ごとに手動で再装填の動作が求められる。当然片手では出来ない。
つまりこれからやろうとしている事は一発勝負だった。薬室には既に12ゲージ散弾を装填済み。
ロープにしがみついた聖戦士どもの親玉――――タケナカの足元へとKSGの銃口を突きつけた。
伊丹が何をしようとしているのか悟ったタケナカが血相を変えて絶叫した。
「やめろ!」
「やなこった!」
日本語の叫びに伊丹も日本語で言い返しながら、片手1本でショットガンを発砲した。
距離が近過ぎてほぼ一塊に纏まった散弾が吊り上げ用フックとロープの接続部に着弾した。
数トンの荷重に耐える強靭なロープも、荷重で張り詰めた状態から集束した銃弾で引き裂かれてしまっては耐えられない。
ショットガンの轟音越しでもハッキリと聞こえる破滅的な断裂音を発して格納容器を吊っていたロープが両断された。
次の瞬間、伊丹の体を不快な浮遊感が襲った。ロープを断たれた格納容器もろとも重力の法則に従い落下した。その時点で伊丹と格納容器はヘリパッドから更に数メートル程の高度に位置していた。
落下したのは伊丹と格納容器だけでなく、タケナカもだった。重量物の貨物が突然切り離された反動でロープが激しく暴れ、それにしがみついていたタケナカも振り落とされてしまったからだ。
「おごっふ!?」
「ぐおっ!?」
重量物が激突する衝撃音。肉を打つ音が2つ。
伊丹とタケナカ、格納容器はヘリパッド上に落下した。
バランスを崩した容器に引っ張られ、ヘリパッドの建物寄りの位置に背中から落ちた伊丹は胴体を突き抜けた衝撃と苦痛に数瞬ばかり悶絶。
タケナカはヘリパッドの外縁近くに足から落下した分伊丹程のダメージではなかったものの、それでも固い地面に落ちて転がった痛みに呻きを漏らす。その拍子に胸ポケットから起爆用リモコンが地面に転がり落ちた。
リモコンがカラカラと地面を滑っていく音を拾った伊丹の目が反射的に追った。タケナカも自分の胸元から落ちたリモコンを目で追いかけた。
それからお互いの存在に気付いた。
瞬時に苦痛を忘れて銃を構える。伊丹はKSG、タケナカは腰のベルトに挟んでいたCz75自動拳銃。
別の方向から銃弾が飛んできた。
「司令官!」
剣崎やキャクストンといった特殊部隊仕込み相手に未だ奮戦していたタケナカの護衛が、ヘリから司令官と一緒に落ちてきた敵にAKを乱射した。
一部が伊丹のヘルメットに着弾。フルフェイス仕様のヘルメットも勿論炎龍の鱗に翼竜の被膜でコーティングされあっさりと弾きはしたが衝撃はそれなりに徹る。
伊丹に気を取られた隙を見逃さなかった剣崎達の射撃でとうとう護衛は全滅した。だがそのせいで伊丹は引き金を引くのが遅れてしまった。
跳ね起きたタケナカがヘリパッド上を駆けた。片手で拳銃を乱射しながら、腹が出た中年オヤジの外見にそぐわぬ身のこなしで起爆用リモコンを拾い上げると、タケナカは何とヘリパッドから飛び降りてしまった。
飛び降り自殺には到底見えなかった。おそらくデッキ外縁部を囲む通路に飛び降りたのだろう。
一瞬追いかけようかと伊丹は考えたが、先程見たものの正体とタケナカ達の行動の意味を理解した途端、彼の優先順位は瞬時に上書きされた。
「敵の親玉が持ってたリモコンとなると相場は決まってるよな……!?」
慌てて格納容器へ目を向けた伊丹は自分の感が正しかった事を悟ると天を仰ぎたくなったが最早それどころではない。
落下の衝撃で横倒しになった格納容器自体に破損は見られない。ガイガーカウンターも容器に近付いた影響で若干変動はあれど、急激に放射線量が高値を示したりもしていない、のだが。
「ああチクショウ」
小ぶりなドラム缶4本で1セットにされた格納容器の中心部や保護フレームの隙間に、贈呈用の羊羹そっくりな長方形の物体が数本纏めて紐状の存在にグルグル巻きにされた上で押し込まれていた。
伊丹も何度も使った事があるプラスチック爆薬と導爆線のセットだ。信管に繋がった無線式起爆装置の動作ランプが動作状態を知らせている――――信号を受信すればいつでも起爆可能な状態。
破壊力も身に染みて理解していた。これだけの量なら格納容器どころか今居るヘリパッドごと吹き飛ばせる規模だ。絶望的状況に悪態が口から飛び出してしまうのも仕方あるまい。
「おいアベンジャー無事か!」
「セイバー達は離れてろ! 核物質に爆発物が仕掛けられて既に動作中だ!」
「マジかよ解体は可能か!?」
「多分そんな余裕もない!」
よりにもよって起爆用リモコンを手にした敵司令官を逃がしてしまったのだ。最早爆発を阻止できるか否か、解体出来るかどうかをも通り越し、起爆スイッチを押されるまであと何秒残っているかの段階に至っていた。
伊丹は格納容器に飛びついた。押し込まれていた爆薬を力任せに引き抜いた。起爆装置や信管を爆薬から取り除く、安全な解体を行うその時間すらも惜しかった。
「間に合ええええええええぇっ!」
台座部分の角から突出する形で配置されたヘリパッドは3方が海に面している。つまりデッキ部分に繋がる一部分を除きヘリパッドのすぐ下は海面だ。
ブーストすら用い、ハンマー投げのオリンピック代表をも上回る回転速度で遠心力を無理矢理稼いだ伊丹は腕が引き千切られそうな錯覚を覚えながら、ヘリパッドの外へと爆薬の塊を放り投げた。
「神を信じちゃいない俺がまさか
直後、自分諸共吹き飛ぶ覚悟を決めて苦笑いを浮かべたタケナカによって、起爆用リモコンのスイッチは押された。