はじめまして、メリーさん   作:aodama

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第二話

 

メリーが発した声に咄嗟の反応を示し踵を返す。以前メリーと相対した時に経験した重圧が活きたのか、驚く程スムーズに走り出すことが出来た。

 

「(あれがなかったら尻餅とまでは行かずとも膝が笑って躓いたりしたんだろうなッ!)」

 

そんな感想をよそに俺の走りに反応したのか、聞き取れない呻き声のような音を発しながら追いかけてくる。速度はやや向こうのほうが早くこのままだと追いつかれるのは時間の問題だ。

 

「(くそッ!? どうすれば……? このまま家に帰る? 駄目だッ! 怪異(コイツ等)に壁の概念が存在しないのは今朝見たばっかだろッ!?)」

 

走りながら何か打開策はないかと考える。しかし、切羽詰まっている事と住宅街を縫うように走ることに集中している状況のせいか思ったように考えが纏まらない。

 

「鬼ごっこ? 随分楽しそうね?」

「これが楽しそうに見えてるなら眼科を紹介するがッ!?」

「霊感がない人に私は見えないから医者にとっては貴方が異常者に見えるわよ?」

「紹介すべきは脳外科の方だったか·····ッ!」

 

「ふふっ」と笑うメリーに悪態をつくが上手く返されてしまう。明らかに雰囲気が変わった状態に違和感を持ちながらも余裕がないこともあり、急いた口調で問い詰めてしまう。

 

「アレは何だッ!? どうしてあの化物は俺を追ってくるッ!?」

 

気にした様子を微塵も感じさせず相変わらずふわふわと俺の周りを漂いながら化物の方をじっと見つめるメリー。少ししてから口を開き、俺の質問に答えてくれる。

 

「ちょっと前にポルターガイストの話をしたのを憶えてる?」

「確か怨霊がどうたらって話だよなッ!? それがどうしたッ!?」

「表現で“玩具を取り合う子供のように”って言ったじゃない? アレ、誇張表現でも何でもないのよ。」

「つまり?」

「あの怨霊達、この世に未練を残した子供達……言わば妖霊の集合体よ。」

 

―――――aaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!!!!!

 

「ッ!? 兎に角ッ! このままだと追いつかれるッ!? 何か手は……ッ!?」

「あら? 追いかけられるなんて男冥利に尽きるじゃない?」

「この状況でよくそんな冗談が言えますねェッ!?」

 

ふと、頭をよぎる考え。前回のメリーみたく恐ろしいのは重圧だけで案外どうってことはないのでは……?

 

「なぁッ!? アレに捕まっても大丈夫だと思うかッ!?」

「んー? 良くて廃人、悪くてショック死ってところじゃない?」

「全然大丈夫じゃないですねッ! ありがとうございましたッ!」

 

息は切れ、汗が吹き出し身体は疲労に包まれる。

 

「(くそッ! もう、限界が、近いッ!)」

 

急な運動時に起こる眩暈によって視界がどんどん暗くなる。走る速度も落ちていき怪異はもう直ぐ其処まで迫ってきている。

 

「もう、しょうがないわね……。」

 

耳に届く凛とした声。ふと横を見ると先程までいたメリーが背中合わせの要領で俺の後ろに立っている。

 

「おまっ!? 何してっ!?」

「助けてあげるんだから黙ってなさい。」

 

「さて」と、迫りくる怪異に対し向かい合う形にあるメリー。目を閉じ、少しばかりの深呼吸を行ったと思えば、今度はゆっくりと目を開きしっかりとした声色で言葉を放つ。

 

「貴方の真名は『騒がしき幼霊(ポルターガイスト)』。ここにあなたの居場所はないわ。元居た場所に還りなさい。」

 

紡がれる言の葉に知性の欠片も感じ取れなかった怪異は、先程までの獣じみた動きを嘘のようにピタリと止める。最後に「aaaaaaaaa―――」と、呻きを残すと霧が晴れるかのように視界から消えていく。完全に消滅を確認すると緊張からの解放で、ため息をつきながらその場にへたり込んでしまう。

 

「た、助かった……のか?」

「そうね。この辺にはもういないみたいだし、大丈夫じゃない?」

「……なぁ、改めて聞くけどアイツは何なんだ? それに最後は一体何をしたんだ?」

「うーん。じゃあどこか腰を落ち着ける場所へ移動しましょ?」

 

全力疾走したために噴出した汗が衣服を濡らし、若干の気持ち悪さが身体を包む。少し休憩をしたいことから説明を兼ねて近くの公園へと向かうことにする。

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

「じゃあ改めて聞くけどあのモヤみたいなのは何だ?」

 

公園につき適当なベンチに腰を下ろす。着く頃にはすっかり汗は引いており、運動を行ったためか今なら集中して話を聞くことが出来そうだ。

 

「さっきも言ったけど幼霊の集合体。未練を残しながらこの世を去ることを強制された子供達の幽霊よ。複数の幼霊が集まることによって『騒がしき幼霊(ポルターガイスト)』へと変貌するわ。」

「……あいつの正体は分かった。オカルト過ぎて信じたくないが今まで散々目の前で起きたことだしな。信じることにする。」

 

じゃないと話が進まんからな。

 

「じゃあ次だ。何故アイツの正体を知っている?」

「その前に少しだけ、私達(怪異)について説明するわ。私だけに限らず、怪異と呼ばれる存在は『騒がしき幼霊(ポルターガイスト)』が核となっているの。」

 

メリーのその言葉に思わず首をかしげてしまう。

 

「核、だと……?」

「そう。その『騒がしき幼霊(ポルターガイスト)』に世間の噂……いわゆる“()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。」

「……成程。つまり核となる『騒がしき幼霊(ポルターガイスト)』に人々の噂が加わることによって怪異が生まれる訳か。となると、さしずめ『騒がしき幼霊(ポルターガイスト)』とは人間でいう心臓という訳だ。」

 

そして、目の前にいるこの少女の正体は……

 

「都市伝説にある“メリーさんそのもの”、か……。」

「驚いた? もっと恐れてもいいのよ!」

「そんな無い胸張りながら言われても。」

「セクハラ禁止!」

 

「真面目に説明してあげてるのに!」と、説明を一時中断し、此方の胸をポカポカと叩いてくるメリーに対しにふと気づく事がある。

 

「(そういや、いつの間にか雰囲気が元に戻っているな……。)」

 

先程までの妖しく大人びた雰囲気の“メリーさん”ではなく、年相応のちゃんと無邪気なメリーに戻っている。

 

「いいもん。いつかきっと大きくなるもん。」

「怪異に成長なんて存在するのか?」

「それは言わないお約束でしょうが!」

「はいはい。それで話を戻すが……じゃあ何故アイツらは俺を襲ってきたんだ?」

 

腐ってもオカルト部員だ。ポルターガイストの話こそ耳にすれど、あんな明確な姿は今までで見たこともなかった。だからこそ自分が襲われた理由に検討もつかない。

 

「さぁ?」

「さあ? ってまさか、分かんないのかよ?」

「あのね。私は神様じゃないんだから全て知ってる訳じゃないの。まぁ、強いて言うなら私の“力”にアテられたんじゃない?」

 

明確な原因が分からないままこの話は終わってしまう。対策の仕様が無いため、次はいつ襲われるかすら分からない。

 

「はぁ·····。じゃあ最後にあれは何をしたんだ? 祓ったのか、それとも·····?」

 

“殺したのか”。という口から零れ落ちる不穏な言葉。普段から冗談めいて使うことはあれど、真剣な場にはそれ相応の重みが増す言葉である。

 

「··········。」

「なんか言い難いことでもあるのか?」

「いえ、別に·····。」

 

「まぁ、言っても大丈夫か。」とこちらに聞こえるかどうかという小さな声でボソリと呟いたと思ったら直ぐに俺の質問に戻ってくる。

 

「私がやったのは“名々縛り(ななしばり)”っていう概念付与よ。」

「お、おう? なんか急に難しくなったな?」

「別にそんなに難しい話じゃないわよ。」

 

どうやら祓ったり殺したりはしていないようだが、代わりに凄く難しそうな話になりそうな予感が出てくる。が、どうやら杞憂のようで改めて説明してくれるらしい。

 

「まず私達怪異には本来名前というのは存在していないの。」

「? そうなのか?」

「ええ、そうよ。本来、名が無い存在は“未知”であって正体が不明であればある程、力を増していくの。それに対抗するために人間達が名前を付けることによって“未知”という概念は取り払われ、怪異は力を失う。」

「·····ん? それじゃあ名前を知られているだけで力を失うことにならないか?」

「勿論、ただ名前を知っているだけ意味ないわ。その怪異がどのような特徴を持ち、性質を持ち、行動するのか。それらを知識として有した上で名前を紡ぐ。その全てを行ってやっと言霊となって効力を発揮するの。」

「成程·····。というか何故そんな事お前は知ってるんだ?」

 

普通、そういう知識は怪異側ではなく人間側が持っている知識だろ。

 

「さぁて。何ででしょうね? 」

「くそっ。のらりくらりと躱しやがって·····。お前で試してもいいんだぞ·····。」

「残念でした! メリーさんは怪異の中でもスーパー怪異なので“名々縛り”なんて効きませーん!それも素人がやる“名々縛り”なんて尚更ね!」

「代わりに悪口でも叩き込むか·····。」

「普通に傷付くからやめてくれる?」

 

聞きたい事は一通り聞いたのでベンチから立ち上がる。沈みかけだった夕日はすっかり落ち、街灯や住宅から漏れ出る光がちらほら目立ってきている。

 

「(今は夜7時を回る辺りか? そろそろ帰らないと心配されるな·····。)」

 

公園から出る直前、ふと気になった事を追加で問いかける。

 

「そういえば、お前は俺を殺したいんじゃなかったのか?」

「? 誰がそんなこと言ったのよ?」

「でも、取り憑くって事は殺したいってことなんじゃないかと·····。」

 

そういうと目をぱちくりとさせた後、過去一大きな溜息をつき首をやれやれと振る。

 

「ほんっとに話を聞かないのね。最初からアタシはあんたを殺そうとなんかしてないって。」

「いや、だって最初会った時·····あ。」

「思い出した? アタシは一度も“殺す”なんて言動取ってないわよ。」

 

確かにそうだ。取り憑くとは言ったものの殺すとは今までで一言も言っていない。

 

「じゃあホントに善意で助けてくれてたのか·····。」

「当たり前でしょ。アンタにはアタシを馬鹿にした事を後悔してもらわないとダメなんだから。それまでじわじわと嬲ってあげるから覚悟しなさい!」

 

空中で上下反転しながら目線だけはしっかりと合わせてくるメリー。嬉しそうに笑顔をにっ! と浮かべたと思うとくるりと一回転しながら家へと一足先に向かっていく。

 

「(案外、悪いヤツじゃないのかもな·····。)」

 

肩を竦めながら長い付き合いになりそうだと、確信めいた予感を思い浮かべながらメリーの後を追うように家へ帰るのだった。

 

 

 

 

 




これで今溜まっているストックは終了。また暫く執筆活動に戻ります。1章ずつストック出来次第投稿します。

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