異世界音楽成り上がり ーその世界の人は『一切の例外なく全員』、音楽を聴くだけで俺のことを好きになったー   作:大野原幸雄

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オクターブチューニングにようこそ

 

 次の日。

 昨日の言葉を有言実行し、リリーがギターの試作品を完成させた。

 自分の部屋で朝食をとっていると、俺はメイドさんからその報告を受けてすぐに準備し部屋を出る。

 

「ミナト様、おはようございます」

 

 すると部屋の前で待っていたアリスさんが、例の真っ白な甲冑姿で俺に頭を下げる。

 

「おはよう、アリスさん。毎日こんな早くから護衛してくれなくてもいいんだよ?」

「いえ、これが私の使命ですから」

 

 この城に住み始めてから、どこに行くにもアリスさんは俺の近くについてきてくれる。

 

(アリスさん、休憩とかとってるのかな)

 

 レナもだけど、やはり一緒に住むとなると想像もしなかった心配事が増えていく。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 そんなことを思いながら工房に入ると、リリーがいつもの防御力低めの恰好で出迎えてくれた。

 そして自信満々に、机の上に置かれたそれを指さして言う。

 

「おはようミナト!できたわよ!」

「おおっ!」

 

 そこには、ちゃんと弦の張られたクラシック・ギターが横たわっていた。

 俺の知識からリリーさん、ヴァルム爺さんの技術協力を得て完成した、この世界初の楽器。

 

 異世界ギターの試作品1号。

 

「綺麗にできてるね。やっぱりギターは弦が張られた姿が一番だ」

「早速弾いてみてよ!感想を聞かせて」

 

 俺はギターを手に取って椅子に腰かける。

 そしてまじまじとネックの手触りや重さを噛みしめる。

 

 本当に凄いよ。

 なんだか感動している自分がいた。

 

 ――ボーン……――

 

 俺はさっそく音を鳴らしながらチューニングを始める。

 何度も弦を弾いて音を鳴らし、正確な音になるようにペグを回す。

 

 当たり前だけど、ちゃんと弦が巻き取られて調律できる。

 音にも張りがあるし、良い感じだ。

 

 そして開放弦を鳴らしてチューニングが合っていることを確認し……

 まずは全ての弦を使うような簡単なコードで、そのギターを堪能することにした。

 

 俺の演奏を鳴らすと、リリーも満足そうにギターを見る。

 

「わぁ…本当に鳴ってる」

 

 リリーは音が鳴ること自体に感動していた。

 まぁ、彼女はギターを弾けないわけで、ちゃんと演奏されている自分の作品を見るのは初めて。

 

 凄く嬉しそうに、俺の演奏に耳を傾けていた。

 

 しかし、俺はいくつかパターンを変えて演奏するほど、妙な違和感を感じ始めていた。

 

「あれ……?」

「どう?ミナト」

「……。うんと……もう少し弾かせて?」

 

 その違和感の正体を確かめるように、俺は色々な演奏を試みる。

 

 弦高は少し高いけど悪くない。

 ハウザー2世を真似て作っただけあり、ネックの長さも弾き慣れた感じだ。

 

 塗装が無い分”鳴り”も素直。

 サウンドホールから反復する音の立ち上がりも早い。

 じゃあ……一体なんだ……?

 

 和音としてしっかり鳴らしているはずなのに、なんか気持ち良くない。

 

「ミナト……?どうなの?」

「うん……」

 

 リリーも俺の表情が曇ったことで、不安になっているようだ。

 けれど原因がわからないと上手く説明もできない。

 

 俺はさらに高音のポジションで演奏を続ける。

 

(なんて言えばいいんだろう……倍音(ばいおん)に濁りがある)

 

「倍音……?もしかして……」

 

 ここで俺は思い当たることがあり……

 

 フレッドを抑えず、ギターの弦にそっと軽く触れるように弦を弾いた。

 するとコーン……という高くて心地よい音が鳴る。

 

「うわぁ……そんな音もだせるのねギターって。なんだか神秘的な音……」

 

 この音色はフラジオレット……またはハーモニクスと呼ばれる音だ。

 

 音色というのは、複数の音の成分で構成される。

 基本となる音の周波数以外に、その整数倍の周波数が一緒に鳴ることで、より深みのある音になる。

 これを音楽家たちは『倍音が豊かである』なんて表現した。

 

 弦楽器では決まったポジションで弦に軽く触れ、鳴らす瞬間に指を離すと……

 弦を直接弾いて鳴らすよりも柔らかな倍音を鳴らすことができる。

 

 俺は同じことを別のポジションで何度も行う。

 

 ――コーン……――コーン……――コーン…――

 

 ハーモニクスの音はとても柔らかで綺麗だ。

 リリーはギターから聴こえる、神秘的な音色に感動していたが……

 

 その横で俺は、この世界に来て初と言っていい絶望を感じていた。

 

「ピッチが……ズレて……る……」

「え……?」

 

 そう。

 ハーモニクスを鳴らすことでわかるのは、ピッチのズレ。

 

 音は空気の振動だ。

 その振動は1秒間で何Hz(ヘルツ)という単位で表され、大きければ音は高く、小さければ低い音になる。

 ピッチとはこの周波数の高さのことを言う。

 

 本来、ギターは5弦の開放弦の音であるラ(A)の音を440Hz、あるいは442Hzになるよう調律(チューニング)される。

 これがズレていると何が起こるのか……というと…

 

「リリー、ちょっと二つの音を鳴らすから聞いてて……」

「うん……」

 

 俺は何も抑えず5弦の開放弦を弾き、次に同じ弦の12フレッドを鳴らした。

 

 ――ボーン……――――ボーン……――

 

「この音がなんなの?」

「……違う音でしょ?本来、同じ弦の開放と12フレッドの音は”高さの違う同じ音階の音”が鳴るんだ」

「え……?」

「このままだと、高いフレッドを弾くほど、音がズレていく……」

 

 つまり開放弦でチューニングをしっかり合わせたとしても、高い音を弾くフレッドほど、本来鳴らすべき音階からズレていく。

 それは実質、楽器としては使えないという事と同義だった。

 

 いわゆる『オクターブチューニングのズレ』。

 これはペグによる弦の巻きでチューニングができない。

 

(これ……かなりヤバい)

 

 オクターブチューニングがズレる原因はいくつかある。

 

 まずは弦に直接触れるフレッドやナッドが正確な形状になっていない可能性。

 ただこれらは交換が可能なので、そこまで深刻な話じゃない。

 

 問題はネックの反り。

 ギターのフレッドはネックがまっすぐであることを前提にした縮尺で設計されてる。

 ネックが曲がっていると、フレットを抑えた時の弦とブリッジの接触する縮尺がずれ、正しい音が出ない。

 

 そしてこの異世界において、このネック反りはかなり重大な問題だった。

 

 この説明をすると、リリーが俺に言う。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ!私、縮尺は正確に図ったし……加工も間違ってなかったはずよ?設計だってちゃんと……」

「いや……違うんだ。これは制作時ではなく、制作後に調整する工程なんだよ」

 

 エレキギターや一部のアコースティックギターのネックには、後から反りを調節するためにトラスロッドと呼ばれる鉄製の棒が仕込まれている。

 これはレンチを差し込んで回すことで反りを調節する仕掛けだ。

 

 しかしクラシックギターのネックは、基本的にトラスロッドが入っていない。

 

 近代クラシックギターの中にはトラスロッドを採用しているケースは確かに存在はする。

 しかし昔ながらの製法で作られた、ほとんどアンティークみたいなオールドギターであるハウザー2世……

 そしてそれを元に作られた試作品ギターも、当然トラスロッドなんて入っていなかった。

 

「調整するためには……熱を加えた上で圧力を一定の間隔均等に、そして精密に掛けられる専用の機械がいる」

「機械……?まってよ、それじゃあ……」

 

(現状、この世界にクラシックギターのオクターブチューニングを整える方法はない)

 

 しかもこれは試作品だけの問題ではない。

 

 ネックの反りは経年変化などによって変化していく。

 つまりハウザー2世にだっていつか訪れる、クラシックギターの病のようなものだった。

 

 本来は定期的なメンテナンスは必須。

 なおかつ本来は専門家が一般では手に入らない専門の器具を使って行うような工程。

 

 道具すらないこの世界では、俺にもどうすることもできない。

 

 どうしてここまで気が付かなかった……?

 いや、気づいたところで……何ができた?

 

 俺は試作品ギターを持って頭を抱える。

 それはリリーも同じで……

 

「正確で均等な圧力……正確で均等な圧力……」

 

 ぶつぶつと何か言いながら考えているようだった。

 

 ネックの反りを調整する方法が他に無いわけではない。

 しかしそれらの方法は、最初にしっかりオクターブチューニングを整えたギターであることが前提。

 

(機械を一から作る……?)

 

 当然、元の世界でも現代的な機械に進化する過程で使われていた、もっと原始的な代替品があったはずだ。

 仕組みはわからないけど、それがわかればいけるのか?

 

 いや、そもそもこの世界にあるもので作れるのかもわからないし……間違いなく時間は相当かかる。

 

 なにしろ、その都度ピッチを修正しながら手直しをするんだ。

 下手なものを作れば、ネックが破損する可能性もあり得る。

 

(この世界にあるもので、何か代用できないのか……)

 

 俺はふと閃く。

 

「魔法とかはどうだろう?……木材を加工する時、リリーも使ってたよね?」

「簡単な魔法はいくつか使えるけど……さすがに木材の微妙な湾曲を整える魔法なんて、私にはとても……」

 

(……だめか)

 

「そういう魔法って正確な計算と術式が必要なのよ。当然それなろの時間はかかるし、そもそも、そんな複雑でニッチな魔法陣を創れる魔術師なんて、この国にだっているか疑問だわ」

「正確な計算と術式……」

 

 あぁ……なんてことだ。

 

「いや、いる」

 

 めちゃくちゃ身近にいるじゃないか。

 

 正確な計算と術式が必要な魔法を使える、優秀な魔術師。

 同じ研究班メンバーがため息をつくほどの魔法オタク。

 

 代表作は『マーリン式六芒星(ヘキサグラム)型64法門魔法陣を使った重力魔法の多重反応適合性が与える影響と法門ノード曲線の規定要因に関する研究』……

 ……だったっけ?

 

 重力魔法の専門家。

 そして何より真剣にこれに取り組んでくれそうな逸材。

 

「それって……もしかして」

「我らが『異世界音楽研究班』班長……レナ・キーディス」

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 俺達はその足で、レナの居る研究室へ彼女を呼びにいく。

 今の現状を可能な限り伝えると、レナは真剣な表情でギターを見つめていた。

 

 俺はネックにまっすぐな定規を当てて、ネックがどのように反っているのか……

 そして正確な反りをどのように計るのかを説明した。

 

「ギターのネックに、直線の定規を当てる……場所を変えて……ほら、横から見てごらん、微妙にネックが向こう側に反ってるのがわかるだろ?」

「こんな微妙な反りで、音が変わってしまうんですね……」

 

 レナは一通りの説明を聞くと、唇に手を当てて何かを考えていた。

 おそらくその頭の中には、俺達が想像もできない膨大な計算式で埋め尽くされているのだろう。

 

 数分考えこむと、レナは噛みしめるように言葉を発した。

 

「やります……1か月……いや、2週間で、ネックの反りを直す重力魔法の魔法陣を作ります」

 

 力強い彼女の言葉を聞くと、俺とリリーは顔を見合わせて息をついた。

 レナは俺に真剣な表情で言う。

 

「ミナトさん。城の、窓のない部屋をひとつ貸していただけませんか?」

「どうせ使い切れないくらい余っているんだ。好きに使っていいよ」

「リリーさん、ネックに使われている木材はどれくらいの強度に耐えられるんでしょうか?」

「木を曲げる加工って木材の含水率が高い状態で行うんだよ。このネックはもう乾燥を終えているから、あまり丈夫とは言えないわね」

 

 レナはすぐにリリーと専門的な話合いを始める。

 昨日まで悩んでいたのが嘘みたいに、レナは楽しそうに重力魔法の計算式を語っていた。

 

 どうやら、ここから先は俺の出番はないようだ。

 

 でも、レナとリリーの希望に湧いた表情を見ていると……

 例え完成できなくても、俺達はきっと満足できる結末を迎えられると確信できた。

 

 大丈夫。

 必ずできるさ。

 

 最低でも2週間後、この世界初のギターは、必ずその音色を聴かせてくれる。

 

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